新型コロナウイルスの影響で、自宅で過ごす時間が増えた2020年。例年よりも他人と直接会う機会が減り、ついつい適当な格好を選びがちな人も多いのではないだろうか。しかし、たとえ部屋着やパジャマで過ごすとしても、気分が上がるファッションに身を包んだほうが生活に充実感が出るはず。
今回は、2008年にパジャマづくりからスタートし、現在では多くのファッション好きから愛されるブランド「PHINGERIN(フィンガリン)」のデザイナー・小林資幸と、同ブランドのルックモデルを長年務めている柄本時生に、ファッションがもたらす精神への影響などを中心にお話をうかがった。
仕事がどんなに忙しくてもリフレッシュの時間をとるスウェーデン文化「Fika(フィーカ)」のように、ファッションで気分を変えるにはどんな工夫ができるだろうか。パジャマや普段着に関する二人のこだわりから、日々を楽しくするためのファッションのあり方を探る。
PHINGERINの撮影に行くと「洋服って、こんなふうに着て良いの?」と、毎回思います(柄本)
―PHINGERINは2015年春夏のコレクションルックからほぼ毎年、柄本さんをモデルに起用していますが、どういった経緯でお願いすることになったのでしょうか?
小林:もともと俳優としての柄本時生くんがすごく好きで。映画やドラマで、役柄に関係なくピアスをしているときがあるよね?
柄本:ありますね。
小林:ぼくのなかではそのイメージが強くて、「パンクっぽくて良いな」と。PHINGERINはパンクからインスピレーションを受けたアイテムも多いので、モデルをやっていただけたらハマりそうだなと直感で思ったんです。それで、時生くんの所属事務所に連絡したのが始まりですね。
もともと面識もなかったですし、活躍されている俳優さんなので、多分引き受けてくれないだろうなと思っていましたけど(笑)。
―柄本さんは、それまでモデルとしてのお仕事をされたことはあったのでしょうか?
柄本:ほとんどなかったので、「モデルか~!」ってびっくりしました(笑)。でも、やったことないからこそ、挑戦してみようかなと思って。未知の領域にチャレンジしてみることで、自分にどんな変化が起きるのかなっていう興味はありましたね。
―実際に挑戦してみてどうでした?
柄本:驚きの連続ですよ。最初だけじゃなくて、毎回。「洋服ってこんなふうに着て良いの?」っていう着方をいつも提案されるので、PHINGERINに出会ってからファッションって自由で面白いなと思うようになりました。
小林:ぼく自身が10代の頃から日常的に洋服をわざと裏返したり、ジャケットを逆さまに着たりしているので、その感覚をルックにも反映しているんです。加えて、撮影現場でもスタイリストのTEPPEIくんや、スタッフのみんながその場でひらめいたことを積極的に取り入れているので、ぼくにとっても毎回新たな発見があります。
自由に着崩して、試行錯誤を楽しむことこそが、ファッションの醍醐味(小林)
―たしかに、PHINGERINのルックを見ると「どういう服なんだろう」「どうやって着ているんだろう」って思うことがあります。
小林:その反応は嬉しいですね。どんなにかっこいい新作ができたとしても、ルックを見た人に興味を持ってもらえなければ意味がないと思っていますから。ただ単に服を紹介するのではなくて、「これ、どうなってんだ?」って感じてもらえるような新しい着こなしや価値観も提示したいんです。
アイテムを好きに組み合わせたり、自由に着崩したり、試行錯誤を楽しみながら新たな発見にたどり着くことがファッションの醍醐味。だからこそ、着る人にも「模索」を楽しんでほしいなと思っています。
その点、時生くんは役者が本業だから「モデルってこういう感じかな?」って探りながらやってくれている気がして、その感覚がまさにPHINGERINが大事にしたいことなんですよね。
柄本:本当にいつも模索していますよ(笑)。もともとファッションも詳しくないですし、最初の頃は「展示会」っていうのがあることすら知らなかったですから。
初めてPHINGERINの展示会に行って、ガチャって会場のドア開けた瞬間、ぼくが目の前にいてびっくりしたのを覚えています。でっかいポスターが貼ってあって。それで初めて、「あっ、ルックモデルってこういうものなんだ」と理解しました。
―ファッションブランドの展示会は、次のシーズンの新作を関係者や顧客の方にお披露目する場なので、ルックのスタイリングを参考にする人も多いと思います。自分が写っているポスターや資料などをたくさんの方が見ている状況は、率直にどう感じましたか?
