世界が注目する北欧ミステリー映画。まずは観るべき5本

映画史に残る名作から、社会現象となった注目の作品まで。北欧のミステリー映画5選

北欧映画の魅力を紹介し、2011年からこれまでに100本ほどの作品を上映してきた『トーキョーノーザンライツフェスティバル』(以下、『TNLF』)がおすすめの北欧映画を紹介するこの連載。第3回目となる今回は、「北欧ミステリー映画」をテーマにお届けします。

北欧ミステリー映画というとみなさん何を思い浮かべますか? スウェーデンの警察を舞台にした犯罪映画『刑事マルティン・ベック』(1976年)でしょうか。やはり2005年に衝撃のデビューを飾った作家スティーグ・ラーソンのミレニアム3部作を原作とする『ミレニアム』シリーズ(2009年)でしょうか。同シリーズをデビッド・フィンチャー監督がハリウッドリメイクした『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)もありましたね。映画史に残る名作から近年の話題作まで、秋の夜長にオススメの5本をご紹介します。

名匠アキ・カウリスマキがドエトフスキーの代表作に挑む。『罪と罰 白夜のラスコーリニコフ』

映像化は不可能だとささやかれていた古典の名著フョードル・ドストエフスキーの『罪と罰』をアキ・カウリスマキが大胆にリメイクしたこの作品。1980年代のヘルシンキを舞台とするなど、設定こそ異なりますが、原作同様犯人が追い詰められていく様を描く素晴らしい心理劇となっています。近年では『ル・アーブルの靴みがき』(2011年)『希望のかなた』(2017年)を監督し、「難民三部作(未完)」の制作に取り組んでいるアキ・カウリスマキの長編デビュー作が『罪と罰』とは驚きです。

食肉解体工場で働く青年ラヒカイネン。彼はある日中年の男を尾行し、部屋へ侵入して射殺する。その殺害現場をデリバリーサービスの女エーヴァに目撃されたラヒカイネンは自分が犯人であると告白する。しかし彼女は、警察へと通報するものの彼を逃がした。捜査を始めた警察は、すぐにラヒカイネンが犯人だと確信したが、決定的な証拠もなく彼を泳がせることに。ラヒカイネンは偽造パスポートを手配し海外逃亡を試みるが……。

虫を斧で殺す場面から始まる食肉解体工場のカット。バックに流れるシューベルトの『セレナーデ』、排水口に流れ込む血、映画の冒頭から観客をひきつける演出は、さすがはアキ・カウリスマキと言うほかありません。1983年公開作品ですが、エスコ・ニッカリ、マッティ・ペロンぺーなど彼の作品ではお馴染みのキャストが出演しており、劇中音楽のセンスの良さ、ショットやスタイルもいまのカウリスマキ作品に通ずるものがあります。ちなみに兄のミカ・カウリスマキも『ファーザーズ・トラップ 禁断の家族』(2011年)という、『カラマーゾフの兄弟』から着想を得た作品を制作しています。兄弟でドストエフスキー原作の映画を撮っているとは、何か興味深いですね。

演劇的手法によるアプローチで人間の心に潜む善と悪を描いた『ドッグヴィル』

2000年公開の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で第53回カンヌ国際映画祭最高賞であるパルム・ドールを受賞したラース・フォン・トリアー。次作に期待が高まるなか、2003年に製作されたのが、「機会の土地 - アメリカ三部作(未完)」の第一作『ドッグヴィル』です。ロッキー山脈にある炭坑街を舞台に善と悪の交錯が描かれ、まるでスティーブン・キングの小説のようにじわじわと怖さが迫ってきます。

物語はプロローグ、そして第1章から第9章までの全10幕で構成されており、床面に描かれた白い線のみというミニマムなセットのなかで、演劇的に展開していきます。貧しい町に医者の息子として生まれたトム。ある日彼が通りを歩いていると、1発の銃声が聞こえる。やがてやってきたのは、町に匿って欲しいと助けを求める1人の女性、グレースと後を追うようにやってきたギャングだった。町の精神的指導者を夢見るトムは、住民たちの道徳心の向上のために彼女を利用しようと考え彼女を町で匿うことを住民たちに提案する。グレースは自分を住民に受け入れてもらえるように努力するが、警官がやって来た事によって事態は急変する。

街全体のダイナミックな俯瞰からトムのラジオへとズームインされ、ラジオがアップになるとスイッチを切る手がフレームインするなど、ファーストカットからその演出手腕に引き込まれるトリアーの問題作(彼の場合問題作しか無いのですが)。キャストも豪華でニコール・キッドマン、ポール・ベタニー、ローレン・バコール、ステラン・スカルスガルドなど名優揃い。本当に何もないセットのため、多くのカットで役者たちは背景のように映り込みます。ですが、演劇のように舞台上にいる役者がそれぞれ並行して芝居をしており、ちょっとしたきっかけで変わってしまう人の感情や関係性が見事に描かれています。個人的には最後のオチが気に入っています、ドッグヴィルだけに。

アイスランド映画界注目の監督が描く社会派ミステリー『湿地』

『湿地』©Sogn ehf. / Blueeyes Productions - Allur rettur askilinn.
『湿地』©Sogn ehf. / Blueeyes Productions - Allur rettur askilinn.

