ジャームッシュが新作ゾンビ映画で描くお気楽な人間の終末

あのジム・ジャームッシュ監督がゾンビ映画を撮った……! そう聞くと、いったいどんなものなのか興味が湧いてしまうが、本作『デッド・ドント・ダイ』を実際に見てみると、それはいかにも「ジャームッシュが撮ったゾンビ映画」そのものといえる作品だった。

ジャームッシュは、アメリカのインディーズ映画ブームにおける伝説的な存在であり、それが日本の80、90年代のミニシアターブームとの重なりによって、日本でも多くのファンを生んだ映画監督だ。もちろんブーム後も継続して作品を撮り続けているが、その大きな特徴は当時から変わらず、「とらえどころのなさ」にあるといえる。

とぼけた雰囲気とユーモア、異様な展開と物語の解体、日本映画への偏愛などの要素によってかたちづくられる飄々とした作風は、描こうとするテーマを覆い隠し、鑑賞者の能動的な読み解きを促すように機能してきたところがある。『デッド・ドント・ダイ』は、まさにそんなジャームッシュの特性が色濃く反映されているといえよう。

『デッド・ドント・ダイ』予告編

ゾンビコメディ映画なのに、垣間見えるジャームッシュの悠長な「侘び寂び」。ジャームッシュ映画常連俳優がずらりと出演するのも楽しい

舞台は、アメリカのごく小さな、住人たちがみんな顔見知りの田舎町センターヴィルだ。そんな、重大事件などほとんど起きることがなさそうな静かな町で、ある日、電気機器が作動しなくなり、人間たちの飼っていた動物が姿を消すという怪現象が起こる。そして、ついに墓場の土の下から死者がよみがえり、這い出してくる……。

そんなおそろしい現象が引き起こしたのは、内臓を食いちぎられた変死体が複数発見されるという異常事態だ。捜査を始め、事態に備えるのは、警察署に勤める3人、ビル・マーレイ演じる署長のクリフと、アダム・ドライバー演じる巡査ロニー。そしてクロエ・セヴィニーが演じる巡査ミンディだ。

この姿には笑うしかない ©2019 Image Eleven Productions Inc. AllRights Reserved.

いずれもジャームッシュ映画に出演経験のある俳優だが、それだけでなく、森でひっそりと生活する男の役にトム・ウェイツが扮し、日本刀を振り回し華麗にゾンビを斬っていく謎の女の役をティルダ・スウィントンが務め、人種的な偏見を持っている保守的な白人主義者をスティーヴ・ブシェミ、ゾンビをイギー・ポップが演じているなど、監督とつながりのある豪華な面々が次々に登場するのが楽しい。

イギー・ポップ ©2019 Image Eleven Productions Inc. AllRights Reserved.

警察署長と巡査の二人は、やがて膨大な数になっていくゾンビたちとの壮絶な戦いに身を投じることになるが、それでも本作に流れるのは、やはりジャームッシュ式のとぼけた雰囲気である。ロニー(アダム・ドライバー)は、しきりに「悪い結末になりそうだ」と、自身が出演した『スター・ウォーズ』シリーズのセリフを連想させるような発言を繰り返し、さらにはクリフ(ビル・マーレイ)がパトカーの車内で、「聴いた覚えのある曲だ」とラジオ放送にコメントすると、ロニーが「(本作の)テーマ曲だから」と教えるなど、この作品が映画だということを、役自身が把握しているようなギャグを繰り出したりするのだ。

そのため観客は、本作がゾンビコメディ映画であることを早い段階で理解することになるが、では本作が『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004年)や『ゾンビランド』(2009年)のような、テンポの良い抱腹絶倒の内容になっているかというと、そういうわけではないところが、やはり「ジャームッシュ映画」である。

『ショーン・オブ・ザ・デッド』予告編

『ゾンビランド』予告編

ティルダ・スウィントンによるアクションシーンも捨て難いが、全体を通して最もすごい箇所は、警察3人が、内蔵を食い破られた遺体を調べに、ダイナーの中へと入って様子を確認する場面だ。映画のシーンとしては、全員一緒に確認すればいっぺんに描写が済んでしまうところだが、ここでは別々に到着した3人が、ダイナーへの階段を上り、中の状況を見てショックを受けて戻ってくるという一連のくだりを、いちいち別々に見せつけてくるのだ。重大事件を扱っているはずなのに、ジャームッシュは、「侘び寂び」すら感じさせる悠長な間をここで作りあげている。

ティルダ・スウィントン ©2019 Image Eleven Productions Inc. AllRights Reserved.

