寛容性はスケボーにも。Polar Skate Co.三本木心が語る北欧文化

自粛生活でのレクリエーションやオリンピック効果で人気沸騰中のスケートボード。競技人口は一気に急増し、初心者向けのレッスンにも申し込みが殺到しているという。そんな話題のスケートボードで日本と北欧をつなぐのがプロスケーターの三本木心(さんぼんぎ しん)だ。

長い手足を武器にオンリーワンのスケートスタイルを体現する三本木は、スウェーデンのスケートボードチーム「POLAR SKATE CO.(ポーラー・スケート・カンパニー)」に所属。2017年には「アディダス・スケートボーディング」のインターナショナルチームにも合流した、気鋭のライダーだ。

三本木が見つめる日本と北欧の文化には、どのような違いがあるのだろうか? スケートボードを競技面だけでなく、カルチャーの面から深掘りすべく、三本木の地元・茅ヶ崎の海岸にて話をうかがった。

茅ヶ崎で育まれ、バルセロナで開眼したスケートスタイル

―まず、この茅ヶ崎の海岸、すごく気持ちの良いところですね!

三本木:開放的な雰囲気ですよね。生まれは東京の吉祥寺なんですが、物心つく前に茅ヶ崎に引っ越して、それからずっとここで育ちました。

三本木心(さんぼんぎ しん)
1992年生まれ、神奈川県茅ヶ崎在住。2017年にスウェーデンのスケートボードチーム「POLAR SKATE CO.(ポーラー・スケート・カンパニー)」に加入。サーフィンの経験を生かしたスタイリッシュでダイナミックかつスムーズな滑りで注目を集める気鋭のスケーター。

―この海沿いのエリアが地元であることは、三本木さんがスケーターになったことと関係がありますか?

三本木:ぼくがスケートボードを始めたことに深く関わってますね。茅ヶ崎は日本の「サーフィン発祥の地」と言われていて、昔からいわゆる「横ノリ」のカルチャーが根づいています。先輩たちだけでなく、自分の父もサーファーで、父はスケートボードもやってました。小さいころからときどきスケートパーク(練習場)に連れて行ってもらってましたね。

―その影響は大きいですね。海が身近にある湘南ならではのスケートスタイルってあるんでしょうか?

三本木:茅ヶ崎はサーフィンとスケートボードの両方をやっている人が多いんですよね。スケートボードには円筒を半分にしたかたちの「ランプ」や、コンクリートですり鉢型をした「ボウル」と呼ばれるコートがあります。そこで湾曲した路面を滑るときの動きが、サーフィンの動きと似ていて、サーフライクな滑りになるんですよ。こっちではこのスタイルが浸透しています。

逆にお隣の藤沢、なかでも鵠沼は平らな路面を滑走して、飛んだり、デッキを回したりするフラットトリックのテクニックが日本で一番ヤバいと思いますね。というのも、鵠沼にはスケートするのに最高のスポットがあるんです。コンクリートで滑りやすい平らな道沿いに、トリックするのにちょうどいい縁石などがあって、そこでスキルを磨いているんです。

―隣町でもスタイルに違いがあるんですね! そんな土地に育まれた三本木さんが、そもそもスケートボードのプロを目指したきっかけは何だったのでしょう?

三本木:もともとプロサッカー選手を目指していて、中学生のときにクラブチームの遠征で初めて海外に行ったんです。スペインのバルセロナでした。

サッカーの試合に行ったはずが、町を歩き回っているなかでたくさんのスケーターを目にして、その姿に「すごくカッコいい!」と心打たれたんです。日本に帰ってきたら、9年も夢中だったサッカー熱が冷めちゃって。そこから自然とスケートボードやサーフィンのほうにスイッチした感じですね。

―バルセロナのスケーターに心を奪われたというスタートは、現在スウェーデンのスケートボードチーム「ポーラースケートカンパニー」に所属していることに関係はありますか?