小林:最初は恥ずかしかったでしょ(笑)。
柄本:かなり恥ずかしかったです(笑)。もともと写真で撮られるのが得意じゃないので、いまでも恥ずかしさはあります。俳優って、基本的に動画で撮られるじゃないですか。動作や表情の動きも込みで演じるのが仕事だから、静止画はなんか怖いんですよね。自分の「本物の姿」が透かされるような気がして。
小林:なるほどね。モデルを演じることや、静止画を撮られることと戦っているんだ。「模索」をしてくれているという意味では、ぼくの狙いどおりだね。
柄本:コバさんの思惑に乗せられてますね(笑)。でも、いつもお声がけいただけるのは本当に嬉しいですし、ありがたいなって思っています。
小林:時生くんにルックモデルをお願いすることが多いのは、ある意味、PHINGERINをアノニマス(ブランド力や先入観などに縛られない匿名性)に引き立ててくれる魅力があるし、何より模索を一緒に楽しめる仲間という意識があるから。ぼくらにとっても、本当にありがたい存在です。
寝るまではパジャマを着ることもありますけど、基本はパンツ一丁派です(柄本)
―PHINGERINはパジャマづくりから始まったブランドとうかがいました。なぜパジャマに着目したのでしょうか。
小林:それ、よく聞かれるんですよ。だから、いつも「夢のある仕事がしたかったから」っていう話で済ましてしまうことが多いんですが(笑)、理由はほかにもいろいろあって。
25歳くらいの頃にブランドを始めるにあたって、どんな服をつくろうか考えていたんです。まず、メンズの洋服でいちばんかっこよくて、お客さまにとって価値が下がらない洋服ってなんだろうって。で、結論としては、やっぱりオーダーメイドでビシッと決めたスーツだろうと。
柄本:たしかに、かっこいい。
小林:自分の体にフィットした服だから、大切にするでしょうし。でも、一流のオーダースーツをつくる職人やデザイナーはすでにたくさんいらっしゃるし、知識も経験も乏しいぼくには到底つくれそうにないと、当時は感じてしまって。だから、逆に「体型にフィットしないこと」を価値としているファッションアイテムに取り組もうと思ったんです。
それがパジャマでした。アウター、シャツ、カットソーなど多くの種類を一人で一気につくれるわけもなかったので、集中して1アイテムに向き合えることも魅力のひとつでしたね。あと、いまでこそ、おしゃれなルームウェアブランドが増えましたが当時はそんなになかったので、改良しがいがあるなと感じて。そのままの格好で外にも出かけられて、ずっと大切に着てもらえるようなかっこいいパジャマをつくろうと思い、始めたのがPHINGERINです。
―そこからさまざまなファッションアイテムを展開することになったいまでも、パジャマのラインは継続されていて、こだわりを感じます。ところで、柄本さんは普段、パジャマを着られますか?
柄本:ぼくはぶっちゃけて言うと、普段はほとんど着ないです。じつは、パンツ一丁派でして。
小林:あ、そうなんだ!
柄本:はい。小ちゃい頃からパジャマを着させても脱ぐ子だったらしいんですが、30歳を超えたいまでも変わらずで。さすがに冬は寒いので、寝るまではパジャマを着ることもありますけど、布団では脱ぎますね。パンツ一丁で布団をかぶって寝るのが気持ちよくて。
小林:それ気持ち良いよね。
柄本:だから、部屋着とかパジャマ自体に特別なこだわりはないんですが、基本的には家でも外でも、「ラクな格好でいたい」っていうのは前提としてあります。それは、普段着でも無意識のうちにこだわっているポイントかもしれません。
中途半端に悩むくらいなら、思い切り振り切ったほうが気持ち的にも楽しいはず(小林)
―普段着はどんな格好しているのか気になります。
柄本:基本的に太いパンツしか履かないっていうのは、10代の頃から一貫していますね。
小林:いつも太いパンツだよね。やっぱりラクだから?
