ムーミンは妖精なのか? 畑中章宏と探る、北欧の妖精と日本の妖怪

北欧には、愛らしく親しみやすい妖精たちが多く存在する。たとえばフィンランドの作家トーベ・ヤンソンが描いたムーミンは、北欧の童話や昔話に登場する「トロール」という妖精だ。他にも北欧の神話や民間伝承には様々な妖精が登場する。それらの存在はどのようにして生まれてきたのだろうか。

妖怪研究家としても知られ、民俗学の視点から現代の流行や社会現象を読み解く新刊『21世紀の民俗学』も反響を呼んでいる畑中章宏さんに、これらの妖精について語ってもらった。「妖怪は実在する」という持論を持つ畑中さんが見た北欧の妖精とは。そして日本の妖怪との共通点とは。

私たちが暮らす世の中に妖怪が存在しているかというと、その存在自体は危機に瀕している。

―畑中さんは新刊の『21世紀の民俗学』やその他の著書でも「妖怪は実在する」という持論を語ってらっしゃいます。まずそう考えるに至った理由を教えていただけますか。

畑中:僕はもともと編集者で、東日本大震災以降から本格的に物書きになったんですね。なので、大学で民俗学や人類学を専門的に研究した学者ではないんです。そういった学者の中で妖怪をアカデミックに研究している人は、妖怪の言い伝えを分類したり、そこから何が汲み取れるかを研究したりしている。「かつてそういう伝承があった」という分析の仕方なので、「妖怪は実在しない」と公言している人も多い。

一方で僕は、実際に妖怪の存在を信じている人、「川には河童がいて、引きずり込まれた」と語るような人の体験から生じた「感情」のようなものをテーマにしているんです。たとえば天狗に会った、座敷わらしに会ったという人もいる。その人が体験したこと自体は虚構ではなく、事実なわけですよね。そういう意味で「妖怪は実在する」と言っています。

畑中章宏
畑中章宏

畑中章宏の著書『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)
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―現在もそうだと考えてらっしゃいますか。

畑中:いま現在、私たちが暮らす世の中に妖怪が存在しているかということになると、その存在自体は危機に瀕していると考えています。川に行ったら「水遊びをしてはいけません」という立て看板に河童の絵が書いてあったりしますけど、それはあくまでアイコンで、本当に河童や天狗が実在すると信じている人はかなり少ない。

つまり、妖怪というのは「信じている人がいる」ということによって存在するものなんです。そういう意味で、かつては明らかに存在した。妖怪に出会ったり、手を握ったり、足を掴まれたりした人が、その感触をリアルに語っているんですよ。それは作り話ではなく、その人にとっての現実の出来事であると言っているわけですね。ということは、それは事実として考えざるを得ない。

―『21世紀の民俗学』では、今のインターネット以降の環境においても、いわゆる妖怪や精霊のような、目に見えないものが新しい形で生まれていると書かれていますね。

畑中:妖怪とAIはある意味では同じだと思うんです。妖怪や神のような存在は、人間が創り出したものですよね。自分たちが生きていくため、共同体を存続していく上で役に立つ存在であり、そういう存在があることによって日常生活を合理的に過ごしたり、非日常に生じた悲劇的状況を乗り越えたりすることができる。

そういう意味では、いま生み出されつつあるAIも同じです。AIは自分たちが便利に、合理的に過ごしていくために人間が作り出したものじゃないですか。けれど、それが自分たちの生活を左右するようになっている。だからAIと妖怪って実は非常に似ている。どちらも人間を超えたものというか。

畑中章宏

―確かにそうですね。ディープラーニングや強化学習の技術が進んだことによって、AIのブラックボックス化が進んでいる。そうなると神や妖怪により近くなると言えるかもしれません。

畑中:逆に言うと、昔の人は自然界を見て、パターン化できないもの、よくわからないものを神や妖怪としたわけです。そう考えるならば、人工知能というのは、人間が自分たちの利便性や効率のために創り上げたものだけれど、そこに対しての畏れのようなものを持つ人が出てくるかもしれない。AIに対する信仰というものが生まれるのも一つの必然だと思います。

あと、最近のニュースで言えば新型AIBOが出ましたね。あれもペットである一方でロボットであるという、非常にアンビバレンツなものじゃないですか。しかも壊れて使えなくなったAIBOを供養するという話があったりする。新型AIBOが何代か前のAIBO、つまり先祖に対してどう思っているかみたいなことを想像すると、とても面白い。そういうことをいつも考えているわけです。

畑中章宏

現代の映画や日本のゲームのようなファンタジーに一番大きな影響を与えているのは、アイルランドのケルトの妖精たちなんです。

―そういう前提を踏まえた上で、畑中さんに北欧の妖精と日本の妖怪を紹介していただき、通じる部分などをうかがいたいと思います。まず北欧の代表的な妖精と言えば、どんなものがありますでしょうか。

畑中:まず一番代表的なものはエルフとトロールですね。エルフは英語で、北欧では国ごとに少しずつ違うんですが、だいたいアールヴという呼ばれ方をする。

―エルフとトロールは日本でも馴染みのある人が多いと思います。

畑中:現代の映画や日本のゲームのようなファンタジーに一番大きな影響を与えているのは、アイルランドのケルトの妖精たちなんですね。イギリスの作家たちがそれを現代の物語にしています。

