菊地成孔の北欧美食巡り総括 タコツボ化した東京の食事情を問う

好評のうちに全3回の連載を終えた『菊地成孔の北欧料理店巡り』。音楽家 / 著述家であると同時に、美食の快楽も知る彼は、未開拓の「北欧料理」を堪能しながら、どんなことを考え、何を思いながら文章を書き綴ったのだろうか。その「総括編」となる今回のインタビューでは、実際に体験した北欧料理の印象から、「食」をめぐる東京の現在、果てはSNSの登場によって変質した人々の感性、さらには自身の特徴的な文体とそのルーツや意図するものについてまで、縦横無尽に語ってもらった。

北欧はIKEAによって、ただ寒い国じゃないのがわかってきた。それでも、「食」に関しては、遅れてましたよね。

—『菊地成孔の北欧料理店巡り』全3回が終了しました。まずは3軒回った感想からお願いします。

菊地:いまは、これだけインターネットによるグローバリゼーションが進んでいるわけですけど、相変わらず日本人は、ヨーロッパっていうのは、イギリスとフランスとイタリア、まあよくてスペインも入れてやろうかぐらいの認識であって。いわんや北欧については、ほとんど何もわかってないという(笑)。

ただ、平成の御代に入ってから、北欧っていうのはIKEAによって、おしゃれファニチャーの国であって、ただ寒い国じゃないっていうのがわかってきたわけです。それでも、「食」に関しては、遅れてましたよね。だから、こういう企画をやったんだと思うけど、僕個人としては、遅れているということは悪いことじゃなくて、これから楽しみがあるっていうことで。

それこそスマホを持ってたりすると、世界中のことは、もう全部知ってるみたいな気になっちゃうけど、まだまだ世の中、実はあまり知られてないことが多いというか、実際に足を運んで「食」も含めたカルチャーを知るっていうことに関しては、やや遅れているようなところがありますよね。

菊地成孔
菊地成孔

—3軒回ってみて、北欧料理の特徴みたいなものって感じましたか?

菊地:日本人が気軽に踏み込めないのは、やっぱりワインが無いってことですよね。あるんだけど、北欧料理店は基本的に食前酒、食中酒、食後酒が、全部スピリッツなんです。シュナップスと呼ばれたり、アクアヴィットと呼ばれたりする透明な、非常に純度の高いお酒と一緒に料理を味わう。

そういう意味では、沖縄料理に似てますよね。沖縄って泡盛で最初から最後までいくじゃないですか。ものすごいアルコール度数の高いスピリッツをチビチビ飲みながら、ソーキそばまで全部平らげる。

いまの日本人は、パンとバターがあるものは、必ずワインを飲むと思っているところがあって。でも北欧料理でワインは飲まないでしょ。だから、そこでカックンってなると思うんです(笑)。

 

第3回目の連載、ストックホルムで「アクアヴィット」を飲む様子(撮影:鈴木渉)
第3回目の連載、ストックホルムで「アクアヴィット」を飲む様子(撮影:鈴木渉)(記事を読む

—北欧の人は、アクアヴィットのチェイサーで、ビールを飲むのだとか……。

菊地:まあ、そういうもんですよね。寒いし、身体もでかいし、基本的な気候風土が、日本と違い過ぎるというか、簡単に凍死しちゃう国だから。ただ、今回行った店の料理は、どこもお世辞抜きでとても美味しかったし、「これは……」みたいなものは、ひとつもなかったです。全部うまかった。

第2回目の連載、セララバアドでポストモダン料理を味わう様子(撮影:鈴木渉)
第2回目の連載、セララバアドでポストモダン料理を味わう様子(撮影:鈴木渉)(記事を読む

菊地:お菓子もうまかったよね。一軒目の「リラ・ダーラナ」で食べた「セムラ」は、端的に言って可愛いですよね。インスタ映えするって言うか(笑)。

第1回目の連載、リラ・ダーラナで「セムラ」を食べる様子(撮影:鈴木渉)
第1回目の連載、リラ・ダーラナで「セムラ」を食べる様子(撮影:鈴木渉)(記事を読む

—(笑)。北欧に限らず、「芸術」や「工芸」のような文化と、「食」の文化は、意外とセットで入ってこない印象がありますよね。そこに少しのタイムラグがあるというか。

菊地:うん、そうね。料理が立ち遅れるっていうのは、ありますよね。たとえば、ドイツ文化が好きで、ベートーベンやジャーマンメタルが好きで、ゲーテが好きで、映画もファスビンダーが好きで、とにかくドイツが大好きなんだけど、「さあ、飯食いに行こうか」ってなったら、普通にトラットリアに行ってしまうっていう。「食」にエキゾチズムは、あまり求めないというか、それを求めるのは、相当余裕がある人たちになってしまうんですよね。

東京は、もう世界一の「食都」なんですよ。じゃあ、東京の人はみんなグルメになったかというと、なんないんだよね。

—今回の一連の取材を通じて、菊地さんは、外国の「食」に関して、非常に好奇心旺盛な印象を受けましたが、その感性はどのように培われてきたのでしょう?

