美容と自然は心を安定させる。長田杏奈が北欧の庭で生き方を学ぶ

「コロニヘーヴ」という言葉を聞いたことがあるだろうか? コロニヘーヴとは、デンマークに昔からある「コミュニティーガーデン」のこと。日本で暮らす私たちにはあまり馴染みがないが、デンマークでは、庭のない都心のマンションなどに暮らす人々が、小さな小屋つきの庭を借りて、週末をゆっくり過ごすことが浸透しているという。

自然を大切にする北欧の人々らしいこの風習を体験すべく、コロニヘーヴを神奈川県・小田原で実践しているイェンス・イェンセンさんのもとを尋ねた。

今回、庭体験をするのは、「美容は自尊心の筋トレ」をモットーに、多くの女性たちに美のありかたを提唱する美容ライターの長田杏奈さん。日々の暮らし方と美容のゆるやかな関係を美しい言葉で綴る長田さん自身も、忙しなく生活するなかで、お花や自然にパワーをもらっている。そんな彼女にコロニヘーヴを体験してもらいながら、イェンセンさんとともに、デンマークと日本の庭、ひいては暮らしや働き方について語っていただいた。

デンマークには、マンションの近くに「庭」を借りる文化がある

自然はとても大切なものだと考える北欧の人々は、コロニヘーヴなどの自然を身近に置くことで、日々の生活を整え、心の安定を得ているのではないだろうか。美容ライターとして活動する長田杏奈さんからも、似たものを感じた。忙しく暮らす女性たちに、「美容」は美しさを追求するだけのものではなく、自分の心と向き合うきっかけや、暮らしを彩るものの一つであることを、雑誌やSNSなどを通して伝えている。

長田さんは以前に、ライターの仕事が多忙を極め、自分らしい暮らしを見失いそうになったことがある。その心を救ったのは、美しく咲く花だった。そんな経験を経て、いまは積極的に自然のある場所を訪れたり、庭で植物を育てたりしている。

長田杏奈さん

そんな長田さんと一緒におじゃましたのは、イェンスさんがコロニヘーヴの1区画を再現してつくった「エノコロ」というモデルガーデン。神奈川県小田原市の山に佇むそこに辿りつくと、コロニヘーヴにはつきものだという小屋と大きな庭、そしてコロニヘーヴ体験をしにきた人々が出迎えてくれた。みんなで和気あいあいと料理をし、会話を弾ませ楽しんでいた様子の長田さんは、ここに来てなにを感じたのだろうか?

小田原にある「エノコロ」でコロニヘーヴを体験

長田:もっときちきち整備されたイメージで来たけど、良い意味で雑然としていて、テキトーでいいんだなって思いました(笑)。子どもが楽しそうにしているのがいいなって。

イェンス:うん。コロニヘーヴというのは、200年前くらいからあるデンマークの庭文化で、リラックスするためにあるんです。デンマークの人は基本的に、住宅に対して3、4倍の大きさの庭に住んでいることが多い。でも、都会のマンションで庭のない家に暮らす人たちは、自宅から自転車で行ける範囲内に「小屋つきの庭」を借りているんです。

イェンス・イェンセンさん(左)

わざわざ庭を借りるということ自体、日本人の私たちにはあまりピンとこない感覚だが、市民農園や家庭菜園に近いものなのだろうか?

イェンス:コロニヘーヴは、市民農園みたいになにかを収穫するのが目的ではなくて、自分の庭や小屋でゆっくりくつろぐことが第一目的なんです。だから日本でいうとキャンプ場とかに近いかな。でももっと生活と密接な存在なので、あくまで「庭」ですね。

「部屋にぱっと灯りをともすような花の佇まいを見て、すごく心が調律されたんです」(長田)

ビルや電車などの人工物に囲まれて暮らしていると、「自然」とはどんどんかけ離れた生活になってしまう。しかし、長田さんは、デンマークの人々が自然や植物を愛でるのと同じように、積極的に生活に取り入れている。長田さんが花や庭に興味を持ったきっかけを教えてくれた。

