他者を断罪しないダルデンヌ兄弟が示す、排他せず混じり合う尊さ

他者を断罪しないダルデンヌ兄弟が示す、排他せず混じり合う尊さ

インタビュー・テキスト
相田冬二
監督写真:クリスティーヌ・プレニュス  編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

登場人物を支配、断罪しない。ファジーな寛容さに満ちたダルデンヌ兄弟

その感動は衝撃だ。名匠ダルデンヌ兄弟の最新作『その手に触れるまで』は、現代を生きる私たちを直撃する。

1人の少年が狂信的な教えに感化され、自身の女教師を殺そうとする。なぜなら、彼女は宗教上「正しくない」から。宗教がときに陥る絶対性は、ゲーム好きの普通の13歳を凶暴に変革する。かくして彼は殺人未遂を犯し、少年院へーー。

全肯定か、全否定か。現代におけるネットでの炎上は、不寛容な時代の自画像だ。つまり中間層が希薄になり、他者に対するファジーな容認が欠けているように感じられる。

この映画における少年の姿はそのことを私たちに考えさせる。そして同時に突きつける。あなたは、この少年をどのように受けとめうるのか? やはり、全否定なのか? と。

世界が過酷なソーシャルディスタンスを余儀なくされているいま、彼らのクラフトマンシップを探るべく、ベルギーの兄弟監督にオンラインインタビューを試みた。

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ<br>ベルギー出身の兄弟、映画監督。兄のジャン=ピエール(写真左)は1951年4月21日、弟のリュック(写真右)は1954年3月10日にベルギーのリエージュ近郊で生まれる。労働者階級の団地に住み込み、土地整備や都市計画の問題を描くドキュメンタリー作品を1974年から制作しはじめる。1986年、ルネ・カリスキーの戯曲を脚色した初の長編劇映画『ファルシュ』を監督。現在まで『カンヌ国際映画祭』などで数多くの賞を受賞。最新作『その手に触れるまで』が2020年、日本で公開される。
ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
ベルギー出身の兄弟、映画監督。兄のジャン=ピエール(写真左)は1951年4月21日、弟のリュック(写真右)は1954年3月10日にベルギーのリエージュ近郊で生まれる。労働者階級の団地に住み込み、土地整備や都市計画の問題を描くドキュメンタリー作品を1974年から制作しはじめる。1986年、ルネ・カリスキーの戯曲を脚色した初の長編劇映画『ファルシュ』を監督。現在まで『カンヌ国際映画祭』などで数多くの賞を受賞。最新作『その手に触れるまで』が2020年、日本で公開される。

まず、弟のリュック・ダルデンヌは語る。

リュック:不寛容な時代のありようは、当然この映画に関係があります。主人公のアメッドは、彼が抱えきれない大きな力によって支配されている。その力とは世の中を2つに分断する力です。その力が、「よいイスラム教徒」と「悪いイスラム教徒」というように分断している。自分たちを「よいイスラム教徒」だと盲信する人たちは穢れのある者、不浄な者を排除していきます。アメッドはまだ「生」に満ちていて、人生を謳歌する年齢です。そんな少年が、宗教のために生か死かで迷っている。彼が、生を、つまり人生を取り戻すことができるか。そして、人はなぜ絶対的な価値観を求めるのか? この作品は、そんな物語です。

ダルデンヌ兄弟は、この迷える少年アメッドを決して断罪しない。そして、物語構造の中で支配もしない。彼には彼の自由がある。その生き方を否定せずに、カメラを通じて粘り強く見守っていく。

主人公のアメッド / 『その手に触れるまで』場面写真© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF
主人公のアメッド / 『その手に触れるまで』場面写真© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF

この点が、この監督たちならではの誠実なスタンスだ。人間を、道具立てに貶めない。悪を正す、というようなありきたりの教条主義に陥らないのである。兄のジャン=ピエール・ダルデンヌは以下のように語る。

ジャン=ピエール:どうしたらアメッド少年が元の人生に戻ることができるのか。私たちは宗教世界に取り憑かれた彼に、現実の側に戻ってきてほしいと思っている。そのような相手に対して、彼の現在を批判したりはできません。

それよりも、私たちは彼を好きになる必要がありました。映画の中の彼を好きになってもらえるように「生かして」いかなければならない。アメッドには、自由に生きてもらわないといけない。

たしかに私たちの他の作品の主人公に比べて、彼を苦境から脱出させることは難しかったです。様々な人物たちと出会わせてみても、彼の心には届かない。狂信は根深いものです。こちらも、その狂信を本気で受けとめるしかありません。

