BURRN!編集長×大村孝佳のイングヴェイ論 強烈キャラの真相は?

スウェーデン出身のギタリスト、イングヴェイ・マルムスティーンの4作目となるソロアルバム『Odyssey』(1988年)がリリース30周年を迎える。前年に大きな交通事故に遭い、意識不明の重体となった彼が、リハビリをしながら作り上げたこのアルバムは、右手に負った後遺症を差し引いても余りある超絶的なテクニックが随所に散りばめられ、ジョー・リン・ターナーが歌うポップなメロディーによりセールス的には大成功を収めた。

イングヴェイといえば、そんな「ギターヒーロー」としての輝かしい一面がある一方で様々な言動で物議を醸してきたが、実際のところはどうだったのだろうか。また、彼のギターテクニックや人間味あふれるキャラクターはどのようにして形成されてきたのか。

今回は雑誌『BURRN!』の編集長を長年務める音楽評論家・広瀬和生と、ロックバンドC4のメンバーであり、菊地成孔率いるDC/PRGにも在籍するギタリスト大村孝佳の対談を実施。「イングヴェイファン」を自認する2人が、6月30日に生誕55周年を迎えるイングヴェイの魅力を存分に語ってくれた。

イングヴェイの人柄については、ネットや本で読む限りではあまりいい印象がないんですが(笑)、実際どうなんですかね?(大村)

—6月30日にイングヴェイが生誕55周年を迎えるということで、彼にまつわるお話を伺えればと思うのですが、広瀬さんは実際に会ったこともあるんですよね。

広瀬:取材でも何度も会っているのですが、一度、ストックホルムのバーでイングヴェイと飲んだことがあって。彼はスウェーデンではかなりの有名人みたいで、地元の客に絡まれてトイレで揉めていたんですよ。しばらくしてトイレから戻ってきた彼は、僕に「あいつ、あまりにもしつこいからボコボコにしてやった」と言ってましたが(笑)。

左から:広瀬和生、大村孝佳
左から:広瀬和生、大村孝佳

—(笑)。実際に会われた広瀬さんから見て、イングヴェイはどんな印象でしたか?

広瀬:いろいろと悪く言われることもありますが、「俺は貴族だし金持ちで、世界で一番ギターが上手くて、ルックスもいいからモテる」って本気で言ってるだけなんですよ。本人自身はそんなに悪気がなくて、とにかく思ったことをそのまま言う人。あんまり日本人にそういう人がいないから不思議に見えるんだと思いますね。

あとは、とにかくギターが大好きなんですよ。彼の家に遊びに行ったときも、片時もギターを離さない。常にギターを弾いています。そういう意味でいうと、純粋な人でもあるのかなと。

大村:イングヴェイの人柄については、ネットや本で読む限りではあまりいい印象がないんですが(笑)、実際どうなんですかね? 僕もインタビューを受けて、意図とは違う解釈をされた記事が掲載されてしまうこともあるので、イングヴェイも誤解されている部分とかがあるのかなと思うんですが。

広瀬:いや、書かれているまんまの人ですよ(笑)。本当に、辞めたメンバーや喧嘩別れした人のことを、「そこまで言うか?」ってくらい貶します。「ドラマーごときが出しゃばってくるな」とか、「サポートメンバーのくせに偉そうな口を利きやがって」くらいのことは平気で言う。それも含めて、「思ったことをそのまま言う人」なんです(笑)。

広瀬和生

イングヴェイが若い世代にも評価されているのは、速弾きだけじゃないよさがあるから。(広瀬)

—大村さんにとって、イングヴェイとはどのような存在なのでしょうか?

大村:僕にとってはやっぱり「ギターヒーロー」ですね。個人的に一番好きなギタリストはDokken(1982年にデビューしたアメリカのメタルバンド)のジョージ・リンチなんですが、イングヴェイにも確実に影響を受けています。

イングヴェイ・マルムスティーン『Trilogy』(1986年)を聴く(Spotifyを開く

広瀬:大村さんは、イングヴェイよりも先にジョージ・リンチを聴いていたんですか?

大村:はい。最初がDokken、次にMetallica、で、Impellitteri(「世界最速ギタリスト」と称されるクリス・インペリテリ率いるアメリカのメタルバンド)の『Crunch』(2000年)を聴いて1曲目でぶっ飛びました。「なんじゃこりゃ!」って(笑)。

大村孝佳

Impellitteri『Crunch』を聴く(Spotifyを開く

広瀬:Impellitteriの『Crunch』!(笑) クリス・インペリテリは、ギターの速弾きでいったらイングヴェイより上じゃないですか。もちろんイングヴェイとは違うんですけど、ジョージ・リンチやクリス・インペリテリのギターを聴いて、それでイングヴェイを聴いたときに、彼のどんなところがすごいと思ったんですか?

