ホラー映画やアメコミからインスパイアされた、ポップでカラフル、それでいてどこかグロテスクなユーモアも感じさせるイラストレーター / アーティストの我喜屋位瑳務(がきや いさむ)。YUKIやGREAT3、最近はSTUTSなど、ミュージシャンのアートワークやグッズ制作も手がける一方、2020年は東京・新宿のBギャラリーにて個展『GUINEA MATE』を開催。デジタルとアナログを織り混ぜた彼の独特な作風は、各方面で熱狂的な支持を集めている。
そんな我喜屋が「神」と崇め、ともに暮らしているのがモルモットのシモンちゃん。個展『GUINEA MATE』のコンセプトにも多大な影響を与え、主要作品のモチーフにもなったシモンちゃんは、我喜屋のSNSにもしばしば登場するなど、彼のファンにとってはお馴染みの存在だ。
北欧では、自然がより身近にあり、それが人々の幸福感につながっているとされる。そこで、今回は長いあいだ、パニック障害に悩まされていた我喜屋を助け、彼の生き方そのものまで変えた「モルモットとの生活」に焦点をあてる。モルモットの魅力とはどのようなもので、日々の暮らしをどう彩り、我喜屋の幸福感を高めているのか。我喜屋のアトリエを訪ね、「1人と1匹」の共同生活についてじっくりと話をうかがった。

我喜屋位瑳務(がきやいさむ)とモルモットのシモン
沖縄県出身、東京在住のアーティスト。戦後のアメリカホラー映画やSF映画、アメコミなどに影響されたイラスト作品などで人気を得る。イラストレーター活動のほか、美術館での展覧会や芸術祭にも精力的に参加し、アーティストとしての活動を展開。
我喜屋にとってのアートは、見る者との「コミュニケーション」
―我喜屋さんの描くイラストは、子どものころに見たホラー映画やアメコミからの影響がとても大きいとお聞きしました。当時の我喜屋さんは、それらのどこに惹かれたのでしょうか。
我喜屋:ホラー映画はアイデアが好きなんですよね。例えばクリーチャーの造形とか、登場人物たちの殺され方とか(笑)。目覚めたきっかけは、子どものころにテレビで偶然見たアメリカのホラー映画『キャット・ピープル』(1942年 / ジャック・ターナー監督)だったんですけど、そのときはめちゃめちゃ怖かったんですよ。壁に隠れながら見ていたのですが、なぜか惹かれるものがあってのめり込んでいきました。
―「怖いもの見たさ」ってありますよね(笑)。アメコミはどんなきっかけでハマったのですか?
我喜屋:実際にアメコミを買うようになったのは、上京してイラストレーターになってからですね。コラージュの素材として収集したり、作品をつくるうえでのひらめきを求めたり。自分が好きなアメコミは1970年代、1980年代の古い印刷物のもの。線がちょっと外れている感じとか、色がちゃんと載っていない感じに愛着が湧くんです。アメコミの内容やキャラというよりは、絵柄の質感に惹かれたのだと思います。それに、アメコミ雑誌に掲載されているオモチャの広告もすごくいいんですよね。
ホラーやアメコミの影響が窺える、我喜屋位瑳務の作品
―アメコミのテクスチャーに惹かれるのは、我喜屋さんが沖縄出身であることも影響していますか?
我喜屋:それはあると思います。僕が沖縄に住んでいた子どものころは、アメリカの占領下だった時代のなごりがまだ色濃くあって。例えば軍向けに放送されているチャンネルで、アメリカのテレビアニメをよく見ていたんですよね。日本のアニメと違って色使いが独特だな、なんて思っていました。
―それに、我喜屋さんの作品に登場する女性は、いわゆる「かわいらしい」という印象ではなくて。もっと超然としているというか、強い意志を感じさせる人物が多いですよね。
我喜屋:あまり笑っている顔は描きたいと思わなくて。ちょっと目つきが悪いくらいのほうが人間っぽいと感じるんです。何かに対してつねに憤っている……それは自分自身が子どものころからそうだったからなのかもしれないですね(笑)。それと、女性の絵は寺田克也さん(岡山県出身のイラストレーター / 漫画家)の影響もあると思います。絵を描くことを始めたのも、寺田さんの絵に憧れたからなんです。
モルモットが登場する、我喜屋位瑳務の作品
―現在はアーティストとしての活動と、イラストレーターとしての活動を並行して行っているそうですが、それぞれの違いはありますか?