柄本:そうです。キュッて締めつけられるのが、どうも苦手で。というのも、10代の頃はB系ファッションだったんですよ。そのときにダボダボしたパンツばかり履いていたから、それに慣れちゃって細いパンツだと落ち着かないんです。
あとは、学生の頃から下駄をよく履いています。お仕事でお会いする大道具さんとか舞台監督の人たちが雪駄を履いていて、影響を受けたのがきっかけでした。
小林:たしかに時生くん、たまに下駄を履いているかも。同じ俳優さんではなく、裏方の人たちの影響なんだ。
柄本:その人たちが、撮影の合間にトラックの裏の喫煙所で「なんでこんなに撮影長ぇんだよ」みたいなことを言いながらタバコ吸っていて、「よーし、呼ばれたぞ」ってなったときに、ジャッジャッって足音を立てながら仕事場に戻る姿がものすごくかっこ良く感じて。自分も和の履物を取り入れたいなと思ったのが最初のきっかけです。
普段着と合わせられる和の履物ってなんだろうって考えて、行き着いたのが下駄だったんです。ラクだし良いなって(笑)。そこからは、太いパンツと下駄に合いそうなトップスを探すようになりました。
小林:でも、洋と和の組み合わせだし、合わせるのがなかなか難しそう。
柄本:あんまり深くは考えて選んではないのですが、きれいめなアイテムを合わせるのは違うのかもっていうのは、なんとなく気づきましたね。だから、ちょっとくたびれた感じというか、そういうものをよく合わせていました。
小林:あー、なるほど。「わびさび」っていう和の文化もあるけど、ゆったりしたパンツと下駄に合わせるなら、「やれてる」感じがあるアイテムは良いかもね。ぼくも、いま履いているようなボロボロデニムとか大好きなので、使い込んだものを魅力的に感じるのはすごくわかる。
柄本:下駄とかもそうですが、特殊なアイテムをとり入れるときは「行き切っちゃえば合う」と思っています。たとえば、ボロボロなものにシンプルで新しいものを合わせてバランスとるよりも、どちらかに振り切ったほうが良い感じになるというか。
小林:そうそう。あてにいくべきか中途半端に悩むくらいなら、思い切りよくやっちゃったほうが気分的にも楽しいしね。
「良い服」を大切に着て、将来ガキができたときに、そいつに回したいなと思っています(柄本)
―ところで、今年はコロナ禍の影響で家にいる時間が多くなり、例年より人と会う機会も減ったと思いますが、ファッションで何か変化はありましたか?
柄本:ぼく、むしろ洋服が増えました。
小林:この間に!
柄本:はい。しかも、無難なものや流行りのものじゃなくて、「良いもの」が欲しくなりましたね。たとえ値段が高くても、上質な素材を使っていたり、ハイセンスなデザインだったり、そういう服を買うようになりました。
―なぜそうなったのですか?
柄本:外出の機会が減ったからこそ、外で人と会う用事があるときに、自分のなかで良い思い出として残しておきたいというか。……まあ、なんのために思い出を残すのかと言われると、とくに理由はないんですが(笑)。でも、「せっかくだから、良い洋服を着て出かけるぞ!」っていう気分で歩きたくなっちゃって。
―「人と会う機会が減ったから、服はなんでもいいや」ではなく、人と会う一回一回を大事にしたいからこそ、良い服を買いたくなったと。
柄本:そうですね。一回一回の充実度を高めたいという気持ちが強まったと思います。だからこそ、せっかくなら洋服も心から良いなと思うものを着たいというか。
小林:それはポジティブな変化ですよね。流行とかではない次元で、自分が間違いなく「好きだ」と確信して買った服は、なかなか捨てようと思わないし、長く大切に着続けられますから。
柄本:そういう服を大切に着て、将来ガキができたときに、そいつに回したいなと思っています。
小林:おお、素敵。ちゃんとメンテナンスして、良い状態を保たないとね。
コロナ禍で「どうせなら挑戦的な服を着てみよう」という人は、増えた気がする。(小林)
―小林さんは、コロナ禍による変化を何か感じますか?