菊地:実家が飲食店で、父親が僕に店を継がせようとしたから、子どもの頃から英才教育で、いろんなものを食べさせられたんですよね。フランス料理、イタリア料理は、僕が子どもの頃は、ろくなものがなかったですよ(笑)。ピザもひどいものだったし、パスタなんてアルデンテという言葉もなかった頃なので。

ただその分、いろんなものが混じっていたというか、要は居酒屋みたいなもんで、ルイベもあるけど辛子蓮根もあるみたいな。そういう意味で、昔の外国料理屋は、結構豊かだったと思うんです。もちろん、いい加減だったりしたんだけど、ある種、牧歌的な時代に、僕はインターナショナリズムというか、いろんなものを経験してきたんですよね。

菊地成孔

—小さい頃から、いろいろな国の料理を、分け隔てなく味わってきたと。

菊地:うん。それは音楽も同じで、僕は聴く音楽に関しては、もうまったくジャンルレスなんです。世界中の民族音楽を聴きますし、ヒップホップなんて、世界中にありますから。カンボジアにだってあるし、アフリカにだってある。だけど、みんな聴かないよね。アメリカのヒットチャートがあればいいとか、日本のものがあればいいとか、自分の好きなアイドルだけ追っ掛けますっていうふうに、ある種のタコツボ化が起こっていて。

—好きなものしか追い掛けない?

菊地:そう。つまり、選べ過ぎちゃうから、もう面倒くさいんだよね。そういう意味で、「食」に関していまの東京は、ある種「甘美な地獄」っていうか……何でも東京が世界でいちばんうまいから。これはミシュランのヨイショではなく、ホントにうまいの。だって、セブン-イレブンがもううまいわけで(笑)。

でも、それは一種の地獄でもあって。学校行ったら、クラスの女子が全員可愛い……なんて、ある意味地獄じゃないですか(笑)。ある程度、凸凹があるなかで、あの子が可愛いと思えるのが、やっぱり嬉しいわけで、誰に声を掛けようと、もう全員可愛いっていうんじゃ、生きている甲斐がないというか、ダイナミズムが消えちゃうんだよね。

菊地成孔

—それが理想と思いきや、いざ現実になると、ちょっとした悪夢だったという(笑)。

菊地:東京っていうのは、もう世界一の「食都」なんですよ。じゃあ、東京の人はみんなグルメになったかっていうと、なんないんだよね。ラーメン屋が、すごい流行っちゃったりして。

ラーメン屋に入ることに文句があるわけじゃないですけど、それって結局、クラスの女子が全員可愛い過ぎて、近所にちょっと特殊な女子高があったら、そこばっか行っちゃうようなことだと思うんですよ(笑)。みんな可愛くて、もう誰と遊んでいいかわからない。で、近所にはラーメン女子高っていうのがあって、うまいし、いろんなやつがいて、ヘタすると自分の好みじゃないのもいるから、選ぶ喜びがあるっていう(笑)。

僕、一日中、ずっとブログを書いてた頃があるから言うけど、あんなものはやめたほうがいいですよ(笑)。

—みんなライトにオタク化、もしくはライトな批評家になって、その領域以外のことには、あまり関心を持たないみたいなことなんでしょうか。

菊地:まあ、SNSっていうカルチャーが、良くも悪くもですけど、やっぱり世界を変えてしまったんですよね。人の世界感覚というか、世界把握の仕方を根底から変えてしまったという。僕は昔、ブログを書いてましたけど、っていうか、今風に言ってしまえば、ブロガー上がりの著述家なんだけど(笑)。

菊地成孔

—あ、そう言えばそうですね。

菊地:勝手にブログを書いてたら、出版社の人に声かけられたのが、『スペインの宇宙食』っていう、僕の最初の本なので。だから「お前、インターネットの悪口を言ったら、天に唾することになるぞ」とか親の悪口を言うなみたいなことを言われるんだけど、親の悪口っていうのは、みんな言うわけでさ(笑)。

あと、ドラッグをホントにやめたほうがいいですよって言えるのは、元ジャンキーの人だけなんですよね。ドラッグやったこともない人が、「ドラッグはいけません」って言ったって、何の説得力もないじゃないですか。そういう意味では、僕、一日中、ずっとブログを書いてた頃があるから言うけど、あんなものは、やめたほうがいいですよ(笑)。

—(笑)。その頃、菊地さんは、なぜそこまでブログを書きまくっていたのでしょう?