我喜屋:「コラージュ」という作風はどちらにも共通しているのですが、クライアントワークの場合はまず手描きの素材をコンピューターに取り込んでエディットしていくのに対して、アート作品の場合は逆の手順を踏んでいます。アメコミなど古い印刷物の線をスキャンし、それをバラバラにしたあとにコンピューター内で再構築していく。それをキャンバスに描き起こし、油絵で仕上げていくことが多いですね。クライアントワークの場合は「直し」もありますから、手描きよりもコンピューター内で仕上げていくほうが都合がいいんです。
―イラストレーターとしてはYUKIやGREAT3、最近はSTUTSなどミュージシャンのジャケットやグッズを描かれていますよね。その際に心がけているのはどんなことですか?
我喜屋:ありがたいことに、僕の場合は「自由にやっていいですよ」と言ってもらえることが多くて。もちろん、アーティストさんのイメージとか作品のテーマなど、ある程度の「縛り」はありますが、そのなかで本当に自由にやらせてもらっていますね。
我喜屋位瑳務が手掛けたSTUTS『Presence』ジャケット。ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』主題歌収録
―以前、我喜屋さんはご自身の作品のテーマについて「狂気と滑稽」とおっしゃっていましたよね。ちょっと視点がズレると「狂気」も「滑稽」に変わる、その描写はコーエン兄弟やポール・トーマス・アンダーソンといった映画監督たちの作品からの影響もあると。そのテーマは現在も変わっていないですか?
我喜屋:基本的には変わっていないのですが、あまりそれを言わないようにはしています(笑)。もうちょっとわかりやすいこと、例えば「コミュニケーション」なのではないのかなと思うんですよね。僕がつくったものをお客さんに見てもらい、どう感じるかで1つコミュニケーションが成り立つ。そこを大切にしていたのだなということに気づきました。
―作品のテーマ性を強く打ち出すことよりも、まず「見た人がどう感じるか」が重要なんですね。
我喜屋:あとは「世の中には、こんな絵もあるよ」ということを、もっと知ってほしい。それもあって最近は、毎日SNSで作品を発表しているんです。世の中に変わった絵を描く人はたくさんいるけど、どうしてもわかりやすい作品にばかり目が行きがちじゃないですか。そうしたわかりやすい作品とは異なるものを提案していきたいという意識もありますね。
モルモットが登場する、我喜屋位瑳務の作品
―そんな我喜屋さんはペットもわかりやすい犬や猫ではなく、モルモットのシモンちゃんと暮らしていますね。きっかけはどんなことだったのですか?
我喜屋:高校時代に、当時つき合っていた彼女と動物園にデートへ行ったんです。小動物との「ふれあいコーナー」があって、そこにいたモルモットがものすごくかわいかったんですよ。毛が寝癖みたいにぐしゃぐしゃになっていたりして(笑)。それで「ちょっとなかに入ってみようよ」と彼女に言ったら「気持ち悪いからイヤだ」と断られたのがすべての始まりですね。
―そのとき満たされなかった思いが募ってしまったのですね(笑)。
我喜屋:それから何年かして、テレビを見ていたら「モルモットはコミュニケーションが取れる動物」と紹介されていて。それでさらに興味が湧いてきたんですけど、実際に「飼おう」と思ったのはいまから8年前。友人とドライブしていたときに急に思い立ち、そのままペットショップへ立ち寄って連れて帰ってきたのが最初の子でした。シモンは4匹目です。
プロフィール
- 我喜屋位瑳務(がきや いさむ)
-
沖縄県出身、東京在住のアーティスト。戦後のアメリカホラー映画やSF映画、アメコミなどに影響されたイラスト作品などで人気を得る。イラストレーター活動の他、美術館での展覧会や芸術祭にも精力的に参加し、アーティストとしての活動を展開。モルモット、シモンと暮らしている。