三本木:やっぱりヨーロッパのスケートに興味がありました。10年くらい前、自分のスキルにも自信がついてきて、乗るデッキを模索していたんです。代理店からデッキのオファーもいただいていましたが、ピンと来るのがあまりなくて。そのときにちょうど、スウェーデンでポーラーが設立されて、彼らのスケートビデオを見たとき「ここだ!」ってグッときたんです。

そこで、自分から代理店を通して「ポーラーのデッキに乗ってみたい」とアプローチして。そうしたら、代理店も「三本木心しかハマらないと思っていた」と二つ返事で応えてくれたんです。

ポーラーが持つ独創的な世界観に魅せられて

―それからポーラーとの交流が生まれ、チームに加わったと。数あるスケートブランドのなかで特にポーラーにグッときたポイントは?

三本木:ほかのブランドとは、一ひねりも二ひねりも違う、独創的でクリエイティブな視点を持っていることですね。例えばアメリカのスケボーカンパニーの多くは、「大きくて高さのある階段を飛ばないといけない」とか「長い手すりの上を滑らないといけない」みたいな型があるんですよ。

そういう見た目が派手なトリックをやれば評価されるような風潮が、ぼくはあまり好みじゃなかった。もちろん、ポーラーでも階段を飛ぶことはありますけど、スケートボードに対する視点や感性がもっと柔らかいというか。

所属しているライダーの乗り方も一人ひとりのスタイルがありますし、遊び心あふれる技の数々を滑りのなかに織り交ぜたり。技のスケール感というより、新しいクリエイティブなスケートを広めていこうというスタイルなんです。

―ポーラーを主宰し、映像作家でもあるポンタス・アルブが手がけるプロモーションビデオを拝見したら、まさに独創的でした。

三本木:ぼくも初めてプロモーションビデオを見たときは引き込まれましたね。絶対自分のスタイルにハマるな、と。やっぱりポーラーにしかない独自の世界観があって、しかもそれがグローバルに評価されている。これまではインパクトのある大技をやってきたアメリカのスケーターたちにも、ヨーロッパから新しい風が入ってきたような感覚があったんじゃないかと。

2012年にリリースされた「The Polar Skate Co. Promo」に衝撃を受けたという

―ポーラーの所属のライダーとしては、普段どのような活動をしているのでしょう?

三本木:いまはコロナで思うように身動きが取れないんですが、ふだんはスケートビデオの製作や写真撮影のために、チームメンバーと一緒に町を滑ります。スケートでプロモーションするのがぼくらの仕事です。ウェブメディアや雑誌に露出したり、地方や海外に行って、スケボーのデモンストレーションを行うこともありますよ。北欧以外にもいろんな国で滑りますね。

いま、ポンタスはポルトガルに住んでいて、チームのみんなとは毎日メールで連絡を取り合っています。いろんな国のライダーがいるので、時差があるし、なかなか集まれない状況だけど、ポンタスや仲間たちからはすごく愛されてるなと感じますね。とくにフランス人のローマン・ゴンザレス、ポール・グランドと仲が良いです。

―コロナ禍でもしっかりと連携が取れているんですね。実際に入ってみて、チームとしてのポーラーの印象はいかがですか?

三本木:スウェーデンや北欧以外にも、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアのライダーも所属していますが、みんなポーラーの魅力に心を動かされて所属しているので、同じ方向を見ているし、目指しているものも同じ。スケートスタイルはそれぞれですが、どこかリンクしていて、全体的に一つの「輪っか」になっている感じです。

これだけイメージを共有できているのも、ポーラーというブランドがまとまっている証拠かなと。ちなみに、いまスポンサーとしてサポートしてもらっている「アディダス・スケートボーディング」の話が進んだきっかけもポーラーでした。

2020年には日本人初となるシグネチャーモデルのスケートシューズをアディダス・スケートボーディングからリリースした

―2017年から、「アディダス・スケートボーディング」にも所属されていますよね。

三本木:毎年スウェーデンに通うなかで、「ポーラーの日本人ライダー」としてアディダスの目に止まったようです。一日滑り終わったあとのバーで、ポンタスから直接「心、アディダスからオファーが来てるぞ。ちょっと考えてみろ」と伝えられたんです。

でも、そのときはファッションブランドのスポンサーもついてたので悩みましたね。日本に帰ってじっくり考えて、そのスポンサーを断って、アディダスに所属することを決めたんですよ。結果的に活動範囲も広がり、スケートに専念できる環境になったと思いますね。

日本と北欧におけるスケートボード文化の違い

―そんなポーラーの本拠地・スウェーデンについてもうかがいたいのですが、スウェーデンのスケートボード文化はどのようなものなのでしょう?