長田:2017年の末に、雑誌の年末進行をやりながら、単行本を2冊同時につくっていました。人の話をひたすら聞いたり、自分自身も好奇心旺盛だからあらゆる情報に触れ続けていたら、いろんなことにすごく疲れてしまったんです。

そんななかで、いろんな人に、「美容で一番大切なもの」を聞く取材をしていました。他の方々は「早起きする」とか「食事」とか、そういう回答だったのですが、美容業界の先輩でとても素敵な女性が、「お花かな」って答えたんです。

もともと15年ほど前にはベランダで家庭菜園をやっていた長田さん。当時は食べるために野菜を育てていたというが、その出来事をきっかけに、あらためて植物へ意識が向き、花を飾ることが好きになったと話す。

長田:年末で多忙だったのですが、その女性の言葉を聞いて「いますぐ椿がほしい!」と思ってネットで5株買って飾ったんです。その、ぱっと灯りをともすような佇まいを見て、すごく心が調律された感じがして。いまは、もっと野花みたいなものを取り入れたいなと思って、朝5時にお花を見るためだけに遠出するとか、楽しみ方がどんどん広がっていきました。

昔は嫁入り前に茶道や華道をやっておくみたいな風習があったわけじゃないですか。いま聞くと封建的な感じがするけど、お花をできる人が家にひとりいて、四季折々の花が部屋にあるってすごく健全な文化だなって。華道などで、生活を風流なものにしようとした文化はいいなと思います。

仕事で忙殺されながらも花と触れ合うことで日常に潤いを得た長田さん。コロニヘーヴのような場所が日本にもあれば、長田さんのように見失いがちな心を取り戻せるのかもしれない。さらに、美容ライターである長田さんは、普段仕事で触れているコスメと、花などの自然物には、同じような癒しがあるのでは、とその共通点に気づいたという。

長田:私は、コスメのきれいな色や質感を、顔のパーツに合わせて塗ってハーモナイズさせるってすごくいいなと思っていて、そういうメイクから得る癒しのポイントをお花にも感じたんです。たとえば、自宅で好きなお花を好きなように配置するのと、コスメを顔にこう塗ってこの色をここに差そう、みたいなことって、どちらも、自分の気持ちの良いところに「調和」させることだなって。

「日本の都心には緑がないから、どこかにコロニヘーヴはないか探しました(笑)」(イェンス)

本来、デンマークでは5区画以上の「庭」の集合体をコロニヘーヴと呼ぶそう。管理しているのも市などの自治体で、年間3万円程度でレンタルができるという。イェンスさん曰く利用者は老若男女さまざまで、「区画がはっきりと分けられているけど、隣人の庭にコーヒーを飲みにいったり、お庭をのぞいたりもします」とコミュニティー的な要素もあるそう。

長田:イェンスさんは小さい頃からコロニヘーヴを利用していたんですか?

イェンス:うちは庭つきの一軒家だったので、コロニヘーヴは借りていませんでした。でも、もちろん子どもの頃から存在は知っていましたよ。僕が小田原にコロニヘーヴをつくったのは、来日して東京の五反田のマンションに住んだのがきっかけで。都心で緑もないから、どこかにコロニヘーヴがあるんじゃないかって探し始めたら、日本にはそういう文化がなくて(笑)。

都会に暮らしながら「とにかくくつろぎたかったし、焚き火をやったり、ものづくりをしたかった」というイェンスさん。近くにないのであれば自分でつくるしかないと一念発起したのが、「エノコロ」の始まりなのだそう。ロフトと簡単なキッチンがついた小屋も、仲間たちと自分の手でつくり上げた。

イェンス:デンマークでは、5~10月はコロニヘーヴに住むことが法律的に許されているので、その時期は小屋で寝泊まりして、仕事に向かう人もいるんです。あとは、デンマークの本格的な夏は7、8月ととても短いので、その期間をいかに楽しむかっていう考えから、夏のあいだは外で食事をしたり、本を読んだり、よく屋外で過ごしています。

イェンスさんがつくった小屋のロフト

長田:夏を楽しむためのものなんだ。それに、コロニヘーヴの法律があるんですね!

