Spotify発祥の北欧。なぜ起業家やユニコーン企業が育つのか?

約3億5600万人のユーザーを持つオーディオストリーミングサービスSpotifyを運営する、スポティファイ・テクノロジー社。1億本以上売れたゲーム『Minecraft』を開発したMojang Studios社。いずれも2000年代にスウェーデンで創業した両社は、その後ほどなく世界的なエンターテイメント企業に成長している。

一方で、日本のスタートアップからはグローバルなプロダクトがなかなか生まれていない。さまざまな観点から企業の価値を数値化した評価額が10億ドルを超える未上場のスタートアップのことを「ユニコーン企業」というが、その数もアメリカや中国、ヨーロッパに大きく引き離されている。さらに、日本の音楽コンテンツの市場規模も世界的に見れば小さく、エンタメ領域におけるグローバルな革新の事例も乏しい。

そもそも、なぜ日本からはユニコーン企業が生まれにくいのか。また、エンタメ領域や音楽業界において、日本から世界的なイノベーションを起こすことは可能なのだろうか。世界的に見てもユニークな社会環境と文化が根づく、北欧の事例から学ぶ。

「失敗の許容」が根づく北欧文化。起業家の背中を押す社会のシステムとは?

スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、アイスランドにエストニアを加えた新北欧地域では、2010年代に入ってから将来有望なスタートアップが生まれ続けている。いわゆるユニコーン企業も続々と輩出しており、とくにスウェーデンは人口比だとアメリカのシリコンバレーに次いで世界2位のユニコーン企業数を誇る。

その背景にあるのが、福祉国家ならではの安定した社会制度。さらには、電子政府システムにより簡易な手続きで会社が設立できる仕組み、手厚い起業家支援策、世界最高水準の競争力や起業家精神など、複数の要因が挙げられる。

こうしたイノベーションが起きやすい優れた環境づくりは、いかにして確立されたのか。デンマーク出身で、日本と北欧諸国のスタートアップ事情に詳しいイノベーション・ラボ・アジア代表のJulian Morie Hara Nielsen(以下、ユリアン)さんに聞いた。

ユリアン:起業家の背中を押す社会のシステムが確立されていて、起業までのハードルが圧倒的に低いのは理由の一つだと思います。とくにスウェーデンでは、インターネットに慣れていれば15分ほどの手続きで会社をつくれますから。

国も起業家を支援していて、公的なファンドはもちろん、新たな取り組みとして公立の失業保険を受けている労働者に対して起業支援する制度まであるんです。ここまでサポートが手厚いのは、スタートアップが大きく成長することによって国に多くのものが還元されることを、政府が理解しているからでしょう。

Julian Morie Hara Nielsen(ユリアン 森江 原 ニルセン)
1987年生まれのデンマーク育ち。コペンハーゲン・ビジネス・スクールで教育を受け、大学時代にOurPlanet-TVとPeaceBoatの日本NPO団体にてインターンシップを経験。大学卒業後、ドローンや太陽発電のスタートアップでプロジェクト管理、資金調達、コミュニケーションに関する実務、利害関係者の維持とリサーチ作業などをとおして、北欧イノベーション・エコシステムに関する知見やノウハウを会得。2020年に北欧のスタートアップエコシステムを強化するTechBBQに入社し、北欧と日本地域のエコシステムをつなぐイノベーション・ラボ・アジアのプロジェクトを担当する。

ユリアン:また、北欧全体のイノベーションエコシステムの基盤になっているのが、市場資本主義と福祉国家を組み合わせた「ノルディック・モデル」と呼ばれる社会システム。市民に医療や社会保障を無料で提供するモデルで、なかでも教育も保障されているのは大きいですね。

金銭的な事情に関係なく、自分が学びたいことや将来を選択する自由があるので、若者は積極的にいろんなチャレンジがしやすい。そういった文化と価値観が根づいているため、失敗を許容する考え方が社会全体に浸透していると感じます。

