フィンランドの名門クラブ「HJKヘルシンキ」に所属するサッカー選手・田中亜土夢。Jリーグで活躍したのち、2015年にフィンランドリーグに挑戦し、本場のサウナの魅力に開眼したという。2018年には一度Jリーグに復帰するも、本場のサウナや北欧文化を忘れられなかったこともあり、2020年からふたたびフィンランドリーグへ。
現在では背番号を37(サウナ)にするほどの愛好家になった田中にとって、サウナは娯楽であるとともに、人生においても欠かせないものとなっているそうだ。その証拠に2020年8月、フィンランドのサウナ文化やカルチャーなどを伝えるウェブメディア『MOI SAUNA』を自ら立ち上げ、本格的にフィンランドの魅力や本場のサウナの醍醐味などを世に発信している。
今回はそんな田中選手に、あらためてサウナにハマった経緯や本場ならではの楽しみ方などについてうかがった。そこで語られた、サウナ文化に紐づく、フィンランドが幸福度の高い国である理由とは……?
オーロラを見ながらサウナ。日本では体験できない、本場ならではの体験
―まずは、田中選手がサウナにハマったきっかけを教えていただけますか?
田中:2015年にフィンランドのクラブ「HJKヘルシンキ」に移籍し、初めて本場のサウナに出合いました。日本にいたときも試合前にスーパー銭湯や温泉のサウナに入ることはありましたが、本格的にハマったのはフィンランドに来てからですね。
―日本のサウナとは何が違ったのでしょうか?
田中:本場でフィンランド式のサウナ入浴法「ロウリュ」(熱したサウナストーンに水をかけて水蒸気を発生させる入浴方法)を体感してみて、日本の一般的なサウナとはまた違う気持ち良さがあったんです。日本のドライサウナにはない、やわらかい蒸気の温かさに惹かれましたね。
あとは、なんといっても雰囲気の良さ。フィンランドは街中だけじゃなく、大自然のなかにもサウナがあります。海のすぐそばや湖畔などにあるため、サウナのあとは自然の水風呂に入れるんです。森に囲まれたような場所で、風や水の音を聴きながら水風呂に入るのはすごく贅沢で、体も心もリラックスできます。
特に思い出として残っているのは、オーロラを見ながらサウナに入ったこと。絶景を眺めながら楽しむサウナは格別でした。まさに日本じゃ体験できないことですよね。
―それは貴重な体験ですね……!
田中:あと昨年は、カヤックで「ピックレイコ島」という島にあるサウナに行ったんですけど、そこも良かったです。本島からピックレイコ島まで、景色を楽しみながら30分くらい自分でカヤックを漕いで行くのですが、ほどよく疲れたあとに入るサウナが最高でした。風が穏やかならそこまでハードではないので、ぜひ日本から訪れた際には体験してほしいです。
サウナに入る時間や、ルールは決めない。心からリラックスすることを大事に
―フィンランドは、そもそもサウナの数自体が日本とは比べ物にならないくらい多いそうですね。やはり身近な文化として根づいていると実感しますか?
田中:そうですね。家にサウナが付いている物件もかなり多いですから。日常的にサウナを楽しめる環境が整っているので、文化として根づいているのかなと思います。
ぼく自身も、2015年に初めてフィンランドで借りた部屋にはサウナがあったので、お風呂感覚で毎日入っていました。現在、住んでいる部屋自体にはないのですが、マンションの建物内には共有のサウナがあって、月15ユーロ払えば週に1回、決まった時間に入れます。
―サウナと水風呂に入る時間やセット数など、入り方のルールは決めていますか?
田中:ぼくは時間やルールは決めず、その日の体調に合わせて入ります。サウナも水風呂も、気持ちよくなったら出るという感じですね。ルールを決めるとそのことを気にしてしまうので、あまり余計なことは考えずに心からリラックスすることを大事にしています。
冬場などはサウナで十分に体を温めたら水風呂でパッと冷やして、あとは外気浴。肌がジワーっとしてくるのが気持ちよくて、自分の身体と向き合っているような感覚になるんです。スポーツ選手は身体が資本なので、ぼくにとってサウナが身体のメンテナンスにもなっていますね。
本場サウナの魅力や、フィンランドの今を伝えたい。『MOI SAUNA』をつくった理由
―アスリートとして、コンディションを整えるのにも役立っていると。
田中:間違いなくそうですね。身体の疲れと気持ちのムラをいったんリセットするために、試合の翌日や翌々日に心身のリカバリーを兼ねて毎回サウナに入っています。
そこで試合を振り返り、「あの場面は、こうプレーすれば良かった」といったことを考えたり、頭の中を整理したりもして。サウナにハマってからは風邪も引かなくなりましたし、メンタルも安定しているので、サッカーのパフォーマンス向上にも確実につながっていると思います。
あと、サウナに入ると思考が研ぎ澄まされるので、普段浮かばないようなアイデアが浮かぶこともありますね。2020年8月から『MOI SAUNA』というフィンランドの魅力を発信するウェブサイトを立ち上げたんですけど、その企画もサウナのなかで考えたりしています。
―『MOI SAUNA』も拝見しましたが、田中選手が実際に体験した本場のサウナやフィンランド文化の魅力が詰まっていて、とても素敵なサイトですね。なぜ、こうした発信を始めたのですか?