菊地:僕がいちばんブログを書いていたのは2002年なんですけど、僕、その年にパニック障害になったんですよ。で、もう仕事もできなくなって、やることがブログ書きしかなかったの。だから、ある種の自己治癒でブログを書いてたんだけど、そしたらすごい読者がついて。本を出す前から、出したら売れるってことが、ほぼ決定してたんですよね。

で、そのとき、ネットによる拡散力というか、ネットが宣伝媒体になるっていうのを痛感したんだけど、ある種のドラッグでもあるなと。試験的に、Twitterも2か月ぐらいやってみたんだけど、もうこれは完全なドラッグだし、こんなものを民の掌中に配ったら、みんなやめられなくなると思って。

—なるほど。

菊地:でもまあ、僕らよりずっと上の世代の人たちは、テレビが出てきたときに、「一億総白痴化」とか言って、いま僕らがインターネットについて言っているようなことを、テレビに対して言ってましたよね。テレビばっかり見てるとバカになるって(笑)。で、ポータブルプレーヤーなんか出た日には、「音楽っていうのは、家でゆっくり聴くもんだ」なんて言ってさ。「あんなものをつけて、音楽を聴きながら歩いてたらバカになるぞ」って。そしたら案の定、こんなバカになっちゃって(笑)。

—いやいや(笑)。

菊地:だから、SNSをマスメディアの流れの最先端のものと捉えている人たちは、「テレビのときだって、同じだったじゃないか」って言うんだけど、僕はそこには一線があると思っているのね。

菊地成孔

—その一線って何なのでしょう?

菊地:やっぱり、インターネットの登場によって、いろんなものが変わってきていて……まず、相互監視的になりましたよね。テレビは、映っているものをただ見ているだけだから。

ただ、SNSっていうのは、口を開けてコンテンツを見ているだけではないですよね。SNSは人を傷つけることによって、人を縛り付ける道具だから。いみじくも、トリュフォーが言ってますよ。「映画監督は、自分のこと誉めてくれた評論家の名前は忘れるけど、自分のことを酷評した評論家の名前は死ぬまで忘れない」って。

で、それは、音楽家も同じなんですよね。ライブが盛り上がって、いい気分で酒を飲むのがいちばんハッピーなんだけど、居酒屋でエゴサして、「みんなホントは、こんなふうに思ってたのか……」って、暗くなってるやつとかいて(笑)。俺たちは、最高とか言われて調子に乗ってればいいじゃんって思うんだけど、そういうのは怖いんですよね。裏で誰かが何かを言ってることを知っているから。

—まさに、相互監視的というか。

菊地:うん。だからまず第一に、SNSがそうやって、人に被害妄想を持たせることが、人心にすごく悪いですし……もうひとつの問題は、特にTwitterが、日本語を破壊し始めていることであって。

僕はSNSを回避することによって、自分が活き活きとしゃべっていた20世紀のエッセイストや散文の書き方に、自分を留めておくっていう。

—ネット用語やTwitter特有の文体が、日常会話でも使われるようになってきたり……。

菊地:そう。やっぱりネットは、日本人のカジュアルな言葉遣いを変えたんですよ。それって、ひとつの流行語というかスラングみたいなもので、うわーっと伝染するから。「なう」とか突端にあるバカバカしいものはともかくとして、変な体言止めを使ったりとかしてさ(笑)。

で、僕が文章を書いたりすると、すごい文章が重いし、何か敷居が高くて読みづらいとか言われたりするの。「もっと、ネットみたいに書いてくれると、スッと入ってくるのに」とか言われたりして。

—確かに、そういう人もいるでしょうね。

菊地:だから僕は一回、そのSNSを回避することによって、自分が活き活きとしゃべっていた時代、それはまあ言ってみれば20世紀で止まっているんだけど、20世紀のエッセイストや散文の書き方っていうところに、自分を留めておくっていう。そういう一種の人体実験をやっているわけなんです。

