大槻ケンヂが読むミステリー 小説もロックも古い名盤に手が伸びる

近年、日本でも盛り上がりを見せている「北欧ミステリー」の代表的な作品を、各界の著名人に読んでもらいながら、その魅力について語ってもらう連載企画。山村紅葉が語る『ミレニアム1 ドランゴンタトゥーの女』に続く今回は、筋肉少女帯のデビュー30周年を記念して、新プロジェクト――その名も「大槻ケンヂミステリ文庫」を立ち上げた大槻ケンヂが登場。

今回読んでいただいたのは、マイ・シューヴァル、ペール・ヴァ―ル―の2人によって、1965年から1975年のあいだに全10作が発表され、世界中のミステリー作家に多大な影響を与えたと言われているマルティン・ベックのシリーズの第4作『笑う警官』。1960年代のストックホルムを舞台に、マルティン・ベックをはじめ個性豊かな刑事たちが活躍するこの小説を、大槻ケンヂは、どんなふうに読んだのだろうか? このたび新たに「大槻ケンヂミステリ文庫」を立ち上げた理由も含め、その「ミステリー愛」についても、大いに語ってもらった。

ミステリアスな現象から起こるロマンチックなできごとについて歌ってみたいと思ったんですよね。

―このたび大槻さんは、新プロジェクト「大槻ケンヂミステリ文庫」を立ち上げられましたが、これはどういう趣旨のユニットなのでしょう?

大槻:筋肉少女帯というバンドは、ジャンルとしてはラウドロックになるんですけど、僕は昔から、ジャジーでちょっと緩いファンキーな音楽が、意外と好きなんですよね。そこに、ポエトリーリーディングが乗ったりするような。たとえば、かまやつひろしさんの“ゴロワーズを吸ったことがあるかい”とか、晩年のセルジュ・ゲンスブールとか、ああいうのが昔から好きなんです。

今年、僕がメジャーデビュー30周年ということで、「何か新しいことをやってみない?」って話になったときに、そういうものをやってみたいなと思って。ミュージシャンの高橋竜さんとバンドのオワリカラとダブルプロデュースで、ライブレコーディングアルバムを作ってみたという感じなんです。

大槻ケンヂミステリ文庫『アウトサイダー・アート』ジャケット
大槻ケンヂミステリ文庫『アウトサイダー・アート』ジャケット(サイトで見る

―この「大槻ケンヂミステリ文庫」という一風変わったユニット名には、どんなニュアンスが込められているのでしょう?

大槻:「大槻ケンヂミステリ文庫」、通称「オケミス」というのは、もちろん早川書房の「ハヤカワポケットミステリ」、通称「ポケミス」からきているんですけど、このユニットでは、ミステリアスな現象から起こるロマンチックなできごとについて歌ってみたいと思ったんですよね。要はハードボイルドです。

あと、もうひとつは、過去への追想です。といっても、楽しかったあのころに「戻りたい」んじゃなくて、そのときに「移動したい」というもの。過去に戻ったら、もう1回この面倒くさい人生をやらなきゃいけないじゃないですか。でも、移動すれば、楽しかったその時期だけを過ごせる。もちろん、そんなことは無理なんですけど、それに対して焦がれる思いを、ビートに乗せて語ってみたかったんですよね。

大槻ケンヂ

―なるほど。1曲目の“探偵はBARにいてGHOSTはブレインにいる”をはじめ、どこか往年のミステリー小説を感じさせる世界観の楽曲も多く収録されていますね。大槻さん自身、やはりミステリー小説が、お好きなのですか?

