たまごっち生みの親、横井昭裕「変なことからメジャーが生まれる」

海水魚の飼育の難しさがヒントに。「たまごっち」誕生秘話

漫画、アニメ、ゲームーー世界に多大な影響を及ぼす日本のソフトパワー。その原点のひとつが、携帯ゲーム機「たまごっち」ではないだろうか。1996年にバンダイから発売されるや否や、女子高生を中心にブームに火がつき、日本だけでなく世界中で爆発的にヒット。これまで累計販売台数8000万台以上を売り上げた。この「たまごっち」を企画したのが、横井昭裕さんだ。 誰もまだ見たことのない世界を作り続けてきた横井さんの生き方から「うろうろアリ」の要素を探るべく、彼のオフィスに会いに行ってきた。

横井昭裕(株式会社ウィズ代表取締役社長)

「変なことからこそメジャーなものは生まれると思うんですよね」。稀代の開発者に発想の原点を尋ねてみたところ、横井さんの生き方そのもののような答えが返ってきた。さまざまな領域に興味のアンテナを張りめぐらし、とことん凝り性になる。15年以上続けているボクシングでは、プロの格闘家をトレーニングの相手にしてスパーリング中に骨折した。日本が失いつつあるエネルギッシュな空気感を持つ中国が好きになり、カラオケで歌える中国語の歌のレパートリーは300曲に及ぶ。動物を飼うことが大好きで、熱帯魚からフクロウまで、あらゆる動物を飼育した。

海水魚を飼っていたときは、どんなに工夫をしても2週間くらいで死なせてしまい、生きものを育てる大変さを痛感した。一方で、「大変だからこそ可愛さを感じる」ことにも気づいた。実はこれこそが、たまごっちを生む原体験になったという。「餌をやる」「フン掃除をする」などの面倒さに加えて、世話を怠ると「死ぬ」。このリアル感こそ「たまごっち」をブレイクさせた最大の理由だと横井さんは語る。だから、どんなに会社に反対されても、「たまごっち」が命尽き果てることは止められないという設定は譲らなかった。

横井のオフィス調度品

そんな横井さんの所有するオフィスは、旧岩崎邸近く、上野・不忍池の傍にある。横井さんの美意識を感じさせる魅力的な空間だ。でもなぜここに?

「うーん。もしかしたら、上野が昔の新宿と似ているからかもしれないね」と、どこか懐かしむような穏やかな口調で答えてくれた。横井さんは4歳からの28年間を新宿で過ごした。当時の新宿といえば、若者文化のメッカ。JAZZ喫茶、超高層ビル群、24時間営業のマクドナルドなど、新しい価値が発信される最先端の街だった。デベロッパーによって作られた整然とした街とは正反対に、その中心には常に人の息吹や欲望が渦巻き、多様な価値がごちゃ混ぜに同居している。猥雑さから発せられる特有の圧倒的パワーは、横井さんの人生に活力を与えた。既成のものに捉われず、常に自由に大胆に。だからこそ「どうせ人生一回なら好きなことを思いっきりやったほうが良い」という信念で生きている。

手塚治虫やバンクシーを例に、横井が考える「トゲ」のある表現

そんな横井さんに「これまでにない新たな価値を生み出すための工夫や習慣」を聞いてみた。横井さんが引き合いに出したのが、あの偉大なる漫画家、手塚治虫の言葉だった。「漫画家になりたければ、漫画を読むな。」なるほど、誰も見たことのない世界をかたちにしていくには、ときとして過去の経験値や成功体験が邪魔になることもある。自分が見聞き経験した範囲の情報に縛られるなという教えなのだろう。

横井さんがバンダイの社員だった頃も、「おもちゃ屋に行って、すでに世の中にあるおもちゃを参考になど絶対にするな」と言うカルチャーが根づいていたという。未知の経験を積んで自分の感性の閾値を広げ、目先の スキルより本質を磨いてはじめて、発想力や思考力といった体幹力は鍛えられる。1日で培ったスキルは1日で廃れるものだ。

横井さんはこれまで、メディアなどで度々「トゲ」を大事にしていると語っている。 人の心に引っかかるなにかがなければならないということなのだろう。改めて真意を尋ねてみると、それは、単に奇抜であるというような表層的なことではなく、物事の本質を自問し続けることだという。次から次に新しい情報にさらされる現代では、表面で引っかかりを持てたとしても、すぐに流され新たなものに置き換わるだけだ。 人の心の奥深く刺さり、本質を捉えて離さないことこそ「トゲ」と言うことができる。

唐川靖弘(EdgeBridge LLC代表 / うろうろアリ・インキュベーター)

人工知能の急速な発展・普及によってさまざまなものが人間の労働力に置き換わろうとしている。しかし、人工知能は一度に処理・学習できる情報量こそ膨大だが、インプットされた情報の延長線上でしかものごとを考えない。一見関連性のないもの同士の存在に気づき、引っ張り出し、融合させ、新たな価値に転化させることは、人間にしかできないことだ。そのためにも徹底的にものごとや人間を観察し、それらを動かしている本質はなんなのか、なぜなのかを想像しながら考えぬくことがより重要になってくると横井さんは言う。そうしてできた「トゲ」こそが、人の心に深く突き刺さり、包み込まれ、やがては人の一部になっていくのだろう。

