漫画は海を渡って北欧へ。スウェーデンで人気を拡大する漫画文化
『長くつ下のピッピ』(1945年 / アストリッド・リンドグレーン)をはじめ、スウェーデンには良質な児童文学が数多く存在し、世界的にも有名だが、実は漫画カルチャーも長い歴史を持ち、そこから多種多様な作品が生み出されている。
日本の漫画がスウェーデン国内ではじめて出版されたのは1980年代の終り頃。『はだしのゲン』(1973年 / 中沢啓治 / 集英社他)や『子連れ狼』(1970年 / 小池一夫原作・小島剛夕画 / 双葉社)といった作品がスウェーデン語に翻訳され、スウェーデン人が日本に興味を持つきっかけになった。また、1990年代のはじめにスウェーデン国内でケーブルテレビがスタートすると、日本のアニメも放送されるように。しかしながら当時はまだ、漫画は「局地的なサブカルチャー」に過ぎなかったという。
日本の漫画がスウェーデンの大衆文化に深く影響を与えたのは、2000年代に入ってからだ。『ドラゴンボール』(1984年 / 鳥山明 / 集英社)や『ONE PIECE』(1997年 / 尾田栄一郎 / 集英社)、『NARUTO -ナルト-』(1999年 / 岸本斉史 / 集英社)といった作品が紹介され、大ヒットを記録。若者たちが、いたるところでそうした漫画を読むようになっていく。日本の漫画がきっかけとなって若者たちが日本語を勉強しはじめ、外国語大学の「日本語科」では受験者数も爆発的に増えたという。
そうした、日本とスウェーデンの漫画の関係が理解できるであろう、スウェーデン人漫画家オーサ・イェークストロムと、キム・アンダーソンによる共同展『スウェーデンの漫画を世界へ』が11月19日から30日まで東京都・スウェーデン大使館「展示ホール」にて開催。初日の夜にはオーサとキム、そしてゲストに日本人漫画家たまきちひろを迎えたトークイベント『漫画の国際交流:スウェーデン人と日本人の活動』が、同会場で行われた。
北欧の外でも愛される2人の漫画家、オーサ・イェークストロムとキム・アンダーソン
オーサ・イェークストロムは、漫画好きが高じて日本に移住し、現在8冊の作品を日本で出版している。『さよならセプテンバー』(クリーク・アンド・リバー社)はスウェーデンで出版された作品(翻訳版)だが、残りの漫画『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議』(KADOKAWA / メディアファクトリー)は日本でまず出版され、売上げは累計で20万部に達した。日本の漫画市場において、外国人作家の作品がここまで売れるのは極めて珍しいケースだ。
オーサ:私は13歳~14歳の頃にアニメ『美少女戦士セーラームーン』(1992年)を観て、日本の漫画とアニメに夢中になりました。当時はまだ日本のアニメや漫画がそれほどスウェーデンに入ってきていなかったので、情報集めには苦労しましたね。19歳ではじめて日本を訪れたとき、「ここは夢の国だ、いつか住みたい!」と強く思い(笑)、帰国後はスウェーデンの漫画専門学校へ入学します。そこで出会って意気投合したのがキムさんでした。
キム・アンダーソンは、オーサとともに「国際的に活躍する最も有望なスウェーデン漫画家」として自国で評価されている。アメリカでは「ダークホースコミックス」(マーベル・コミック、DCコミックスに次ぐ大きさの出版社)と契約し、ほかにもフランスやスペイン、韓国など世界10か国で作品が翻訳出版され、代表作となるホラー漫画『ALENA』(ダークホースコミックス)は2015年、スウェーデン国内で実写映画化されて大きな成功を収めた。このように、スウェーデンで漫画が映画化されるのもまた、レアケースだという。
オーサ:スウェーデンの漫画市場はとても小さいので、国内のみでプロとしてやっていくのは大変です。2011年に私は日本へ移住し、日本語学校で勉強しながら専門学校で漫画を学びました。卒業の際、日本の出版社に漫画を持ち込んだところ、『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議』の出版が決まりました。この漫画で私が描いているのは、外国人から見た日本。日本人では描けないテーマを扱っているからこそ、注目してもらえたのだと思っていますね。
スピードと言語。外国人漫画家が日本に定着できない背景
たまきは司会者から、「日本とスウェーデンの仕事の違い」について尋ねられた。彼女は2001年に漫画家デビューを果たし、『ウォーキン・バタフライ』(宙出版)や『フール・オン・ザ・ロック』(少年画報社)、『ジャンヌ・ダルク(小学館版学習まんが人物館)』(小学館)など多くの作品を海外で出版している。現在は、仮想通貨を扱った体験漫画『ビットコイン投資やってみました』(ダイヤモンド社)や、「漫画村」(漫画違法サイト)に対する裁判の模様を描いた漫画が話題だ。
たまき:私は21歳でデビューし、すぐに週刊連載が始まりました。なんの準備もスキルもなくいきなりだったので大変でしたね。アシスタントを5人雇い、アシスタントに教えてもらいながらのスタート。週刊連載を持つと、7日のうちの2日をネーム(ストーリー作り)、3日で作画、残りの2日で来週のストーリーの準備、というルーティンを繰り返すことになります。休みなどまったくなく、夢の中でも漫画を考えている状態です。そうなってくるともう、人間らしくなくなってくるんですよ(笑)。
ある程度はクオリティー面で妥協しないと、とても間に合わない仕事です。そういう意味では、時間をかけ納得いくまで描きこんでいるヨーロッパの漫画のほうが、日本の大量生産的な漫画に比べて「アート」に近いかもしれないですね。
オーサ以外のスウェーデン、あるいはヨーロッパの漫画家が日本で活躍できないのは、「そうした日本の仕事のやり方が彼らの肌に合わないからだ」とオーサは指摘する。たとえばキムの最新作は、たったひとりで1年半かけて128ページを描き上げている。そんな創作ペースの作家たちにとって、日本の「週刊連載」という仕組みは想像を絶するものがあるだろう。