イェンス:デンマークのコロニヘーヴは、7割以上が市などの行政が所有しているんです。それを組合のようなところに貸して、管理しています。日本にも宅地とか農地とかあるじゃないですか。デンマークには「コロニヘーヴ地」っていうものがあって、法律がちゃんと定められているんですよ。

「自然から離れすぎると、バグるような感覚がある」(長田)

公的な機関が庭を貸し出すほどデンマークでは浸透している庭の文化。そんな環境のなかで過ごしてきたイェンスさんの目に、東京の家や庭はどのように映ったのだろう?

イェンス:東京って庭が本当にないですよね。正直かわいそうだなと思いました。だって、自然が教えてくれることってたくさんあるんですよ。人間も含め本来はみんな自然のものだから、ときには人工物から離れることも大切だし、あまりにも自然と接しないと、人間らしさがなくなってしまうと思います。

長田:わかります。なんか、自然から離れすぎると、バグる感覚ってありますよね。我が家は3階建のすごく細長い住宅なんですけど、駐車スペースに鉢をたくさん置いてお庭みたいにしています。

イェンス:やっぱり大自然に触れたほうがいいと思うけど、家のなかにちょっとでも植物があるっていうのは、いいですよね。だからコロニヘーヴじゃなくても良くて、たとえばサーフィンやハイキングでも自然を感じられると思う。

長田:でもコロニヘーヴは庭でくつろぐのが目的ですもんね。私は月に一度座禅をしているのですが、禅の修行にも農作業とかお庭を丹精するということが組み込まれています。禅僧で庭師、みたいな方もいらっしゃるので、そういった作業は「動の瞑想」に近いのだと思います。だから、植物や自然に向き合う時間は、少し心が静かになるんだなって。

イェンス:あと、日本人はもっと休みをとってどこか旅行に出かけて自然と触れ合わないと!(笑)

長田:休みねえ~(笑)。私の身近なところにコロニヘーヴや大自然はないから、たとえばそのへんに生えているエノコログサとかを採ってきて、家にある空き容器とかにさっと刺して飾っておくだけでも違いますよね。

「もっと自然に触れて!」というイェンスさんだが、日本でコロニヘーヴをすることによって、人々になにを伝えたいのだろうか?

イェンス:こうやってリラックスすることを知ってほしいし、もっとゆっくりでいいんだっていう自然とのふれあい方を知ってほしい。自分の庭だから、草むしりとか簡単な手入れはしなきゃいけないけど、ほかにすることはなにもないんです。ただリラックスするための場所。人間と自然の距離が近くなると、みんな環境問題なども考えるようになると思うんです。

いまの人はあまりにも生活と自然が離れすぎているから、なんでゴミ袋が有料なのかとか、そういうことが考えられないのだと思う。でも自然を体験すると、その理由がわかってくるんじゃないかなって。

長田:ちょっとしたことだけど、さっきお料理した時も、私だったらまな板を何回も洗いにいっちゃうシーンで、「洗わなくていい! 風味だ!」って言われて。そういうところもちょっと普段の生活とは違う感じがしました。

参加者のみなさんと、外でランチづくり
今日のメニューは、ココナッツ風味のカレー、マッシュパンプキンのサラダ、栗ごはんなど

コロニヘーヴが教えてくれる、「自分の人生に大切なこと」

自然に触れることで、生活のなかで何気なくやっていることや考えてもみなかったこと、でもじつは考えたほうが良かったことに気づくのかもしれない。そんなことを教えてくれるイェンスさん、そしてできる範囲で生活に自然を取り入れている長田さんに、暮らしで大切にしていることを教えてもらった。