2002年、北欧の作家が書いた最も優れたミステリーに贈られる『ガラスの鍵賞』をアイスランド人として初受賞したアーナルデュル・インドリダソンの『湿地』。同作を、同じくアイスランド出身の俳優・映画監督でもあるバルタザール・コルマウクルが2006年に映画化しました。荒涼とした自然を舞台に展開する、寒くてジメっとしたアイスランドらしい作品です。

殺人事件の通報を受けたエーレンデュル警部は、レイキャビク北部の湿地に建つ現場の住宅に向かう。そこには争ったあとや物色された痕跡もなく、典型的なアイスランドの(粗野で場当たり的な)殺人だと思われたが、引き出しの裏から一枚の写真が発見される。そこに写されていたのは、4歳で死んだ女の子の墓石の十字架。果たしてこれは何を意味するのか? 次第に明らかになる被害者の過去。そして思いもよらない真実が明らかに……。

コルマウクルは、本連載で以前ご紹介した『好きにならずにいられない』のプロデューサーでもあります。2017年に公開された『殺意の誓約』ではプロデューサー、監督、そして主演も務めるなど、アイスランド映画界で注目の人物の1人。

ちなみにアイスランドは人口あたりの殺人発生率が0.91%という平和的な国家。人口約33万人の小さな国ですので、年間3件ほどの計算となります。狩猟等のため人口の約3分の1に銃の保有が許可されている銃社会でありながら、この低い犯罪率は驚きです。

名コンビの刑事映画は世界共通? 『特捜部Q Pからのメッセージ』

『特捜部Q Pからのメッセージ』©2016 ZENTROPA ENTERTAINMENTS20 APS, ZENTROPA HAMBURG GMBH, ZENTROPA ENTERTAINMENTS BERLIN GMBH, ZENTROPA INTERNATIONAL NORWAY AS. All rights reserved.
『特捜部Q Pからのメッセージ』©2016 ZENTROPA ENTERTAINMENTS20 APS, ZENTROPA HAMBURG GMBH, ZENTROPA ENTERTAINMENTS BERLIN GMBH, ZENTROPA INTERNATIONAL NORWAY AS. All rights reserved.

デンマークでは社会現象となり、累計1000万部を越す大ベストセラーとなったユッシ・エーズラ・オールスンの小説『特捜部Q』シリーズ。2010年にデンマーク推理作家アカデミーの最優秀長編賞である『ハラルド・モーゲンセン賞』と、北欧の最も優れたミステリー作品に贈られる『ガラスの鍵賞』を受賞したのが『特捜部Q Pからのメッセージ』(2016年)です。

『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009年)などのニコライ・アーセルが脚本を、『ファイティング・ダディ 怒りの除雪車』(2014年)のハンス・ペテル・モランドが監督をつとめた、『特捜部Q 檻の中の女』(2013年)『特捜部Q キジ殺し』(2014年)に続くシリーズ3作目。

特捜部「Q」とは、未解決事件の捜査を手がけるコペンハーゲン警察の部署のこと。ある日「Q」へ、「助けて」と書かれた手紙の入ったボトルが届けられる。手紙の文字はインクが滲んでよく読めないが、差出人の頭文字は「P」。さっそく捜査にかかる「Q」のカール警部補と、アシスタントのアサド。捜査の過程で、ある教団信者の子供ポウルが行方不明になっていることを突き止めるが、両親からは捜索願が出されていない。すると今度は、教団の教区で子供が拐われたとの連絡が。果たして2つの事件はどう繋がるのか……。

それぞれ個別で観ても十分面白いのですが、ぜひ1作目から順にご覧になることをおすすめします。コペンハーゲン警察内での特捜部Qの立ち位置、カールとほかの登場人物との関係性の変化がより楽しめると思います。そしてときに辛辣な言葉を掛け合い、ときにお互いを思いやるカール警部補とシリア系でアシスタントのアサドのコンビや、秘書のローセの活躍から目が離せなくなること請け合いです。『コン・ティキ』(2012年)で主演を演じたノルウェーの俳優ポール・スヴェーレ・ハーゲンがカールを、レバノン出身のファレス・ファレスがアサドを演じています。

