漫画『ルポルタージュ』売野機子が語る、恋愛ばかりを描く理由

漫画『ルポルタージュ』売野機子が語る、恋愛ばかりを描く理由

インタビュー・テキスト
天野史彬
撮影:馬込将充 編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

普段の自分は嫌いですけど、恋愛をしているときは魔法が使える。

—『ルポルタージュ』だけでなく、売野さんには「恋愛」をモチーフにした作品が多いと思うのですが、これはなぜなのだと思いますか?

売野:希望を描こうとすると、そうなるのかなと思います。いまの社会のなかで自己肯定感が高い人ってそんなに多くないと思うし、私もそのひとりなんですけど、私は、恋愛をしているときは、自分の善良な部分を信じられる気がするんです。もちろん、恋愛しているときの自分が嫌いだっていう人もいると思いますが。

私は、普段の自分は嫌いですけど、恋愛をしているときは魔法が使えるというか……「無償の愛」のようなものを信じられるような気がするんです。相手のためになんでもできる。それはもちろん「尽くしまくる」とか、そういうことではなくて、素直になれる。優しくなれる。穏やかになれる。それがうれしいんです。

左から:青枝聖、國村葉 / 『ルポルタージュ‐追悼記事‐』1巻より
左から:青枝聖、國村葉 / 『ルポルタージュ‐追悼記事‐』1巻より

売野:私は毎日怒っているし、毎日、いろんな怒りで頭がいっぱいなんです。ポジティブな気持ちだけで漫画を描けたらどれだけいいかと思いますけど、いつも核にあるのは、「ずっと悲しい」っていうことなんですよね。

—売野さんの核にあるのは、悲しみなんですね。

売野:そう。私を傷つけようとしてくる人がいるとき、その度に「そんな小さなナイフで私を傷つけることはできない」って思ってしまう。「そんな小さなナイフでは、私の悲しみには太刀打ちできないよ」っていつも思う。そのぐらい、大きな悲しみが私の中心に横たわっている。でも、毎日怒ったり悲しみで破裂しそうな自分が、自分自身の善良な部分を少しでも信じられるのは、恋愛をしている場面なんです。だからこそ、希望を描こうと思うと恋愛を描くし、同時に、それでも上手くいかない機微のようなものを描きたくなるのかな。

—先にも少し言いましたけど、『ルポルタージュ』の登場人物は、本当に考え方が多様ですよね。ひとつの作品のなかで、こんなにも人間のグラデーションが描かれていることに感嘆するんですけど、人物を描くうえではどんなことを意識されているんですか?

売野:できるだけ多くのパターンを描いているつもりです。傲慢ですけど、取り零したくないんですよね。それに、すべての漫画家さんがそうなのかもしれないですけど、結果的にすべてのキャラクターに、私自身がいるような気はします。

『ルポルタージュ‐追悼記事‐』1巻より
『ルポルタージュ‐追悼記事‐』1巻より

—聖や絵野沢だけでなく、すべての登場人物に売野さん自身がいる。

売野:そうですね……。自分を救いたいんでしょうね、過去の自分を。そういう想いが、いろんなキャラクターに込められているのかなと思います。それは主人公である聖や葉(青枝聖の恋人)だけではなくて、佐藤くん(「非・恋愛コミューン」で銃撃テロを起こした犯人)も一緒で。

『ルポルタージュ』は、この先、ふたつの軸で進めようと考えているんです。ひとつは、聖と葉の恋愛の軸で、もうひとつは、テロ事件の犯人である佐藤くんの心の氷解の物語になっていくんだろうと思います。

—現時点でお話できる範囲で構わないのですが、この物語のなかで「非・恋愛コミューン」と呼ばれるシェアハウスでテロ事件を起こした「佐藤」という人物は、売野さんにとってどのような存在なのでしょう?

売野:彼は、わかりやすく傷ついた子どもです。「インセル」という言葉があると思うんですけど、要は、非モテ男性。さっきも言ったように、私はフランスをはじめとする海外についていろいろ調べていたんですけど、そのなかで、「シャルリー・エブド襲撃事件」(週刊風刺新聞を発行している『シャルリー・エブド』本社にイスラム過激派テロリストが乱入し、編集長、風刺漫画家、コラムニスト、警察官ら合わせて12人を殺害した事件、およびそれに続いた一連の事件)のようなテロ事件に関しても調べたことがあって。男性が単独で起こしたテロ事件って、どうしても「モテない」こと……結局は、そこに行き着いてしまう場合が多いんですよね。

自分がモテないことを、他者のせいにしないと立っていられなかった。信仰なんかを言い訳にしても、結局は、そこに行き着いてしまう。知れば知るほど、ヘコみますけどね。ヘコみますけど、それは描かなくちゃいけないし、できる限り、そういう人にも寄り添った描き方をしたくなってしまうんです。先ほども触れたように、自分にも彼のような部分はあるから。

『ルポルタージュ‐追悼記事‐』1巻より
『ルポルタージュ‐追悼記事‐』1巻より
幼少期の佐藤雄大を描いた回想シーン / 『ルポルタージュ‐追悼記事‐』2巻より
幼少期の佐藤雄大を描いた回想シーン / 『ルポルタージュ‐追悼記事‐』2巻より
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作品情報

『ルポルタージュ‐追悼記事‐』(2)
『ルポルタージュ‐追悼記事‐』(2)

2019年3月22日(金)発売
著者:売野機子
価格:659円(税込)
発行:講談社

プロフィール

売野機子(うりの きこ)

漫画家。東京都出身。乙女座、O型。2009年「楽園 Le Paradis」(白泉社)にて、『薔薇だって書けるよ』『日曜日に自殺』の2作品で同時掲載デビュー。『薔薇だって書けるよ―売野機子作品集』(白泉社)、『ロンリープラネット』(講談社)、『MAMA』全6巻(新潮社)、『かんぺきな街』(新書館)、『売野機子のハート・ビート』(祥伝社)、『ルポルタージュ』(幻冬舎)ほか、著書多数。

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