イェンス:家族と過ごす時間は大切にしています。我が家はだいたい18時にみんな揃って夕食をとっていて、朝食も家族みんなで食べます。週末もだいたい子どもたちと一緒に遊んでいますよ。僕が子どもの時も、18時に家族みんなでごはんを食べていました。うちが特別なんじゃなくて、デンマークではごく一般的なことですね。仕事は朝8、9時とかちょっと早めから始まりますけど、だいたい16、17時に退勤する人が多いです。

長田:日本人も今日は16時に帰るぞとか思って仕事したらいつもより集中できるかもしれないですね。私が大切にしているのは目の前のことに夢中になることです。見渡したらやらないといけないこととかたくさんあるけど、とりあえずいまやらなきゃいけないことに真剣になるように気をつけています。

仕事も母親としてもミッションが多いので、目の前にお花があったらミッションを忘れてそのお手入れに集中する。イェンスさんは「エノコロ」に仕事を持ってきたりはしないんですか?

イェンス:ないですね。だってここに来るのは休みの時だから。デンマークの人はオンとオフをきっちり分けていると思いますよ。

長田:切り替えがうまいんだ。一息いれることに対して、ちゃんと目的意識があるというか。

長田さんも「日本人は頑張り癖がついちゃってる」と言うように、仕事中に休憩をとる時や有給をとる時など、悪くもないのに罪悪感を持ってしまう人も少なくないのではないだろうか。そんな働き方に対してイェンスさんはこう続ける。

イェンス:自分の人生だから、自分で整えないと。僕は仕事の電話が来ていても、家族と夕食を食べていたら出ないことのほうが多いです。もちろん周りにはたくさん残業したり、休んでいない人はいたし、17時に帰るのを変な目で見られたこともあります。でも、それが僕の働きたいスタイルだって思っていました。

あとは、やりたいかやりたくないか。僕は仕事よりも大事なことがたくさんあるから、仕事の優先順位はわりと低いんですよ。だから、なぜか忙しいとか、なぜか休むことに罪悪感を感じるみたいな人にこそコロニヘーヴに来てもらって、一瞬でも仕事から離れて、違うことをやってほしいです。

木材を使って、壊れたキッチン道具を補整するイェンスさん

長田:こういうところに来ても「私なにかやりましょうか?」みたいな感じになっちゃいそうですけどね(笑)。

イェンス:でもここにはなにをやらないといけないっていう決まりもないから大丈夫。

生活のなかに自然を取り入れることで、自分の状態をチューニングしていった長田さんのスタイルは、スケールの違いはあれど、「庭でとにかくリラックスする」というデンマーク人のスタイルと通じるものがあるのかもしれない。

自分が本来どこから癒しを得ているのか、自分の身の丈にあったサイズ感はなんなのか。仕事も、暮らしも、家族との関係も、自分の手が届く範囲に愛情を持って接していくことをコロニヘーヴは教えてくれるのかもしれない。

あなたの一番大切なものはなんだろうか? 時間の流れやミッションの多さに惑わされず、生活の風通しを少しだけ良くするために、自然に触れてみてほしい。

プロフィール
イェンス・イェンセン

デンマーク出身。一般社団法人日本コロニヘーヴ協会・代表理お事。デンマーク式のコミュニティーガーデン「コロニヘーヴ」を日本に広めることを目的に、「日本コロニヘーヴ協会」を2010年に設立。現在は鎌倉に住み、2人の男の子の父親でもある。神奈川県小田原に日本コロニヘーヴが所有する庭があり、月に1回、一般の人が参加できるオープンデー「エノコロ」を開催している。開催日などの詳細は、サイトをご確認ください。

長田杏奈 (おさだ あんな)

フリーライター。美容系の執筆をフィールドワークにしつつ、インタビューや海外セレブなどの記事も手がける。自宅の庭では植物を育てるなど、「自然のある暮らし」を意識している。趣味は女子プロレス観戦、北欧ミステリー、植物栽培。2児の母でもある。



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湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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