ヨーロッパ諸国で伝統的に祝われている夏のお祭り「夏至祭」。夏の短い北欧では、1年間でもっとも重要な祝日の一つとみなされているという。アリ・アスター監督の映画『ミッドサマー』(2020年)で物語の舞台となったことで、日本でも一躍注目を集めたイベントだが、実際に北欧に住む人々にとってはどんな意味を持ち、現代ではどのように祝われているのだろうか? フィンランド・ヘルシンキ在住のライターが、フィンランドでの位置づけや、夏至祭の期間のさまざまな過ごし方について、実体験も交えながら綴る。
冬が長く、夏が短いフィンランド。白夜の沈まない陽の光
厳しい冬を乗り越え、一層の忍耐力をつけた人々に、まるでご褒美のようにやって来るフィンランドの美しい夏。沈まない太陽の光、心と身体を自由の境地へと解き放つ静寂、この世の楽園のようにあたり一面に咲き、優しく風に揺れる野花……夏はフィンランドの人々が愛してやまない季節です。
フィンランドの冬は長く、4月になっても冬物のコートが手放せなかったり、5月になっても雪が降ったりすることもあるほどで、夏が来たかと思えば9月には一気に肌寒くなり、すぐに紅葉が始まります。
真冬になると1か月の日照時間が3分程度になることもあり、寒くて暗い辛抱の時期に入ります。そんな厳しい冬の埋め合わせかのように、夏は、街に森に海に湖にと、まばゆい光が溢れ、人々の気分を高揚させます。最北部にあるラップランドでは太陽が沈まない日が70日以上続き、最南部にあるヘルシンキでも夜中に明るい日が続くこともあるほど。白夜の夏は、夜中の魚釣りやハイキング、サマーコテージでのディナーや、海辺や湖畔でのピクニックを楽しむ日々が続きます。
夏至祭とクリスマスは二大行事。キリスト教伝来以前から伝わるお祭りがルーツ
フィンランドやスウェーデンの人々にとって、6月の夏至祭と12月のクリスマスは一年を通して、同じくらい大切にされている国民の二大行事です。じつはどちらも、キリスト教伝来以前から土着の文化として存在した、古代ヨーロッパのゲルマン民族やバイキングのお祭りが起源です。
クリスマスは冬至のお祭り「ユール(スウェーデン語:Jul、フィンランド語:Joulu / ヨウル)」が伝統の根幹となっています。冬至は一年のうちで最も日が短い日ですが、この日を境にして太陽が再び力強い生命を持つということでもあります。そのため、古来、冬至は「新年を迎える」という喜びを人々にもたらしていました。
作物があまり育たない寒冷の地で、長くて寒い冬を乗り越えるための食物を収穫できた喜びを祝うのが秋の収穫祭であれば、その後、冬の終わりと春の訪れを願い、大切に貯蔵してきた食物を一気にテーブルの上に並べて祝福し、暖かな日の到来を祈るのが「ユール(ヨウル)」です。この冬のお祭りが、北欧における現在のクリスマスの始まりとなりました。
同様に、夏至祭はフィンランド語では「Juhannus(ユハンヌス)」、スウェーデン語では「Midsommar(ミッドソンマル)」と呼ばれ、キリスト教が広まる前から行われていた真夏のお祭りです。冬が長い北欧諸国にとっては、一年のうちで最も日が長くなる夏至をお祝いしないわけにはいかないのでしょう。
スウェーデンやフィンランドでは、夏至祭が移動祝祭日のため、毎年6月末の金・土・日曜日の週末が休みになります。新緑が美しく、花が咲き乱れるなか、家族や友達とサマーコテージ(夏の別荘。フィンランド語では「mökki / モッキ」)に出かけ、かがり火(フィンランド語では「kokko / コッコ」)を焚いてサウナに入り、新じゃがやスモークした魚などを食べてゆっくりと日の沈まない夏の夜を楽しむのが、現代の典型的な過ごし方です。
サマーコテージは主に海沿いや湖畔に建てられ、その多くがプライベートビーチや飛び込み台を所有しているので、食事の前後にサウナに裸で入って、海や湖にも裸で飛び込むのが基本です。サマーコテージではバーベキューや魚釣りのほか、カヌーやサップなどウォータースポーツを楽しむのも、一般的な過ごし方として定着しています。
また、地域の文化や伝統によってお祝いの在り方は異なり、大きな広場などに「ミッドサマーポール」と呼ばれる柱を立てて、町の人々が集まって手をつないで回りながら歌ったり、踊ったりする地域もあれば、家族で神秘的な静寂をゆっくり楽しむのが好きな人たちもいます。
