デザインから世界を紐解く稀代のアーキヴィスト、柳本浩市の仕事

たった1人で世界のデザインアーカイブを作り上げた蒐集家、柳本浩市の仕事

2016年3月に他界したデザインディレクター / アーキヴィストの柳本浩市。彼は2002年に出版やプロデュースを行うレーベル「Glyph.(グリフ)」を立ち上げ、出版や企業との商品開発、マーケティング、展覧会プロデュースなど、デザインに軸足を置きつつ多くのプロジェクトを手がけた。

世界のあらゆるアイテムを所持するコレクターとして知られた彼は、自身を「アーキヴィスト」と名乗っていた。アーキヴィストとは、一般的には資料の収集、保存、管理を行う専門職を指す言葉であるが、彼は自身を「ものを収集し、整理し、その価値を見きわめてアーカイブを作り、未来へ発展させていく人」と語っている。その手法として柳本はコレクションを用いた展示はもちろん、執筆や、マーケティングなど多くの仕事を行っていた。

1990年代後半のエアマックスブームや、2000年台後半に日本で生まれた北欧デザインブームはその一つである。特にミッドセンチュリー期に活躍したスウェーデンのデザイナー / コピーライターのオーレ・エクセルの仕事を日本に本格的に広めた点は、特筆すべき彼の功績だろう。

2017年4月には圧倒的なボリュームの収集物の一部を紹介した展覧会『アーキヴィスト―柳本さんが残してくれたもの』が自由が丘の「six factory」で開催された。展覧会をきっかけに広く知られることとなった彼の仕事、そして、展覧会のタイトルにもなっている「柳本浩市が残してくれたもの」について考えてみたい。

©Nacása & Partners
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網羅されることで価値を帯びるものたち。世界中のヴィンテージアイテムやパッケージがフラットに並ぶ展示空間

会場となった自由が丘のsix factoryは普段は倉庫として使われているスペースだ。広く開け放たれた空間に所狭しと並べられたアイテムの数々は、膨大な量でありながら彼が自宅で所有していたものというから驚きだ。世界各国のスーパーマーケットや郵便局をまわって柳本が収集した、食品パッケージや洗剤などの容器、配送用ボックスなど、デザイン関連のコレクションは多岐にわたる。

会場構成を手がけたのは設計事務所imaの小林恭。多岐にわたるコレクションがテーマに沿って整然と並べられる ©Nacása & Partners
会場構成を手がけたのは設計事務所imaの小林恭。多岐にわたるコレクションがテーマに沿って整然と並べられる ©Nacása & Partners

「コレクション」というと有名デザイナーの作品を想起する人も少なくないかもしれないが、商品のパッケージデザイン、政府刊行の出版物に加え、世界中の「SALE」と書かれた張り紙、チューイングガムのパッケージなど柳本は匿名のデザインもフラットに集めていた。その「網羅性」こそがコレクションの特徴であり、だからこそ世間一般には「ゴミ」としか捉えられないようなものも少なくなかった。しかし、収集され、質量を伴い、柳本が作り上げた文脈に沿って並べられることでそれらは価値を帯びるのである。

展示された各国の洗剤のパッケージ群 ©Nacása & Partners
展示された各国の洗剤のパッケージ群 ©Nacása & Partners

例えば展示会場の入り口に並べられた各国の洗剤のパッケージ。これは海外に足を運ぶたびに、中身を捨て、パッケージだけを持ち帰るなどして集められたものだ。それらが『ミラノサローネ』などで作品を発表し、世界から注目を集めるデザイナー、ピート・ヘイン・イークの棚(柳本がデザイナーに依頼した特注品だ)に並べられていた。国ごと、時代ごとに収集することで、類似性や、傾向が見出され、そこに文脈が生まれる。一つのアイテムやそのデザインだけを眺めていても見えてこない大きな潮流を、彼はアノニマスなデザインの先に見ていたのである。

万博に関するアイテムが網羅的に並べられ、そこから導き出される考察とともに展示されている ©Nacása & Partners
万博に関するアイテムが網羅的に並べられ、そこから導き出される考察とともに展示されている ©Nacása & Partners

