Ryu Matsuyamaが向き合う、ポップ / オルタナティブ、国籍の境界線

日本人の両親のもとに生まれイタリアで育ち、ハタチのときに東京へ一人でやってきたRyu。ソングライターであり鍵盤奏者である彼の名前がそのまま冠された3ピースバンド、Ryu Matsuyamaが2ndフルアルバム『Borderland』を完成させた。ルーツの異なるメンバーがそれぞれの美学をぶつけ合いながら真新しいポップミュージックとしての調和を目指してきたこのバンドの音楽は、ポストロックからいわゆるインディR&Bの系譜に連なるアンビエント、そしてクワイアなどの要素を重層的に取り入れながら静謐かつスケールの大きなサウンドデザインが施されている。

今作にはバンドにとって初の外部プロデューサーとなるmabanuaを、またやはり初となる客演のボーカリストとして羊文学の塩塚モエカを迎えている。「Ryu Matsuyamaのポップミュージックとは?」という、これまでも繰り返してきた問いに客観的な視点を導入しながら、3人のアンサンブルの精度をさらに高めると同時に、かつてないほど自由な様相で音楽的な幅を広げている。

そして、ジャケットにはRyuの実父でありイタリア在住の画家、松山修平の絵画を使用している。イタリアと日本、ポップミュージックとオルタナティブ、あるいはアートなど、つねに自分の中にあるさまざまなボーダーラインと向き合ってきたRyuが、本作に『Borderland』と名付けたのはなぜか? 北欧出身のアーティストの歌に惹かれてきたルーツも含め、あらためて彼のバックグラウンドをひも解きながらその理由を探った。

Ryu Matsuyama(りゅう まつやま)
ピアノスリーピースバンド。イタリア生まれイタリア育ちのRyu(Pf,Vo)が2012年に「Ryu Matsuyama」としてバンド活動をスタート。2014年、結成当初からのメンバーであるTsuru(Ba)にJackson(Dr)を加え現メンバーとなる。

イタリア人はこうしてオンラインで会話しても、ストレス解消にはそれほどならないと思うんですよね。

―今のイタリアの状況を、家族や友人から聞いたりしてますか?

Ryu:連絡を取って聞いてますけど、あまり実感が湧かないんですよね。でも、もし僕がまだイタリアに住んでいたら日本にいるよりも大きなストレスを感じていたとは思います。イタリアは、人とのコミュニケーションのあり方がより密なものだから。

―日常的な抱擁であったりコミュニケーションの濃密さが感染の急速的な広がりの要因になったという見方もありますよね。

Ryu:それは絶対にあると思いますよ。いつもと同じコミュニケーションを取れなくなったことに一番のストレスを感じているらしいので。

その点、日本はよくも悪くも上辺の関係性が多いじゃないですか。そこに日本人の気質としての美しさを感じたりもするんですけど。でも、イタリア人はこうしてオンラインで会話しても、ストレス解消にはそれほどならないと思うんですよね。そういう意味でも、うちの親はマンションに住んでたのがよかったなと。

―というのは?

Ryu:マンション内では非感染の人たち同士で会ってるらしくて。もちろん、外出はほとんどしてないらしいですけど。買い物ですら大変だと言ってましたから。家族は全員無事なんですけど、オーストリアとロンドンにいる兄弟もいるのでみんな大変だし心配ですね。

Ryu

どんなにラブソングを書いたとしても「自分は何者なんだろう?」という歌になる。

―あらためて、Ryuくんがイタリアで生まれ育ったことで音楽家としての自分に影響を与えてるところがあるとすれば、どんなことだと思いますか?

Ryu:たぶん前のインタビュー(参考記事:バンド・Ryu Matsuyamaに取材。そのルーツにある「痛み」の正体)でもお話させてもらったと思うんですけど、自分のアイデンティティはイタリアなのか、日本なのか、どこに属しているかわからないおかげで今の自分があると思っていて。それが歌詞のテーマにもなっていると思います。

―歌詞は本当に一貫してますよね。ずっと人の成長について歌っているなと。

Ryu:そうですね。ラブソングを書こうと思ってもそっちに帰ってきちゃうなと毎回思います。何も変わってないですね。アイデンティティを探しまくる旅を続けてる人、みたいな。どんなにラブソングを書いたとしても「自分は何者なんだろう?」という歌になる。

―そのテーマは今後も不変だと思う?