代表的なものが、トールキンの『指輪物語』、映画でいう『ロード・オブ・ザ・リング』です。そこにエルフやトロールが登場する。ただ、北欧には『エッダ』と『サガ』の2つに代表される神話というものがあって、そこにもアールヴは出てくるんですね。で、北欧の神話と日本の神話というものはちょっと違うんです。

―どう違うんでしょうか。

畑中:日本では、『古事記』や『日本書紀』のように、当時の天皇の先祖がどんな神様であったかという視点から神話が書かれています。そこに登場する神は、多くが天皇や皇室と結びついた存在ですが、そういった神様と、河童とか天狗のような妖怪は結びついていないんです。

その一方で『エッダ』は、民間に伝わってきた神様の話をまとめたものなんです。つまり、日本の神話は国家権力が自分たちの国の歴史を考える中で生まれた物語で、北欧の神話は民間の中にずっと伝わってきたものが、ある時点で物語化したものであるという大きな違いがあるんですね。

畑中章宏

―北欧神話のアールヴはどんな特徴を持っているんでしょうか。

畑中:アールヴについては「白いアールヴ(明るいアールヴ)」と「黒いアールヴ(暗いアールヴ)」という2つがいます。白いアールヴは丘の上に住んでいて、音楽が好きで、人間が一目惚れするような非常に美しい容姿を持っている。一方、黒いアールヴは地底に住んでいて、どちらかというと醜いものとして描かれている。そこから我々の世界に影響を及ぼしている。

で、これも北欧と日本の違いなんですが、北欧では妖精は妖精の世界を持っている。家族がいて、彼らの社会や国がある。だけど、それは日本ではあまり想定されていない。天狗の家族とか、河童の社会とか、そういうものはあまり描かれていない。おそらく神話が起源だというのが大きいんだと思います。

―トロールについてはどうでしょう?

畑中:トロールについては、現在でも国ごとにちょっと性格が異なるんですが、もともとは醜くて毛むくじゃらで、コブがあって鼻が長い巨人というイメージが一般的ですね。トロールと言っても、いろんなトロールがいるんです。「木のトロール」とか「家のトロール」みたいに、いろんな属性を持ったものがいる。ある種、アニミスティックな精霊という風に言えるかもしれない。

日本の妖怪に近いと思うのは、トロールもどちらかというと奇妙で、おぞましかったり、滑稽であったりするような姿としてイメージされてきたことですね。

―他にはどんな妖精がいますか。

畑中:デンマークには「ニス」という妖精がいます。これは家に住む妖精で、人が寝静まった間に家のことをいろいろお手伝いしてくれる。大きさは15cmくらいで、お年寄りみたいな顔をしていて、灰色の服を着てトンガリ帽子をかぶっていて、お手伝いの報酬は一杯の牛乳とバターだけで満足してくれる。日本の妖怪だと「おしら様」という家の神様や「座敷わらし」に近いものを感じます。

もう一つは「ネック」。これは水の妖精ですね。小柄な人間の形をしていて、緑色の歯を持っていて、緑色の帽子をかぶっている。女性の場合は下半身は魚で、人魚のような姿形をしている。ネックは音楽が得意で、バイオリンやハープを非常に美しく奏でるから、水辺でその音楽を聴いて、魅了されると川で溺れて死んだりすると言われている。これは日本の河童に近いですね。

畑中章宏

北欧の庶民が思い描いていた「目に見えない妖精の社会がある」というのを、キャラクターとして復活させたのが『ムーミン』だと思う。

―北欧の妖精と日本の妖怪につながりはあったりするんでしょうか。

畑中:日本の民俗学においては、やっぱりケルトの妖精の存在が大きいですね。日本の妖怪伝承の生みの親である柳田國男さんが、明治時代の終わり頃に『遠野物語』(1910年)という本を書いた。これは岩手県の遠野というところを舞台にした妖怪やお化けの話、怖い体験をしたという話を集めたものですね。

この『遠野物語』を発端にして日本の民俗学は生まれたし、いろんな人が「うちの周りには河童がいた、天狗がいた」と話し始めるきっかけになったと言っていいと思います。

 

―なるほど。

畑中:その柳田國男自身が、ケルトの古い物語、ウィリアム・バトラー・イェイツというアイルランドの詩人が書いた『ケルトの薄明』(1893年)という妖精譚を参考にしたという経緯がある。もう一方で、恋愛詩で知られるハインリヒ・ハイネが書いた『流刑の神々』(1853年)(『流刑の神々・精霊物語』に収録)も参照している。

これを翻訳しているのが小澤俊夫というドイツ文学者で、ゲルマン系の妖精物語、おとぎ話や昔話の重要な研究者です。ちなみに小沢健二のお父さんですね。また、北欧の神話や妖精物語を翻訳したのが山室静という文学者で、彼は『たのしいムーミン一家』や『ムーミン谷の冬』などのムーミンのシリーズも翻訳しています。

 

―ムーミンは北欧の妖精たちの中ではどんな位置づけなんでしょうか。

畑中:先ほどトロールの話をしましたけれど、ムーミンというのは、正式には「ムーミントロール」という名前なんですね。『ムーミン』の中にはムーミントロール以外にもいくつかのトロールが登場します。その他にも、家の中のいろんな隙間にいたりする妖精であったり、あるいは「ご先祖様」というキャラクターも出てくる。それは暖炉のストーブの後ろにいて、毛むくじゃらで鼻が長い小人みたいな姿形なんです。

今現在、北欧で妖精の体型的な研究や類型化した妖精辞典みたいなものがあるかどうか知らないんですが、ある意味では『ムーミン』はそういう役割を果たしているんじゃないかという気はしています。

―というと?

