『生理ちゃん』小山健の「頑張らない創作」を支えるサウナの存在

11月8日から公開されている映画『生理ちゃん』の原作漫画『ツキイチ!生理ちゃん』作者である小山健は、実は無類のサウナ好き。昨今のサウナブームが訪れる以前から足繁くサウナに通い、現在では週の半分以上を近所のスパで過ごす生活を送っている。

そんな小山のモットーは「頑張りすぎないこと」。漫画家の仕事と聞くと、締切に追われ、作業に次ぐ作業で眠れない日々を送っているイメージが強いが、彼は絶対に徹夜をしないと決めているという。無理をせず、自分のペースを維持する。そして、気分が乗らなければすぐに脱衣所へ。衣類を脱ぎ去り、サウナと水風呂を行き来する交互浴で気持ちをリフレッシュする。そのあとは仕事に戻ることもあれば、諦めてそのままゆっくりすることも。

小山はどのようにして現在の働き方にたどり着いたのだろうか。サウナーたちの間で聖地と崇められている上野のサウナ&カプセルホテル「北欧」で話を伺った。

まさに昇天する感覚だったんですよ。それで完全にハマってしまいました。

―小山さんは「北欧」にずっと来たかったそうですね。

小山:僕自身、8年ほど前にタナカカツキ先生の『サ道』(2011年、パルコ出版)を読んでサウナに興味を持ったんですけど、そのドラマ版で主人公たちのホームになっているのが、この「北欧」なんです。だから、聖地巡礼じゃないですけど、いつか行こうと思っていて。今回は絶好の機会をいただいたので、前入りして昨日の夜と今日の朝にサウナを堪能しました。

―聞くところによると、サウナの温度が高めに設定されているので、水風呂に入るときの爽快感が違うとか。

小山:大体80~90度くらいに設定しているところが多いんですけど、「北欧」は100度を超えていて。すぐに温まることができます。あと「アウフグース」(熱したサウナ石にアロマを含んだ水をかけ、発生した高温の蒸気をタオルで仰ぐパフォーマンス)を楽しみにして来ました。ただ、今回はサウナに人が多くて、あんまりゆっくりできなかったので、今度はもっと利用者の少ない時間帯を狙いたいと思ってます。 あと、外気浴スペースは寝転びながら空が見れて最高でした!

小山健(こやま けん)
東京都在住。会社員時代に趣味でブログに描いていたマンガ「手足をのばしてパタパタする」をきっかけにマンガやイラストを様々なところで執筆。
2013年に独立以降、雑誌・書籍・ウェブなどで幅広く活動中。
今回の取材場所となった「北欧」

―サウナと水風呂を行き来する交互浴を繰り返すと、血行がよくなるほか自律神経も刺激されるため、ものすごい快楽を得られるそうですね。その状態のことを「ととのう」と表現する人もいますが、小山さんもそれが目当てなんですか?

小山:そうですね。ただ、サウナに通いはじめた頃は交互浴に苦手意識があったんですよ。「水風呂、無理!」みたいな。でも、タナカカツキ先生がその先があると漫画で描かれていたので、もう信じるしかないと思って試行錯誤しながら通い続けたんです。そしたら、10回目くらいから様子が変わってきて、「あれ、これかな? この状態のことかな?」みたいな瞬間が何度かあって。

―それが確信に変わったのはどのタイミングだったんですか?

小山:個人的な感覚ではあるんですけど、完全に「これだ!」と感じたのは、水風呂から出て「ととのい椅子」に座ってるときにフワーーっと突き上げてくるようなものがあって、よだれをたらしそうになったときです。蛍光灯の光がキレイで、パチパチとしたきらめきが見えて、身体もビリビリして、まさに昇天する感覚だったんですよ。頭の先がスーッと上に引っ張られるというか。それで完全にハマってしまいました。

―各地にある有名なサウナを巡るようなことをされるんですか?

