人々の日常を描いて危険視された ソ連の亡命作家ドヴラートフ

※本記事は2020年4月に執筆しました。

COVID-19で気づいた、自宅待機を楽しむロシアの国民性

『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』場面写真 ©2018 SAGa/ Channel One Russia/ Message Film/ Eurimages

2020年春、COVID-19により、世界各地の人々が自宅隔離状態にあった。そんな中、ロシアのSNSユーザーのあいだで「美術隔離」(イゾイゾリャーツィヤ)というフラッシュモブが流行していた。自宅にあるものを駆使して名画を真似る、活人画の現代版だ。もともとはアメリカのJ・ポール・ゲティ美術館がInstagramではじめたものが、ロシアでブレイクしたようだ。ロシア人の友人が多いわたしのFacebookのタイムラインにも、ときどき傑作が流れてきていた。シーツやトイレットペーパー、食料品や日用品を活用したコスプレの肖像画、子どもや猫や犬が登場する風俗画、さらにはタオルとシェービングフォームと洗濯バサミで作った北斎の『富嶽三十六景・神奈川沖浪裏』といったクリエイティブなものまで。人々は「自己隔離」、つまり日本でいう「外出自粛」を楽しんでいる。

モスクワでは市民の外出を管理するアプリすら導入され、不用意に家を出ると逮捕されかねない。世界がこんな状況になるとは想像もしていなかったのはもちろんだが、同時に、最近まで反政権デモが活発だったモスクワの街で、人々が健康のためにおとなしく家にいて、しかも自宅隔離を楽しんでいるのには驚かされた。

だが、考えてみれば、外出禁止のような社会的な制約を受け入れ、その中でできるだけ充実した生活を送るというのは、ロシア人の得意とすることなのかもしれない。20世紀の大部分(1917年~1991年)、そこにはソ連という国があった。社会主義政治体制のもと、経済・文化を含むあらゆる社会活動が国の管理下で行われており、自由は多かれ少なかれ制限されていた。ソ連時代、人々は外国に行くことすら容易ではなかったのだ。

『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』場面写真 ©2018 SAGa/ Channel One Russia/ Message Film/ Eurimages

本音をいい合わない距離感。ソ連時代を反映した映画『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』

映画『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』で描かれているのは、このソ連という、自由の制限された国に生まれ育った作家・芸術家たちと、そのコミュニティーだ。舞台は1971年11月1日から7日までの1週間のレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)。この街はかつて帝国時代のロシアの首都だった。いまでも首都モスクワに引けを取らない文化都市である。

主人公のセルゲイ・ドヴラートフは、いまのロシアでもっとも読まれている作家のひとりだが、1971年当時は弱冠30歳。狭い芸術サークルの中では認められているものの、社会的にはまだまったく無名だった。彼の作風はソ連文学とは相容れず、公の出版社に原稿を持ち込んでも相手にされない。作家では食べていけず、フリーランスの記者をしている。しかし、くだらない記事ばかり書かされて、この仕事にうんざりしているようだ。離婚した妻とのあいだには娘がいて、定期的に会っているが、娘をどう楽しませていいのかわからない。せめて人形を買って喜ばせようにも金がない。

けれども、彼は妻とも娘ともとくに仲が悪いわけではなく、距離のある関係でありながらも、互いにそれなりの愛情を持っているように見える。彼は芸術サークルに所属し、芸術を語らう場を持ち、のちのノーベル賞詩人ヨシフ・ブロツキーら友人にも恵まれている。芸術家コミュニティでは、ソ連で禁じられているはずのジャズが演奏され、西側の文化情報がやり取りされていて、さらに酒も豊富に飲める。ドヴラートフは2メートル近い長身の大男、しかも魅力的なタイプで、女性にもてたらしい。思い通りにいかなくても、人生はそれなりに続いていく。

タイトルロールを演じたのはセルビア人俳優のミラン・マリッチ。容貌も背の高さもドヴラートフによく似ている。ロシア語を話せない彼の醸し出す違和感が、社会におけるドヴラートフの疎外感に取って代わられていた。口数は多くなく笑顔もないが、どこか人懐っこい。本音を言い合わない独特の距離感が時代を映している。

ミラン・マリチが演じるドヴラートフ /『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』場面写真 ©2018 SAGa/ Channel One Russia/ Message Film/ Eurimages

1971年は「停滞」と呼ばれる時代のさなかだった。独裁期のスターリン政権が終わり、全体主義や検閲が緩和されたフルシチョフ政権の「雪解け」期も終わって、1964年に始まったのがブレジネフ政権の「停滞」期だ。社会は経済的には低成長ながらも安定したが、政治は保守化し、文化への締めつけがふたたび強まった。そうした中、知識人は公式の文化とは別の、非公式なアンダーグラウンドの文化空間を育んだ。文学作品は地下出版(サミズダート)、あるいは国外出版(タミズダート)のかたちで流通した。

スターリン時代には、政権に目をつけられた作家や芸術家は収容所に送られ、あるいは粛清された。「雪解け」期には、それらの人々が収容所から戻ってきた。しかし「雪解け」が終わりに近づくと、知識人はふたたび弾圧を受けるようになった。社会がある程度安定したからこそ、非公式文学の場が形成され得たのであり、非公式文化が成立したからこそ、弾圧も復活したのだろう。この時代は、どんなオルタナティブな集まりにも、かならず政権側のスパイが入り込んでいたという。映画の中での人々の微妙な距離感は、ここに由来する。

