写真家・田附勝が撮る、スウェーデンをめぐる文化の境界

福祉が充実し、心穏やかに暮らせる住みやすい国。一般的なスウェーデンのイメージは、そんなところだろう。しかし、実際にその地に足を踏み入れた人間の目には、どんな場所に映るのか?

写真家・田附勝がスウェーデンを旅した過程で遭遇したさまざまなエピソードと、彼の撮影した写真を紹介。そこから日本人が知らない、スウェーデンの実像を伝える連載企画。第2回となる本記事では、スウェーデンに見られる「異文化の交錯」にクローズアップした。

メイン画像:ゴッドランド島の海岸(撮影:田附勝)

緊張関係にあったロシアの巨匠が撮影したスウェーデンの地

スコットランド南部にある港町から船で3時間ほど行くと、ゴットランド島というバルト海に浮かぶ島に着く。島の玄関口となるヴェスビーはスウェーデンの町にもよく見られる赤レンガの屋根が並び、開放的な気持ちにさせてくれる。スタジオジブリ『魔女の宅急便』(1989年、宮崎駿監督)に出てくる町並みのモデルといわれている町でもあり、この島を訪れる多くの日本人観光客は、高台からこの家々を見下ろすことを目的にする。

ゴットランド島の港町(撮影:田尾圭一郎)
ゴットランド島の港町(撮影:田尾圭一郎)

いっぽうで田附の目的は異なった。早々に港町を通り抜け、ゴットランド島の東側に位置する海岸に出る。バルト海の向こう側にあるバルト三国を臨む場所だ。ここは、ソ連を代表する映画監督のアンドレイ・タルコフスキーの最期の作品『サクリファイス』(1986年)の撮影場所。印象的な家が燃え上がるシーンは、この海岸で撮られた。

タルコフスキーは撮影にあたり、当初、島の北側の海岸をロケ地に希望していたが、スウェーデン国の許可が下りず、先にふれた東側に落ち着いた。なんでも、「映画の撮影と称して海岸の先にあるスウェーデン国をスパイしようとしているのではないか」という嫌疑がかけられ、撮影許可が下りなかったといわれている。そうしたロシアとスウェーデンの緊張関係は現在も続いており、ロシアの圧力に対するため、2018年1月にスウェーデンは徴兵制を再開した。

当然、撮影されたのは30年以上も昔のことで、大まかな地形や景色は変わらなくても、生えている草木は当時と異なる。ロシア(ソ連)出身のタルコフスキーは、ファインダー越しになにを撮ろうとしていたのだろうか? そして、わざわざ緊張関係にあるスウェーデンを撮影場所に選んだことを、現代に生きる我々はどう受け止められるだろうか? 田附と私は、映画のシーンと見比べながら、映画に使用された家の建てられた場所を探した。

何千年も変わらぬ人間の業が伝わる歴史の足あと

海をまたいだ近隣国との軋轢は、近現代に限らず、スウェーデンの歴史においてずっと続いている。スウェーデンの南部には、ゲルマン人が使ったルーン文字の石碑が点在している。このエリアは何千年も前からゲルマン民族の北上に抗することが多く、約5000年前に描かれた岩絵にも、武器、悲しみ、争いといったモチーフが多くある。ミニマルに象徴化されたこれらの絵は対ロシア問題や移民問題といったかたちで現代にも通じており、人間の業が何千年経ったいまも残念ながら変わっていないことに衝撃を受ける。

ルーン文字の石碑(撮影:田附勝)
ルーン文字の石碑(撮影:田附勝)

また、同じく南部のトゥルストープ教会にはその敷地内にルーン石碑がある。スウェーデンの国土にある、宗教として浸透したキリスト教と、遺跡として取り残されたルーン文字。外来文化が既存のものと軋轢を繰り返すうちに提示した2つの可能性を、田附は撮った。

トゥルストープ教会のルーン石碑(撮影:田附勝)
トゥルストープ教会のルーン石碑(撮影:田附勝)

田附は、国や民族や文化の境界を撮ることで、問いを投げかける。たまたま私たちが生きている現代の状況がすべてではない。それが過去にどうなっていたか、現在にどうなっているか、未来にどうなり得るか。それらを思考するために、亀裂から可能性が見え隠れする場所を探し、撮る。その姿勢は、どこかタルコフスキーと重なるようにも感じられた。

書籍情報
『スウェーデン/Sverige』

価格:500円(税込)
出版:美術出版社

キャンペーン情報

田附勝がスウェーデンを旅し撮り下ろした写真に、田附に同行、本記事を執筆した編集者・田尾圭一郎の言葉を加えたフォトエッセイのアートブック『スウェーデン/Sverige』が発売中。先着10名様に、スウェーデン生まれのボルボのコンセプトストア「ボルボ スタジオ 青山」でプレゼントします。ご来店のうえ、スタッフにお問合せください。

ボルボ スタジオ 青山
東京都港区北青山3-3-11 1F
ショールーム・カフェ 10:00~18:00/シャンパンバー 18:00~22:00(L.O.21:30)

プロフィール
田附勝 (たつき まさる)

1974年富山県生まれ。1998年、フリーランスとして活動開始。同年、アート・トラックに出会い、9年間に渡り全国でトラックおよびドライバーの撮影を続け、2007年に写真集『DECOTORA』(リトルモア)を刊行。2011年に刊行した写真集『東北』(リトルモア)は、2006年から東北地方に通い、撮り続けたもの。現在もライフワークとして東北の地を訪れ、人と語らい、自然を敬いながら、シャッターを切り続けている。2012年、第37回(2011年度)木村伊兵衛写真賞を受賞。

田尾圭一郎 (たお けいいちろう)

1984年東京都生まれ。雑誌やwebを中心に現代美術の事業を展開する「美術手帖」にて、編集業務、地域芸術祭の広報支援、展示企画、アートプロジェクトのプロデュースに携わる。「やんばるアートフェスティバル2017-2018」広報統括プロデューサー。「美術手帖×VOLVO ART PROJECT」にて、定期的にアーティストによる展示を企画。webメディア「ソトガワ美術館」にて「手繰り寄せる地域鑑賞」を連載。「BIWAKOビエンナーレ2018」に参加。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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