東浩紀による講演『ゲンロンカフェ@ボルボ スタジオ 青山』

知的好奇心を刺激するトークセッション『ゲンロンカフェ @ VOLVO STUDIO AOYAMA』

SNSとポピュリズム全盛の時代、すなわち誰もが「今、ここ」の価値を重視している時代に、哲学はどう対抗していくのか。

そんな大きなテーマの問いに向き合い、近代から現代にわたる様々な哲学者の思索を継承しつつ「観光客」というキーワードからそのアップデートを図っているのが批評家の東浩紀だ。今年4月に刊行した最新刊『ゲンロン0 観光客の哲学』は、「これまでの集大成」と自ら位置づける一冊。現代社会を「ナショナリズムとグローバリズムの二層構造の社会」と分析し、そこにおける新しい政治思想や連帯のあり方を探る内容だ。3万部を突破し哲学書としては異例のベストセラーとなった同書は、先日、『第71回毎日出版文化賞』の人文・社会部門を受賞。2017年を代表する一冊となった。

東浩紀の著書 左から:『ゲンロン0 観光客の哲学』『ゲンロン6 ロシア現代思想I』
東浩紀の著書 左から:『ゲンロン0 観光客の哲学』『ゲンロン6 ロシア現代思想I』

11月15日、VOLVOが東京・青山にオープンしたブランドコンセプトストア「ボルボ スタジオ 青山」にて、『「観光客の哲学」と都市文化―第71回毎日出版文化賞受賞記念講演』と題した東浩紀による講演が行われた。今回の講演は、今後定期的に行われる『ゲンロンカフェ@VOLVO STUDIO AOYAMA』の第1回目として行われたもの。

2017年10月にオープンしたボルボ スタジオ 青山では「Quality of Time」をテーマに「Live & Performance」「Art」「Talk Session」「Workshop」の4つのカテゴリーからなるイベントを開催し、カルチャーの発信拠点としての存在感を打ち出している。そこで、アコースティックライブ、『美術手帖』のプロデュースするアート作品の展示やパフォーマンス、北欧のクラフトマンシップを体験するワークショップと共に、知的好奇心を刺激するトークセッションとして企画されたのが『ゲンロンカフェ@VOLVO STUDIO AOYAMA』だ。

東浩紀は批評家として活躍しつつ、出版社「ゲンロン」を経営、数々のゲストを招いたトークイベントやスクールを行うイベントスペース「ゲンロンカフェ」を運営するなど、批評の「場」を作り出す活動も意欲的に行ってきた。ボルボ スタジオ 青山の運営に携わるボルボ・カー・ジャパン マーケティング部ディレクターの関口憲義は古くからの東浩紀の読者でもあり、ゲンロンカフェを「東京で一番おもしろく、エキサイティングな話が聞けるところ」として親しんでいたことから今回の企画がスタートした。

「観光は、都市大衆文化が生まれ、映像メディアが生まれ、社会主義が生まれた時代に誕生している」

講演は20時にスタート。速いスピードの語り口で約1時間半にわたって繰り広げられた講演は、非常に濃密かつ情報量の多いもの。『ゲンロン0 観光客の哲学』で語られなかったこと、その先にある問題設定を、都市論やメディア論とからめて位置づける内容だ。

「観光は、都市大衆文化が生まれ、映像メディアが生まれ、社会主義が生まれた時代に誕生している」と東は指摘する。観光産業が誕生し、「観光客」という存在が生まれたのは19世紀前半のこと。その前後には現在のショッピングモールの起源であるパサージュ(アーケードつきの商業空間)の流行、写真の発明、シャルル・フーリエ、アンリ・ド・サン=シモン、ロバート・オーウェンによる空想的社会主義の提唱があった。

思想家のヴァルター・ベンヤミンは当時のパリのパサージュから近代都市を分析した『パサージュ論』で「遊歩者(フラヌール)」というキーワードを用いている。屋根に覆われた通りであるパサージュは「屋内」でも「屋外」でもなく、それがあることによって、その場所を回遊する消費者が出現する。それをベンヤミンは遊歩者と呼んだ。これが現代の消費社会論の一つのルーツになっていると東は指摘する。

東浩紀
東浩紀

未踏の地を旅する「冒険」と対照的な「コンテンツツーリズム」

また、観光においては「俯瞰の視線」が重要になっていると語る。観光学者のディーン・マキァーネルが著書『ザ・ツーリスト』で19世紀末から20世紀初めにかけてのパリの観光案内を引用し、そこで死体置き場や下水道が紹介されていることを重視している。これは「観光に行くことによって自分の国では見ることができない社会の全体性を見ることができる」視線だと言う。

さらに観光の本質は「反復強迫」であると東は指摘する。誰かが行った場所に行き、紹介されているものを見る。昨今ではアニメや映画のロケ地やモデルを訪れる観光が「コンテンツツーリズム」と称されるようになったが、そういう意味では、そもそも全ての観光が「コンテンツツーリズム」であり、未踏の地を旅する「冒険」と対照的に、その場所にある歴史や文化などのコンテンツを再確認するための旅である。

それゆえ、19世紀の写真技術の発展以降、視覚メディアの変遷と観光は密接な関係にある。全ての物事が記録され、後から振り返られるものを「観光客の視線」と位置づけ、都市論やメディア論との関わりを論じた。

「郵便的マルチチュード」と「家族」を繋ぐ、幻の第5章

また、この日の講演で東は『ゲンロン0 観光客の哲学』に「幻の第5章があった」と語った。

同書は「観光客の哲学」と題した第一部と「家族の哲学」と題した第二部の二部構成からなっている。「郵便的マルチチュード」という新たな概念を提唱する第一部と、ドストエフスキー論を通じて「家族」というキーワードについて語る第二部は別の論として構成されており、それぞれ繋がっていないという指摘もあった。が、そのブリッジとなったのが「幻の第5章」で、そこではリチャード・ローティやソール・クリプキ、ジャック・デリダを参照しつつ、固有名に関する議論を繰り広げるはずだったのだと言う。

ここで語られた論理学的に詳しく踏み入った内容に関してはこの記事では詳述しないが、二つの論を接続するポイントは「後から遡行的に見出される」ということ。事後的に見出される、すなわち「今ここにないもの」の価値を重視するということが、なぜ「観光客」と「家族」について考えるか、その議論の本質になっているということが語られた。

講演の終了後は参加者からの鋭い質問が相次ぎ、イベントは盛況のうちに終了。第2回の「ゲンロンカフェ@VOLVO STUDIO AOYAMA」では哲学者の國分功一郎を招き「哲学の場所はどこにあるのか」と題したトークセッションが行われた。

東浩紀

「ボルボ スタジオ 青山」は、スウェーデンのカフェ文化を楽しめるカフェ&バーを併設。この日も参加者にはスウェーデン王室御用達のシャンパンが提供された。都心の一等地で上質なシャンパンを片手に知的な興奮を味わえる議論に耳を傾ける。まさに新しい時代の「サロン」と言うべき空間がそこにあった。

プロフィール
東浩紀 (あずま ひろき)

1971年東京都生まれ。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。1993年に批評家としてデビュー。1998年に出版した『存在論的、郵便的』でサントリー学芸賞受賞。東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『ゲーム的リアリズムの誕生』『クォンタム・ファミリーズ』(三島由紀夫賞受賞)『一般意志2・0』など多数。2017年の新著『ゲンロン0 観光客の哲学』で第71回毎日出版文化賞受賞。



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カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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