戸田真琴が綴る自由な愛の姿 「関係性の呪縛」にとらわれる人へ

戸田真琴が綴る自由な愛の姿 「関係性の呪縛」にとらわれる人へ

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戸田真琴
撮影・編集:石澤萌(CINRA.NET編集部)

恋愛、結婚、子どもを産み育てる。「スタンダード」と呼ばれる道を歩むことの難しさ

恋愛関係が至上とされている雰囲気は、思春期から触れる少女漫画などフィクションの世界や、何気ない世間話の中にも充ち満ちています。そもそも私たちが恋愛関係を関係性の一種の至上であると思っているのは、生きてきた環境に「そう思わされている」から、というのも大きかったりもします。

「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」という言葉を聞いたことはありますか? 「恋愛と性愛と生殖が結婚を媒介とすることで一体化された概念」、つまり「①恋愛した相手と ②性的関係も結んで ③子どもを産み育てる(これを結婚によってひとつにする)」といった社会思想のことです(参考文献:千田有紀著『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』 / 2011年、勁草書房)。

私たちは、子どもの頃からこれが「当たり前」なのだとあらゆるところで教えられてきました。そのため、私も初めて聞いたときは、「当たり前のことにわざわざ名前なんてついているんだ」と少し驚いてしまったほどです。

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しかしよくよく思い返してみると、ロマンティック・ラブ・イデオロギーにぴったりと当てはまることができずにもがき苦しんでいる人が無数に思い当たります。恋愛をし、結婚して子どもを産み育てている、一般的な価値観を持っているように思える人たちの中にも、違和感を抱えながら清濁を合わせ呑んで必死に日々を継続させている人も少なくないのだと知っています。

自分もいつか、恋愛をした相手と結婚して子どもを産んで育てたりするのだろうか。そう考えることもありますが、それに憧れるような素直さはもうとっくに持ち合わせておらず、驚くべきことに漠然と植え付けられてきた「憧れ」を抜きにして考えてみると、その流れが本当に当たり前のことなのかどうかというのは、どんどん分からなくなってしまうのでした。

恋人になるからには、相手のすべてを受け入れなければいけない、というよくある愛の理想についても、そしてそもそも「恋愛のときめき」「性的関係の継続」「出産・子育て」というジャンルの違う営みのすべてを、ひとりの相手と満たすべきであるという一般論に対しても、無理のある話ではないか、と思えてきてしまうのです。

そもそも、好きになる対象が人間で、異性で、性的交渉や結婚も考えられる年齢差や立場で、お互いの家族も認めていて……と、制度上のスタンダードである結婚をしようとするには、よくよく考えると無数の「ハードル」が存在するように思えます。その中には本人たちの努力ではどうにもならないものも少なくありません。

結婚をして家庭を作っている人たちがこれらのハードルをすべて難なく超えているかどうかというところは、本当のところ、当人たち以外には分からないのです。その過程で誰かがものすごく無理をしていても、本心を誤魔化していても、それは全然珍しいことではないと思うのです。

名前のついた関係性だけでくくられることのない、愛の形がある

少しだけ私の話になりますが、最近初めてアイドルを好きになって、知らなかった気持ちを知りました。

活動を見て元気をもらいながら、それぞれの日常を生きていく中で周りを見渡すと、アイドルの結婚を祝うファンの姿や、自分自身が結婚しても夫婦関係とアイドルの応援を両立しているファンの人たちの姿がありました。そういう姿を見て、ふと、愛って本当は自由なものなのではないかと思ったのです。「アイドルもファンも、他の誰かと結婚しても変わらず好き同士でいていいんだ」という、当たり前のようで清々しい気付きは、私にとって少しびっくりするような喜びでした。

もちろん相手が結婚したら好きじゃなくなる、という方もいるとは思いますが、私はそうは思いませんでした。私が誰かと結婚しても、好きなアイドルが結婚したとしても、それでも好き同士でいても何の問題もないのだと気が付いたとき、眼から鱗が落ちるように「自由」を感じたのです。

私はもともと、恋愛感情とそれ以外の愛情をあまり線引きして考える方ではなく、「好き」は名前のつかない純粋な「好き」としてのみ存在させたいと思っていました。そのため、「好き」と感じた相手が歳の近い異性であると途端に「付き合う / 付き合わない」のジャッジを促されたり、逆に同性であると当たり前に友人としての付き合いをしたがっているものだと思われたりすることに、いちいち違和感を感じていました。多くの人が自分自身のざっくりとした性的嗜好を自覚していても、本当のところ、どんな人を、どんな種類の感情で愛するのかどうかは、誰かを愛するということの最中に行かないと分からないのではないかと思ってしまうのです。

もしかしたら私は、そういう「付き合う / 付き合わない」「友情を結ぶ / 結ばない」といった一般化するためのジャッジをされることがずっと苦しかったのかもしれません。好きだと感じたら、世間の目に押されるようにその関係性に名前を付けさせられてしまう。愛する人はたったひとりでなくてはいけなくて、それがひとりもいなくても、ひとり以上いたとしてもどちらも異常と扱われてしまう。そういった価値観の呪縛から離れて、自由の中で人を愛したかったのだと思います。

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人には、恋愛や友情や家族愛と名前を付けて割り切れてしまうものだけではなく、もっと名付けきれないほどの多様な愛を持ち得る可能性があります。例えば仲のいい友人に対する感情でも、「そんな彼氏よりも私のほうが君を幸せにするのに」とジェラシーに近い感情になることもあります。それは別に「恋愛対象として見られたい」という願望ではなく、もっと割り切れない愛です。

同学年の男の子に対しても、恋ではなくもっと穏やかな愛のような、君が悲しくなるときには助けてあげたいな、といったような想いを抱くこともあります。「異性を好いている=付き合う」という図式に当てはまらない愛もたくさんあります。

結婚をせず、親御さんに幸せを返すことを生きる目的にしている友人も、彼女にしか持ち得ない愛でいつだって輝いています。

親友同士のような男女の形も、憧れのような友人間の感情も、離れているからこそ続く愛も、ずっと近くにいないと壊れてしまう愛も、さまざまな形があって、そして本当は許されているのだと思います。

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配信情報

『Podcast 戸田真琴と飯田エリカの保健室』

毎週月曜日20時に、Apple Podcast、Spotify他で配信中

書籍情報

『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』
『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』

2020年3月23日(月)発売
著者:戸田真琴
価格:1,650円(税込)
発行:KADOKAWA

『あなたの孤独は美しい』
『あなたの孤独は美しい』

2019年12月12日(木)発売
著者:戸田真琴
価格:1,650円(税込)
発行:竹書房

プロフィール

戸田真琴(とだ まこと)

2016年にSODクリエイトからデビュー。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラム等を執筆、現在はTV Bros.で『肯定のフィロソフィー』を連載中。ミスiD2018、スカパーアダルト放送大賞2019女優賞を受賞。愛称はまこりん。初のエッセイ『あなたの孤独は美しい』を2019年12月に、2020年3月には2冊目の書籍『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』を発売した。

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