それによって、僕がクリエイターとしてダメになっちゃうのか、SNSをやらなくても大丈夫だっていうことになるのか、いま日々問うてるんですよ、自分でね。

菊地成孔

—今回の連載のような、菊地さんならではの「文体」は、そういう生活のたまものであると。

菊地:そうですね。だから、誤解してほしくないのは……僕は、SNSが嫌いだとか、SNS的なしゃべり方が嫌いだとかいうことを言っているんじゃないんです。SNSに限らず、マスが使っている言葉っていうのは、絶対魅力があるから。そこに入り込んじゃったら、僕も絶対そうやってしゃべり出すだろうし。

いまの書き手は、ホスピタリティーを高く保たないと、叩かれると思ってるんだよね。

—ちなみに、文体的な影響を受けている人って、誰かいたりするんですか?

菊地:直接その人の文体をモノマネをしている人はいないけど、好きな文体という意味なら、最近あんまり書かれなくなっちゃったけど、呉智英さんの文章はすごく好きですね。

—漫画評論家の?

菊地:そう。あと、南伸坊さんの文章は好きですね。他にも、亡くなっちゃったけど、僕と同い年のナンシー関さんとか、小説家としての筒井康隆さんは、もともとすごい大ファンなので、影響は受けていると思います。

あとは、欧米ですよね。さっき言ったように、月刊『プレイボーイ』とか『エスクァイア』に、たまにヴォネガット(カート・ヴォネガット。アメリカン小説家)とかの翻訳エッセイとかが出ていると、シャレてるなあって思いながら読んだりしていました。だから、その時代で止まっているし……その時代で止まっている本読みの人って、結構多いんじゃないかな。僕、シェークスピアとかも、いまだに福田恆存訳で読んでますから。

—おお、それすごいですね(笑)。

菊地:あと、歌舞伎も好きです。これは、日本語がまったくわからないから。音声ガイドと一緒に見ると、「こうやって言うんだ」って感動するんです。「さようなら」って言って、舞台に入ってくるんだから。「さようなら」っていうのは「左様であらば」っていうことで……もう、全然意味が違うっていう(笑)。

そういうものを見ると、前近代の日本語っていうのは、すごく豊かだったことがわかるんですよね。だから、言葉に関しては、だんだんそういう嗜好になってきましたよね。

菊地成孔

—いまの若い書き手は、菊地さんの文体に、結構な衝撃を受けているなんて話もあるようですが。

菊地:いまの書き手は、ホスピタリティーを高く保たないと、叩かれると思ってるんだよね。その結果、なるべくわかりやすく書く。行間をいっぱい空けたりして……結局、童話の本みたいになってしまうという(笑)。でも、グワッと文字が密集していて、なおかつカッコの中が長くて、引用される教養に対して何も説明がないっていうのは、昭和では、結構普通にあったから。

—確かに、そうだったかもしれないです。

菊地:そういうインターネットやSNSの文章に対して、やっぱり僕はちょっと抵抗があって。こと、55歳にもなるとですね、大人として、どう振る舞うかってことを考えざるを得ないわけです。そういう意味では、エッジな若者に多少おっさん扱いされても、「いや、おっさんですよ」っていう態度を示すことが、やっぱり大切でね。

ただ、それは別にジャズをやっているから大人だとか、ペダンティックな文章を書いているから大人だっていうことではなく、先端のソサエティに身を置かないってことですよね。そうすると、何言ってるのかわかんない頑固爺みたいになるに決まってるんだけど(笑)。

でも、そういう人がやっぱり、共同体にひとりはいないとダメじゃないですか。まあ、そうやってニューメディアに身を置かないということを、やってみようかなっていう話なんです。それで潰れちゃったら、それまでだったっていう。そんな感じで、やってるんですけどね。

菊地成孔

連載『菊地成孔の北欧料理店巡り』

2003年に発表した『スペインの宇宙食』において、その聴覚のみならず、味覚・嗅覚の卓越した感受性を世に知らしめたジャズミュージシャン、文筆家の菊地成孔。歓楽街の料亭に生まれ、美食の快楽を知る書き手が、未開拓の「北欧料理」を堪能し、言葉に変えて連載形式でお届けします。

プロフィール
菊地成孔 (きくち なるよし)

1963年生まれの音楽家 / 文筆家 / 大学講師。音楽家としてはソングライティング / アレンジ / バンドリーダー / プロデュースをこなすサキソフォン奏者 / シンガー / キーボーディスト / ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり、音楽批評、映画批評、モード批評、格闘技批評を執筆。ラジオパーソナリティやDJ、テレビ番組等々の出演も多数。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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