フランスの名優が嗅ぎ取った、孤独な競争に疲れた社会のムード
男子のシンクロナイズドスイミング(現在は「アーティスティックスイミング」という名称に変更)というと、ここ日本では依然として『ウォーターボーイズ』(矢口史靖 / 2001年)の印象が強いけれど、この映画の登場人物たちは、いずれも「フレッシュ!」とはいい難いアラフォー、アラフィフの中年男性ばかりである。ということは、むしろイギリス発の大ヒット映画『フル・モンティ』(ピーター・カッタネオ / 1997年)のような、中年男たちがひと肌脱いで奮起する類の物語に近いのだろうか。結論からいうと、本国フランスで大ヒットを記録した本作『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』は、そのいずれにも似ているようで似ていない、非常に現代的な1本となっているのだった。
最近では、『セラヴィ!』(オリヴィエ・ナカシュ、 エリック・トレダノ / 2017年)『ナチス第三の男』(セドリック・ヒメネス / 2017年)などの出演作が日本でも公開されているフランスのベテラン俳優であり、本作が初の単独監督作となったジル・ルルーシュはいう。
潜在的なうつ病とは言いたくないが、私の世代の人々……もっと包括的に言うと、フランス全体に感じる“倦怠感”について語りたいと思った。現代の個人主義的な競争に、私たちは身動きが取れなくなり、チームワークや熱意、努力の醍醐味を忘れてしまっている。(『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』公式パンフレットより)
そんな漠然としたアイデアを長らく温めていた彼は、ある作品でアルコール依存症の役を演じる際に、役作りのためアルコール依存者たちが集う対話サークルを見学し、そこで大きな感慨を得たという。
互いに相手の話に耳を傾けようとする人間的な温かさがそこにはあった。一方的なジャッジや断定された意見に溢れている現代社会のなかで、みなが互いを受け入れ、共有するあの空気が気に入ったんだ。(『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』公式パンフレットより)
若者の将来への不安ともひと味異なる、おじさんたちの憂鬱
そして、それからしばらく経ったのち、彼は本作が本格的に動き出すきっかけとなる、あるドキュメンタリー映画と出会った。世界大会で輝かしい成績を残したスウェーデンの男子シンクロナイズドスイミングチームを追ったドキュメンタリー映画『Men Who Swim』(ディラン・ウィリアムズ / 2010年)だ。
欧米諸国でセンセーションを巻き起こしたこのドキュメンタリーは、通常のスポーツドキュメンタリーとは少々様子が異なっていた。女子に比べるといまだにマイナースポーツである男子シンクロの舞台裏を描くことはもとより、その主役となるスウェーデンチームのメンバーは、その半数以上が40歳越え、しかもいわゆる水泳体型とは程遠い、中年男性らしい肉体の持ち主だったのだ。健康、家庭、仕事にそれぞれ個人的な問題を抱えている、ごく普通の中年男性たちにもかかわらず、世界大会で好成績を残したスウェーデンチーム。そう、彼らこそが、今回の映画『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』の実質的なモデルとなっている。
その舞台を自国フランスに移した監督ジル・ルルーシュが、スウェーデンチームのドキュメンタリーから抽出したのは、いわゆる「ミッドライフ・クライシス=中年の危機」だった。もはや、やり直しの効かない中年期に差し掛かった頃に訪れる、これまでの人生や生き方に対する疑念や後悔、そして不安。加齢による身体の衰えや病気など健康上の問題、そして子どもの独立や離婚あるいは親の死など家族環境の変化、さらには職場における役割の変化など、その要因は人それぞれだ。
「自分は果たして、このままでいいのだろうか?」と、その将来や未来に漠然とした不安を抱くことは、年齢や性別にかかわらず誰の身にも起こることである。しかし、若者のそれとは異なり、周囲の人々が「まだ若いんだから、いくらでもやり直しが効くよ」とは決していってくれないあたりが、「中年の危機」の深刻さなのである。なぜなら彼らの「未来」は、もはや「過去」より短いのだから。
映画からわかる「中年の危機」の処方箋。それは、仲間との連帯だった。
本作の登場人物たちは、うつ病を患い会社を退職、現在は妻子に対して肩身の狭い思いをしつつ、家に引きこもりがちな主人公ベルトランをはじめ、彼が参加する公営プールの男子シンクロチームの面々……家庭に問題を抱えながら常にピリピリしているロラン、倒産の危機に瀕した会社の社長マルキュス、公営プールの用務員として働く内気な独身男性ティエリー、いまだにミュージシャンになる夢を捨てられないシモンなど、そろいもそろって家族、仕事、将来に不安を抱えた、悩める中年たちばかり。
しかも、それを演じるのは、1965年生まれのマチュー・アマルリックから1973年生まれのギヨーム・カネまで、それぞれのキャリアにおいて、いわゆる「中年の危機」を潜り抜けてきたであろう役者たちばかり。そのどこかチャーミングでありながらも、妙にリアリティーのある迫真の演技。そもそも監督のジル・ルルーシュも1972年生まれの立派なアラフィフであり、彼ら登場人物たちの姿は決して他人事ではないだろう。実際彼は、「すべての登場人物に、私自身が少しずつ入っている」というコメントも残している。
そんな問題だらけの彼らが、それぞれに「中年の危機」を胸の内に抱えながら取り交わす、不器用なコミュニケーションとぎこちない泳ぎっぷり。そう、彼らを指導する女性コーチたちもまた、それぞれに個人的な問題を抱えていたりするのだから、なかなか話はやっかいだ。
しかし、ひょんなことから世界大会を目指すことになった彼らは、そこに向けて研鑽を積む中で徐々に連帯感を持ち始め、やがてチーム全員でキャンピングカーに乗り込み、世界大会の開催地である遥かノルウェーはオスロに向けて旅立ってゆくのだった。
そして、世界大会という名の晴れ舞台。『ウォーターボーイズ』や『フル・モンティ』がそうであったように、そのクライマックスの晴れ舞台における彼らの姿は、きっと多くの人々の胸を打つことだろう。けれども、それら2作にも増して本作で重要となるのは、どうやらそのプロセスであり、それによって生まれた仲間との関係性にあるように思えてならない。
こんな機会でもなければ、本音で語り合うこともなかったであろう同年代の悩める仲間たち。その存在は……少なくとも自分を認め、その言葉に耳を傾けてくれる仲間たちの存在は、それぞれのこれからの日常を、きっと緩やかに変化させていくのだろう。その先に輝かしい未来があるかどうかは相変わらずわからない。けれども、明日プールに行けば彼らがいて、そこでは誰もが自分が自分らしくいることができ、心から笑い合えることができるのだ。
と、ここまで書いた時点で、この話が必ずしも「中年の危機」に限った話ではないことに気がついた。最初に引用した監督の言葉ではないけれど、現代社会を覆う「個人主義的な競争」に疲弊しているのは、なにも中年男性だけではない。その中で、本当に大事なものはなんなのか。それを名立たる名優たちが、文字通り「身体を張って」体現してみせてくれる映画がこの『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』なのかもしれない。
- 公開情報
-
- 『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』
-
2019年7月12日(金)から公開
監督:ジル・ルルーシュ
脚本・脚色:ジル・ルルーシュ、アメッド・アミディ、ジュリアン・ランブロスキーニ
出演:
マチュー・アマルリック
ギョーム・カネ
ブノワ・ポールヴールド
ジャン=ユーグ・アングラード
配給:キノフィルムズ、木下グループ