小山:あんまりしないですね。それよりも近所のスパによく行きます。僕はネームも作画もiPad Pro1台で完結するので、作業をするには最高の環境なんです。

奥さんにも「仕事に行ってくる」と伝えてからスパに向かいます。ウソではないので。休憩スペースで10時から18時くらいまでずっと作業をしているので、割と会社員に近い働き方かもしれないですね。とはいえ、自由に使える時間は全然違うと思いますが。

―どのタイミングでサウナに入るんですか?

小山:基本は仕事が終わってからですね。作業中は自分を追い込むことも多いんですけど、サウナに入ると気持ちがリセットされるんですよ。そうしたら、まっさらな気持ちで次の日も仕事に打ち込めるっていう。最近は、サウナに行かない人たちはよくボロボロの状態で1日を終えられるなとさえ思うようになりました。

―仕事の合間にサウナに入ることはないんですか?

小山:そういう場合もあります。もうどうしようもなく進まないときは水風呂か炭酸泉に入ってスッキリしたくなります。

ただ、さじ加減が難しくて。最近は、サウナに行き過ぎて原稿が進まないこともあって……やや依存に近いですよね。どうしても仕事よりサウナに入ってるほうが楽しいので、そちらに意識が行きがちになったり、交互浴を3回繰り返すと眠気がはんぱなくてやる気がなくなってしまうんです。だから多くても2回までに留めないといけない。その葛藤が常にあります。

絶対徹夜とかして体を壊してウツとかになりたくない。仕事も健康も家族との時間も全部手に入れたいです。

―サウナにまつわるトークイベントで「サウナがなかったら『生理ちゃん』も誕生してなかった」とおっしゃっていたと聞きました。

小山:漫画を描くのって本当にしんどいんですよ。僕は今、毎月36ページほど描いてるんですけど、それだけの量を完成させるのはすごく根気が必要で。もともとは喫茶店とかカフェでストーリーを考えてたけど、だんだんと悩む時間が増えてきて。それで気分転換にと思ってサウナに足を運んでみたら、すべての歯車が噛み合うようにアイデアが形になったんです。『生理ちゃん』も誕生くらいはしてたかもしれないけど、20話まで描くのはサウナなしでは無理だったと思います。

―サウナに入ると思考がクリアになるんでしょうね。ちなみに、普段はどのような行程で漫画を完成させているんですか?

小山:お話のもとになる「タネ」みたいなものを考えておいて、担当編集と一緒におしゃべりしながら構成を詰めていくんですけど、そこまでは割と楽しいんです。問題はネーム作りに移行してからで。どうしても辻褄が合わないとか、話していたときはおもしろかったけどいざ描いてみるとうまくいかない部分が出てくるんですね。それが本当に辛くて。ハマったときはすらすら描けるんですけど、ハマらないときはもう全然ダメ。

―それでサウナに入りたくなる?

小山:そうですね。ネームを仕上げたら担当編集から「こうしたらもっとよくなる」というチェックがあって、それから作画の作業がはじまるんです。1日3ページ描けば12日間で絶対36ページ完成するので、死んでも1日3ページ描くようにスケジュールを組みます。やる気がある日とかない日とか関係ない。絶対3ページ描く。「やりだせばやる」といつも心の中で唱えています。でもページによっては建物とか人をたくさん描かないといけないこともあって、明日4ページやればいいや……とずれ込んだりもします。

『ツキイチ!生理ちゃん』第1話より
実写映画化された『生理ちゃん』は11月8日から公開されている

―とはいえ、小山さんは締切を破ることはあまりないそうで。「頑張りすぎない」ことを心掛けながらも約束は守る。その絶妙なバランスをどのように保っているのでしょうか?

小山:今のところ漫画の連載を落としてないだけで、破ることもあります。

僕の心の師匠はタナカカツキ先生なんですね。いろんなところで漫画家として生きるための知恵をシェアされていて。タナカ先生は朝4時に起きて、昼12時まで仕事したら、あとはサウナに行ったり、ご友人と語り合ったりして21時には寝るそうです。そこまでの境地にはまだ至ってないのですが、なんとか昼の明るいうちに仕事を終わらせて、徹夜をしないようにしています。無理をして体を壊してウツとかになりたくない。仕事も、健康も、家族との時間も全部手に入れたいです。

―そのサイクルはいつ頃から確立されたんですか?