田中:新型コロナウイルスの影響でリーグが中断した際、自分に何かできることはないだろうかと考えていました。フィンランドリーグで初めてプレーした日本人として、ぼくにしかできないことがあるんじゃないかと。
それで、サウナの魅力やフィンランドの今を伝えるコンテンツをつくりたいと思ったんです。1回目の移籍のときと合わせて3年間ここで暮らして、サウナだけでなくフィンランドという国そのものに大きな魅力を感じてきましたし、それを日本の人たちにも知ってほしくて。そんな想いで立ち上げたのが『MOI SAUNA』なんです。
わざわざ行く価値がある。フィンランドでおすすめのサウナ施設は?
―『MOI SAUNA』でも魅力的なサウナ施設をいろいろ紹介されていますが、特におすすめの場所を教えていただけますか?
田中:おすすめは、ありすぎて絞りきれませんね(笑)。しいていえば、チームメイトに教えてもらった「ヴィッラ ヤルヴェラ」というサウナは最近のお気に入り。ヘルシンキから列車で2時間ほどのトゥルクという街にあるサウナ施設です。
田中:ここは湖のそばに電気サウナと3つの薪サウナがあって、それぞれ温度が違うので、いろいろなサウナを行ったり来たりして楽しめますし、もちろん自然の水風呂として湖にも入れます。空港からは距離がありますが、わざわざ行く価値のあるサウナだと思うので、サウナ好きな方にはおすすめですね。
―やはりチームメイトからサウナの情報を教えてもらうことが多いのでしょうか?
田中:そうですね。ただ、チームメイトだけでなくフィンランド人に会ったら、地元のおすすめサウナを聞いています。すると、地元の人しか知らないようなローカルなサウナを教えてくれたり、とっておきの場所に誘ってくれたりするんですよ。
―地元民がおすすめするのは、どんなサウナですか?
田中:よく誘われるのは、サマーコテージのサウナですね。いくつか行きましたが、どれも最高でした。夏場にサウナで汗だくになったあと、冷たい湖に入り、ウッドデッキで外気浴をする。何も考えずにリラックスする時間は、本当に心地良いです。
こうした贅沢な時間の使い方は、フィンランドならではだと感じます。「フィンランドは、幸福度が高い」とよく言われますが、その理由として、日々の疲れやいろんな悩みなどを取っ払うサウナの時間が日常としてあるのは、大きいかもしれないですね。
なぜフィンランドは幸福度が高い? 生活環境がもたらす価値観とは
―なるほど。国際連邦が毎年発表している「幸福度ランキング」では、フィンランドが世界1位を3年連続で獲得していますが、サウナ文化が国民の心のゆとりの要因にもつながっているかもしれないと。サウナ以外に、フィンランドの幸福度を高めている要因を挙げるとすると何かありますか?
田中:やはり豊かな自然が身近にあるところじゃないですかね。空気もおいしいし、のどかで心が安らぎます。ぼく自身も日本に住んでいた頃より、ヘルシンキに住んでいる今のほうが、精神的に落ち着いているのを実感しています。
ヘルシンキはフィンランドの首都なので都会ですが、10分くらい歩けば大きな森がある。街がコンパクトで、都会の便利さと自然の豊かさ両方を備えているからとても暮らしやすいですよ。
―たしかに「北欧」といえば、森や湖といった自然を連想します。
田中:あと、ペットを飼っている人が多いのも特徴かも。ぼくも犬を飼っているんですけど、フィンランドの街は犬にとって優しい環境なのですごくありがたいです。犬を連れて公共の交通機関(地下鉄、路面電車、バスなど)にも乗れますし、レストランやデパートなどもほとんどが入店できます。街中にドッグパークもありますし、散歩もしやすい。
普段の暮らしのなかで、ペットが家族の一員として国から認められているように感じるんです。ペットがいると笑顔も増えるので、一人ひとりの幸福度にも良い影響を与えているのではないでしょうか。
―良いですね。フィンランドで暮らしたら、心が豊かになりそうです。
田中:フィンランドは日本と比べると、そこまで物が溢れていないし、何でも揃っていて便利というわけではない。でも、自然や動物と触れ合う時間など、普遍的なものをより大事にする価値観があるので、そういうおおらかさが幸福度につながっているんでしょうね。
―では、日本と比べて共通点を感じる部分はありますか?