また、デザイン史に大きな影響を与えているオリンピック関連のアイテム、コカコーラなどの企業の飲料パッケージや販促物は、年代ごとデザインの変遷が一覧できるようまとめられていた。網羅した上で体系的にまとめる。このような氏のアーカイビング手法を表しているのが、トピックごとに切り抜きされたスクラップファイルだ。雑誌の一ページにも満たない記事であっても見落とすことはなく、情報は更新され続けていた。

スクラップファイル。このファイルだけでも総数は数十万冊に及ぶという ©Nacása & Partners
スクラップファイル。このファイルだけでも総数は数十万冊に及ぶという ©Nacása & Partners

4歳で雑誌『ワンダーランド』に出会い、植草甚一に目覚めた早熟のアーキヴィスト

その圧倒的な物量もさることながら多くの人が柳本の規格外のエピソードに驚かされるだろう。例えばこんなものだ。

・「3歳で神保町に通い、古本を漁り始める」
・「4歳で雑誌『ワンダーランド』に出会い、植草甚一に傾倒した」
・「11歳でヴィンテージジーンズを2万本保有していた」

そのほか、7歳でイタリアの建築雑誌を定期購読するなど、彼の早熟なエピソードは数え切れない。耳を疑うようなものばかりであるが、しかし、幼少期より何かに傾注しなければこれほどまでのコレクションを築き上げることはできないだろう。

デザインの細部に神を見る。今和次郎の考現学に影響を受けた幼少期のスケッチ

柳本がアーカイブを行う上でのポイントは網羅的に集め、それらを体系立てて保存していることだ。また、あるアイテムに関してはコレクション同様、幼少期よりスケッチや文章による記録を行っていたが、これは民俗学者の柳田國男、柳田のもとで民俗学を学び「考現学」を作りあげた今和次郎の影響だと自身も語っている。

柳本によるスケッチ、ヴィンテージアイテムに関する考察が記録されたノート
柳本によるスケッチ、ヴィンテージアイテムに関する考察が記録されたノート

彼の幼少期のノートには、NIKEのスニーカーの特徴や、Levis、Leeなどといったブランドごとのジーンズのラベルの変遷を書き留め、時代ごとの考察を加えたノートがある。イラストなどに見える異常なまでのディテールへのこだわり、その背景にある歴史や社会を読み解くという方法は柳田國男の民俗学に通じる。柳田はリサーチのたびに教え子を地方に連れて行き「なぜ、あの民家の屋根はあの形状をなのか」「なぜ、あの小山には一本だけ高い杉の木があるのか」などと、問答したという。これは弟子達にディテールにこそ本質が詰まっているということを伝えるために繰り返された、柳田民俗学の伝承の方法だ。

今和次郎は東京美術学校の図案科(今でいうデザイン学科)を卒業後に、柳田國男のもとで学んだ考現学の始祖。彼は目に見えるものをひたすらスケッチし、その背景にある現象を捉えようとした。現代の事象を記録、考察し、体系化するのは考現学の典型的な手法である。

今和次郎による、市井の人々の洋服のスケッチ。
今和次郎による、市井の人々の洋服のスケッチ。

「なぜ、そのデザインが生まれるか」を細部から読み込もうとする彼の仕事は、柳田の民俗学、今の考現学の方法に通じるところがある。柳本は幼少期より、デザインの細部に宿る神を感じ取っていたのだろう。

価値を高め、需要をコントロール。一人のコレクターが作りだしたエアマックスブーム

幼少期より集めたコレクション、豊富な記録と知識によって作り出されたのがエアマックスブームだ。独自の流通網を駆使して発売時のアイテムを買い集め、品薄になり人々の需要が高まったタイミングで販売する。需要と供給、商品の流通量を操作し、購買意欲を作り出していたのである。自身のブログでは以下のように綴られている。

「いわゆる先物買いのようにたくさん買うことで一時的に品薄になる。メディアを使ってさらに需要を煽ってブームを戦略的に発生させる。そんな実験をしたかったんです。」(アートスクール「まほうの絵ふで」ブログより)

