「男の」の枕詞はもう不要 杉作J太郎と劔樹人が語る今後の墓場プロ

杉作J太郎が2003年に立ち上げた映画製作集団「男の墓場プロダクション」が、突如「狼の墓場プロダクション」に改名したという報せが飛び込んできた。長きに渡って愛用してきた名前を変更するのは、杉作本人はもちろん関係者にとっても大きなインパクトがあったに違いない。この突然の出来事はどうして起こったのだろうか。それを今回は紐解いていきたい。対談のパートナーは、自身も墓場プロのメンバーである劔樹人。杉作J太郎はどのような思いで改名を決断したのか。その内実に迫る。

杉作さんが「『男』にこだわる必要はない」とおっしゃったことでハッとさせられました。(劔)

―いきなり本題ですが、なぜ杉作さんは2020年のこの時期に「男の墓場プロダクション」から「狼の墓場プロダクション」に改名をしようと考えたのでしょうか。

杉作:そもそも「男の墓場プロダクション」は、後藤真希さん主演の『青春ばかちん料理塾』(斉藤郁宏監督 / 2003年)っていう映画を男仲間と一緒に観た直後に、「女の子だからという理由だけで後藤真希に料理を作らせるなんてふざけんじゃねえ。自分たちで映画を作って、ハジキを持ってもらおう!」なんて言ってできたすごく私的なプロダクションなんです。だから、当時は女性がメンバーとして参加するなんて夢にも思っていなくて。

―後藤真希さんを映画に呼ぶために結成されたわけですね。

杉作:はい。後藤さんが将来困ったときのために、ちゃんとした会社にしておこうって(笑)。その頃も女性スタッフはいたんですけど、「男の墓場プロダクション」の名刺を持っているメンバーは男しかいなかったんですよ。

でも、その後、惜しくも解散してしまったバニラビーンズの二人と、声優の浅野真澄さんが墓場プロに参加して、しかも名刺を持つようになったんですね。その頃から「男の」という名前が引っかかっていたんですけど、3人ともそれぞれ自分の活動ですでに名が通っている方だったので、うちでは出世を目指していないだろうということでそのままにしていました。

ただ、最近になって「ひなた」という名前の女性スタッフが入りましてね。これが大変に活発で、しかもまだ10代なので未来もある。そういう女性が「男の墓場プロダクション」という名前の集団にいるっていうのが、あまりにも現実に即してない気がしまして。

杉作J太郎(すぎさく じぇーたろう)
マンガ家・映画監督・脚本家、狼の墓場プロダクション局長。1961年愛媛県生まれ。現在は、南海放送『MOTTO!! 痛快!杉作J太郎のどっきりナイトナイトナイト』に出演。

―未来ある女性に「男の」という文字が当てがわれている集団に在籍させたくなかったと。

杉作:不思議なもので、うちのプロダクションの活動に興味を持ってくれる人って今では女性が多いんですよ。だから、今後のことを考えて改名しよう、と。もう「男の」っていう枕の価値もないだろうし。

それでどうしようかと考えていたんですけど、うちには「馬五狼(うまごろう)」という名前の男性スタッフがいまして。僕も名前の末尾を「狼」にすることがあったものですから、ひなたが「私も狼を名前につけたい」と言うんです。それで「狼の墓場プロダクション」にしようと。なので、「狼」に大きな意味があるわけではなく、とにかく「男」を取りたかったっていうのが改名の理由になっています。

―改名の話を受けて、劔さんはその感動をご自身のTwitterにも書かれていましたよね。

:そうですね。今回の件について、僕はものすごく感動しまして。世の中がいろいろと変わってきているにもかかわらず、昔の価値観を引きずっている年配の男性もいるじゃないですか。でも、杉作さんは長く使ってきた名前をパッと捨ててしまった。その潔さに感動して。

正直なことを言えば、僕自身は「男の墓場プロダクション」という名前になんの疑問も感じていなかったんですよね。でも、杉作さんが「『男』にこだわる必要はない」とおっしゃったことでハッとさせられたというか、賛同の意を表明しないといけない気持ちになりました。

劔樹人(つるぎ みきと)
漫画家。「あらかじめ決められた恋人たちへ」のベーシスト。2014年にイラストエッセイストの犬山紙子と結婚、兼業主夫となった生活を描いたコミックエッセイ『今日も妻のくつ下は、片方ない。 妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました』(双葉社)が話題となり、『主夫の友アワード2018』を受賞。

娘が大きくなったときに、女性の辛さみたいなものを感じさせていいのか? と思ったんです。(劔)

―そのことについて、劔さんは墓場プロのメンバーと話したりしましたか?

:墓場プロのメンバーは各地に点在しているので、これと言って話題にしたりはしていないのですが、なにも言わずともTwitterのプロフィールを次々と変えている様子を見て、杉作さんの思いをみんながちゃんと受け止めているんだなと感じました。杉作さんも特に連絡とかしていないですよね?