田中:フィンランド人は比較的控えめで、空気を読むというか「話さなくても察する」みたいな感覚を持っているところが、日本人に近いなと感じます。そのおかげか、最初に日本からフィンランドリーグに移籍したときもチームに違和感なく溶け込めて、とてもやりやすかったです。
加えて、ひたむきに頑張る選手が多いため、そこも日本人選手と似ている気がします。新型コロナウイルスでリーグが中断しているときも、できる範囲でしっかりとトレーニングを行うなど、自分を律する選手がたくさんいて真面目だなと感じました。スポーツ選手に限らず、フィンランド人の多くから誠実さや実直さを感じます。
いつかサウナ施設をつくりたい。『MOI SAUNA』を通じて、叶えたい夢
―コロナ禍におけるフィンランドの街の雰囲気もうかがいたいです。日本では、2020年4月に緊急事態宣言が発令されて社会全体が閉塞感に包まれていましたが、その頃のフィンランドはどんな雰囲気でしたか?
田中:もちろん、一人ひとりが気をつけようという意識は強まっていましたが、おそらく他国と比べると閉塞感が漂っていたわけでもなかったかなと思います。
2020年3月にロックダウンが行われたのですが、さほど厳格な外出規制はなく、散歩などはむしろ推奨されていました。実際、自粛期間中に近所の森のなかにある13キロのジョギングコースを走りに行ったら、往復で数百人とすれ違いましたから。
―フィンランドでは、生活上の厳しい制限をせずに感染を抑制できている(2020年12月時点)と、ニュースでも拝見しました。
田中:フィンランド人はフレンドリーだけど、身体的な接触などは控えめなので、その辺りも感染を抑えている要因なのかなと思います。
ぼく自身もロックダウン中でも散歩やジョギングは普通にしていたので、ずっと家にいてモヤモヤするという感じではなかったです。さすがに密な空間は怖いので、サウナには行けませんでしたけど(笑)。
―サウナに入れるようになったのは、ロックダウンの解除後でしょうか。
田中:そうですね。4月中旬にはロックダウンも解除になり、徐々にサウナも入れるようになっていきました。今も感染に気をつけながらではありますが、サウナを楽しめる状況ではあります。
とはいえ、日本ではまだまだ海外に行くのは怖いと考えている方は多いと思いますし、フィンランドに旅行でいらっしゃるのも今は難しい状況だと思います。ですから、ぼくが『MOI SAUNA』で現地のサウナの魅力を精力的に発信することで、せめて気分だけでも味わっていただけたら良いなと考えています。
―最後に、これからの『MOI SAUNA』のビジョンをおしえてください。
田中:まだまだ知られていないスポットもたくさんありますし、フィンランドならではの文化や、本場のサウナの入り方やマナーなども日本の方々に紹介していけたらと思っています。
それから、最終的には『MOI SAUNA』としてサウナ施設をオープンさせたいという大きな夢もあります。そのためにも、今後も本場のいろんなサウナを見て体験していきたいですし、フィンランドの文化にも積極的に触れていこうと思っています。ぼくの活動を通して、多くの日本人にフィンランド文化やサウナの魅力が少しでも伝われば嬉しいです。
- ウェブサイト情報
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- 『MOI SAUNA』
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フィンランドリーグ初の日本人フットボーラー田中亜土夢が、今感じてもらいたい、フィンランドの文化や魅力を紹介するサイト
- プロフィール
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- 田中亜土夢 (たなか あとむ)
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1987年10月生まれ、新潟県出身。2005年にアルビレックス新潟の特別指定選手となり、高校生ながらJリーグ公式戦に2戦出場した。前橋育英高校を卒業後、2006年にアルビレックス新潟に入団。同年にはU-20日本代表に選出。アルビレックス新潟は2014年まで在籍し、公式戦通算200試合に出場した。2015年、フィンランドの「HJKヘルシンキ」に移籍し、日本人として初めてフィンランドの1部プロリーグに挑戦する選手となる。2017年に退団するまで、通算公式戦81試合出場、計20得点を挙げ、国内2冠に貢献。2018年よりJリーグのセレッソ大阪に加入。2020年に再びフィンランド「HJKヘルシンキ」に復帰。同年のリーグ戦とカップ戦の2冠達成に貢献した。2020年8月には、フィンランドの文化やサウナの魅力を発信するサイト『MOI SAUNA』を立ち上げる。