映画『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』予告編

直接的には政権批判をしていなかった、ロシアの亡命作家たち

『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』場面写真 ©2018 SAGa/ Channel One Russia/ Message Film/ Eurimages

『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』のもうひとりの主人公である詩人のヨシフ・ブロツキーは、映画で描かれた時期の半年後にあたる1972年5月、国家権力から亡命を迫られ、祖国を捨てる羽目になった。同年9月、ドヴラートフも自由を求めてレニングラードを離れ、エストニアのタリンに移り住んだ。その後、ドヴラートフはいちどレニングラードに戻るものの、1978年に亡命した。ふたりともニューヨークに住み、亡命ロシア人コミュニティーを形成した。その後祖国に戻ってくることはなかった。

だから、映画『ドヴラートフ』で描かれるのは、まもなく祖国を捨てることになる作家と詩人なのだ。11月7日は革命記念日。建国の祝祭日であるこの日の直前の一週間が舞台とされているのは偶然ではないだろう。ソ連という国は革命によって生まれた。いくら彼らが政治的な記念日に無関心であったとしても、11月7日という日付は彼らの人生を規定している。いまではドヴラートフもブロツキーもロシアを代表する作家・詩人として、国民に広く愛されている。彼らが亡命作家であることを、いまのロシア人はどう思っているのだろうか。

『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』場面写真 ©2018 SAGa/ Channel One Russia/ Message Film/ Eurimages

亡命を余儀なくされた彼らは、どのくらい反体制的だったのだろうか。じつはドヴラートフもブロツキーも、たとえば現代の作家や芸術家たちによくみられるような、政治家や政策を名指すような直接的な政権批判は行なっていない。ブロツキーは1963年にいちど逮捕され、収容所に送られているが、そのとき問われた罪は「徒食者」として、定職につかずにぶらぶらしていることだった。ブロツキーの作品は政治色が薄い。むしろ、社会参画を促すような政治的なテーマを持ないことにこそ、ブロツキーの危険性があるとみなされていた。

ドヴラートフの小説も、社会や人間に対するアイロニーはあるものの、政権批判的であるわけではない。彼の作品のうち、『わが家の人びと』『かばん』の2冊が日本語になっているので(ともに成文社)ぜひ読んでいただきたいが、この作家の本領は笑いとペーソスのある飄々とした文体にある。作品で描かれるのは、身近な人々の日常的で人間的な振る舞いだ。彼の作品にはロシア文学に人々が期待するような苦悩や重苦しさは一切ない。だからこそ、彼の作品は同時代のソ連文学に与することがなかった。実際、ドブラートフはヘミングウェイやフォークナー、サリンジャーら、20世紀アメリカ文学に影響を受けているという。あえてロシア文学の系譜に当てはめるなら、チェーホフの短編に見られるドライな笑いが近いのかもしれない。

ソ連がなくなる直前の1990年、ドヴラートフはアルコールが原因で49歳の若さで亡くなった。死後4年を経て、1994年にペテルブルクで3巻本のドヴラートフ作品集が刊行されると、文字通りドヴラートフ・ブームが起こった。この作家の作品は、その後も様々な版で出版され、ブロツキーの詩集とともに、どこの本屋にも欠かせないベストセラーであり続けている。

ドブラートフの代表作のひとつに、彼が徴兵で収容所の看守をしていたときの体験に基づく『ゾーン』(未邦訳)がある。沼野充義(日本のスラヴ文学者)の言葉を借りれば、作家はこの作品で「『収容された側』からだけでなく、『収容する側』、つまり囚人を閉じ込め、管理する立場にある人の視点からも収容所の生活を描き出し、人間としては囚人も看守も驚くほど似通っているということを示した」(『わが家の人びと―ドヴラートフ家年代記』 / セルゲイ・ドナートヴィチ・ドヴラートフ著 / 沼野充義訳 / 成文社)。そこに描かれているのは収容所に暮らす人々のふつうの日常だ。収容所のシステムを批判するのでも、犯罪の善悪を問うのでもない。ドヴラートフもブロツキーも、国家のイデオロギーや政治を軽やかに回避した。だから、彼らの作品は、かつてのソ連人を政治の言葉から解放した。彼らの作品によって、人々は自分たちが生きている時代や生活、文化を語る言葉を得たのだ。

最後に、監督のアレクセイ・ゲルマン・ジュニアについて。彼は日本でも公開され、カルト的な人気を得た『フルスタリョフ、車を!』、『神々のたそがれ』の監督、アレクセイ・ゲルマンの息子である。父はまさにドヴラートフやブロツキーと同じ世代のペテルブルグの知識人。ゲルマンJr.にとって、本作で描かれた世界は父の生きた世界である。この作品は2013年に亡くなった父が属したカルチャーへのオマージュでもあるのだろう。

『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』場面写真 ©2018 SAGa/ Channel One Russia/ Message Film/ Eurimages
『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』場面写真 ©2018 SAGa/ Channel One Russia/ Message Film/ Eurimages
作品情報
『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』

2020年6月20日(土)から渋谷ユーロスペースほか全国で順次公開
監督:アレクセイ・ゲルマン・ジュニア
出演:
ミラン・マリッチ
ダニーラ・コズロフスキー
スヴェトラーナ・コドチェンコワ
エレナ・リャドワ
上映時間:126分
配給:太秦



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