杉作:してないよ。でも、みんな同じような気持ちがぼんやりあった気がするね。自分たちがまさに昔そうだったように、世の中には「男」という性別の上であぐらをかいていることにすら気づいてない人も多いと思うんですよ。いつまでも男に特権があると思っている人はどうかしているんじゃないかなと思います。2000年以降、世界的に見ても特に女性の活躍がめざましいですよね。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(ジョージ・ミラー監督 / 2015年)でも『アベンジャーズ』シリーズでも活躍しているのは女性だし、それが当たり前の世の中になっていますよ。

:海外は意識的にやっていますよね。それこそ、無理にでも変えていかないといけない段階ですから。僕はヘテロ男性として生まれてきたので、女性が受けている損害を感じたことはなかったし、考えたこともなかったんですよ。でも、娘が生まれたことで意識が変わりまして。

娘が大きくなったときに、女性の辛さみたいなものを感じさせていいのか? と思ったことが自分の考えを変えるきっかけになっています。そういうことがあったから自分はよかったですが、それがない人ってすごく多いだろうと感じることはよくあります。

杉作:僕自身、男性である特権によってこれまでいろんな仕事ができた自覚もあるのですが、今はそれを来るべき「狼の墓場プロダクション」の女性幹部誕生のために継承していきたいと思ってるんですよ。3年ほど前から南海放送でラジオ番組『MOTTO!! 痛快!杉作J太郎のどっきりナイトナイトナイト』のパーソナリティを務めているんですけど、最初こそ僕がメインでいろいろ話してましたが、今はパートナーの女性に話を主導してもらうことも多くて。加えて、一緒に仕事をしている人の比率が女性7、男3くらいなんですよ。仕切っているディレクターも女性だし。

左から:劔樹人、杉作J太郎

―都会より地方のほうが男性社会的な構造が根深い印象があったのですが、そうじゃないんですね。

杉作:都会ってメカニズムで動くところがありますよね。そうすると、実際に誰が動いているのかがわかりにくくなるんですよ。でも、人が少ない場所だと誰がバリバリ働いているのかがすぐわかる。そこで活躍しているのが、南海放送では女性なんです。

:なるほど。菅内閣の官僚に女性が二人しかいないみたいなニュースが話題になる世の中において、そういう状況になっているのは素晴らしいことだと思います。

杉作:僕、『ワールドビジネスサテライト』(テレビ東京)は小谷真生子さんがメインキャスターだった時代が一番好きでね。サブキャスターに梅津智史さんがいたんですけど、すごくよかったんですよね。そんなふうに、これからしばらくは無理にでも男性が女性のサブになる体制を作っていくほうがいいと思うんです。女性が無意味に虐げられてきたのは事実ですから。

:杉作さんがおっしゃっているように、無理にでもやっていかないとここから先どうにもならないよなって思うことはすごく多いです。事実として、日本は男女で収入の格差があるわけですし。

杉作:その通りだよね。そのことにはじめて気がついたのは、墓場プロではじめて映画を撮ったときに、新宿のロフトプラスワンで全スタッフとキャストを集めて発足式を開いたときでした。

女性の出演者とスタッフを交えたトークセッションを催したんですけど、スタッフはどこかの会社に所属しながらボランティアで参加してもらっていたから、話が脱線してそれぞれの会社における辛い状況について語ることになりましてね。そしたら、泣き出しちゃう子がいたんですよ。僕は会社に勤めたことがないので、そんなに辛い状況に立たされていることをはじめて知ったんですけど、当日のテーマそっちのけで親身になって話を聞いちゃいました。一緒に登壇していたロマン優光が話をもとに戻そうとするんですけど、それも「うるさい!」って遮ったりしちゃって(笑)。

杉作J太郎

―そうすると、今回の改名にも通じるひと幕が10年以上前にあったわけですね。

杉作:そういうことですね。「男にしかわからない」みたいなものがあると思ってしまうんだろうなと。結局「男の」って言葉で楽をしていたんだと思います。自分も、説明やエクスキューズがなくてもそれで通じると思い込んでいました。

―それは杉作さんの反省もこもっているのでしょうか?