Ryu:イタリアから日本に来て10年経ったんですよ。それでも変わってないから変わらないんだと思います。日本にいる外国人みたいな自分の一面も自覚しているし、イタリア人がいたら話しかけたくなりますし、懐かしい感覚になります。あとは自分の愛情表現は人に驚かれますよね(笑)。

―たとえば?(笑)

Ryu:好きな人に対して「Oh! I love you!」という状態がずっと続いてるみたいな感覚があって。そこはイタリア人っぽくてよかったなって思います(笑)。

―でも、複数人でいるときのRyuくんは気遣いの人で、日本人っぽいなと思いますけどね。だからイタリアサイドのRyuくんがちょっと想像しづらいというか(笑)。

Ryu:集団になるともしかしたら「日本人といる」という感覚に自分をアジャストしているかもしれないですね。日本人であるべきなんじゃないか、という。でも、それは自分にとって自然だし、いいことだと思ってます。

僕は先輩後輩の礼儀みたいなことをBase Ball Bearのホリさん(堀之内大介)から教えてもらったんですけど。それが身についてるんだと思います。ホリさんとは日本に来てすぐに出会ったんですけど、すごくいい意味で僕をイタリア人として捉えてくれてると思うんですよ。そのうえで「日本ではこうだよ」って教えてくれる。でも、GARAGE(Ryu Matsuyamaのホームグラウンドであるライブハウス、下北沢GARAGE)でいろんなミュージシャンとダベってるときはイタリア人でいられる感じがあるんですよね(笑)。

Ryu Matsuyama『Borderland』を聴く(Apple Musicはこちら

曲を書くときにイタリアにいたときの感覚を思い出そうとしているんだと気づいて。それがわかって吹っ切れられた。

―歌詞を書いてるときの自分は、どちらかに比重を置いてるという自覚はあったりしますか?

Ryu:中間ではいたんですよ。でも、歌詞の愛情表現はジャパニーズ感覚なのかなと思います。歌詞ではそこまで情熱的ではなくて、ちょっと日本人っぽさが出るというか。一方で、人生観を語ってるときはイタリア人っぽいかもしれない。「べつにそれはいいんじゃない?」って楽観的になったり。

―中間地点に立つという意味でも、英語の作詞が一番自然に筆が進みますか?

Ryu:そこまで意識はしてないんですけど、歌詞を書き始めたのが英語だったのでそのまま英語で書き続けてるところもあります。でも、歌詞を書いてるときは意識的なアイデンティティ探しはしてないんですよね。自分であとで読み返してみて「なるほど!」ってなることが多いんです。今作は特に過去曲が多いので読み返してみると「あぁ……」みたいな。

―過去曲ってそんなに古いんですか?

Ryu:古いっす。ラスト、9曲目の“Friend”という曲はドラムのJacksonと一緒にバンドをやりましょうってなったときに書いた曲なんですよ。だから、6年くらい前の曲で。

Ryu Matsuyama『Borderland』収録曲“Friend”を聴く(Apple Musicはこちら

―オルガンを象徴的に使ってるけど、構成としてはギミックなしのシンプルなグッドソングですよね。

Ryu:そう、何もギミックはなくて。この曲をレコーディングしたことで、あのときの自分の感情に戻れた気がしますね。

―<親愛なる隣人 君の名は孤独>というフレーズが象徴的だなと。

Ryu:このときのほうがポジティブだったなと思うんですけどね。まだこのときは孤独を隣人として、親友として捉えているから病んではいない(笑)。時系列としてはそのあとに書いてる曲ほうが精神的に参ってますね。

“Friend”はイタリアに帰りたいと思っていたピークのころに書いた曲で、そこから自分の孤独を理解したうえで書いていった曲のほうがネガティブだなと。今はもう完全に吹っ切れて、日本にいたいと思ってますけど。

―吹っ切れるタイミングがあった?

Ryu:ありましたね。僕が日本に感情移入できないのは、日本で生活していなかったからだと気づいて。少なくないミュージシャンが、青春時代に得た感覚や恋愛観を軸にして曲を書いてると思うんですけど。やっぱり僕は曲を書くときにイタリアにいたときの感覚を思い出そうとしているんだと気づいて。それがわかって吹っ切れられたというか。

―Ryuくんが青春時代に享受した感覚において、一番大きな影響は何だと思いますか?