同じく、彼がブームを作り出したと言われるものの中にエアラインブームがある。それまで注目を浴びることがなかった航空会社のデザインワークに着目し、そのアイテムを雑誌の紙面で紹介した。のちに自身の主宰するレーベル「Glyph.(グリフ)」よりエアライングラフィックを集めた書籍『Departure』、続いて『Transit』出版。書籍の流通を担っている取次を通すことなく、自身の販売網で流通させた。あらゆるものに価値付けを行うことで人々の購買意欲を作り出し、販売するまでを個人で行っていたのである。

『Departure』。柳本浩市がコレクションした航空会社のグラフィック・アイテム集。様々な国のチケット、搭乗券、タグ、パッケージ、ステッカー、機内食のパッケージ類などが収録されている ©Nacása & Partners
『Departure』。柳本浩市がコレクションした航空会社のグラフィック・アイテム集。様々な国のチケット、搭乗券、タグ、パッケージ、ステッカー、機内食のパッケージ類などが収録されている ©Nacása & Partners

ミッドセンチュリーデザインの巨匠デザイナー、オーレ・エクセルを日本に紹介

多くの北欧デザイナーのアイテムを集めていた彼であるが、その仕事として特筆すべきはスウェーデンのデザイナー / コピーライターであるオーレ・エクセルの活動を日本へ紹介したことである。雑誌『pen』(2003年4/1号)にて自身のコレクションのプロダクトを紹介したことが最初のアクションだろう。

「ブームの仕掛け人」と表現されることもある柳本の仕事はいくつかあるが、あくまでも裏方のような立場でブームのきっかけを作り出していたように思う。オーレ・エクセルに関しては、2008年に東京、京都で自身のコレクションを中心に展示を企画しそれらが、多くのデザイン関係者や出版に携わる人間に影響を与えることとなった。その後、柳本はスウェーデンのオーレ・エクセルのオフィスに直談判し、彼がデザインした商品の日本での流通を担った。コレクションし、価値を伝え、販売する。情報と物流の上流から下流までをマネジメントすることでブームは作り出されていったのである。

オーレ・エクセル展の様子。マゼッティ社のコーナーではオーレ・エクセルが手がけたパッケージが並ぶ。
オーレ・エクセル展の様子。マゼッティ社のコーナーではオーレ・エクセルが手がけたパッケージが並ぶ。

網羅的なコレクションから生み出される「リアルグーグル」

植草甚一は『The Whole Earth Catalog』に影響を受けて、雑誌『wonderland』を創刊した。『Made in U.S.A Catalog』や『POPEYE』など1980年代に創刊されたいわゆる「カタログ系」の雑誌の多くがこの伝説的な雑誌の影響下のもとに生まれたが、これらは全て、幼少期の柳本に影響を与えた出版物である。

Appleの元CEO、故スティーブ・ジョブズもまた、『The Whole Earth Catalog』の思想に感化された一人である。スタンフォード大学で行われた卒業生向けスピーチに登壇した際「それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした」と『The Whole Earth Catalog』を引き合いに出した。

『The Whole Earth Catalog』
『The Whole Earth Catalog』

全地球カタログという名前の示すように、世界をあらゆるカテゴリーに分け、網羅的に捉えようとした雑誌が、インターネット以前の時代に存在していたのである。それは紙面上に現れた情報の生態系のようなものだった。柳本の目指したアーカイブも『The Whole Earth Catalog』的なものだった。「素材収集」という言葉の通り、彼にとってのコレクションは情報がたまたま物体となって形をなしているにすぎない。インタビューの中では次のように語っている。

「僕は雑誌や書籍の情報であれば一冊まるごと保存する訳ではなく、切ってファイリングしています。(中略)うちではそれを『リアルグーグル』と言っています(笑)。現在は実際の資料に紙を貼ったりデータにタグ付けをすることで、便宜的にネットの『リンク』と同じようなことをしています」(『時間のデザイン』(鹿島出版会)より)

