ビョークと双璧をなす、アイスランドの国民的アーティスト・Sigur Ros
Sigur Rosのライブを、彼らの地元アイスランドで観る。それは筆者にとって、長年の夢だった。
今さら言うまでもないが、Sigur Rosといえば、ビョークと共にアイスランドを代表するアーティストとして双璧をなす存在である。1990年代前半、ヨンシー(Vo,Gt)を中心に結成されたSigur Rosは、1999年にリリースされた2ndアルバム『Agætis Byrjun』(読み:アゲイティス・ビリュン)で世界的な成功を収め、続く2002年に発売された3rdアルバム『()』(『()』は作品名)でグラミー賞にノミネートされるなど、早くから高い評価を得てきた。
造語とアイスランド語を組み合わせた「ホープランド語」で歌われるメロディーの響きは神秘的で、ヨンシーの気高く崇高なハイトーンボイスとバイオリンの弓でエレキギターを弾く「ボウイング奏法」を融合させることにより生み出されるサウンドスケープは、この世のものとは思えぬほど美しく雄大。
いつしかそれは、ビョークやMúm、ヨハン・ヨハンソンらと共に「アイスランドを象徴する音楽」として定着し、国民的バンドとしての地位を不動のものとしていったのである。
故郷・アイスランドで開催された「Sigur Ros忘年会」を現地取材
2017年末、アイスランドの首都・レイキャヴィクにて開催された、Sigur Ros主催のアートフェスティバル『Norður og Niður』(読み:ノルズル・オグ・二ズル)に足を運んできた。出演アーティストは、Sigur Rosはもちろん、ヨンシーのパートナーでもあるアレックス・ソマーズや、元Múmの歌姫クリスティン・アンナ、JFDRことヨフリヅル・アウカドッティル(Pascal Pinon)など、アイスランドを拠点に活動する面々。
さらに、Sigur Rosのサウンドに大きな影響を与えたと言われるケヴィン・シールズ(My Bloody Valentine)や、Sigur Rosと共にポストロックシーンを牽引してきたMogwai、Sigur Rosメンバーとも親交の深いBlanck Massことベンジャミン・ジョン・パワー(Fuck Buttons)ら、所縁のある海外ミュージシャンも名を連ねるなど、まさに「Sigur Ros忘年会」と言えるような内容である。
Sigur RosのLos Angeles Philharmonicコラボ企画で共演したダン・ディーコン
他にも、Sigur Rosの最新作『Kveikur』(2013年)でアートワークを担当したイラストレーターのアトリエが館内に設置され、そこでフェス期間中に描かれたドローイングをジャケットにしたSigur Rosのアナログ盤(まさに世界で1枚)を限定販売したり、映画上映やアイスランドのダンスカンパニーによるパフォーマンスが行なわれたりと、アートフェスティバルにふさわしい多種多様なコンテンツが用意されていた。
まさに地の果て。冬のアイスランドに上陸
羽田空港から、乗り継ぎを含めて実に21時間。年末のレイキャヴィクに降り立つと、肌を刺すような空っ風が筆者を迎えてくれた。
『Norður og Niður』の会場となった「ハルパ」は、2011年に開業した巨大な多目的ホール。アイスランドの各地で見られる柱状節理(マグマが冷却固結する際に生じる、柱状の割れ目)をモチーフとした外観は、ヴィーズエイ島を望む海辺の絶景と絶妙な調和を生み出している。
館内には、マグマをイメージした真っ赤なメインホール「エルドボルグ」(「火の町」という意味)をはじめ、大小様々なイベントスペースがあり、そこで12月27日から30日までの4日間、昼過ぎから深夜に渡って様々なライブが繰り広げられた。
My Bloody Valentineの頭脳、ケヴィン・シールズの初のソロライブを目撃
今回筆者の「アイスランド行き」のもうひとつの目的は、「ケヴィン・シールズのソロライブをこの目で観る」というものだった。1990年代以降のギターバンドに計り知れない影響を与えたMy Bloody Valentine。その頭脳であるケヴィン・シールズが、ソロ名義でライブを行なうのは今回が初めてであり、長年彼らを追い続けている筆者にとって、これを見逃すわけにはいかなかったのだ。
ケヴィンの出番は、フェス2日目(30日)の深夜23時半。ステージには5台のマーシャル・ギターアンプが要塞のようにそびえ立ち、向かって左にはドラムキットが組み立てられている。定刻から30分ほど過ぎた頃、J・マスシス(Dinosaur Jr.)のツアーサポートなどでも活躍しているティム・ヘルゾグ(Godspeed You! Black Emperor)を引き連れ、ケヴィン・シールズが姿を現した。
左から:ティム・ヘルゾグ(Godspeed You! Black Emperor)、ケヴィン・シールズ(My Bloody Valentine)
トレードマークのフェンダー・ジャズマスターをかき鳴らした瞬間、その場の空気が一変する。足元にズラリと並ぶ、数十台のエフェクターを通したそのサウンドは、増幅された倍音がまた新たな倍音を生み、溶け合い、弾け合いながら様々な色彩を放ってゆく。これが、本当にギター1本で鳴らされている音なのだろうか。しかも、鼓膜を突き破るほどの轟音なのに、不思議と心地よい。こんな音をギターで出せるのは、彼の他に誰がいるだろう。
そして驚いたのは、演奏された曲はどれもまだ一度も聴いたことがなかったことだ。終演後にケヴィンから聞いた話では、演奏したのは全て、今回のソロライブが決まったあとに作った曲だという。メロディーは、彼が影響を受けたJ・マスシスやSpacemen 3のような、ダウナーかつヘヴィーサイケの要素もありながら、『Isn’t Anything』(1988年)の頃のMy Bloody Valentineを彷彿させるポップさもあって、とても「ケヴィンらしい」ものだった。たった数か月で、これだけのクオリティーの楽曲を作れるのだから、来るべきMy Bloody Valentineの新作にもより一層期待せずにはいられない。
