漫画『ルポルタージュ』売野機子が語る、恋愛ばかりを描く理由

漫画『ルポルタージュ』売野機子が語る、恋愛ばかりを描く理由

インタビュー・テキスト
天野史彬
撮影:馬込将充 編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

漫画は基本的に、面白くないと意味がないし、説教をしても仕方がない。

—売野さんは最初にキッパリと「私はフェミニストである」と断言されましたけど、そうした自覚は、いつ頃から芽生えたものですか?

売野:「若い女」をやっていると、自分が抑圧された立場であることに気づく場面はたくさんあります。私、漫画家になる前は会社員だったんですけど、当たり前のようにお酌をさせられたりするんですよね。自分が新人だからお酌をさせられているんだと思っていたら、よく見ると、同世代の男はしていなかったりする。こういうことは多くの女性が経験していると思うし、この構造のおかしさには、冷静に考えれば気がつくと思う。

あと、やっぱり私は漫画が好きなんですよ。たとえば、よしながふみ先生の『大奥』(白泉社、物語の舞台は日本の江戸時代をモデルとした世界。男子のみがかかる疫病により男子の人口が急速に減少し、社会運営の根幹や権力が男性から女性へと移っていく世界が描かれる)のような作品を読んでいて、フェミニズムに気がつかないのはおかしいと思うんです。あの作品は海外でも賞を受賞していますし。

—2009年に『ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞』という、ジェンダーへの理解に貢献したSF作品に贈られる文学賞を受賞していますね。日本でも、2006年に『センス・オブ・ジェンダー賞』を受賞しています。

売野:よしながふみ先生の作品では、『愛すべき娘たち』(白泉社)という短編集にも、フェミニズム的な価値観が反映されていますね。もちろん「これはフェミニズムです」っていうような、わかりやすい描き方はしないんですよ。気づかれないように、スマートに描かれています。

私の場合も、たとえば『ルポルタージュ』に出てくる絵野沢は「アセクシュアル(無性愛)」と呼ばれる人だと思うんですけど、それを「絵野沢はアセクシュアルです」とそのままには描いていません。私の作品は説教をすることが目的ではないですし、漫画として面白いことが第一ですから。

—ご自身の作品を「説教」にしたくないというのは、一貫した売野さんの考え方ですか?

売野:そうですね。漫画に限らずだと思いますが、自分の主張を入れ込んでいくと、どうしても説教になりやすいんです。そういう作品があってもいいと思うんですけど、でも、私自身は漫画で説教をしてはダメだと考えています。作者である自分をずっと疑って、自分の意見がいろんな視点から見られるようにはしていたいです。……ただ、「伝えたいこと」は、どの作品にもあると思います。

私は小説を読むのも好きなんですけど、いい小説には、意外と明確な言葉ってなかったりするんですよね。小説のような、言葉で作られている文学作品には、描きたい絵、見せたい絵があるような気がします。逆に、漫画作品には伝えたい言葉があるんじゃないかなと。少なくとも私には常に、自分自身の主張というか、言いたいことはありますね。

『ルポルタージュ‐追悼記事‐』1巻より
『ルポルタージュ‐追悼記事‐』1巻より

漫画って、猥雑なものを描くことに長けた文化だと思う。

—僕が『ルポルタージュ』を読んでいて魅力的に感じるのは、すごく現代的かつ社会的なテーマにリンクしながらも、決して「これは正しい / これは間違っている」という二元論に陥らないところなんです。この作品には、恋愛に憧れる人、恋愛を拒絶する人、そもそも恋愛に興味を持てない人……様々なスタンスの登場人物が出てきますけど、売野さんの視点は、そのすべてを肯定しているように思える。

売野:ありがとうございます。

—もっと言うと、ここには理想論だけではなくて、どんな社会や時代になろうとあり続ける人間の愚かしさも、根底に描かれているように思えるんですよね。それは、漫画だからこそ、芸術だからこそ描ける領域なのではないかと思うんです。

売野:漫画だからこそ描くことができる、微妙なバランスはあると思います。私は個人的に、趣味でフランス語をずっと勉強していて。移住しようとも考えていたので、いろいろ海外のことを調べていた時期もあったんです。北欧なんて、まさにフェミニストからしたら理想のような場所だと言われることもありますけど……(参考記事:野中モモ×枇谷玲子 性別問わず生き易い社会のためのフェミニズム)。

—その国の男女平等の度合いを示す「ジェンダーギャップ指数」ランキングでは、上位を北欧の国が占めているんですよね(内閣府男女共同参画局発表)。日本は毎年、かなりの下位にランキングされています。

売野:ただ、「正しい」世界観に息苦しくなる気持ちも私にはあるんです。私には、猥雑なもの、汚いもの、退廃的なもの、いやらしいもの……そういうものに憧れる気持ちもある。

以前、私は『かんぺきな街』(新書館)というタイトルの作品を描いたことがありますけど、そこでは「かんぺきな街」と称して、どこか退廃的で猥雑な街が描かれているんです。私の考え方は、こういうところにあるのかなって思います。

売野機子『かんぺきな街』書影
売野機子『かんぺきな街』書影(Amazonで見る

売野:漫画って、ダーティーなもの、猥雑なものを描くことに長けた文化だと思うし、日本って、そんな漫画がどこよりも発達している、そもそも猥雑な国なんですよね。そういうものと北欧的な価値観とのバランスを、この先見つけることができるんじゃないか? と思っています。すべてが北欧のような形を目指す必要はないと思う。

—たしかに、すべてが均一化されることが幸せか? と問われれば、そうではないですよね。

売野:でも、こうした考え方を持って男性と喋っていると、よく「売野さんってフェミニストじゃないからいいよね」って言われることがあるんです。気持ち悪いなって思う。私はフェミニストなんですよ。

—「フェミニスト=恋愛に興味がない」という勘違いされた図式が成り立ってしまっていたり、フェミニズムが、潔癖で強硬的な姿勢として世の中に受け取られてしまっている側面が、まだまだあるということですよね。

売野:そう。アメリカのような、根本的に自己肯定的な社会のなかでのフェミニズムのあり様をいまの日本でなぞっても、「女、怖ぇ」ってなるだけなんですよね。もっと上手いやり方があるはずだなって常々思っています。

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作品情報

『ルポルタージュ‐追悼記事‐』(2)
『ルポルタージュ‐追悼記事‐』(2)

2019年3月22日(金)発売
著者:売野機子
価格:659円(税込)
発行:講談社

プロフィール

売野機子(うりの きこ)

漫画家。東京都出身。乙女座、O型。2009年「楽園 Le Paradis」(白泉社)にて、『薔薇だって書けるよ』『日曜日に自殺』の2作品で同時掲載デビュー。『薔薇だって書けるよ―売野機子作品集』(白泉社)、『ロンリープラネット』(講談社)、『MAMA』全6巻(新潮社)、『かんぺきな街』(新書館)、『売野機子のハート・ビート』(祥伝社)、『ルポルタージュ』(幻冬舎)ほか、著書多数。

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