Ryu:やっぱり親父が画家であることですよね。画材道具に囲まれて育って、僕自身は絵を描くのは上手くないんですけど、その中でペイントであったり、子どものころから自分の感覚を表現することはやってきたのかなと思うんですよね。

兄弟とする遊びといったら、ゲーム以外では親父のアトリエに遊びに行くという感じだったので。親父は僕とまったくルートが逆で、僕はハタチのときに急に日本に来たけど、親父はハタチのときに急にイタリアに移住したんですね。そこも自分と重ねるところがあって。アーティストとして親父を見習いたいなと思うし、アーティストの親に育てられた影響は大きいと思います。

完成した瞬間に、これは絶対に親父にジャケットを描いてもらいたいと思いました。

―お父さんの絵には一貫したテーマがあったりするんですか?

Ryu:親父の絵はいわゆる抽象画の系譜に連なるものだと思うですけど、彼は風景を描いてるつもりはなくて、音を描いてるらしいんですよ。

―あ、そこでもつながるんだ。

Ryu:親父は特に音楽に精通しているわけではないんですけど、なぜかテーマとしてずっと音と向き合ってるみたいで。作品名はどれも「“シン”音」なんですね。「シン」には「心」だったり「森」だったりが当てはめられていて。

―お父さんが描いた絵をこのアルバムのジャットにするのも感慨深いでしょう。

Ryu:ですね。親父も喜んでくれてます。奇しくもこの(世界中がコロナ禍に見舞われている)タイミングになりましたけど、いつかは、とずっと思っていて。照れくさいけどうれしいです。

『Between Night and Day』(2018年5月リリース)というメジャーデビュー盤が自分にとっては理想に近い作品だったんですね。今作の制作中にあのとき覚えていたワクワク感にすごく近い感触があったんです。初めて外部プロデューサーを招いてるし、いろんな面で不安もあったけど、これは絶対にいいアルバムができるという手応えがあって。

完成した瞬間に、これは絶対に親父にジャケットを描いてもらいたいと思いました。親父はもう70歳近いんですけど、そろそろお願いしないと後悔するだろうなと思ったし。

過去に書いた曲を振り返れたのは大きい。先ばかり見ていたけど、足元を見たらすごくいい曲がいっぱいあって。

―今作はmabanua氏をプロデューサーに迎えたことで「Ryu Matsuyamaのポップミュージックとはなんぞや?」という、これまでも繰り返してきた問いに客観的な視点を入れながら確認できたんじゃないかと思うんですね。音楽的にもそういう奥行きと広がりを持っているなと。

Ryu:それはかなりありますね。もちろん僕らのアルバムですけど、mabanuaさんのアルバムでもあるかなと思うくらいプロデューサーの力は大きかったです。しかも今回選曲するうえで過去曲も含めた40曲を先にmabanuaさんに渡して、その中からチョイスしてもらったんです。

―それでかなり前に作った曲も入ってると。

Ryu:そうなんです。一応、僕ら的な好みに則って「○」、「△」、「×」と印をつけてmabanuaさんに送ったんですけど、けっこう僕らが「×」をつけた曲をmabanuaさんは採用してくれて(笑)。

―面白い(笑)。

Ryu:それは不安でもありましたけど、客観的にこれをなぜmabanuaさんはいい曲だと思ってくれているのかという他者の視点を確認することができて。結局、僕らに凝り固まっていた感覚がかなりあったんだなと思いました。いい曲をいい曲だと思えなくなってしまっている状態にあった。まだ何も確立してないのに既存のRyu Matsuyamaっぽさを求めすぎちゃって、自分たちの目の前にある本来のポップさを見失っていたような気がします。

―自分が書いたいろんな時期の曲を編めたことは、お父さんにジャケットを描いてもらったことにも『Borderland』というタイトルにもつながっているのかなと思います。

Ryu:過去に書いた曲と向き合って振り返れたのは本当に大きいです。先ばかり見ていましたけど、足元を見たらすごくいい曲がいっぱいあって。それをmabanuaさんが気づかせてくれた。タイトルに関しては誰も気づいてくれないんですけど(笑)、メジャーデビュー以降は「Bとand」の法則できていて。『Between Night and Day』と、配信限定EPの『back & forth』(2019年9月リリース)もそう。