伝統的な習慣を重んじ、民族衣装を着て野花でつくった冠をかぶる人もいれば、仕事のため街に残り、仕事後に都市部で開催されるパーティーに参加する若者も昨今は多く見られます。それでもやっぱり、基本的に夏至祭の週末になると街はがらんと空っぽになり、誰もいない不思議な空間を白夜の空がすっぽりと飲み込みます。
夜通し宴会、コテージで家族団らん、屋外スポーツやBBQ……夏至祭の日のさまざまなあり方
フィンランドに移住して8年目の筆者はこれまでにさまざまなかたちの夏至祭を経験しました。
フィンランドの南部、オーランド自治領の群島の小さな島・ソットゥンガで過ごした年は、土地柄、スウェーデンの文化に色濃く影響された伝統的な夏至祭を現地の人々と一緒に祝いました。
この村の恒例行事は、ミッドサマーポールを村人大集合で立てること。村でいちばん大きな広場に行き、長さ30mにもなる巨大なミッドサマーポールを100人ほどの村人と一緒に立てると、お祭りの始まりです。ポールが立つと一気に歓声があがり、音楽隊が陽気な音楽を奏で始め、老若男女がポールの回りで輪になって、夜通しお酒を飲みながら踊り、愉快な宴を続けます。
海沿いに建てられたサマーコテージで過ごしたときは、ラジオをかけて家族でゆっくりと食事を楽しみました。テーブルにはニシンの酢漬けやマスタード漬け、サーモンなどが並べられ、ワインやビールもたくさん用意します。サウナに入ったあとは、沈まない太陽がやさしく照らす海に裸で飛び込み、ボードゲームをしたりして神秘的な夏の夜を静かに堪能しました。
友達と過ごす夏至祭では、野球のようなフィンランドのスポーツ・ペサパッロ(pesäpallo)や、大規模なBBQを楽しみます。男女問わず皆でサウナに入り、裸で庭を駆け回ったり、屋外で飲んだり食べたりして、朝まで大騒ぎします。
また、国内最大の都市であるヘルシンキで過ごす場合は、ピヒラヤサーリやセウラサーリといった、街の中心からすぐに行ける島での夏至祭パーティーに出かけます。サマーコテージに行けなかった人も、海のそばで大きく焚かれたかがり火を見つめ、魔法がかかったような不思議な夏の夜を体験することができます。
夏至祭にかがり火を焚く理由。現代の価値観に応じて過ごし方にも変化が
冬至と同様に夏至の夜は、古来から神秘的かつ超自然的なものと結びつけて考えられてきました。夏至を過ぎると、再び日が短くなり、夜が長くなっていくので、悪い精霊があたりを歩き回き、家のなかに入ってきたりして悪さをすると信じられてきました。
かがり火を焚く理由はそのためで、かつては夏至祭のあいだはかがり火を絶やすことなく焚き続け、悪い精霊を追い払うとともに、豊作を願ったそうです。また、財産や結婚を占う古いおまじないも多く、最も有名なものでは、若い未婚の女性が夏至の夜に枕の下に7種類の花を置いて寝ると、夢で将来の夫に会うことができる、というものがあります。
制度的な婚姻をしない選択が当たり前のものとなり、人生やセクシュアリティーの多様化も進んだ現代では、このような結婚や子孫繁栄にまつわるおまじないは「古い価値観を反映したあまり意味がないもの」として、若い人々のあいだではあまり行われなくなりました。それでも、野花を摘んで花束をつくったり、花や白樺の枝を使って冠をつくったり、家や庭のデコレーションをしたりと、伝統的なモチーフは現在も続いています。
また、現在でもこの時期に結婚式を挙げるカップルは多く、夏至祭になにかしらの超自然的な力を感じる人も少なくはありません。スウェーデンを舞台にしたホラー映画『ミッドサマー』 でも一躍注目が集まったこのお祭りですが、夏の到来を喜ぶと同時に悪い精霊の到来を危惧するというアンビバレントな考え方は、北欧に伝わる神話や古代ゲルマン思想が反映されています。映画では、白夜の多幸感のなかにひそむ怪しい狂気が見事に表現されていました(参考記事:『ミッドサマー』はなぜこんなに怖いのか?幸せな村人たちの狂気 )。
フィンランドでは、コロナ禍以降、大事をとって大人数でのサウナやハグなどは避けられていますが、それでも、国民にとって夏至祭は、大切な行事として細心の注意を払いながら2020年、2021年もお祝いが催されています。北欧の人々にとって太陽は貴重で大事な存在。太陽があり続ける限り、喜びいっぱいの夏至祭の祝福は続いていくことでしょう。