大槻:ええと、僕自身がミステリー小説を一生懸命読んでいたのは、小学~中学生ぐらいまでで、中学過ぎくらいになると、ミステリーからSFのほうに移行してしまったんですよね。だから、ミステリーを読むのは久しぶりでした。

「オケミス」を始めたからには、またちょっとミステリーを読んでおかなきゃいけないと思っていたときに、ちょうど今回のお話をいただいて。だから、すごくいいタイミングだったんですよね。

小学生のとき「これは自分には大人過ぎるんじゃないか?」と思ったものの中に『笑う警官』があったんです。

―それはよかったです。ということで、大槻さんには北欧ミステリーの源流のひとつである『刑事マルティン・ベック 笑う警官』を事前に読んできていただいたわけですが。

左から『笑う警官』、『消えた消防車
左から『笑う警官』(Amazonで見る)、『消えた消防車』(Amazonで見る

大槻:僕はミステリーを読むのが久しぶりだったから、北欧ミステリーというものが流行っていることも実は知らなくて……『ドラゴン・タトゥーの女』は映画で見ていたんですけど、それが北欧ミステリーだっていうことにも気づいていませんでした。

今回のお話をいただいて、北欧ミステリーって何があるんだろう? と思って調べてみたら、この『笑う警官』が入っていて。僕は小学生のころ、本屋さんの文庫の棚の前にずっといるような子どもだったんですね。「次は、これを読もうか? あれを読もうか? でも、お金がないな」って悩んでいるような。そのときに、「これはまだ、自分には大人っぽ過ぎるんじゃないか?」と思ったものの中のひとつに、この『笑う警官』があったんです。だから今回「おお、遂に『笑う警官』を読むタイミングがきた!」と思って、驚いちゃいました。

―子どものころから、作品の存在は知っていたんですね。たしかに「大人っぽ過ぎるんじゃないか?」と思われたのは、ちょっとわかります。小学生は、警察官よりも、私立探偵とかに惹かれがちですよね。

大槻:そうなんです。やっぱり、最初は名探偵に憧れていたところがあって。あと、ペラペラめくってみたら、人や場所の名前が北欧ならではの難しい感じがして、ちょっと覚えにくいなって思った記憶があるんです。それは今回も、なかなか苦労したんですけど(笑)。

ただ、僕はそれまで北欧と言ったら、ABBAと北欧メタル、あとVOLVOのイメージぐらいしかなかったので、今回『笑う警官』を読んで、スウェーデンと自分を繋げるものがひとつ増えたような気がして、すごく嬉しかったですね。実際、小説もすごく面白かったですし。

―かなり気に入っていただけたとのことですが、大槻さんとして、どのあたりが面白かったですか?

大槻:この作品は僕が生まれたころに書かれた小説なんですけど、全然古びてない。僕がまず面白いと思ったのは、その人物描写なんですよね。この小説の中には、たくさんの人間が出てきて、みんなちょっとずつ変なんですけど、それが全部、普通の一般人なんですよね。どこにでもいる、ありきたりな人たちなんです。

でも、彼らが実は内面に抱えている闇とか謎とか「裏の部分」みたいなものを、わずか数行で描いてしまうところが、すごいなあと思って。今だったら「サイコパス」のひと言で片付けてしまうであろう人たちのこともちゃんと描いているというか、人間誰しもサイコパス的な部分を持っているっていうのを、読者に「あなたにも、こういう面はあるでしょ?」って、それとなく語りかけてくるようなところがあって。そこが巧いと思いました。

ミステリーではあるんだけど、お父さん層に訴えかけるものが、結構あったんじゃないかな。

―扱っている事件は残酷だったりしますが、ものすごくユーモアがありますよね。

大槻:分かります。だから、スルスルと読めてしまえるんですよね。この『笑う警官』っていうタイトルにも、ちょっとユーモラスな仕掛けがあったりとかして。人物描写の巧みさとユーモアのバランスが、すごくいいんですよね。

あと、この小説には、銃と車がいっぱい出てくるんですけど、そのあたりにも興味があるので、「このワルサーは、どういうワルサーなんだろう?」とか、「このころは、VOLVOのアマゾンっていう車種が流行ってたんだよな」って思ったら、やっぱりVOLVOのアマゾンが出てきたり。そういうのをスマホで検索しながら読んだんですけど、そこは、当時の男性読者にもウケたところなんじゃないかと思いました。

VOLVOのアマゾン(写真はP1200 / P120AMAZON)

