ストイックに仕事に打ち込み、家族との時間も大切にする、リサの独特の温かみ
赤と白のしま模様&胴長のからだにキュッとつり上がった目が個性的な猫のマイキーや、壺を逆さにしたようなかたちと、ちょっと間の抜けた感じのする表情が魅力のライオン。この10年で、日本の街なかでも頻繁に目にするようになったこれらの動物たちが、スウェーデンを代表する陶芸作家の作品であることをご存知だろうか? アーティストの名前はリサ・ラーソン。今年86歳を迎えたリサさんは、本宅のあるストックホルムと、サマーハウスのある南スウェーデン・スコーネ地方を行き来しながら、現在も好奇心の赴くままに作品を作り続けている。
雑貨やインテリアといった「商品」としてのものづくりを土台に置きつつも、手仕事の温もり、他には替えのきかないかけがえのなさを感じさせる彼女の作風は、どのような環境、経験から生まれたものなのだろう。絵本雑誌『MOE』でリサ・ラーソン特集を組み、本人とも親交の厚い編集者の森下訓子さんにその秘密をたずねた。
森下:リサさんの家をはじめて訪問したのは2012年のことです。10年にわたり、トーベ・ヤンソンなど北欧作家の特集を担当していて、取材でたまたまリサさんの『動物園シリーズ』と出会ったんです。ユーモラスな佇まいに釘付けになってしまって。「絶対に(『MOE』で)取り上げたい」と思い、ヤンソンの取材の時に足を伸ばして、ストックホルムへ飛びました。
リサさんは本当に親切なんですよ。初対面の私を、家族総出で迎えてくれるんです。それも「いかにも取材」って感じではなくて、「一緒にフィーカ(焼き菓子を囲んで友人や家族とお茶を飲むスウェーデンの伝統的習慣)をしましょう」「家族を紹介するわね」「ごはんはいかが?」と気遣ってくださり、ふと気づくと何時間も経っていました。それは私に限りません。すごく穏やかな時間を、誰とでも共有できる人。それがリサ・ラーソンという作家に感じた第一の印象です。
『MOE』リサ・ラーソン特集を見ながらお話をうかがっている様子
19世紀創業の陶磁器メーカー・グスタフスベリ社のデザイナーとして20代で『小さな動物園(Lilla Zoo)』『ABC少女(ABC-Flickor)』の人気シリーズを生み出したリサさんの職人・アーティストとしての評価はもちろん高い。けれども、ストイックに仕事に打ち込むだけでなく、夫や友人たちとの生活も大切にする意識が、彼女の作品に独特の温かみをもたらすのだろう。それに加え「日本との意外なつながりにも秘密が隠されているかもしれない」と、森下さんは明かしてくれた。
森下:じつはリサさんは1970年の大阪万博に、陶芸の先生たちと一緒に招かれているんです。日本人にとっての万博は、アメリカ館の「月の石」とか、海外の先端技術と出会う場所でしたが、リサさんは日本館の焼き物や竹の工芸品に魅せられたと言っていました。
リサさんと日本文化との出会いは1955年。スウェーデンデザイン博ではじめて畳を見て、触れた畳の感触に「なんて滑らかでキレイなのかしら! 私はここを離れたくない。このまま眠りたい!」と思ったとか。他の同行者もいましたから、竹のスプーンを買うのにとどめたそうです。
リサさんの家には、生け花で使う鋏や、火鉢を持つ道具など、日本由来の品々がいくつも飾られている。本来の用途で使われることはないが、それらのかたちの美しさ、凛とした佇まいは、創作へのインスピレーションをかきたてるのだそうだ。
夫グンナルさんとリサさん。フィーカ(お茶)の時間 © Lisa Larson / Alvaro Campo
森下:雑貨の多くは「かわいらしさ」や「機能」といったなんらかの目的に向けて作られます。でも、リサさんの多くの作品は、カップのような日用品であっても、美意識とインスピレーションから生まれています。そのもとになるのは、家族との時間や、猫との触れ合いなど、普段の暮らし。たまたま目の前を通りかかった猫の一瞬の表情から出来た作品もあるそうです。
例えば、『大きな動物園シリーズ』の『ネコのミア』。かたちはライオン同様に陶器のようだが、描かれたアゴと、首を表現するくびれのあいだの不思議な「間」が、絶妙に人間を見上げる猫の仕草を表現している。「陶芸のセオリーから言えば、「これ(アゴを描いちゃう)ってあり!?」と思ってしまうけれど、「でも、これしかない!」という説得力を持っている。
