アアルト夫妻の協働のかたち。暮らしの本質を考え、公共に尽くす

アアルト夫妻の協働のかたち。暮らしの本質を考え、公共に尽くす

2021/07/19
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肥髙茉実
リード文・編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

世田谷美術館で6月に幕を閉じた展覧会『アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話』展は、20世紀モダニズム建築の巨匠であるフィンランドの建築家アルヴァ・アアルトと、その妻アイノ・マルシオ(のちのアイノ・アアルト)の協働に光を当てた展覧会だ。

アイノは1924年にまだ無名の建築家であったアルヴァの事務所に入り、半年後にアルヴァと結婚。日本でいまも愛されるフィンランドのインテリアブランド「アルテック」の初代ディレクターを務め、自身も建築家やデザイナーとして活躍した。女性が家庭を出て仕事に就くことが少なかった時代に、アルヴァと対等なビジネスパートナーとして事務所を牽引し、1949年に54歳という若さでこの世を去った。

本稿では、人々の暮らしを見つめ、現実の社会課題に応じながら公共に尽くした「二人のアアルト」の仕事に迫る本展をレビューする。なお、展覧会は、7月10日より兵庫県立美術館に巡回。8月29日まで開催中だ。

(メイン画像:マイレア邸外観 Alvar Aalto Foundation)

北欧に投影されるユートピア的イメージと、北欧における「現実的」な社会計画としての建築やデザイン

ユートピア(utopia)、それは一般的に理想郷の代名詞である。最広義に使われるユートピアは、「到達不可能の願望」あるいは「実現不可能の夢」を意味し、「ユートピア的」という用語はしばしば「空想的」「非科学的」と同義のように使われてきた(※1)。

近代以降の日本にとって北欧は漠然と遠くに存在するユートピアであり、洗練された建築やデザイン、住宅団地の美しく構成された環境、福祉社会を今日も日本のメディアの多くが「幸せな北欧」と報じる。私たちが北欧に抱くユートピア的イメージは、社会学者カール・マンハイムが『イデオロギーとユートピア』(1929年)で論じたような「歴史的 / 社会的現実をいつか変形させるような概念」という積極的意味においてそうであり、いっぽうで世界から孤立した存在という消極的意味においてもおそらくそうである。

北欧を代表する建築家・デザイナーであるアルヴァ・アアルトのデザインによるアームチェア<br>アルヴァ・アアルト『41 アームチェア パイミオ』、1932年デザイン Photo: Tiina Ekosaari Alvar Aalto Foundation
北欧を代表する建築家・デザイナーであるアルヴァ・アアルトのデザインによるアームチェア
アルヴァ・アアルト『41 アームチェア パイミオ』、1932年デザイン Photo: Tiina Ekosaari Alvar Aalto Foundation

私たちの先人は二度の世界大戦と東西冷戦、さらに第一次世界大戦中の1918年には、スペイン風邪とも闘うことになった──当時の世界人口約20億人の3分の1が罹患、およそ4,000万人が死亡したとされるパンデミックのなかで、誰もがユートピアの終焉を口にしたという。そんな荒廃した世界で大半のユートピア思想は現実的な課題を避け、夢のように飛躍した過程で理想郷を描いてきた。

これに反して、近代以降の北欧では、むしろ現実的な課題を解決する社会計画として建築やデザインがあり、建築家は建築を自己目的化せず、住宅をはじめ病院などの公共施設から個人的な自由や創意の領域を必要最小限に留めている。北欧の歴史はつねに現実的であり、また彼ら自身も現実的な生き方を自負しているように思え、その様子は資本主義社会の日本から見ればときに小国的にも映る。しかしCOVID‑19によって人々が再びユートピアの終焉を悟り、探り探りの新しい生活様式を飲み込むしかない今日、私たちが憧れるべきは、小国的で現実的な生き方そのものなのである。

「住宅とは、食事、睡眠、労働、そして遊びのための空間を確保した安全な場所である」

世田谷美術館で開催された展覧会『アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話』では、20世紀の北欧を代表する建築家アルヴァ・アアルトと、その妻でありビジネスパートナーであったアイノ・アアルトの協働が、家具やプロダクトデザイン、建築模型、そして家族写真やプライベートなスケッチなど約230点を通じてたどられた。これまで注目される機会の少なかったアイノの仕事にもフォーカスを当て、アアルト建築とデザインの本質と魅力を再発見するための企画である。

アイノ・アアルトとアルヴァ・アアルト、1937年 Aalto Family Collection, Photo: Eino Mäkinen
アイノ・アアルトとアルヴァ・アアルト、1937年 Aalto Family Collection, Photo: Eino Mäkinen

アイノとアルヴァが夫妻となり、協働しはじめたのは1920年代。当時フィンランドは、1917年のロシア革命時に独立を勝ち取り、内戦の勃発やスペイン風邪の流行などの苦難は続くものの、急速な工業化によりようやく希望が見え始めていたころだった。まさに古い伝統から脱して近代国家へと社会が変わりゆくなかで、生活の質の向上と改善、また住宅供給という大きな課題に対し、当時の建築家が果たす役割は大きかったと想像できる。

展覧会では、アルヴァ・アアルトによる初期の代表作のひとつ、結核患者のための療養所『パイミオのサナトリウム』の展示も 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
展覧会では、アルヴァ・アアルトによる初期の代表作のひとつ、結核患者のための療養所『パイミオのサナトリウム』の展示も 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館

第一次世界大戦後の住宅難もあり、アアルト夫妻は、フィンランド人が理想とする「ジャガイモやニンジン、ベリー類を育てられる自給自足可能な庭つき戸建て住宅」がどの階級の人でも購入できるよう、低コストで量産可能、かつ衛生的な「小規模住宅(最小限住宅)の合理化」を掲げた。本展では、二人がこの考えを提示するために開催した『最小限住宅展』(1930)を再現。会場には、4~5人の家族のためのコンパクトなアパートの間取りの一例が展示された。

アルヴァは『最小限住宅展』に関する論文で、次のように書いている。

「250㎡のアパートを70㎡に住み替える時代がくるだろう──その時はもう近い……どんな家族も一部屋で暮らすことはできない。ましてや子供がいれば二部屋でも無理だろう。しかし同じ大きさの住宅であっても、家族の生活やそれぞれの活動を考慮して空間を配分すれば、どんな家族でも良い暮らしができる。住宅とは、食事、睡眠、労働、そして遊びのための空間を確保した安全な場所である」(「問題としての住居」『ドムス』誌、1930年10号)
『最小限住宅展』再現の一部 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
『最小限住宅展』再現の一部 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
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イベント情報

『アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話』

東京会場
2021年3月20日(土)~6月20日(日)
会場:東京都 世田谷美術館 1階展示室

兵庫会場
2021年7月10日(土)~8月29日(日)
会場:兵庫県 兵庫県立美術館 企画展示室
時間:10:00~18:00(金・土曜は20:00まで、入場は閉館30分前まで)
料金:一般1,600円 大学生1,200円 70歳以上800円 高校生以下無料 障がいのある方一般400円 障がいのある方大学生300円

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