北欧の大学生の90%が起業を選択肢に。若者の意識を変えたSpotifyの出現

失敗はリスクではなく、有益な経験。それが北欧のスタンダードな考え方なのだとユリアンさんは言う。たとえば大学卒業後、就職をせずに3年間は自らのプロジェクトに没頭する。成否はどうあれ、そこで得た経験を価値と認め、ユニークな人材として企業側も歓迎するのだ。チャレンジ後を受け入れる土壌が整っているからこそ、多くの若者がまずは起業のチャレンジに関心を寄せるのだという。

ユリアン:北欧の大学生の90%が、起業を選択肢の一つに考えているという統計もあります。私が学生だった十数年前は、起業に関心を持つ人は周囲にほとんどいませんでしたから、この変化はとてもすごいこと。北欧発の優秀な起業家が増えたことで、若者の意識が確実に変わってきています。

その影響の要因は、メディアの力も大きいと感じます。新聞やウェブ媒体が有望なスタートアップを取材し、優れた起業家をヒーローとして讃える。そうやって時間をかけて少しずつ、起業というチャレンジを前向きにとらえる雰囲気を社会全体でつくってきたところはあると思います。

北欧の社会がスタートアップの庇護やイノベーションの創出に重きを置くようになったのは、いつ頃からなのか。ユリアンさんによれば大きな転機は15年前。ある世界的サービスの登場が、社会の気運を変えたのだという。

ユリアン:2003年にデンマーク人とスウェーデン人がSkypeを創設し、2006年にはスウェーデンでスポティファイ・テクノロジー社が生まれて2008年にSpotifyのサービスを開始。このインパクトは非常に大きかった。どちらも若者を中心に爆発的に普及し、世界中に広がっていきましたが、サービスを生み出したのは無名の起業家でした。決して、大きな資本を持っていたわけでもありません。ビル・ゲイツのような大金持ちのビジネスマンでなくても、グローバルなイノベーションは起こせるのだと多くの人が気づき、そこから少しずつ変わっていったと思います。

ユリアンさんがおすすめするデンマークのミュージシャンPhlakeのアルバム『Slush Hours』(Apple Musicはこちら ユリアンさんがおすすめするデンマークのミュージシャンHerniaのEP『Hernia』(Apple Musicはこちら

なぜ日本でストリーミングは根づきにくい? 海外と異なる音楽業界のビジネスモデル

これまでの音楽体験を覆すサービスは北欧の若者たちを歓喜させ、ほどなくして世界中に広がっていく。しかし、日本でSpotifyのサービスが開始されたのは2016年のこと。本国での創業から10年後のローンチだった。

それから5年が経った現在も、日本ではストリーミングで音楽を聴くという習慣が幅広い層で完全に根づいているとは言い切れない。その理由について、Spotifyの音楽プレイリストをシェアできるサービス「DIGLE」、プレイリスト&カルチャーメディア「DIGLE MAGAZINE」を運営する株式会社CotoLab.の西村謙大さんにもお話をうかがった。

西村:日本と海外では音楽業界のビジネスモデルが大きく異なります。たとえば、アメリカだとCDアルバムの値段ってせいぜい1枚1,500円くらいですが、日本は約3,000円と2倍違う。そのため、国内市場かつCDの売上が事業の柱だった日本の音楽マーケットからすれば、安価なストリーミングサービスへの移行はなかなか進まなかったのではないかと思います。

日本ではまだCDが売れているアーティストも多く、いまも100万枚のセールスを記録しているアイドルがいますからね。下手にサブスクに音源を出してCDが売れなくなると困るから、スムーズに切り替わらなかったところはあるんじゃないでしょうか。その複雑な構造もあって、日本の音楽業界は世界から取り残されているように感じることもあります。それこそ北欧に比べれば7、8年は遅れているかもしれません。

西村謙大(にしむら けんた)
大学卒業後、外資系製薬会社でMR職を経験。退職後、2016年1月に株式会社CotoLab.を創業。『START ME UP AWARDS 2016』のキュレーター賞受賞。現在はプレイリスト&カルチャーメディア「DIGLE MAGAZINE」、「DIGLE」などを運営しているメディア事業、楽曲URLを一括管理できるマーケティングツール「B.O.M」を中心としたデジタルマーケティング事業を展開。

ただ、昨年から「ステイホーム」の影響で人々の音楽を聴く時間が増えたこともあり、日本でも徐々に潮目は変わりつつある。さらには、有名アーティストが続々と「サブスク解禁」に踏み切っていることも大きく、ここ数年のあいだにストリーミング配信で聴ける楽曲が急増した。お目当てのアーティストの楽曲があれば、リスナーも増えていくはずだ。

オフィスにいまだFAXがある日本。タイムパラドックスから抜け出すには?