三本木:やっぱりスウェーデンは自由で、スケートボードをする環境が日本より充実していると感じます。スケートパークとクライミングが一緒の場所にあったり、町の外れにはトリックをするための木製のボックスがDIYされていますね。意外なことに、行政がスケートボードに慣用的で、滑っていい場所などを認めてくれているので、こうしてスケートスポットが生まれていくんです。

スウェーデンのマルメで仲間たちとスケート。三本木心のInstagramより

―スウェーデンでは町中でスケートしていて注意されることはないのでしょうか? 日本だと「スケボー禁止」という看板を良く見かけますが……。

三本木:日本だと、スケーターがベンチの上滑って傷つけたりすると、「壊した」という解釈になるじゃないですか。でもスウェーデンでは「傷がつくと味が出る石のベンチを置こう」と柔軟な視点で対応してくれるんです。

スケーターを単純に「悪者」と見ない国の考え方があるんです。スケーターが触っても、それは「壊れた」のではなくて、傷も含めて一種のアートとして受け入れられている、とでも言うんでしょうか。

―スケートボードに対する国のとらえ方が、日本とは根本的に違うんですね。

三本木:もちろん、日本にもスケーターが好むスポットはたくさんありますが、滑る場所として認められていないんですよね。ただでさえ、スケートパークが少ないのに「禁止」の一言で終わらせてしまっていると感じます。

でも、スウェーデンは考え方が180度違います。一般の人も「ここはスケーターがよく滑る場所だな」「このベンチはトリックで使うのかも」という理解があるので、ベンチに腰をかけていたとしても、別のベンチに移動してくれて気をつかってくれます。もちろん、滑って良い場所とはいえ、みんなが共生している町の一部。一般の人々への配慮は忘れません。スケーターとそうでない人たちが共存していると感じますね。

―公共の場が誰かに占有されることなく、譲り合いが成り立っているんですね。あえてスケートボード以外で言えば、スウェーデンや北欧にはどんな魅力を感じますか?

三本木:季節的に夏の北欧は最高ですね。湿気がなく、カラッとした気候で過ごしやすいです。白夜で22時から23時くらいまで明るいので、海辺でのんびり仲間たちと過ごして、暑くなったら海に飛び込んで泳いだり、そのままバーに行ってテラス席でディナーをしたり。撮影が休みの日は最高ですね。

逆に冬は寒さで家に閉じこもることが多いから、ものづくりが盛んなんだと思いますね。北欧の家具がすごいのも、冬にじっくりとアイデアを練っているからこそ、シンプルでオシャレなものになるんじゃないでしょうか。夏は外に出て太陽を浴びて遊ぶ。冬は家にこもってものをつくったり、どうやって気持ち良く快適に過ごせるのかを考えたりするんだと思います。それが北欧の人たちの国民性であり、リズムなんでしょうね。

―そういうリズムゆえに、北欧にはクラフトマンシップが息づいているのかもしれないですね。

三本木:クラフトマンシップで言えば、スケートのデッキを再利用してものづくりする人が増えてますよ。デッキって木の板が7枚ほどプレスされてできているので、古くなったボードをくり抜いたり削ったりして、また別のものにするんです。ぼくの使っていたボードをカットして、オリジナルのカラビナをつくってくれた友だちもいます。耐久性もあって超お気に入りですね。

オリンピックから見る「競技」としてのスケートボード

―北欧らしいエコロジーに対する意識の高さも感じますね。次に、先日の東京オリンピックについてもうかがいたいです。今回から正式種目となったスケートボードですが、選手たちがお互いの国を越えてたたえ合う姿が話題になりました。