柳本が影響を受けたと語る一人に情報化社会の到来を予見した社会学者、梅貞忠夫がいる。その著書である『情報の文明学』は1980年代に書かれたものであるが、インターネットの存在を予見するものだった。アナログかデジタルかといった観点を超えて情報の本質を捉え、その使用方法について指し示す。柳本もまた、その垣根を超えたアーカイブの方法を探っていた。

「ネット社会が今以上に浸透していくと、必要、不要に関わらず情報が氾濫していきます。そこには、ウソも本当もあるし、それこそ未編集の状態の情報ばかりが蓄積していくような状況があります。そこにある全ての情報をチェックすることは人間の力ですることは不可能です。そこには整理と、これはこれまでにお話ししてきたことと矛盾するかもしれませんが、それに付随する選択という概念が必要になってきます」(『時間のデザイン』(鹿島出版会)より)

この言葉は2017年現在のインターネット(あるいは検索エンジン)の欠陥を端的に示しているもののように思う。情報は正確であり、整理され、信頼できるものでなければ使い物にならない。幼少期に植草甚一に影響を受けた柳本は、情報を網羅する手法を学び、信頼できるデザイン情報のデータベースを作ろうと試みていたのである。

技術が追いつかなかったアーカイブ構想。インターネットを超えるデータベースを夢見て

アーカイブを運用していく上で、技術が追いつかずに実現しなかったいくつかの構想があった。一つは自身のコレクションとインターネットの情報、各美術館の持つデータなどを一覧できるデータベースを作成することだ。

もう一つは、テクノロジーの力によって、匂い、味など情報を残すというもの。柳本は紙一枚ですらスキャンではなく、「モノ」を残すことを選んでいた。インクの匂い、紙の質量、手触り。データによる利便性と物体そのものが持つ情報量を天秤にかけ、彼は後者を選んでいたのである。近い将来、味や匂いなどといった情報を安価に残す術が開発されたら取り組むつもりだったという。

柳本は人間が無意識下でとる行動に興味を示した。暗黙知、マーケティング用語で言えば「インサイト」といった無意識化の欲求のことだ。人間が購買行動の多くは、説明のつかない非倫理的な判断とともに生まれていると考えていたのである。

「人工知能を研究する方々と意見交換をしているが、やはりまだまだ人間が潜在的に持つ選択眼はITで代行することはできない。調和を好むだけでなく、人間は不調和の中からも美を見出すからだ」(自身のFacebookより)

デザインは突然生まれてくることはない。過去から続く文脈の中から環境や情勢の影響を受けて生まれてくるものだ。そしてそれを選ぶ人々の行動も簡単に説明できるものではない。一見繋がりのない事象を結びつけることで見えてくる因果関係を目に見えるものにすること。それが柳本が作り出そうした「文脈」であった。一人で、アナログなやり方で、ビッグデータを作り出そうとしていたのである。

「リアルグーグル」は柳本浩市という検索エンジンを失い、いま貴重なアーカイブだけが残された。しかし、彼の残したアイテムはそれ以上に多くのことを伝えてくれる。テクノロジーとデザインが向かうべき道を考えるために柳本が残した宿題のようなものなんじゃないか。彼のコレクションを前に、そう思わずにはいられなかった。

プロフィール
柳本浩市 (やなぎもと こういち)

マーケティング、セールス・プロモーションなどに関わる会社員時代を経て2002年Glyph.を設立。自社の製品展開や出版事業をおこなう一方で、KDDI社iidaブランド、サントリーなど、大手企業の主にデザインに関わる商品開発やブランド戦略などに携わる。幼少のころ、植草甚一に影響を受け、ジャズと古本に目覚め、小学1年生からアメリか文化に没入し、古着と家具などの収集を開始。ただ集取するだけではなく、収集物を独自の視点で再編集し、現代の社会背景と照らし合わせて再定義する。雑誌の特集監修や執筆なども行い、社会とデザインの関係性を考察した著書「DESIGN=SOCIAL」(ワークス・コーポレーション)がある。



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湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしてい「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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