今後、日本からSpotifyのようなグローバルイノベーションを起こすサービスは生まれるのだろうか。自身も起業家として、世界に新しい価値をつくろうとしている西村さんに見解を聞いてみた。

西村:そのためには、まず教育から変える必要があると思います。語学はもちろん、世界の国々の文化への理解度をもっと深めないといけないし、それこそ北欧の若者たちのようなチャレンジする気概を育ててあげることも大事です。

また、日本の場合は、国内市場だけでもそれなりの規模の会社に成長できてしまうので、最初からグローバルを視野にしていないケースも多いのかなと。日本で成功してから世界へ進出しようとしても、プロダクトや言語が国内の環境に最適化されているから、結局はイチからサービスを設計し直すなんてこともあるはず。ユニコーン企業を目指すのであれば、最初からグローバルな視点を持ってチャレンジするマインドと、ビジネス設計が不可欠なのではないでしょうか。

オンライン取材に応じていただいた西村さん

とはいえ、西村さんによれば、日本もここ数年でスタートアップを取り巻く環境は良くなってきていると感じるそうだ。起業家のための支援制度は充実しつつあり、世界的に見れば投資資金も潤沢にある。しかし、その一方で事務的な手続きの面ではかなり遅れている。書類の多さや、アナログな手続きの煩雑さなど起業家への負担が大きい。

これにはユリアンさんも同意で、「日本に出張へ行くと、オフィスにFAXが置いてあるのを見かけます。最新のテクノロジーを開発する国でありながら、いまだに古い機械にも頼っているのは、まるでタイムパラドックスのように感じます」と疑問を抱いているようだ。しかし、そのうえで日本の可能性についても言及してくれた。

ユリアン:日本には創業100年、200年の長寿企業が多く、その数は世界一です。また、数えきれないほどの大企業があり、北欧から見ればうらやましいほど潤沢な資金を持っています。これを、どう生かすかじゃないでしょうか。リスクをとってスタートアップに投資したり、大企業が本気で新規事業に取り組んだりすれば、一気にイノベーション大国になれる可能性を秘めていると思います。

オンライン取材に応じていただいたユリアンさん

1億2500万人の人口を有する日本に対し、北欧諸国はその6分の1程度。小さい国が強い産業を生み出すためには、海外に向けた新しいアイデアでイノベーションを起こす必要性があったとユリアンさんは言う。そうした意識のもと、国を挙げて推進してきた施策がいままさに花開いている。今後、ますますの人口減少へ向かう日本としても、世界の市場をつねに視野に入れている北欧から学ぶ点は多い。

プロフィール
Julian Morie Hara Nielsen
Julian Morie Hara Nielsen (ユリアン 森江 原 ニルセン)

1987年生まれのデンマーク育ち。コペンハーゲン・ビジネス・スクールで教育を受け、大学時代にOurPlanet-TVとPeaceBoatの日本NPO団体にてインターンシップを経験。大学卒業後、ドローンや太陽発電のスタートアップでプロジェクト管理、資金調達、コミュニケーションに関する実務、利害関係者の維持とリサーチ作業などをとおして、北欧イノベーション・エコシステムに関する知見やノウハウを会得。2020年に北欧のスタートアップエコシステムを強化するTechBBQに入社し、北欧と日本地域のエコシステムをつなぐイノベーション・ラボ・アジアのプロジェクトを担当する。

西村謙大 (にしむら けんた)

大学卒業後、外資系製薬会社でMR職を経験。退職後、2016年1月に株式会社CotoLab.を創業。『START ME UP AWARDS 2016』のキュレーター賞受賞。現在はプレイリスト&カルチャーメディア「DIGLE MAGAZINE」、「DIGLE」などを運営しているメディア事業、楽曲URLを一括管理できるマーケティングツール「B.O.M」を中心としたデジタルマーケティング事業を展開。



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スウェーデンの人々が大切にしてい「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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