菊地成孔の映画コラム ベルイマンの「喜劇」は北欧文化の裏遺産

菊地成孔の映画コラム ベルイマンの「喜劇」は北欧文化の裏遺産

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菊地成孔
編集:川浦慧

まだまだ20世紀の呪縛はきついーー我々は、ベルイマンが喜劇など作るわけがないと思い込んでいるのではないか?

寒い国の文化が、凄くお洒落だったり、意外と美味しかったり、とにかく強烈だったり、そして当然のように怖かったり、深淵だったり、というのは決して間違いではない。そもそもヨーロッパという文化圏が、ギリシャからローマ、ビザンティンといった格好でどんどん北上した文化圏で、そこには常に、深い森への畏敬や、高い塔を誇る石造りで密閉された建築物が生じさせる響き(エコー)の世界、寒さという自然現象との闘い、そして主にカソリシズム起源である側面の強い原罪意識や去勢不安、それにアゲインストする北欧土着宗教、という構図が形成する退行と恐怖心のコンビが張り巡らされているのは、北欧に限ったことではない。

メキシコ最初の文部大臣(であり、詩人でもあり、芸術家でもあり、狂人でもあった)ホセ・バスコンセロスは1925年に『宇宙的人種―イベロアメリカ人種の使命』の中で、こう述べている。

混血を避ける純血主義のアングロサクソンによる世界の支配は、フランスの貴族社会と同じで、やがて崩壊する。これまで世界は、アングロサクソンたちが抱える問題系、すなわち「寒さを凌ぐための文化」を中心に回ってきた。エネルギー問題は、その端的な結果である。近い将来、<暑さを凌ぐための文化>に立脚したラテン、乃至イベロアメリカン=中南米の時代が来る、そこには自由な混血の果ての果てに、地球を支配するための優れた「宇宙的人種」が誕生するであろう

バスコンセロスは、このプロパガンダを「なので、現状の人種問題は、問題視しなくても良い(→宇宙的人種が現れる助走期なので)」と結んでいる。狂気なれど、陽気である。

イングマール・ベルイマンを代表とする「北緯59度線以北」の作家たち、映画なら曰くアンドレイ・タルコフスキー、曰くアレクサンドル・ソクーロフ、曰くボー・ウィデルベルイといった監督たち、音楽なら曰くジャン・シベリウス、曰くアルヴォ・ペルト、曰くエドゥアルド・トゥビン、曰くウルマス・シサスク、といった作曲家たちは、まるでそれが義務や勤めであるような切実さで、悲壮なほどの重厚さ、迫り来る問題意識、正体のわからない恐怖、正体がわかりきっている恐怖、深い絶望と、そこから立ち上がるしかない希望、宗教との敢然たる関係性の表明、といった属性を湛えた作品を作り出し、「ヌルい国のヌルい人々」に、崇められ、愛され、引用されてきた。ベルイマンを最も敬愛する映画人が幾万いるか? しかしおそらく、最も激しい愛を自他共に認識されているのは、あの、ユダヤ的な強すぎる知性の上に成り立つ、独特な脱力とおとぼけのウディ・アレンだろう。

イングマール・ベルイマン© 1982 AB Svensk Filmindustri, Svenska Filminstitutet. All Rights Reserved.
イングマール・ベルイマン© 1982 AB Svensk Filmindustri, Svenska Filminstitutet. All Rights Reserved.

イングマール・ベルイマン© 1982 AB Svensk Filmindustri, Svenska Filminstitutet. All Rights Reserved.
イングマール・ベルイマン© 1982 AB Svensk Filmindustri, Svenska Filminstitutet. All Rights Reserved.

スウェーデン、ノルウェー、ロシア、アルメニア等の芸術家たちは、安心してゲラゲラ笑い、終わったら心が温まっているような喜劇や、酔った勢いでみんなで合唱できる陽気でやや猥雑な歌を、作らないか、あるいは作れないと思われている節がある。本当だろうか? 21世紀も最初の20年をそろそろ数え、平成も終わるという現在でも、まだまだ20世紀の呪縛はきつく、我々は、イングマール・ベルイマンともあろう方が、喜劇など作るわけがないと思い込んでいるのではないか?

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イベント情報

『ベルイマン生誕100年映画祭』
『ベルイマン生誕100年映画祭』

7月21日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA他全国順次ロードショー

連載『菊地成孔の北欧映画コラム』

ジャズミュージシャン、文筆家の菊地成孔が、北欧にまつわる映画人にスポットを当てたコラムを連載形式でお届けします。ジャンルを横断した造詣の深い書き手が、多様な視点から見る、その土地や文化、時代を書き綴ります。

プロフィール

菊地成孔(きくち なるよし)

1963年生まれの音楽家 / 文筆家 / 大学講師。音楽家としてはソングライティング / アレンジ / バンドリーダー / プロデュースをこなすサキソフォン奏者 / シンガー / キーボーディスト / ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり、音楽批評、映画批評、モード批評、格闘技批評を執筆。ラジオパースナリティやDJ、テレビ番組等々の出演も多数。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。

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