モテに背いた「装い」で、戸田真琴は自分らしさを取り戻した

身に纏う服やアクセサリー、メイクアップ。私たちは「装い」とともに、日々の暮らしの中にいる。

「装い」によって落ち込んだ気分から脱出できたり、自分らしさを伝えていったり、行動する勇気をもらうこともあるだろう。「衣食住」という言葉があるけれど、生活のごく基礎的なものだからこそ「装い」は私たちの心のあり方すらも表現してくれる。

しかし、装うことで助けられた人もいれば、それによって苦しんできた人も、きっといるはずだ。自分には何が似合うかわからない。着たくない服を着ないといけない。世の中一般に認められるにはどうしたら?

AV女優である戸田真琴も、職業柄「皆に好まれる見た目」を求められてきたという。今では自分の心に従って着たい服を選んでいる彼女だが、「装い」で所信表明できるようになるまで、どんな物語があったのだろうか。これからの性のあり方を考える、コラム連載第3弾として綴る。

AV女優として求められた「戸田真琴」像と、隠せなかった違和感

冬が近付いてきて、街をゆく人々の服装が黒や茶系、おとなしくてほっとする色合いに包まれてくると、ついカラフルすぎる服を買ってしまう。そういう天邪鬼なところが私にはあります。

季節が巡るにつれ服装をチェンジしていくのが楽しく、それが四季のある国に生まれたことの幸運だな、と思いながら日々を噛みしめる。自分の頭の中にだけ、今日はこういう服を着なきゃいけない! とか、周りとのバランスを考えてこの服が着たい、だとか、超個人的な予感のような思惑があって、毎日着るものを選んでいく。ファッションやメイクは自分の気分や感情や性格やテンション、そういった内面的なものを醸し出すことを手伝ってくれる、日常的にできる自己表現の一種だと思って生きています。もちろん適当にしちゃう日もたくさんあるけれど、それはそれで楽だし自由です。

戸田真琴(とだ まこと)
2016年にSODクリエイトからデビュー。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラム等を執筆、現在はTV Bros.で『肯定のフィロソフィー』を連載中。ミスiD2018、スカパーアダルト放送大賞2019女優賞を受賞。愛称はまこりん。

今でこそ身の回りには、私が私の着たいと思う服を着ることに忠告や文句を言う人はいないけれど、こんなふうに自由な気持ちで装いを選べるようになるまでは時間がかかりました。

私の従事している「AV女優」というお仕事は性的興奮のための要素を売る仕事なので、人前に出ている限りは、そのイメージから完全に逸脱した行動をすることがきっとあまりいいこととはされていないのですが、その中でも服装やメイク、ヘアスタイル等の選択はメインのお客さん層である男性のみなさんにとっての印象を、とても大きく左右します。

お仕事を始めてしばらくは「一般的にはこういう服が好まれるから」といって、指定されたお店でマネキンのコーディネートを丸ごと買うように言われたり、髪型を茶髪の巻き髪にするように言われたりと、本来の自分の好みとは違ったものを選ばざるをえない時期がありました。イメージ商売なので仕方がない側面もありますが、前述したようにその日の気分と服装が一致していないと違和感を持ってしまう性質の私にとっては、内心「もう印象なんかなんでもいいから着たい服を着たい……!」という思いもありました。

SNSの中では日々パーソナルカラー診断やパーソナルデザイン診断など、「その人に似合う装い」の提案があふれ、街に出て雑誌をめくってもモテる服装の特集や就活メイクについての記事など、「いい印象に見える装い」の提案が溢れ返っています。そんな情報過多な暮らしの中で、自分にとっての正解を自由に試したり選んだりすることは、簡単なようでいて、難しいことなのかもしれません。

東京の街で学んだのは、快適な暮らしのための「装い」があるということ

私は一般的に「モテ服」には分類されにくい、どちらかというと個性的な色や柄の服が好きなのですが、それにはもともと持っている好みのほかに、実は後天的な理由があります。

それは、端的に言うと「ナンパ対策」のようなものでした。

ある程度の年齢になって一人で街を歩くようになると、男性に突然声をかけられることが多々ありました。ただのナンパもあれば、夜のお店のスカウトの人や、何人かでからかい気味に声をかけてくる人たちもいて、それだけでも都会にも男性にも慣れていなかった私にとっては怖いと感じるものだったのですが、中には返事をしないと暴言を吐いたり、腕を掴んでくるような人もいました。

また、電車では極端に近くに来て携帯電話を覗かれたりと、大きな被害には遭わずに済んだものの、女の子が一人で出歩くのが危ない、という噂は本当だったんだな……と辟易したものです。

気付いたのは、それは決まって地味な服装をしているときに多く起こる現象だと言うことでした。試しにひとつ、ヘンテコで派手な動物柄のカバンを買って持ち歩くと、街中で声をかけられることはめっきり減りました。気付かず声をかけてくる人にも、変なカバンをよく見えるように持ち直し、少し変わった人のようなふりをして曖昧に返事をすると、そそくさと居なくなるのでした。

なるほど、男の人がやましい目的を持って声をかけようとするとき、ターゲットの女の子に個性や分かりにくさは要らないんだな。そう解るととても楽になりました。私はある程度、個性的に見える服装を好むようになり、それによって快適な暮らしを取り戻したのでした。

私が「いいな」と思う私の姿でいることを好ましく思う人となら、きっと、より仲よくなれるような気がする

椎名林檎さんが「CDTV」の番組内インタビューで語っていたことも印象的でした。デビュー当初「水着を着て出演してよ」などと言われていたこと。音楽を蔑ろにされ「女性」として値踏みされることに抵抗するように、アーティスト写真のビジュアルがどんどん過激に武装されていった、という話は、ショックだったのと同時にとても安堵してしまいました。

癖のある服装をすることは、ある意味では自分から関わり合う人間を選ぶという行為でもあります。それに対してどこか、わがままを押し通しているような、罪悪感があったのです。

仕事柄「どうして皆に好まれるような女性らしい服装や髪型をしないの?」「強い色柄を着ると人に悪い印象を持たれるよ」……さらには「地味な顔立ちなのだから地味な服装をすればいいのに!」「背が低いのだから前髪を短く切って幼く見せて欲しい」などと強く言われてしまうこともありました。でも、それを実行して見た目を好印象にすることによって近付いてくる人が増えたとしても、私にとって本当に仲よくなれる人との出会いなのかどうかは分からないな。と思ってしまっていました。

人気商売としてはあまりベストとは言えない選択なのかもしれませんが、私は私のことを気に入る人のことを、「装い」によって、ある程度選んでしまっているのです。私が「いいな」と思う私の姿でいることを好ましく思う人となら、きっと、より仲よくなれるような気がするからです。

装いは、その人の世界との関わり方を、私たちが思っているよりも深く、決定してしまうのかもしれません。「他人からどう思われるか」が考え方のベースにある人と、「自分自身がどうありたいか」をベースに考える人とでは装うために使う神経が異なるのだと思いますし、環境や仕事による縛りはあれど、ある程度は誰もが自分自身で装いを選ぶことを許されている、という事実は純粋に希望なのだな、と感じています。

プロフィール
戸田真琴 (とだ まこと)

2016年にSODクリエイトからデビュー。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラム等を執筆、現在はTV Bros.で『肯定のフィロソフィー』を連載中。ミスiD2018、スカパーアダルト放送大賞2019女優賞を受賞。愛称はまこりん。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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