19か月に及ぶワールドツアーの終着――Sigur Ros、故郷・レイキャヴィクで万感の凱旋ライブ
ヘッドライナーのSigur Rosだが、彼らのライブは4日間毎晩行われ、筆者は3日目と最終日の計2公演を観ることができた。19か月に渡るワールドツアーの締めくくりを、故郷のレイキャヴィクで行うということもあり、オーディエンスの気合いと熱気も開演前からひしひしと伝わってくる。
セットリストは、2017年夏の来日公演の際と同様、休憩を挟んだ2部構成。“Á”で幕を開ける1部は、未リリースの新曲“Niður”を含む抑揚をグッと抑えた展開だ。長年メンバーだったキャータン(Key)が脱退し、3人編成となった彼らのアンサンブルは、ストイックなまでに研ぎ澄まされていた。
限られた音数のなかで、どれだけ豊かな表現ができるか。そこへ向かって果敢にチャレンジする彼らを、オーディエンス全員が固唾を呑んで見守る。たとえば“Dauðalagið”のエンディングで、果てしなく続くヨンシーのロングトーンが終わった瞬間には、堰を切ったような歓声が巻き起こったのだった。
第1部が「静」だとすれば、第2部は「動」のセクションと言っていいだろう。放射線状に張り巡らされた照明装置や、半透明のスクリーンなどを駆使した華やかな映像が、“Sæglópur”や“Ný batter픓Festival”といった楽曲の躍動感、高揚感とシンクロし、会場は異次元空間と化す。
ここぞとばかりにヨンシーも、客席に向けて拳を突き上げ、ステージ前方ギリギリまで乗り出し煽るようにシャウトする。最後の曲“Popplagið”を演奏する頃には、ほとんどの人が席から立ち上がり、終演後に「Tak(ありがとう)」の文字がバックスクリーンに映し出されるなか、いつまでも拍手が鳴り止まなかった。
絶景に想いを馳せながら聴く、Sigur Rosの美しく雄大な音楽
今回、Sigur Rosの演奏をアイスランドで聴いて実感したのは、やはりこの国の大自然と彼らの音楽は、とても深くつながっているということだった。凍てつく夜空に舞うオーロラや、岩の裂け目から吹き出す間欠泉、火山によって引き裂かれた地表などを目の当たりにし、そんな手つかずの自然と共存している人々を見ていると、「やはり彼らの音楽は、ここで生まれるべくして生まれたのだ」と思い知らされるのだ。
Sigur Rosの音楽を想起させるアイスランドの絶景の数々
以前どこかのインタビューで、自分たちの音楽とアイスランドの自然について訊かれた際、ヨンシーはその関係性について否定的なコメントを出していたことがあった。
しかし、たとえばオッリの打ち鳴らすドラムスからは、岩を打ち砕くような大滝スコゥガフォスの轟きを筆者は感じたし、それとは対極をなす張り詰めたピアノの音には、極夜の空の静けさを確かに想起した。Sigur Rosだけでなく、他の多くのアイスランド出身のアーティストからも、そんな大自然の影響を感じることができたし、それこそがアイスランド音楽に流れる共通のトーンと言えるのかもしれない。
それにしても、なんて親密なフェス空間だったことだろう。冒頭で「Sigur Ros忘年会」と述べたが、一般のオーディエンスに混じってビョークがフラリと遊びに来ていたり、Sigur Rosのバンド名の由来にもなったヨンシーの妹の誕生日をステージ上で祝ったり、まるで大家族の集まる宴会場へ迷い込んでしまったような4日間だった。
今回が記念すべき第1回となる『Norður og Niður』、こんな忘年会なら毎年参加したいものだ。
12月30日の公演のあとに撮影された写真。2013年に脱退したキャータンとともに
- プロフィール
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- Sigur Ros (しがー ろす)
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アイスランドを代表する唯一無比の3ピース・バンド。1997年にリリースされたファースト・アルバム『Von』(希望)でデビュー。その後、リリースされた『Agaetis Byrjun』(良き船出)で日本デビューを果たす。2002年に発売された『( )』はより高い評価を得て、グラミー賞へのノミネートなど数々の賞を受賞することとなる。2005年、『Takk...』(ありがとう)を発表。2007年には故郷アイスランドで全編撮影されたドキュメンタリー『Heima』(故郷)をリリース。翌年2008年に『Med sud i eyrum vid spilum endalaust』(残響)をリリースし、全米15位、全英5位、日本の洋楽チャート5位とバンドにとって史上最高位のチャートアクションを世界中で記録。同年10月には全4公演全てソールド・アウトとなった日本ツアーを行う。2008年11月、突如発表された活動休止宣言その直前に、ロンドンで行なわれた2公演を収録したライブ盤『Inni』をリリース。2012年5月、4年ぶりとなるアルバム『Valtari』(遠い鼓動)をリリースすると、史上最高全米位となる全米7位、全英8位を記録。2013年、日本武道館での公演を含む4都市で行われる日本ツアーで来日。同年発表の7作目『Kveikur』(クウェイカー)は全英9位、全米14位、オリコン19位を獲得。2017年12月、アイスランドの首都・レイキャヴィクにて、アートフェスティバル『Norður og Niður』を開催した。