―車の車種や事件に使用された銃が、実は大きなヒントになっていたり。

大槻:そうそう。あと、主人公であるマルティン・ベックが、大して活躍しないところがいいですよね。いつも体調悪そうだし、奥さんともあんまりうまくいってないみたいだし、趣味は帆船の模型作りって、ものすごく渋いじゃないですか。そういう中年男の切なさというか、オヤジの寂しさみたいなものも、すごくよく描かれていて。そこらへんに共感する読者も多かったんじゃないかな。

だから、いま読んでよかったなって思いました。そのあたりのニュアンスは、多分小学生男子にはわからなかったと思うし……中年期以降に読むと、よりいっそう楽しい小説かもしれないですよね。

―主人公のマルティン・ベックのみならず、同僚の刑事たちも、どこか中年男性の悲哀みたいなものが漂っていて……。

大槻:そうなんですよね。これが50年前の小説だから、その後に出てきたいろんな刑事ドラマに、きっと大きな影響を与えたんでしょうね。特に日本の刑事ドラマとか、その後に出てきた「火曜サスペンス」とかにも、相当影響を与えたんじゃないかな。

探偵小説って1人で事件を解決することが多いけど、この小説は、刑事たちがみんなで協力して、事件を解決していく。こういうタイプのミステリーは、きっと少なかったと思います。あと、このころは、警察といったら、体制側とか、民衆の敵みたいな意識もあったと思うんですよね。『笑う警官』に出てくる刑事たちも、警察という仕事自体、まわりの人たちからあまりよく思われてないという気持ちを背負いながらやっているみたいなところも描かれていたし。

―いわゆる熱血刑事みたいな感じではないんですよね。もっと、淡々と事件を捜査していくみたいな。

大槻:正義感はその内に秘めているんでしょうけど、もっと職人気質というか、与えられた仕事をきっちりやるみたいな感じですよね。そういうところは、日本人にも馴染みがあるんじゃないですかね。ミステリーではあるんだけど、お父さん層に訴えかけるものが、結構あったんじゃないかな。家では奥さんに小言を言われたり、子どもに相手にされなかったりするけど、仕事はきっちりやっているっていう。そのあたりに共感を持って読まれたのかもしれないですよね。

―そういう実直さって、日本人の気質にも合っているのかもしれないですよね。

大槻:そうですね。ただ、この『笑う警官』は、秋から冬にかけての話で、その間にクリスマスを挟むんですけど、みんな休暇はガッツリ取るんですよね。事件は解決してないのに(笑)。そこはやっぱり、日本とは違うなあと思いました。

スマホ依存症の人は、今こそミステリーを読めばいいんじゃないかと思いましたね。

大槻:この小説を読んで面白かったので、ハリウッドで映画化した『マシンガン・パニック / 笑う警官』(スチュアート・ローゼンバーグ監督、1973年公開)という映画も見てみたんです。

―『マシンガン・パニック』って、すごいタイトルになってますよね。

大槻:そんなタイトルなのに、全然マシンガンが出てこないんだけど(笑)。それで映画を見てみたら、原作と別物かな。物語は原作を踏襲しているんですけど、舞台がストックホルムじゃなくて、サンフランシスコになってるんです。そこがまず、違うかもなと思うんですよね。『笑う警官』は、やっぱりストックホルムの話だからこそ、面白い部分もあって……。

―たしかに、ストックホルムは大事ですよね。マルティン・ベックのシリーズは、1960年代のスウェーデン、ストックホルムの街を描いていることが、重要なわけで。

大槻:ですよね。『笑う警官』も、ベトナム戦争反対を訴える1967年のデモのシーンから始まるじゃないですか。僕は、そのころのスウェーデンやストックホルムに対して、何のイメージも持ってなかったけど、「ああ、こういう感じだったんだ」って、興味が湧いたので。そういう意味でも、ロケーションはやっぱり大事だと思うんですよね。北欧ならではの、景色は美しいけど、ここで人が殺されてもわからないだろうみたいな雰囲気とか。

横溝正史の『八つ墓村』だって、岡山の田舎町が舞台だからこそいいわけで、江戸川乱歩の明智小五郎シリーズだって、帝都東京というか、昔の東京のあの感じだから合ってると思うんです。だから、マルティン・ベックのシリーズも、ストックホルムだからこそ合ってると思うんですよね。

