漫画『ルポルタージュ』売野機子が語る、恋愛ばかりを描く理由

漫画『ルポルタージュ』売野機子が語る、恋愛ばかりを描く理由

インタビュー・テキスト
天野史彬
撮影:馬込将充 編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

「理由なんてわからないのが恋じゃん」って思う。

—以前、インタビューで売野さんが映画監督のガス・ヴァン・サントがお好きだとおっしゃっているのを読んで、佐藤の存在は、ガス・ヴァン・サントが『エレファント』(2003年公開、コロンバイン高校銃乱射事件をテーマにした作品)で描いたことにもリンクするような気がしていました。

売野:サントは、思春期の私にすごく寄り添ってくれた映画監督ですね。『追憶の森』(2015年公開)以来、決別しているんですけど……。

—(笑)。

売野:……まぁ、いいや(笑)。あと、恋愛観という部分でも、アルノー・デプレシャン(フランス出身の映画監督)のような人からの影響は受けていて。『そして僕は恋をする』(1996年公開)とか……私は群像劇を描く人が好きなんですけど、デプレシャンは一人ひとりの滅茶苦茶な人生を描いてくれる。

「キャラクターを描く」ことは文学の発明だと思うんですけど、「このキャラは強気」とか「このキャラはおてんば」とか、どうしても単純化されていくっていう側面もあって。でも、デプレシャンはキャラクターを単純化して描かないので好きですね。

—これまで売野さんが描かれてきた作品では、同性愛や、女性が働きに出ていて男性が家事をしている夫婦など、様々な生き方の人々が描かれてきましたよね。「関係性」という面でも、売野さんの作品は非常に多面的で複雑な描写が多いように思います。

売野:そうですね。もちろん、常になにかの意味があるというよりは、漫画としての面白さを優先させた結果そうなっています。それでも結局、「恋愛を描く」ということは「コミュニケーションを描く」ということに直結するし、そのなかで、「マジョリティーだけのことを描いても仕方がないな」っていう気持ちはあります。

ただ、私は漫画家生活10年目なんですけど、10年前といまとでは社会のあり方も変わっていて。同性同士の恋愛だからといって、切ない要素を追加するような描き方は、いまはできないなとも思います。いま描くとしたら、同性同士であっても、男女の恋愛を描くのと同じテンションで描きたいと思いますね。

—たしかに、そのほうがきっと、いまの読者の皮膚感覚に合っていますよね。

売野:あと、私は上條淳士先生(代表作に『TO-Y』『SEX』など)の作品が好きなんですけど、上條先生は、「疑似家族」をよく描かれるんですよね。恋愛関係はあるけど、性交渉のない男女のグループも描いたりするし……そこにはすごく憧れたりしますね。これまでは私も、ベッドシーンは描いてこなかったんですよ。

『同窓生代行』(白泉社、2011年発表)という短編はカップルが朝起きるところからはじまるんですけど、男の子がベッドで寝ていて、女の子が布団で寝ているんです。そのぐらい徹底的にベッドシーンは描いてこなかった。でも『ルポルタージュ』では逆に、「ベッドシーンを描かなければいけないな」と思って、描いています。

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—『ルポルタージュ』は、聖と葉のひと目惚れ的な出会いからはじまっていきますよね。明確な動機があるのではなく、「匂い」の存在が象徴的に描かれているなかで、ふたりは惹かれ合っていく。このはじまりが、本作の魅力を象徴しているような気もします(幻冬社版『ルポルタージュ』第1話を読む)。

売野:原始的なはじまりだし、理由なく始まる恋愛は私の漫画の根底にある主題だと思います。恋愛漫画を描いていると、よく「なんでこの人はこの人を好きになったの?」って、担当編集者に訊かれますが……それが昔から大嫌いなんですよね(笑)。

人を好きになることに、明白な理由はないと思っています。もちろん、電車で痴漢から助けてくれて、「かっこいい!」ってなるところからはじまる『俺物語!!』(集英社、原作・河原和音、作画・アルコ)のような恋愛物語も面白いと思うし、大好きですけど、「なんでかわからないけど、好きになってしまった」っていうことのほうが、私の感覚に近い。理由がわからないときに、恋だと感じる。

—まさに、そう思います。

売野:以前描いた短編で、「踊りかたが好き 長い爪が好き やさしいところが好き」っていうモノローグを入れたことがあるんですけど、それでいいじゃんって思う。そういうことで、人は人を好きになるものだと思うんです。理由は描きたくないんですよね。私自身も簡単に人を好きになる。

—素敵です。

売野:私の喜びや悲しみ、醜さ、考え方、乗り越えた日々は全部漫画のなかに表れてしまっているだろうから、裸で生きているようなものです。それは非常に苦しいんだけれど、私の漫画を読んでくれている人は、私のことを全部知ってくれている状態になるわけで、そのうえでこんなとんでもない奴と仲よくしてくれる人は、もう理解者だと思ってしまうのかもしれません(笑)。

—(笑)。

売野:恋愛が成就するときにだけ顕現する喜びがあると思いたい。だからハッピーエンドが好き。「ねえ、そうだよね? 私は間違っていないよね?」と、子どものような気持ちで、私が美しいと思う世界をあなたも美しいと思ってくれることを、毎日疑いながら、それでもどうにか信じて、恋愛漫画を描いています。

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作品情報

『ルポルタージュ‐追悼記事‐』(2)
『ルポルタージュ‐追悼記事‐』(2)

2019年3月22日(金)発売
著者:売野機子
価格:659円(税込)
発行:講談社

プロフィール

売野機子(うりの きこ)

漫画家。東京都出身。乙女座、O型。2009年「楽園 Le Paradis」(白泉社)にて、『薔薇だって書けるよ』『日曜日に自殺』の2作品で同時掲載デビュー。『薔薇だって書けるよ―売野機子作品集』(白泉社)、『ロンリープラネット』(講談社)、『MAMA』全6巻(新潮社)、『かんぺきな街』(新書館)、『売野機子のハート・ビート』(祥伝社)、『ルポルタージュ』(幻冬舎)ほか、著書多数。

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