横井さんが最近気になったトゲあるものを挙げてもらった。しばし考え込んだあとに出てきた答えは、ロンドンを中心に活動する覆面芸術家バンクシー。その過激な表現方法のため一部からは「芸術テロリスト」と呼ばれることもある。サザビーズでのオークション成立直後、額縁に仕掛けられたシュレッダーによって作品がバラバラにされるという前代未聞のパフォーマンスは記憶に新しい。

横井:バンクシーの謎めいた雰囲気、メッセージ性、ハプニング性など、インターネットやソーシャルネットワークなどの普及によりすべてがオープンな方向に進んで行く現代に、久しぶりに出てきた面白さだと思う。

左より:横井昭裕(株式会社ウィズ代表取締役社長)、唐川靖弘(EdgeBridge LLC代表 / うろうろアリ・インキュベーター)

うまくいかないときも楽しい。クリエイティブを支える「好き」という気持ち

バンダイという大企業で異端の社員時代を過ごしたあと、31歳で独立し、仲間と興した会社を育て、その会社を退いて現在に至る。そんな横井さんに組織での人の育て方を聞いてみた。

横井:とにかく人それぞれの個性を認めることかな。自身も含め、面白い人には「枠から外れる人」が多い。でも能力のない、冒険しない上司ほど、形で判断し、枠から外れる人を規則で縛ろうとする。そうすると組織に「トゲ」がなくなる。だからまずは、その人の良いところを認め合う空気を作ることが大事。枠から外れる人は、彷徨ったり紆余曲折あるかもしれないが、自分のアイデアを持ち、それに忠実に生きながら一番大切なものを曲げなければ、それで良いんじゃないかな。

「雀聖」という異名を持つほど麻雀好きで知られた阿佐田哲也という小説家を引き合いに出して横井さんが笑った。

横井:阿佐田氏の言葉に、「麻雀好きだったら、負けているときも楽しいと思わなければならないんだ、好きっていうことはそういうことなんだ」というような節があるんですけどね。僕も相当いろいろな冒険をやって、自分の会社を興して辞めて、また1人に戻ったわけだけど、なんだかそれも楽しいな、と自然とそんな気分になっているんですよね。

企画した商品のすべてが「たまごっち」のようなヒットになったわけではない。上手くいくかどうかにはツキや運も関係するから一喜一憂はしないけれど、そのツキや運の流れを掴むには自分の実力を常に伸ばし続ける必要がある。だから未知の領域への好奇心に導かれ、すべての過程を楽しみながら歩き続ける。横井さんの姿に、僕の考える「うろうろアリ」の理想形をまたひとつ見た気がした。

取材の最後、地下にあるトレーニングルームに招待してもらった。僕も護身系の格闘技をやっていることをインタビュー中に話したからだ。使い込まれたサンドバックをさすっていると、 「ちょっと叩いてみてよ」と横井さんがパンチンググローブを差し出してきた。じゃあ、と軽く左、右と ワンツーを打ち、「横井さん、打ってみて下さいよ」とグローブを戻した。横井さんは「あ、じゃあちょっとだけ」と言いながら、メガネを外し、シャツを脱いだ。体勢を整えたあと、サンドバッグを真剣に、本当に真剣に叩き続けた。笑顔は完全に消えていた。わずか10秒にも満たない時間だったが、僕はものの見事に打ちのめされていた。

「右のガードが下りる癖があるんだよね」と軽く呟く横井さんを見て、「好きなことには常にトコトン真剣に向き合わなければならないんだ」という横井さんのメッセージを感じた。「うろうろアリ」の大先輩にチャンスを頂いておきながら、いい加減なパンチを2発しか入れなかった自分を恥じた。今度横井さんのオフィスを訪問する機会があったら、マイグローブ持参で伺おうと思う。

プロフィール
横井昭裕 (よこい あきひろ)

株式会社ウィズ代表取締役社長。1955年東京都生まれ。中央大学経済学部国際経済学科を卒業後、1977年、株式会社バンダイに入社。キャラクター玩具、コンピュータゲーム、ファンシー雑貨など、幅広いジャンルの商品開発に携わる。1986年、自分の力を試してみたいと思い、株式会社ウィズを設立。玩具やゲームソフトの企画・開発を手がける。1995年に「たまごっち」企画を発案した“産みの親”。現在、同社代表取締役社長。

唐川靖弘 (からかわ やすひろ)

1975年広島県生まれ。外資系企業のコンサルタント、戦略プランニングディレクターを経て、2012年から米国コーネル大学ジョンソン経営大学院 Center for Sustainable Global Enterpriseマネージングディレクターとして、多国籍企業による新規ビジネス開発プロジェクトや新市場開拓プロジェクトをリード。自身のイノベーションファームEdgeBridge LLCを拠点に、企業の戦略顧問や人材育成プログラムディレクター、大学の客員講師としても活動。フランスの経営大学院INSEADにおいて臨床組織心理学を研究中。

連載『イノベーションを生む「うろうろアリ」の働き方』

変化のスピード増す現代において、既存の価値観や会社という枠組みに囚われないない「うろうろアリ」こそがイノベーションをリードする。自由な発想で新たな価値を生み出し続ける彼らの、最先端の働き方を紹介するインタビュー連載です。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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