三本木:ほかの国の選手といっても、オリンピックで出会ったわけじゃないんですよね。それ以前からいろんな大会で一緒に滑ってきた「仲間」という意識がデカい。もちろんライバル意識はあるでしょうけど、競うというより「がんばれ!」「お前なら乗れる」って気持ちのほうが強いんだと思います。そこがスケーターの良いところですね。

―その明るい雰囲気に、どこかホッとした人も多かったと思います。日本人選手も金メダルを取ったりと大活躍でしたね。

三本木:日本人勢の活躍はすごかったですね。ストリート種目で金メダルを取った西矢椛ちゃんなんて、当時13歳でしょ。お会いしたことはないんですけど、同じアディダス・スケートボーディングのチームメイトなんですよ。無名だった女の子が急に金メダルを取ったので、いまはチーム内でも「誰だあの子は!?」って話題になってます。

―無名の若い選手がいきなりトップに立てるというのも、競技の面白さですね。三本木さんの観点から言えば、日本人選手があれほど活躍できた理由は何だと思いますか?

三本木:まず、スケートボードにある「ストリート種目」と「パーク種目」では評価の視点が全然違います。そのうえで特に感じるのは、日本人スケーターは、手すりや階段で大技を決めるようなストリート種目が得意だということ。

日本のスケートパークって縦型の設計が多いんですよ。要するに、大会を想定した縦の動きへのアプローチや、一つひとつのトリックを成功させる技術が、日本の若いスケーターたちはすごく高い。子どもの頃からそういう大会もありますし、やり慣れていると思いますね。

一方で、パーク種目とストリート種目は滑り方がガラッと変わります。一つの大技を決めるのではなく、パーク全体をよく見て、技を決めながら滑っていく。時間内にどれだけうまく自分の技を繰り出せるかが重要になります。

パーク種目のような練習場は、まだ日本ではでき始めたばかりなので、これからも目が離せないですね。もし自分がオリンピックに出られるとしたらパーク種目で滑りたいですね。

―なるほど! ストリート種目とパーク種目の違いがよくわかりました。三本木さん自身は、競技としてのスケートボードをどうとらえていますか?

三本木:もちろん大会に出たことはありますけど、ぼくはあまり勝ち負けで競うことに興味がなくて。滑っていても、同じ流れで同じ技ばかりやっていると飽きてしまうんですよね。流れのなかでみんなをいきなり驚かせる技を決めたりして、人を魅了するほうが気持ちいいし、楽しい。

競技となれば必ずルールがついてきて、誰かがジャッジをして、点数や順位がつきますよね。そうなると滑り方が変わってくるんですよ。「心、この技の次はあれをやるよな」って読まれることも好きではないですし。

―ある意味で、競技にはどうしても不自由さがつきまとってしまう。

三本木:スケートボードのいいところは、基本的にルールがないことです。ちょっとしたスペースがあればできるし、トリックするためのセクション(道具)をDIYしたりして工夫もできる。そのうえで、あくまで各々が自分のなかで「ここを飛びたい」「このトリックを成功させたい」とチャレンジする。上手い下手に関係なく、その人に合ったレベルで、スケートボードを通して自分を表現できればいい。そこがスケートボードの魅力だと思いますね。

スケートパークとストリートの中間領域「プラザ」

―オリンピックでは「競技」としてのスケートボードに対する認知が広がったと思いますが、「文化」としてのスケートボードはこれから日本でどうなっていくと思いますか?

三本木:誰もが知ってるオリンピックという舞台で注目を浴びたので、いまスケートボードは「スポーツ」としてとらえられてるのかな、と。ただ、スケートボードにはいろんな見方があります。

まずカルチャーがあって、そのうえにスポーツがある。だから選手たちもあまり固くならずに、楽しんでやっているんですよね。それで「選手たちがあまり競ってなくて楽しそうだな」と感じた人も多かったと思うんです。

―たしかに「日の丸を背負う」みたいな重圧は皆無でしたね。さっき話に出たように、まだまだ日本では町中で滑ることが「禁止」されていたりします。その価値観はこれから変化していくでしょうか?