オーサ:それに、日本人の編集者が漫画のストーリーやキャラ設定について、色々と口を出してくることに対してスウェーデンの漫画家たちは、少なからずストレスを感じるかもしれません。第一、そうしたやり取りを日本語でできる語学力がなにより必要です。そう、言語の壁が最初の難関でしょうね。
日本でも海外でも。これからの漫画における課題
またトーク後半、「日本と海外での漫画の読まれ方の違い」について尋ねられたたまきは、非常に興味深いエピソードを紹介した。
たまき:ヨーロッパ、とりわけフランスのジャーナリストからは、私の漫画は「フェミニズムの漫画」だと指摘されます。実をいうと、そこは意識して描いていたのですが、日本で大っぴらにすると売れなくなると言われているため、ファンタジーバトルのエンターテイメントを前面に出しつつ、自分の思想をほんの少し入れるようにしているんです。なので、日本で指摘されたことはほとんどないのですが、フランス人に伝わっていることが嬉しかったですね(笑)。
それに対しキムは、「自分の作品にもフェミニズムの精神は入っており、それをオープンにしている」と述べた。スウェーデンの漫画は「子ども向け」と「大人向け」にはっきりと分かれており、大人向けの作品は大半が政治や社会をテーマにしているという。
しかも半分以上が女性作家なので、フェミニズムをテーマにしたものも多い。日本では、漫画だけでなく音楽や映画でも政治的、社会的メッセージの強いものは敬遠される傾向にある。この辺りは、エンターテイメントに対する考え方の大きな違いと言えるのかもしれない。
インターネットが発達し、漫画のみならずさまざまな作品が国境を越え自由に行き来できるようになれば、自国の文化が他国によって「再発見」されることもあるだろう。たまきの作品がフランス人に「再定義」されたのも、そのひとつのケースと言えるかもしれない。
たまき:ただ、問題は「違法のウェブサイト」が存在し、作者の権利が脅かされていることです。私はいま、「漫画村」というサイトにサーバーを提供する会社を相手に訴訟を起こしているのですが、その会社が海外にあるため非常に手こずりました。国際間のルールの違いもあり、著作権を守るシステムがまだまだ確立されていないんですよね。
キム:フランスのグレナ(Glénat)という、30年くらい漫画を取り扱っている出版社によれば、フランスでも「違法サイト」は大変大きな問題になっているそうです。スウェーデンではまだ問題になっていませんが、そうなる前に手立てが必要です。
国際的に活躍する、スウェーデン人と日本人の3人の漫画家によるトークセッション。漫画に対するスタンスや働き方、作品におけるエンターテインメント性と政治性のバランスなど、センシティブなトピックについても率直に意見を交換し合う、非常に有意義な内容だった。
- イベント情報
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- スウェーデンの漫画を世界へ オーサ・イェークストロム X キム・アンダーソン
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2018年11月19日(月)
会場:東京都 六本木 スウェーデン大使館 展示ホール
- プロフィール
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- たまきちひろ
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2001年、ビックコミックスピリッツでデビュー。「Walkin' Butterfly」全4巻(宙出版)「スカートの中はいつも戦争」(朝日新聞出版)「婚活の達人」(講談社)「ビットコイン投資やってみました」(ダイヤモンド社)など、様々なジャンルでの著書多数。2008年「Walkin' Butterfly」がドラマ化。同作品は6カ国後に翻訳され、2010年にはアメリカ図書館協会アワードでノミネートされた。「FOOL ON THE ROCK」(少年画報社)はフランスで青少年優推薦図書に選出。2008年にはパリで開催されるJAPAN EXPOでサイン会、2013年にはフランスのニースでのマンガアニメイベント「cartoonist」で、サイン会やトークショーを行う。2013年、著者自身の体験を綴ったエッセイ作品「婚活の達人」がオール男性キャストで舞台化される。2018年、スウェーデンで開催されるマンガイベント「Stockholm International Comics Festival」にゲスト出演。現在は仮想通貨漫画家として、雑誌やテレビに出演多数。
- オーサ・イェークストロム
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1983年生まれ、スウェーデン出身。子どもの頃、アニメ『セーラームーン』と漫画『犬夜叉』に影響を受けて漫画家になることを決意。スウェーデンでイラストレーター・漫画家として活動後、2011年に東京へ移り住む。一番好きなアニメは『少女革命ウテナ』、一番好きな漫画は『ナナ』。これまでに『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議』1~4、『北欧女子オーサのニッポン再発見ローカル旅』、『さよならセプテンバー』を発表。
- キム・アンダーソン
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1979年生まれ。スウェーデン出身。15年間オリジナルコミックとして漫画家活動。ホラーやSFで物語を作り出し、米国、韓国、仏国など10カ国で漫画を出版。「ロマンチックなホラー」は、キムの最初の漫画シリーズ『Love Hurts』で7年間描いたのショートストーリーの特徴。ホラーテーマを続けて、最初の単行本「Alena」は、2015年に映画化された。米国でも有数な出版社の一つでもある、ダークホース社で『Astrid、Cult of the Volcantic Moon』という最新の単行本を出版。「アストリッド」というヒロインの壮大なSFの冒険を語る。