森下:リサさん自身の実感や体験が、作品のかたちや触感にダイレクトに反映しているからこそ生まれる感覚なのだと思います。これはちょっと言い過ぎかもしれないですが、作品=リサさんの人生そのもの、ってことなのかもしれないですね。
「ネコのミア(大きな動物園シリーズ)1990年(オリジナルは1966年) © Lisa Larson / Alvaro Campo
日本でリサが愛される理由は、日本と北欧に通ずる特有の「感受性」
取材中、森下さんが所有している作品をいくつか手に持たせてもらったが、手のひらに収まるサイズ感や、思わずギュッと掻き抱きたくなる衝動にかられる触感は、そこにあるはずのない柔らかさ、生身の存在感を感じさせてくれた。
森下:その感覚、よくわかります(笑)。リサさんの作品は、美術品やプロダクトというより、家族として迎えたくなるような温かみがあるんです。作品との間に親密な気持ちが生まれて、思わず「かわいい」と言ってしまいます。
リサさんは日本に詳しい方なので、日本人の言う「かわいい」がbeautiful、wonderful、absolutelyなど、いろんな感覚が入った、オールマイティーな褒め言葉であること、うまく言い表すことのできない感情を、代弁する言葉だということをよくわかってらっしゃいます。そしてリサさん自身がまさに「言葉にならない自分の感覚で作品を感じてほしい」ともおっしゃっています。
自宅アトリエで © Lisa Larson / Alvaro Campo
イヌのユーモラスな表情を描きとめたデッサンの数々 © Lisa Larson / Alvaro Campo
森下:スウェーデンには「素敵」を意味する表現があって、リサさんはよく心をゆさぶるものに出会うと「Fantastisk!(ファンタスティスク)」と口にします。早口言葉みたいで、日本人の私が真似するとおぼつかないんですけど、リサさんの口からこの言葉がこぼれると、本当に素敵だなと思います。
アトリエのデスクに、絵付けの道具などが © Lisa Larson / Alvaro Campo
窯があるスペース © Lisa Larson / Alvaro Campo
ダイニングの窓辺に並ぶリサの作品 © Lisa Larson / Alvaro Campo
森下:そういう、言葉で言い表せない美や、自然の造形美を日用品の中にさりげなく取り入れる感覚は、日本特有の文化だと思いますが、リサさんや彼女が育まれた北欧もまた、それに近い感覚があるのだと思います。だからこそ、リサ・ラーソンの作品は、日本で高い人気をもって受け止められているのではないでしょうか?
今月13日から松屋銀座でリサ・ラーソンの新しい展覧会が開催されるが、同展には森下さんが話す『ネコのミア』などの代表作が登場する。また、日本ではじめてリサさんの夫で画家のグンナルさんの作品(ラーソン家は、夫も子どもも全員がアーティストなのだ!)が紹介される機会でもある。リサさんが日頃から体感する創作と生活のつながりを、これらの作品群から感じられるかもしれない。
- イベント情報
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- 『北欧を愛するすべての人へ リサ・ラーソン展』
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2017年9月13日(水)~9月25日(月)
会場:東京都 松屋銀座 8階イベントスクエア
時間:10:00~20:00(最終日は17:00まで、入場は閉場の30分前まで)
料金:一般1,000円 高校生700円 中学生500円 小学生300円
- プロフィール
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- リサ・ラーソン
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1931年、スウェーデンのスモーランド地方・ハールンダ生まれの陶芸家。やさしくかわいいコケティッシュな動物や、素朴で温かみのある表情豊かなフィギュアは、本国スウェーデンや日本のみならず、世界中で数多くのファンが急増している。
- 森下訓子 (もりしたのりこ)
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絵本雑誌、月刊MOEのプロデューサーをつとめるかたわら、絵本編集に関わる。2012年よりリサ・ラーソンのインタビューを3度に渡り取材、記事を作成する。