三本木:すぐには難しいと思います。ただ、まずスポーツとして認知されて、そこからカルチャーの部分がブレずに伝わっていけば、徐々に変わっていく可能性はありますよね。

例えばスケートパークで滑るとなると、そこへ「練習に行く」という感覚になると思うんです。でもスウェーデンやヨーロッパでは、「スケートプラザ」という、スケーターが滑りやすい路面やセクションのスペースがあるんです。スケートパークより町っぽいというか。

「練習」という意識よりも楽しく滑ることの大切さを思い出させてくれるスケートプラザ。三本木心のInstagramより

―へぇ! スケートパークと路上の中間領域のような、「プラザ」という場所があるんですね。

三本木:そうなんです。スケーターが行政と絡んで設計に入っている場合もあります。例えば大きなショッピングモールの目の前にプラザがあって、そこを挟んで町が広がってる。もちろん、一般の人たちもプラザのベンチに腰かけたりできます。

―パークとは違って、プラザは一般の人も自由に使えるわけですね。日本ではそういう曖昧な領域があまり見られません。

三本木:「プラザ」はすごくいいですね。パブリックな感じで、無料で滑れる公園みたいな感じ。あと衝撃だったのは、スウェーデンのマルメという都市の公立学校のなかに、ヨーロッパで室内最大級のスケートパークがあること。広い体育館が手づくりのスケートパークになってるんです。

学校の生徒はもちろん、外部の人も利用できます。大きいランプやいろんなセクションがあって、スケーターたちが飽きないように設計されてる。しかも、その学校の生徒たちが毎年パークの模様替えをするんです。学校の先生もスケーターだったりするので、先生と生徒が協力してアイデアを出し合って、新しいセクションをつくり直すんですよ。

先ほど、日本とスウェーデンとのスケボー文化の違いについて話しましたが、このように滑れる環境が身近にあるから、一般の人もスケートボードに対して寛容的なのかもしれませんね。

スケートボードを楽しめる環境づくりで地元・茅ヶ崎に還元する

―スウェーデンは本当にスケートボードが生活に根づいてるんですね。日本も見習うべき点がまだまだありそうです。では、三本木さんがこれから挑戦していきたいことはありますか?

三本木:いまやりたいのは、地元の茅ヶ崎を良くしていくことですね。今日紹介してきたスウェーデンのような公共の遊び場が少ないので、スケートボードをする子どもたちがいろんな場所に点々と集まってるんです。「心くん、滑る場所がないよ~!」っていつも言われます(笑)。そんな子どもたちがのびのび遊べる環境をつくっていきたいんですよ。

例えば屋内のスケートパークと屋外のスケートプラザがあれば、雨の日は屋内、晴れの日は屋外と使い分けられる。そういった選択肢をつくってあげたいですね。ちょうどオリンピックの勢いで、行政がスケートボードを認知したいまがチャンスだと思っています。

―素晴らしいです。やはり地元にリターンしたいという気持ちが大きい?

三本木:はい。もちろん個人的に住む場所を変えることはできますけど、悪く言えばそうやって逃げるんじゃなくて、自分が育った環境を良くしていきたいと思うんです。ほかの場所でいいなと感じたことを吸収して、それを地元で表現できたらな、と。

スケーターも下からどんどん出てくるので、終わりがありません。自分が切り拓いたスウェーデンとのパイプも、ぼくだけがそれで満足するんじゃなくて、後輩や次の世代につなげてあげたくて。茅ヶ崎のスケーターでもポーラーのデッキを使う後輩が増えてきたし、「プロのライダーになりたい」「スウェーデンに行ってみたい」と考える子たちが増えてきているのが、すごくうれしいんですよ。

プレイヤーとしてだけじゃなく、アシストする側にも回って、スケートボードの土壌を耕すことで若い人たちの背中を押してあげたい。そんな環境づくりを、未来の子どもたちのために続けていきたいですね。

プロフィール
三本木心 (さんぼんぎ しん)

1992年生まれ、神奈川県茅ヶ崎在住。2017年に「POLAR SKATE CO.(ポーラー・スケート・カンパニー)」に加入。サーフィンの経験を生かしたスタイリッシュでダイナミックかつスムーズな滑りで注目を集める気鋭のスケーター。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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