―なるほど。

Ryu:で、今作は一つの文字に「Bとand」が入ってるという仕掛けができて。それで自分の首を絞めてるような気もするんですけど(笑)、前にGARAGEの先輩のパスピエが作品タイトルを回文で作っていたことに対する憧れもあったりして。「Bとand」の法則の中に『Borderland』=「国境」という文字がバンッ! と出てきたときに「これしかない!」と思いました。

―いろいろ深堀りできるしね。日本とイタリアだったり、ポップミュージックとオルタナティブ、あるいはアートであったり。

Ryu:はい、まさに。

日本の土壌で生まれた音楽を否定せず、いかに洋楽をブレンドさせていけるか。

―サウンドのテクスチャー的にもいろんなレイヤーがあるんだけど、その実、シンプルな聴き応えがある。

Ryu:まさにその通りで。僕にとって一番大きいのはメンバー3人の境界線がいい意味でハッキリしたことなんです。交わるべきところは交わるし、交わらないところは交わらないということがわかった。バンドが6年目にしていい感じの関係性がちょっと見えたかなと思います。その境目もタイトルに表したかったんです。

―以前はもうちょっと、3人の差異を無理やり混ぜようとしていたところがあった?

Ryu:おそらくありましたね。3人でなんとかがんばって混ぜてみよう、みたいな。でも、今作は「僕はこうです」「僕はこう弾きます」という主張をピリピリすることなく浮き彫りにすることができた。それを導いてくれたのもmabanuaさんで。それぞれに違いがあるのはいいことなんだなって思えた。

―そもそも音楽的なルーツもバラバラだし。

Ryu:僕にとってはそれこそ国が違うくらいの感覚ですから。

―ベーシストはJ-POPも好きで、ドラマーはバークリー出身でジャズやブラックミュージックに傾倒していて、RyuくんはSigur RósやBon Iverのように、荘厳で神聖な音楽性やボーカルをまとっている特に北欧出身のアーティストに惹かれてきた。

Ryu:そう。だから僕がワンマンなバンドをやっていたら、Bon IverとかSigur Rósのヨンシーのソロに近いようなバンドという「北欧的」な側面がフィーチャーされていったと思うんですけど、3人が暴れまくっているのがRyu Matsuyamaなので。すごい薄い綱の上に絶妙なバランスで3人が立っていると思うんですよね。

―メンバーの違いを認めてるというのはすごく合点がいくことで、6曲目の“Sane Pure Eyes (Alternative Mix)”はLAビートっぽいニュアンスがあるし、8曲目の“Heartbeat”はJ-POP然としていて。

Ryu Matsuyama“Sane Pure Eyes (Alternative Mix)”を聴く(Apple Musicはこちら

Ryu:そう、“Heartbeat”とか“No. One”とか、“Go Through, Grow Through”“愛して、愛され feat. 塩塚モエカ(羊文学)”あたりは、自分自身でけっこうJ-POPに影響されてるんだなと思いましたね。歌い方もだいぶ変わったし。

―ファルセットのイメージが強いけど、4曲目の“愛して、愛され feat. 塩塚モエカ(羊文学)”なんかは特にチェストボイスが印象的で。

Ryu:今作は意識的にファルセットをあまり出さないようにしました。チェストがこれまでに比べてめちゃくちゃ多いですね。それによってけっこう喉をつぶしたアルバムでもあります(笑)。J-POPに影響されていったのは、やっぱり近い先輩たちの存在が大きくて。

あとはBon Iverのライブを観たときに「あ、これは自分には絶対に無理だ」と思ったんですよ。空気とか、生きてるうえで吸ってるものが全然違うなって。住んでる土地の気候も電圧も違うし。

―ポジティブにその違いを受け止められた。

Ryu:そうです。僕はもう日本に住んでいるし、これからも住み続けようと思っているからこそ、日本の土壌で生まれた音楽を否定せず、いかにそこに洋楽をブレンドさせていけるかということと向き合おうと思って。洋楽に無理やりJ-POPをブレンドさせるんじゃなくて、ベースをJ-POPに置いてもいいんじゃないかと思うようになりました。

今の自分たちが鳴らしている音楽そのものがポップミュージックだと思っている。作品でいつもその答えを出しているんだと思います。

―そういう面でのロールモデルっていますか?