小山:『生理ちゃん』を描きはじめた頃はスケジュールもぐちゃぐちゃだったんですよね。それこそ、締切間近になってようやく本腰を入れて完成させる感じで。でも、徹夜は本当にしんどいし、気分も落ち込むから長くは続かないなと思うようになって。

そんなときにタナカカツキ先生の話を聞いて、生活を夜型から昼型にするようにしました。本当は朝型にしたいけど失敗を繰り返しています。あとは子どもが生まれたことも大きな理由になっていると思います。夜遅くまで仕事をしてしまうと、接する時間が減ってしまうし、奥さんにも負担かけることになってしまう。今は子どもと一緒に寝ることがなによりの幸せなので、家族が寝たあとに作業をするみたいなこともしたくないんです。

サウナーにプロもアマもないだろうっていう。言ってしまえば、みんな同じ快楽の享受者。

―奥さんと一緒にサウナに行かれることは?

小山:行かないですね。あんまり興味がないみたいで。僕自身は、奥さんに限らずみんなサウナに行ったほうがいいと思ってるんですけど、いくら誘っても行かない人は行かないですから。それは生まれ持った探究心みたいなものの違いなのかなって。だから、最近は人におすすめするようなことはしてなくて。自分のタイミングもあるだろうし、気分が乗ったら足を運べばいいと思います。

―サウナ仲間がいるという方もいますよね。そういった存在はいますか?

小山:それがいないんですよ。身近な人は仕事や家庭で忙しそうだったりして。でも、サウナ仲間はほしいですよね。アシスタントを雇うようになったら、一緒に行きたいな。錦糸町にある「ニューウィング」はレストランが雑多な感じですごくいいなと思っているので、何人かで行ってみたいです。

―小山さんはサウナが題材の作品を作ろうと考えたことはありますか?

小山:簡単な日記漫画を描いたことはあるけど、あんまり気が進みませんでした。タナカカツキ先生やまんしゅうきつこ先生がすでに描いていらっしゃるので、僕は僕で別のカルチャーを探すしかないです。実は今回の取材を契機に、サウナについて語ることも最後にしたかったんです。超ロングインタビューの超ロング記事にしてもらって。それはちょっと難しいですよね。でもサウナのことなんて誰に聞いてもいっしょだと思います。そのへんのおじさんに聞いても僕に聞いても。

小山:全員ただの快楽の享受者で、サウナーにプロもアマもないのに「プロサウナー」ってなんだろうとは思います。週8回行ってても月1回でも、たくさんの施設に行ってても、近所の銭湯に行くだけでも、みんなただの享受者。肩書きもなにもかも脱ぎ捨てられるのが最高なのに、プロサウナーっていう肩書きが持ち込まれて、新しくサウナに行きたいと思う人たちの敷居を上げてしまうのはいやだなって思います。プロはサウナの経営者だけ。

僕自身、本当に疲れすぎてるときにめちゃくちゃ暑いサウナに入ったり、めちゃくちゃ冷たい水風呂に入ったりすると体調が悪くなってしまうので、寝湯でただゆったりすることもありますし。気分がよくなればなんでもいいと思います。

「北欧」のお風呂

サウナと水風呂を行き来しているときの僕の姿は人間として絶対に美しいと思うんですよ。

―個人ごとにこだわりがあるにしろ、それをプロとアマで分けるのは違和感があると。それでいうと、小山さんがサウナを楽しむために個人的に実践されていることはありますか?

小山:普段は水風呂に軽く浸かってからサウナに入るようにしています。そうすると、1週目のサウナからポカポカして気持ちいいです。それと小さな工夫ですけど水風呂に入ってから水をバシャっと顔にかけて、それを拭わずにまつ毛に水を含ませたまま薄目をすると、照明が乱反射してキレイですし、おっさんたちも万華鏡の光のようになって美しいです。

―どのタイミングでその楽しみを見つけたんですか?