杉作:そうですね。自分も男性ですから、不用意に女性を馬鹿にしたりしてなかったかな? と考えます。実際、子どもの頃は男性向けの漫画にくらべて女性向けの漫画はつまらないと思っていた時期がありましたから。

:僕もそういう考えはありましたね。僕も男性ばかりの集まりにいることが多くて。それはホモソーシャル的に女性を卑下して笑いものにしたいというわけではなく、単純に女性の目を気にせずにいられることに安堵するためだったはずなんですけど、結果として女性を卑下したり笑いものにするようなこともしてきました。それは間違っていたと思います。墓場プロも成り立ちとしては同じで、当初は気の合う同性の仲間たちで結成したわけですよね。

杉作:それが間違いだと気づかせてくれたのが、モーニング娘。なんですよ。それまでのアイドルと彼女たちのなにが大きく違ったかというと、自分たちの言葉で発言することが多かったんですね。なかには主体性がありすぎて、スタッフの言うことを聞かずにルールを破っていた子もいましたけど(笑)。それも今思うとしっかりとしてるがゆえの行為だったのではないかと思います。

今はまだ過渡期の厳しい時代だけど、少しずつ前進できているはず。(杉作)

―劔さんは家庭で性差の問題について話すこともありますか?

杉作:劔家は、時代の規範だよね。

:いやいや。僕自身、勉強することばかりですよ。

杉作:パートナー二人がいて、どちらかが子どもの面倒をみて、どちらかが働かないといけない状況であれば、二人で相談した上でそのときに働きたいほうが働けばいいと思うんだよ。それが当然のはずなんだけど、社会の認識がそこまで辿り着いてないよね。

:だから、僕も男性主体で子育てをする苦難があるんですよ。新幹線で通報されたりとか(笑)。

―新幹線に乗っていたら、娘さんが泣き出してしまって、一緒にいた劔さんが不審者と間違えられて通報されたんですよね。「子育ては女性がするもの」というイメージが根強い社会だからこその出来事というか。

杉作:今はまだ過渡期の厳しい時代だよね。男性が女性を声の大きさや腕力で屈させるってこともあるわけだし。

でも、少しずつ前進していると思いたいですね。飛行機のパイロットは昔は男ばかりだったけど、最近は女性の副操縦士の姿も見るし、珍しいけど機長もいるみたいだから。数年もしたら女性の操縦士がもっと当たり前に活躍していると思うし、そういう社会になっていくべきです。艦隊もののアニメでも、僕が好きな作品は女性が艦長のことが多いですし。三石琴乃さんなんて、『機動戦士ガンダムSEED』でも艦長、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』でも艦長ですから。

:パイロットにしてもそうだし、リーダー的な役も男性がどうしても多かったのは性差によるものとして正当化されていたと思うんです。でも今は、研究によって性差より個人差のほうが大きいというのは判明してきていますし、もともと男性の仕事だと考えられていた職業に女性が就くのもまったくおかしくないですよね。

杉作:プロ野球の監督も女性から生まれていい。性差でなにかができないとかはもう完全なフィクション。女性ということで職業が限定されず、その人らしく生きることができる社会になってほしいから、そういう誤った認識がまだ自分の中にあればそれを取っ払っていきたいと思います。

「狼の墓場」プロダクションのロゴ
「狼の墓場」プロダクションのロゴ(サイトを見る

―最後に「狼の墓場プロダクション」の今後について伺いたいです。

杉作:もうね、次回作の構想はすでにあるんですよ。主役はスナイパー。『キル・ビル Vol.2』(クエンティン・タランティーノ監督 / 2004年)でマイケル・マドセンが演じていた殺し屋みたいな女性が、我欲の強い男たちを皆殺しにしていくっていう単純明快な物語を描こうと思っています。実は劔くんの役はもう決まっていて。島にいるコンビニの店員。すごくいい役なんだから。

:ありがとうございます。僕、見たことありそうなコンビニの店員役とかやらせたら、誰よりも素晴らしく演じられると思いますよ(笑)。杉作さんの次回作、撮影がスタートするのを心待ちにしています。

番組情報
『MOTTO!! 痛快!杉作J太郎のどっきりナイトナイトナイト』(ラジオ)

日時:毎週土曜21:00~23:00
配信:南海放送

プロフィール
杉作J太郎 (すぎさく じぇーたろう)

マンガ家・映画監督・脚本家、狼の墓場プロダクション局長。1961年愛媛県生まれ。監督作品に『仁侠秘録 人間狩り』、『怪奇!!幽霊スナック殴り込み!』、『やる気まんまん』、『チョコレート・デリンジャー』(製作中)。著書に『ボンクラ映画魂 三角マークの男優たち』(洋泉社)、『仁義なき戦い浪漫アルバム』(共著、徳間書店)、『男の花道』(ちくま文庫)、『応答せよ巨大ロボット、ジェノバ』(扶桑社)等。

劔樹人 (つるぎ みきと)

漫画家。「あらかじめ決められた恋人たちへ」のベーシスト。2014年にイラストエッセイストの犬山紙子と結婚、兼業主夫となった生活を描いたコミックエッセイ「今日も妻のくつ下は、片方ない。 妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました」(双葉社)が話題となり、「主夫の友アワード2018」を受賞。2017年に長女が誕生。他、著書に「あの頃。~男子かしまし物語~」(イースト・プレス)、「高校生のブルース」(太田出版)。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

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かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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