小林:ぼく自身の変化ではないのですが、先日、セレクトショップの店員さんとお話しする機会があって、そこでコロナ禍による変化の一端を感じました。いままでロングセラーだったシンプルで合わせやすい服の売れ行きが最近は少し落ち着いてきて、デザイン性の高い服が意外と動くようになったそうです。
店員さんが「こういったのは、いかがでしょうか?」って提案して、これまでだったら「ちょっと合わせるのが難しそう」とか断られていた服でも、「どうせだったら、着てみようかな」ってなることが増えたらしくて。「どうせなら」っていう意識は、さっき時生くんが言っていた感覚に近いよね。
柄本:そうですね。
小林:で、なぜ世の中の人が「どうせなら」って感覚になったんだろうと、ふと考えたんですよ。そこで思ったのは、多くの人がいままで「自分だけは長生きする」と、どこか無意識に感じていたんじゃないかなと。それが、この社会情勢のなかで「人の命はいつなくなるかわからない」っていう潜在意識にパラダイムシフトしているのかもしれないと思ったんです。
そんなときに「シンプルで合わせやすく、長く着回せますよ」とかって提案された服を魅力的に思うかというと、そうでもない時代になってきているんじゃないかな。
「楽しもう」というマインドが大事で、「頑張ろう」と張り切るのは良くないのかも(柄本)
―コロナ禍の話の流れでいうと、自宅で過ごす時間が増えたことでオンオフのメリハリがうまくできず、精神的に病んでしまう人やストレスを抱える人も増えていると聞きます。お二人は、オンオフでメリハリをつけるタイプでしょうか?
小林:ぼくはコロナ禍になる前から、基本的にオンオフを分けていないです。自分のファッションブランドも、仕事かプライベートかという意識すらしていない状態で、ずっとグラデーションです。仕事が遊びに活きるし、遊びが仕事に活きるというか。メリハリをつけるポイントがないんです。
柄本:同じです。オンオフっていうのを特別、意識したことがないですね。仕事もプライベートも、テンションは変わらないですし。
小林:むしろ、オンオフを切り替えようと意識しすぎたら、その振れ幅に疲れてしまうかも。
柄本:それはありそうですね。気持ちを切り替えられなくてモヤモヤしたり、無理して気合を入れてしまったり。
多分、ぼくもコバさんも、どちらかというと仕事しているほうが楽しいタイプの人間だと思うんです。だから、仕事もプライベートも「楽しもう」っていうマインドが大事で、「頑張ろう」とか張り切りすぎると良くないのかもしれませんね。
オンオフのマインドをあまり変えないことが大事という意味で、コバさんがさっき言っていた「グラデーション」っていうワードは、しっくりきました。
―「グラデーション」のマインドは、PHINGERINのパジャマづくりにも共通しますよね。外にも出かけられるパジャマという観点で、オンオフを切り替えるというよりも、同じ格好のまま楽しい気分で過ごせるというか。
小林:たしかに、まさにグラデーションですね! パジャマに限らずですが、家でも外でも着て楽しめる服をつくりたいと思っているので。
柄本:そういう視点でいうと、さっきの「どうせなら」の話にもつながりますが、仕事やプライベートが大変でも、せめてファッションから楽しもうとするのは良いかもしれませんね。
小林:本当にそうだね。ファッションって、人にどう見られるかも気になるけど、やっぱり自分がどう楽しむかがいちばん大事。こういう状況だからこそ、洋服が自分のテンションを上げるひとつのツールになる気がします。
たとえば、裾や袖をロールアップしてみる、トップスをわざと裏返して着てみる、ジャケットを逆に着てみる、袖を切ってみる、バッジを貼ってみる……とか。そういう遊びが服の面白さだと思うので、まずはファッションから楽しい気分を演出してみてほしいですね。
- プロフィール
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- 柄本時生 (えもと ときお)
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1989年生まれ。東京都出身。俳優。2003年、映画『すべり台』(2005年公開)のオーディションを受け主役に抜擢されてデビューを飾り、以降、映画『ホームレス中学生』『アウトレイジ』など多数に起用される。WOWOWドラマ『4TEEN』では主役のダイを演じ、『2004年度芸術祭』で「テレビドラマ部門優秀賞」と『2005年度日本民間放送連盟賞』で「テレビドラマ部門」を受賞。また2008年の出演作により『第2回松本CINEMAセレクト・アワード』の「最優秀俳優賞」に選出される。その後も多数の映画・ドラマに出演。2020年11月より映画『記憶の技法』が公開中。12月12日・19日に2週連続でドラマ『ノースナイト』(NHK)、2021年1月にはドラマ『バイプレイヤーズ』(テレビ東京)に出演予定。
- 小林資幸 (こばやし ともゆき)
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1983年生まれ。広島県出身。ファッションブランド「PHINGERIN(フィンガリン)」のデザイナー。2年間の会社員生活を経て、文化服装学院に入学。卒業後、2008年にPHINGERINを立ち上げ、パジャマの手売りを始める。現在は、全国のセレクトショップなどで商品を展開中。