小山:銭湯をより楽しむ方法はないかと考えるようになってからだと思います。本音を言えば、交互浴の1周目って少し億劫なところもあって、それで工夫をするようになったというか。ちなみに、自分で言うのもなんですけど、サウナと水風呂を行き来しているときの僕の姿は人間として絶対に美しいと思います。ものすごく野生的というか、本能のままに動いているわけですから。それでいて、マナーもしっかり守っている。

―焦る気持ちをグッと抑えて行動しているわけですよね。

小山:そうです。目を閉じてきちんと自分の世界を作るのも大切です。そうしないとペースを乱されて、「ととのい椅子」が空いてないかチラチラ見て、まだなにも掴めていないのに水風呂から出て移動しちゃったりしてしまうので。

もちろん常に完璧な状態なわけじゃないですが、それもしょうがないと納得することも大切だと思います。あんまり理想を求めすぎても自分を追い込むだけですし。細かなルールはあんまり設定しないようにしています。

―こうして話を聞いているうちに、小山さんにとってサウナは気持ちを切り替える儀式に近いのかなと思いました。創作に向き合うためのスイッチというか。

小山:創作活動を長く続けるなら、しんどいことはどんどんなくしていった方がいいと思います。辛いことって続かないですから。僕は過去に会社に勤めていたこともあるんですけど、ただただ辛くなってやめちゃいましたし。

―そうやって自分なりの楽しみ方を追求しながら、今後も仕事のためにサウナに通い続けるわけですね。

小山:そうですね。ずーっとサウナに行ってると思います。僕はたとえいい施設でも、帰りの電車のことを考えるとそんなに行きたいと思えないんですが、最近は原付で行ける圏内に湿度高めのサウナと深めの広い水風呂、露天に高濃度炭酸泉と外気浴スペースがあってあんまり混んでない、リニューアルして間もないキレイな銭湯を見つけたので最高です。ずっといます。

―『生理ちゃん』は実写映画も公開されましたし、これまで以上に多くの人に読まれる可能性も高まりそうです。

小山:もちろん、これまで以上に多くの人に読まれることはうれしいです。テーマとしては人種も国も関係ないので、世界でも読まれたらいいなと思っていますし翻訳されたものが実際に出版されています。

『生理ちゃん』の連載が終わったとして、またなにか描くと思いますが、サウナに行けば必ずアイデアが出るし疲れないので、あんまり不安はありません!

作品情報
『ツキイチ!生理ちゃん』

腹痛、頭痛、眠気、貧血、むくみ。「男はぜんぜん生理のイライラやつらさが分かっていない!」生理痛の原因を擬人化したキャラクターで表現した漫画。第23回・手塚治虫手塚治虫文化賞受賞作。

『生理ちゃん』

2019年11月8日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で公開

監督:品田俊介(フジテレビジョン)
脚本:赤松新(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)
原作:小山健『生理ちゃん』(KADOKAWA)
音楽:河内結衣
主題歌:the peggies“する”
出演:
二階堂ふみ
伊藤沙莉
松風理咲
須藤蓮
狩野見恭兵
豊嶋花
信太昌之
藤原光博(リットン調査団)
中野公美子
鈴木晋介
広岡由里子
笠松伴助
小柳津林太郎
八木橋聡美
安藤美優
竹村仁志
田宮緑子
飯田愛美
岡田義徳
上映時間:75分
配給:よしもとクリエイティブ・エージェンシー

イベント情報
第2回『電影交差点』

2019年11月19日(火)
会場:東京都 渋谷ヒカリエ MADO
出演:
井樫彩
大橋裕之
小山健
料金:1,000円

施設情報
サウナ&カプセルホテル北欧

住所:〒110-0005東京都台東区上野7-2-16
電話:03-3845-8000

プロフィール
小山健 (こやま けん)

東京都在住。会社員時代に趣味でブログに描いていたマンガ「手足をのばしてパタパタする」をきっかけにマンガやイラストを様々なところで執筆。2013年に独立以降、雑誌・書籍・ウェブなどで幅広く活動中。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

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かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

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スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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