世界中で大ヒットを記録した北欧ミステリーの代表作『ミレニアム』シリーズ

『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』©Yellow Bird Millennium Rights AB,Nordisk Film,Sveriges Television AB,Film Väst 2009
『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』©Yellow Bird Millennium Rights AB,Nordisk Film,Sveriges Television AB,Film Väst 2009

北欧ミステリーといえば外すことができないのが、2004年に小説の出版をまたず他界したスウェーデン人作家スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』3部作でしょう。映画『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009年)はニールス・アルデン・オプレヴが監督。『ミレニアム2 火と戯れる女』『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』(いずれも2009年)はダニエル・アルフレッドソンが監督しました。主要キャストは、ミカエルに惜しくも急逝した名優ミカエル・ニクヴィスト、リスベットにはハリウッドでも大活躍のノーミ・ラパスがシリーズを通して出演しています。

『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』。雑誌ミレニアムの発行責任者・共同経営者そして記者でもあるミカエルは、ある大物実業家の不正を暴く記事をミレニアムに掲載しそのことで名誉毀損で有罪となる。大企業ヴァンゲル・グループの前会長ヘンリックは、16歳の時失踪したひ孫のハリエットに何があったのか調べて欲しいとミカエルに仕事を依頼する。そして有能なリサーチャーでハッカーでもあるリスベットと共に、ハリエット失踪の真相に迫る。

続く『ミレニアム2 火と戯れる女』の舞台は、少女失踪事件から1年後。ミレニアムでは少女売春組織の告発特集号の準備に入っていた。しかしその担当記者と共同研究者の恋人が何者かに殺される事件が起こる。現場にはリスベットの指紋がついた銃が残されていたため、警察はリスベットを全国手配に。リスベットの無実を信じるミカエルは独自に捜査を始めるが……。

『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』は第2部で描かれた殺人事件から、舞台を法廷へと移して展開する。政府の大規模な陰謀を解き明かそうと奔走するミカエル。対する政府公安警察内の秘密組織「特別分析班」は真実に迫る者を排除するべく、関係者の抹殺へと動きだす。

謎解き、殺人、法廷と、それぞれの作品で描かれる主題がつながっていくスリルをご堪能下さい。時間と体力が許せば3本続けて見ても面白いですね。また、ミカエルは作中「名探偵カッレくん」とからかわれていました。『名探偵カッレくん』とは『長くつ下のピッピ』や『山賊の娘ローニャ』等を書いた、児童文学者のアストリッド・リンドグレーンの作品です。日本で例えるならば、『名探偵コナン』に登場する江戸川コナンくんといったところでしょうか?

スウェーデンではほかに『エリカ&パトリック』シリーズのカミラ・レックバリも人気ですし、ヘニング・マンケルの『クルト・ヴァランダー警部』シリーズも大ベストセラーとなっています。『エリカ&パトリック』シリーズには映像化された作品もありますので、興味のある方は探してみて下さい。そして北欧映画ではないのですが、個人的にはケネス・ブラナー製作総指揮、主演の『刑事ヴァランダー』シリーズにハマっています。こちらはイギリスBBCでの放送作品ですが、共同製作にスウェーデンの制作会社イエローバードが入っています。ロケ地は全てスウェーデンですし、スタッフも『ミレニアム』シリーズのスタッフが勢揃いしているそうなので、スウェーデン作品と言えなくもないかも……? こちらはDVDが発売されていますので、ぜひご覧ください。

プロフィール
トーキョーノーザンライツフェスティバル

2011年から毎年2月に開催しており、新旧の北欧映画の選りすぐりの傑作をこれまでに約100作品上映。音楽やアート、食などでも北欧の文化を発信している。

リリース情報
『湿地』(DVD)

2017年11月2日(木)発売
価格:4,320円(税込)
発売元:アメイジングD.C.
販売元:ミッドシップ

『特捜部Q Pからのメッセージ』(DVD)

2017年3月17日(金)発売
価格:4,104円(税込)
発売元:カルチュア・パブリッシャーズ
©2016 ZENTROPA ENTERTAINMENTS20 APS, ZENTROPA HAMBURG GMBH, ZENTROPA ENTERTAINMENTS BERLIN GMBH, ZENTROPA INTERNATIONAL NORWAY AS. All rights reserved.

『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女<完全版>』(DVD)

2012年2月3日(木)発売
価格:4,104円(税込)
発売元:株式会社パラディソ
販売元:アミューズソフトエンタテインメント株式会社
©Yellow Bird Millennium Rights AB,Nordisk Film,Sveriges Television AB,Film Väst 2009



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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