なぜいま、ゾンビを撮ったのか? パロディ化されがちなゾンビ映画を、創始者ロメロの意思へと回帰させる試み

それにしても、なぜジャームッシュは、いまになってゾンビ映画を撮ったのか。それは、本作の細かな描写を見ていくことで、徐々に分かってくることになる。

本作には、映画界にゾンビ映画をジャンルとして確立させるまでに至ったジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)や『ゾンビ』(1978年)との精神的つながりを示す要素が、いくつも見られる。例えば、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に登場した同型の乗用車が登場し、若者に「クラシックだよ」と言わせるように、ジャンル化されパロディとして扱われがちな現在のゾンビ映画でなく、「ロメロのゾンビ」への敬意を表明しながら、そこに回帰しようとする意志を示しているように感じられるのだ。

『ゾンビ ─日本初公開復元版─』 ©1978 THE MKR GROUP INC. All Rights Reserved.

『ゾンビ』における、意志を失ったゾンビたちが、生前の習慣から、なんとなくショッピングモールに押し寄せてくるシーンが、大衆の心理やコマーシャリズムに乗せられている状況の皮肉として描かれていたのと同様、本作のゾンビたちも、商品名を唱えながら町を徘徊するなど、物欲の強さを見せつけている。

そもそも、本作におけるゾンビ発生などの超常現象の原因になっていたのは、企業による資源採掘によって地軸が傾いてしまったという、地球規模の重大事件が基にある。では、このゾンビの傾向と、採掘事業における事故という、2つの事態をあわせて考えてみよう。

人間が無理にでも資源を採掘しようとする理由は、産業革命以来、資本家による大量生産・大量消費のシステムを拡大させ、そのために大量の物質や燃料を必要とするという構図があるためだ。そのサイクルはエスカレートし、資本家は人間が生きるために必要とする物資の量をはるかに超えて、本来は必要ないような商品を開発・宣伝し、需要を生み出してきたところがある。そんな物質主義に踊らされて物を欲し続ける、自分の頭で考えられないゾンビのような大衆が増えることで、地球の資源は枯渇し、環境は破壊されていく。劇中では、そのような輪から逃れ得ている者として、トム・ウェイツが演じている、森に住み自給自足の生活を送っている男を登場させている。

トム・ウェイツ ©2019 Image Eleven Productions Inc. AllRights Reserved.

このようなメッセージは、大筋では『ゾンビ』ですでに暗示されていたものだ。しかし、40年以上経った現代において、この種の問題は騒がれながらも、具体的に解決される見通しを人類は持ってはいない。さらに気候変動など深刻な事態を引き起こしているばかりか、市民の意識が後戻りしているところさえある。

それを象徴しているのが、スティーヴ・ブシェミ演じる、「トランプ支持者」を模した人物の存在であろう。周知の通り、環境問題においてドナルド・トランプは科学者の定説に反する意見を繰り返し、化石燃料を使用して積極的に経済活動を行うことを奨励している。ジャームッシュは、本作がトランプ支持者に嫌われるだろうという意味の発言をしているように、かなり政治的な意図を持って、本作を作り上げているのだ。

お気楽で悠長な内容だからこそ、コメディのような人間の終末を想起させる「恐怖映画」なのだ

本作の要素の一つとなっている環境問題はもちろん、国や人種、宗教の違う者たちの争いや、政治問題への対応など、人間が知恵を結集させれば回避することのできる悪夢のような未来は、そこまでやってきているかもしれない。そう、アダム・ドライバーに言わせているように、「悪い結末になりそう」な予感が、濃く漂っているのである。

このように、人類は身勝手な目先の欲望や無関心によって、自ら滅亡へと突き進んでいるように見える。そんな人類の姿は、見方によっては喜劇に感じられるところがある。『デッド・ドント・ダイ』は、いかにもなジャームッシュ映画のとぼけた雰囲気で、一見してお気楽に感じられる悠長な内容を描いているからこそ、じつは真に観客を戦慄させる恐怖映画になっているといえるのではないのか。このばかばかしい光景こそが、リアルな「終末」なのかもしれないのだ。

作品情報
『デッド・ドント・ダイ』

監督:ジム・ジャームッシュ
出演:
ビル・マーレイ
アダム・ドライバー
クロエ・セヴィニー
トム・ウェイツ
ティルダ・スウィントン
スティーヴ・ブシェミ
イギー・ポップ
製作国:スウェーデン・アメリカ



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スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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