「彼の身体を映画の中心にしようと思いました。だからこそ、あのようなラストになったのです」と、ジャン=リュックはいう。ラストでなにが起きるかは、どうか映画で目撃してほしい。衝撃的な感動がそこにはある。

ジャン=ピエール:私たちは、彼の母親のような気持ちで、アメッドを見つめていました。彼は常に母親の手から逃げようとしていた。なぜ彼はこうなってしまったのか? なぜこんなことをしているのか? なぜ元の彼に戻ってくれないのか? そんな気持ちでいたのです。

登場人物を支配しない作り手だからこその、切実な思い。それを兄ジャン=ピエールは切々と述べた。

『その手に触れるまで』予告編

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公開情報

『その手に触れるまで』
『その手に触れるまで』

2020年6月12日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国で順次公開
監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:
イディル・ベン・アディ
オリヴィエ・ボノー
ミリエム・アケディウ
ヴィクトリア・ブルック
クレール・ボドソン
オスマン・ムーメン
上映時間:84分
配給:ビターズ・エンド

プロフィール

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

ベルギー出身の兄弟、映画監督。兄のジャン=ピエールは1951年4月21日、弟のリュックは1954年3月10日にベルギーのリエージュ近郊で生まれる。リエージュは工業地帯であり、労働闘争のメッカでもあった。ジャン=ピエールは舞台演出家を目指して、ブリュッセルへ移り、そこで演劇界、映画界で活躍していたアルマン・ガッティと出会う。その後、ふたりはガッティの下で暮らすようになり、芸術や政治の面で多大な影響を彼から受け、映画製作を手伝う。原子力発電所で働いて得た資金で機材を買い、労働者階級の団地に住み込み、土地整備や都市計画の問題を描くドキュメンタリー作品を74年から製作しはじめる。同時に75年にはドキュメンタリー製作会社「Derives」を設立する。
78年に初のドキュメンタリー映画“Le Chant du Rossignol”を監督し、その後もレジスタンス活動、ゼネスト、ポーランド移民といった様々な題材のドキュメンタリー映画を撮りつづける。86年、ルネ・カリスキーの戯曲を脚色した初の長編劇映画「ファルシュ」を監督、ベルリン、カンヌなどの映画祭に出品される。92年に第2作「あなたを想う」を撮るが、会社側の圧力により、妥協だらけの満足のいかない作品となった。
第3作『イゴールの約束』では決して妥協することのない環境で作品を製作、カンヌ国際映画祭国際芸術映画評論連盟賞をはじめ、多くの賞を獲得し、世界中で絶賛された。第4作『ロゼッタ』はカンヌ国際映画祭コンペティション部門初出品にしてパルムドール大賞と主演女優賞を受賞。本国ベルギーではこの作品をきっかけに「ロゼッタ法」と呼ばれる青少年のための法律が成立するほどの影響を与え、フランスでも100館あまりで上映され、大きな反響を呼んだ。第5作『息子のまなざし』で同映画祭主演男優賞とエキュメニック賞特別賞を受賞。第6作『ある子供』では史上5組目(他4組はフランシス・F・コッポラ、ビレ・アウグスト、エミール・クストリッツァ、今村昌平、12年にミヒャエル・ハネケ、16年にケン・ローチが2度目の受賞)の2度のカンヌ国際映画祭パルムドール大賞受賞者となる。第7作『ロルナの祈り』で同映画祭脚本賞、第8作『少年と自転車』で同映画祭グランプリ。史上初の5作連続主要賞受賞の快挙を成し遂げた。第9作『サンドラの週末』では主演のマリオン・コティヤールがアカデミー賞®主演女優賞にノミネートされた他、世界中の映画賞で主演女優賞と外国語映画賞を総なめにした。アデル・エネルを主演に迎えた第10作『午後8時の訪問者』もカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品。そして、第11作『その手に触れるまで』も同映画祭コンペティション部門に8作品連続出品という前人未到の快挙を達成し、さらに監督賞も受賞。本受賞により、審査員賞以外の主要賞受賞の偉業を成し遂げた。
近年では共同プロデューサー作品も多く、マリオン・コティヤールと出会った『君と歩く世界』の他、『ゴールデン・リバー』『プラネタリウム』『エリザのために』などを手掛けている。他の追随をまったく許さない、21世紀を代表する世界の名匠である。

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