菊地成孔の映画コラム 知られざるカール・テオドア・ドライヤー

菊地成孔の映画コラム 知られざるカール・テオドア・ドライヤー

テキスト
菊地成孔
編集:川浦慧(CINRA.NET編集部)

タカをくくっているとノックアウトされる、残虐描写の容赦なさ

ストーリーはどなたもご存知であろう。100年戦争の最中、神の声を聞いた19歳の少女戦士ジャンヌダルク(教育も受けておらず、文盲である)は、そのカリスマによって兵士を率い、一時的に武勲を上げるが、敵方のイングランド(100年戦争は英仏戦争である)の教会で、異端審問を受ける。

老練な審問員たちは、若きジャンヌダルクを、いとも簡単に「神ではなく、悪魔の声を聞いた」と誘導できると、審問会に取り掛かるが、鋼鉄の意志、というより、あらゆる苦悶によってトランス状態になったジャンヌは、涙を流したり、希望に目を見開いて神の姿や声を捉えながら「何とか失神しないギリギリの線上」で、1時間近い、あの手この手の卑劣な審問(そこには、今見ると笑ってしまうような、グランギニョル的な、キャンピーな拷問具のプリザンテや、文盲のジャンヌの手を取って、無理やり署名させる等の、バカバカしいまでの局面もありつつ)に抵抗し続け、最終的には火刑に処されるまで抵抗する。

筆者は、この先を見たことがなかった。しかし、高画質のオリジナルプリントの迫力によって、トラウマシックにのめり込み、一気にクライマックスに達すると、火刑シーンが訪れる。そして、筆者が「まだ1920年代なんだから、炎と、苦しむジャンヌの、SM的な苦悶の表情のカットバック程度だろ」とタカをくくっていると、残虐描写の容赦なさにノックアウトされるのである。

ジャンヌは、完全に炭化した焼死体になるまで焼かれ続ける。その映像は、後年、ベトナム戦争に反対の意思を示すために焼身自殺する仏教僧の、有名なニュース画像を先駆けていると明言できる。

筆者は唖然とした。そもそも、ベルイマン諸作、今回再見したドライヤー諸作(『むかしむかし』(1922年)『怒りの日』(1943年)『奇跡』(1955年)を通視するに、とても20世紀前半とは思えないような、自然なコードレス感(乳首や臀割線などの局所を含む裸体、接吻のかなりエロティックな描き方、残虐描写、等々)に満ちており、いかに合衆国の映画がヘイズコードによって雁字搦めにされており、そこからの(ある意味での、「子供っぽい」)暗喩表現が発達し、やがて「子供っぽさ=退行の甘さ」がアメリカのエンタメカルチャーの中枢になっていく、というパースペクティヴが鮮明になる。欧州、特に北欧映画には、こうした奇妙な自然主義が生きており(本作の脚本は、すべて、実際に残された議事録から書き上げられており、冗長性の排除のためのあらゆる工夫が放棄されているかのようである)、あくまで合衆国との対比においては「大人っぽい」という事が出来る。

『裁かるるジャンヌ』はサイレント映画史上の五指に入るという、それまでの世評を納得に変える

それにしてもである、もう1時間近く、精神的拷問を受け続け、それを、特殊な撮影法(カメラマンが俳優の足元に穴を掘って、仰角や真正面の極端なクローズアップを撮影)まで駆使した、徹底的な(うんざりするような。ここに、プロテスタンティズムの、肥大した冗長性が垣間見れる)容赦のなさを観客は見せつけられ、クライマックスで、最近の合衆国のテレビドラマのような、炭化した焼死体になるまで見せつけられ、そして、その火刑を中心に、様々な大道芸人や見物人、ジャンヌの支持者などによるスペクタキュラが繰り広げられるフィナーレの祝祭性は、フェリーニの『8 1/2』(1963年イタリア公開)のエンディングに長いエコーを響かせていると言って良いだろう。

フェデリコ・フェリーニ『8 1/2』DVDパッケージ。発売元:WOWOWプラス 販売元:紀伊国屋書店 価格:4,104円(税込)© MEDIASET S.p.A. 
フェデリコ・フェリーニ『8 1/2』DVDパッケージ。発売元:WOWOWプラス 販売元:紀伊国屋書店 価格:4,104円(税込)© MEDIASET S.p.A. (Amazonで見る

最新DVDは、本作がサイレント映画史上の五指に入るという、それまでの世評を、「えー、どうなの?」という煩悶から、うんざりするような納得に変える。つまり、ブレッソンの批判は、半分は正当性を持っていた、とするに十分である。「中身のないクローズアップだけのグロテスクショー」は、しかし超一流のそれなのである。脳内を清浄化させ、3D的な視覚の解放と治癒を促す作品が多い、サイレント映画クラシックスの中でも、本作は、かなり現代的な病理的刺激と、実際に中世に撮影されたかのような、現代性と完全に切り離された「ドキュメンタリー的だが、全く現実感のない生々しさ」に満ちて、因縁も含め、かなり呪いが芳醇な作品である。

Page 2
前へ 次へ
連載『菊地成孔の北欧映画コラム』

ジャズミュージシャン、文筆家の菊地成孔が、北欧にまつわる映画人にスポットを当てたコラムを連載形式でお届けします。ジャンルを横断した造詣の深い書き手が、多様な視点から見る、その土地や文化、時代を書き綴ります。

プロフィール

菊地成孔(きくち なるよし)

1963年生まれの音楽家 / 文筆家 / 大学講師。音楽家としてはソングライティング / アレンジ / バンドリーダー / プロデュースをこなすサキソフォン奏者 / シンガー / キーボーディスト / ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり、音楽批評、映画批評、モード批評、格闘技批評を執筆。ラジオパースナリティやDJ、テレビ番組等々の出演も多数。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。

Category カテゴリー

Latest Articles 最新の記事

What's "Fika" ? フィーカとは

「Fika」はCINRA.NETとVOLVOが送る、北欧カルチャーマガジンです。北欧デザインの思想の基盤を「クラフトマンシップ×最先端技術」と捉え、そこに学びながら、これからのカルチャーやライフスタイルにまつわるコンテンツをお届けします。