―前回の連載で、山村紅葉さんにお話を伺ったときにも、ミステリーの舞台は美しい場所が多いとおっしゃっていました(参考:山村紅葉が読む北欧ミステリー 美しい土地で事件が起きやすい理由)。

大槻:やっぱり。僕はこの『笑う警官』が面白かったから、その次の作品である『刑事マルティン・ベック 消えた消防車』も読んでみたんです。だけど残念なのは、新訳がシリーズの途中で終わってるんですよ。5作目の『消えた消防車』までで、新訳の企画が打ち切りになっちゃったみたいで。

―新訳のシリーズは、10作全部出てないんですね。

大槻:そうみたいです。いくら北欧ミステリーが話題になっても、今どき本なんて、みんな読まないってことなんですかね。でも、僕は久しぶりに文庫本のミステリーを読んで、スマホ依存症の人は今こそミステリーを読めばいいんじゃないかと思いましたね。そうすれば、きっと治りますよ。まあ、出てくる銃とか車を、ちょいちょい検索しちゃったりはするんですけど(笑)。

―でも、今はそういう楽しみ方もできるわけで。

大槻:それはあると思います。昔は何となくのイメージしか湧かなかったものが、今はすぐに調べられますから。地名とかも、Googleマップですぐに調べられるし。でも多分、実際に行ってみたら、また全然違うんでしょうね。そもそも、この本で描かれているのは、50年前のスウェーデンだし。そのギャップもまたいいと思うんだよなあ。

この小説を読んだあとに、本屋さんで『地球の歩き方』の北欧編をパラパラめくって見てみましたもん。「ああ、今はこんな感じなのかあ」って思いを馳せたりして、そういうのがまたいいと思うんですよね。

―外国を知るにあたって、その国のミステリーから入るのは、意外とありかもしれないですよね。

大槻:ありだと思います。僕も、北欧に限らず、「次はどの国のミステリーを読んでみようかな?」って思いましたから。何かオススメがあったら知りたい気持ちですよ。

最初に言ったように「オケミス」を始めてから、またちょっとミステリーをいろいろ読んでみようと思っていているんですけど、どうしても古典を手に取りがちなんですよね。最近のものには、あんまり手が伸びないというか。

それはロックと一緒で、どこか年長者に対するリスペクトがあるし、新しいものよりも、昔から名盤と呼ばれているような古いものに、どうしても手が伸びてしまうんですよね。そういう意味でも、今回『笑う警官』を読めたのはすごくよかったです。50年前の作品が今でも面白いっていうのは、なかなかないことだと思うし、本当にすごいことですよね。

リリース情報
大槻ケンヂミステリ文庫
「アウトサイダー・アート」

2018年12月5日(水)発売
価格:3,240円(税込)
TKCA-74739

1.探偵はBARにいてGHOSTはブレインにいる
2.退行催眠の夢
3.オーケンファイト
4.ぽえむ
5.去り時
6.美老人
7.スポンティニアス・コンバッション
8.タカトビ
9.奇妙に過ぎるケース
10.企画物AVの女

イベント情報
『大槻ケンヂミステリ文庫 2019年ツアー』

2018年1月13日(日)
会場:大阪府 Music Club JANUS

2018年1月14日(祝・月)
会場:岡山県 Desperado

2018年1月25日(金)
会場:愛知県 名古屋 Electric Lady Land

2018年2月6日(水)
会場:東京都 渋谷 duo MUSIC EXCHANGE
ゲストに、NARASAKI(COALTAR OF THE DEEPERS / 特撮)が出演決定

プロフィール

ミュージシャン・作家。1966年2月6日生まれ。82年、中学校の同級生だった内田雄一郎と共にロックバンド・筋肉少女帯を結成。88年にアルバム『仏陀L』でメジャーデビューし、人気を集める。筋肉少女帯としての活動の他、ソロやバンド・特撮のメンバーとしても活動。また作家としても多数の作品を執筆しており、活躍の場は多岐に渡る。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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