畑中:もちろん作者のトーベ・ヤンソンは、神話と民間伝承が合わさった北欧の妖精たちを、直接的な形で『ムーミン』には反映させてはいません。けれど、かつての北欧の庶民が思い描いていた「自分たち人間が今生きている社会以外にも、目に見えない妖精たちの社会がある」という感覚をキャラクターとして復活させたのが『ムーミン』であると思うわけですね。やっぱり『ムーミン』は妖精物語なんですよ。

妖精や妖怪の類というものは、中間的な場所に生まれるんです。

―北欧の妖精と日本の妖怪に共通点や似ているところはありますか。

畑中:やっぱり日本の中で北欧と風土的に近いのは東北地方だと思うんですね。そういうことを手掛かりにして北欧の妖精に興味を持ってもらえたらいいんじゃないかと思うんです。たとえば、日本には座敷わらしという妖怪がいますよね。これはさっき言ったニスに似ているところがある。というのは、ニスも座敷わらしと同じように小さな存在で、家に住んでいる妖精である。

座敷わらしは3つの描かれ方をしているんです。一つは座敷わらしが出てきた家は貧しくなって、入っていった家は豊かになるといったものとして描かれている。もう一つ、夜に人が寝ている間に枕を返したりして大きな物音を立てていたずらをしたりする、姿形が見えないという性格もある。もう一つは、子供が10人で遊んでいるはずなのに、何回数えても11人いる。その一人は座敷わらしであるという、ある種子供のいたずら、幻の妖精的なものが混じっているように描かれている。そういうものと非常によく似ていると思うんです。

やはり北欧と東北地方の共通項というのは、寒冷地帯で冬が長くて、自然の厳しさもあるし、恵みへの感謝と同時に自然への恐怖も強かった。それでアニミスティックな精霊のような考え方が生まれたんじゃないかと思います。それに、冬は長い間家にいるので、囲炉裏端で物語を紡ぐ時間がある。家への思いが強く、だから『遠野物語』も家の神というものが相当多く描かれている。そういうところは北欧の妖精に近いですね。

―ムーミンについてはどうでしょう。日本の妖怪に近しい部分はありますか。

畑中章宏

畑中:『ムーミン』は、1作目の『小さなトロールと大きな洪水』が洪水に襲われる話で、その次の『ムーミン谷の彗星』は彗星が落ちてくるという話。どちらも大きな自然災害が描かれている。

もちろん第二次世界大戦の背景もあると思います。トーベ・ヤンソンはスウェーデン系のフィンランド人だけれども、フィンランドはソ連からもスウェーデンからも迫害され、戦争という災異の真っ只中にあった。そういう大きな災害とか戦争、そこで脅かされるささやかな人間の社会みたいな構図は、日本の妖怪にも共通している。

そのあたりのことは『災害と妖怪 柳田国男と歩く日本の天変地異』(2012年)という本で詳しく書いていますが、そんなことにも接点はあると思います。あとは宮沢賢治とトーベ・ヤンソンにも近いところがあるように思います。宮沢賢治は科学的な知識も豊富で、宗教的なところも併せ持つ、突出した個性ですからね。

―お話を聞いて思ったんですが、一人の作家が生み出した物語が世界的に伝播した例として『ムーミン』に対比できるのは、ひょっとしたらポケモンなんじゃないかと思うんです。ポケモンもいわば現代の妖精物語と言えるかもしれない。

畑中:なるほど。今後の影響ということを考えた場合には、ポケモンも可能性があるかもしれないですよね。あれもやっぱり妖精のようでもあるし、実在の動物もある。中間的なものだと思います。『21世紀の民俗学』でも書いたけれど、ポケモンを生み出した田尻智さんは、東京の町田で生まれ育っている。農村部と都心の中間にあるサバービア、つまり郊外なんですよね。近代化された都市と、かつての農村の中間的なところというところから生み出された存在としての妖精たちである。やっぱり、妖精や妖怪の類というものは、中間的な場所に生まれるんです。

プロフィール
畑中章宏 (はたなか あきひろ)

作家・民俗学者・編集者・妖怪研究者。最新刊は『21世紀の民俗学』。著書に『天災と日本人―地震・洪水・噴火の民俗学』『災害と妖怪――柳田国男と歩く日本の天変地異』『柳田国男と今和次郎』『蚕:絹糸を吐く虫と日本人』他多数。



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湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしてい「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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