Ryu:僕はずっと思ってますけど、やっぱりBase Ball Bearですね。新しいアルバム(『C3』)もすげぇなあと思いましたし。ベボベももう、J-POPを軸にした独自のすごいバンドのレベルに達してると思うんです。メロディラインはすごくJ-POPなんだけど、サウンドにどんどん新しい要素を取り入れようとする感覚が絶妙で。影響を受けてますね。

―編成は違えど同じ3ピースバンドだしね。

Ryu:そうです。先輩ですけど、同じ3ピースバンドとして勝負を仕掛けないといけないなと思うし。

―そのうえであらためて、Sigur Rósやヨンシーのソロ、Bon Iverなどに惹かれる要因はどんなところにあると思いますか?

Ryu:それも育ちにあると思っていて。僕は無宗教ではあるんですけど、イタリアはキリスト教徒が多いので、小さいころに教会に行く習慣があったんです。教会で聴くミサのシンフォニックなメロディラインが美しいなって幼少期のころから思っていて。Bon Iverはシンフォニックなフォークのあり方を更新したり崩したりしていて、その姿勢が大好きなんですよね。ジェイムス・ブレイクにも同じようなことを感じますけど。

―クワイア寄りの音楽を原体験として吸収していたのが大きいと。

Ryu:そうだと思います。無意識レベルで吸収していたと思いますね。で、僕が音楽を能動的に捉えた最初の衝撃がRadioheadの『Kid A』の最後に入ってる“Motion Picture Soundtrack”だったんです。あの曲も結局、オルガンと声によるシンフォニックな音楽しかないと思っていて。

Radiohead“Motion Picture Soundtrack”を聴く(Apple Musicはこちら

―たしかに。

Ryu:聴いた瞬間に感動しちゃって「こういう音楽を作りたい!」って思ったんです。

―『Kid A』って当時の文脈としては先鋭的なオルタナティブロックだったわけじゃないですか。

Ryu:そうなんですよ。それでロックを聴き始めるんですけど、やっぱりRadioheadは「他とは違うな。これロックなんかな?」と思いながらカッコいいと思ってました。とはいえ、OasisもBlurも好きだったのでメロディックなUKロックという共通項もあったとは思います。

―傾向としては儚くて危うい、今にも消え入りそうな声質のボーカリストに惹かれるんでしょうね。

Ryu:好きですね。ジェイムス・ヴィンセント・マクモローもそうだし、アウスゲイルもそう。危うい感覚を美しく歌ってくれるボーカリストが好きだし、それが僕の中でのロックなんですよね。

―それでもRyuくんは、Ryu Matsuyamaは、ポップミュージックであるという指針を持ち続けていると思います。今、あらためてRyu Matsuyamaが創造するポップミュージックとはどのようなものだと思いますか?

Ryu:つねに、今の自分たちが鳴らしている音楽そのものがポップミュージックであると思っているので。作品でいつもその答えを出しているんだと思いますね。

もう細かいジャンルは関係なくなってきてます。僕ら3人の音楽が究極のポップミュージックでありたいと思っているので、3人の中で誰一人も欠けずにそれを追求していきたいなと思います。この3人でできる音楽をやり続けるということが今の答えですね。

リリース情報
Ryu Matsuyama
『Borderland』(CD)

2020年4月29日(水・祝)発売
価格:3,000円(税込)
VPCC-86309

1. Step over
2. Boy
3. Go Through, Grow Through
4. 愛して、愛され feat. 塩塚モエカ(羊文学)
5. Blackout feat. mabanua
6. Sane Pure Eyes (Alternative Mix)
7. No. One
8. Heartbeat
9. Friend

プロフィール
Ryu Matsuyama
Ryu Matsuyama (りゅう まつやま)

ピアノスリーピースバンド。イタリア生まれイタリア育ちの Ryu(Pf,Vo)が2012年に「Ryu Matsuyama」としてバンド活動をスタート。2014年、結成当初からのメンバーであるTsuru(Ba)にJackson(Dr)を加え現メンバーとなる。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしてい「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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