大村:僕はデビューまではFenderのストラトキャスターをずっと使っていたのですが、その音色を追求していたときに、イングヴェイは他のギタリストとまったく違うことを知ったんですよね(イングヴェイも同じくFenderストラトキャスターを愛用している)。「ギターでこんな表現もできるのか!」と。だから、イングヴェイのすごさは「速さ」だけではないんです。

それに、ギタリスト同士で集まるとやはりギターの話になり、イングヴェイの話題も必ずといっていいほど出てきます(笑)。彼が使っている楽器はどこのモデルで、どんな弦を張っているのかとか。

広瀬:僕らは最初にイングヴェイを聴いたから、まずその速さにびっくりしたんだけど、ポール・ギルバートやクリス・インペリテリのような、もっと速く弾けるギタリストが登場してもイングヴェイが若い世代に評価されているのは、速弾きだけじゃないよさがあるからですね。

大村:そう思います。

左から:大村孝佳、広瀬和生

イングヴェイが幼少期にスウェーデンで暮らしたことは、音楽性にも大きな影響を与えていると思う。(広瀬)

広瀬:ちなみに大村さんが初めて聴いたのは、どの時代のイングヴェイでしたか?

大村:アルバムでいうと、ドゥギー・ホワイトがボーカルの『Attack!!』(2002年)です。あれは衝撃的でしたね。ギターのフレーズは速いし旋律も美しいのですが、とにかく音色がめちゃくちゃかっこいいんですよ。今でもたまに聴き直したり、コピーしてみたりしています。ギターキッズだった高校時代に衝撃を受けたものって、いろんな音楽を聴く経験を経てから、また回帰したくなるんですよね。

イングヴェイ・マルムスティーン『Attack!!』を聴く(Spotifyを開く

—広瀬さんがイングヴェイを知ったのはいつ頃ですか?

広瀬:それこそAlcatrazz(イングヴェイが在籍していたバンド)が出てきた1983年の頃です。とにかく、常識を完全に覆すスピードだったのを覚えていますね。普通のピッキングではとても弾けないと思ったし、「これ、絶対にテープスピードを落として弾いてるだろ」ってみんな言ってました(笑)。

Alcatrazz『No Parole from Rock 'n' Roll』(1983年)を聴く(Spotifyを開く

広瀬:イングヴェイはリッチー・ブラックモア(イギリスのハードロックバンドDeep Purpleの元ギタリストとして知られる。現在はRainbowやBlackmore's Nightとして活動中)の影響を受けているのですが、それは彼が北欧で生まれ育ったことにも関わっている気がします。

—というのは?

広瀬:リッチーって、アメリカでは大して人気がないんですよ。イングヴェイが最初に衝撃を受けたのは、テレビに映っていたジミヘン(ジミ・ヘンドリックス)だったというのは有名な話ですが、以降、お姉さんの影響でDeep Purpleを聴くようになったり、Genesis(イギリスのプログレッシブロックバンド)を教えてもらったりして、ウリ・ジョン・ロート(ドイツのロックバンドScorpionsのギタリスト)にも傾倒するわけですが、そういう音楽の聴き方って、アメリカのギタリストにはあまりいないと思うんです。

ジミヘンは好きでも、そこからGenesisやウリ・ジョン・ロートにはいかない(笑)。Deep Purpleもアメリカではそんなに人気がないから、そういう意味ではイングヴェイが幼少期をスウェーデンで過ごしたことは、その音楽性にも大きな影響を与えていると思いますね。

左:広瀬和生

あのギターはイングヴェイの専売特許。(広瀬)

—そのあたりは、日本の音楽が欧米のものに影響を受けつつも、独自の進化を遂げていったことにも似ているかもしれないですね。

広瀬:あとは、クラシックの影響。彼はギターを習得するにあたって、ニコロ・パガニーニ(19世紀イタリアのバイオリニスト)の技法を取り入れようとしたわけじゃないですか。そういう発想も、アメリカ人にはあまりないのかなって思います。

—その発想は、イングヴェイのギターにどのような影響をもたらしたのでしょうか?

広瀬:彼のフレーズ(ハーモニックマイナー・パーフェクト・フィフス・ビロウというスケールを好んで使っていた)の、とにかくメロディアスなところだと思いますね。他のギタリストと聴き比べてみるとわかりますよ。いい例が、『Hear N' Aid』(1985年)という作品に収録されている、メタル系アーティストが一堂に会したチャリティーソング“Stars”のギターソロ。

ヴィヴィアン・キャンベル(アメリカのヘヴィメタルバンドDioのギタリスト)やジョージ・リンチが弾くソロって、大抵は似たようなものなんですが、唯一イングヴェイのソロだけは他と一線を画している。聴いて一発で、彼が弾いているとわかるんです。“Stars”に限らず、どんな曲でソロを弾こうが必ず「彼の曲」になるから。

広瀬和生

—リッチー・ブラックモアなどの影響を受けながらも、ギタリストとしては独自のスタイルとサウンドを確立していると。

広瀬:ステージングや衣装とかにリッチーの影響があるとはいえ、ギタープレイそのものにはリッチーっぽさってそんなになくて。やっぱりイングヴェイのギターはイングヴェイのギターなんですよね。

そのことは、彼の後釜としてスティーヴ・ヴァイがAlcatrazzに加入したとき、みんな気づいたわけです。「あのギターはイングヴェイの専売特許なんだ」って。スティーヴ・ヴァイ加入後のAlcatrazzは、それまでとはまったく違う音楽になっているんですよね。

スティーヴ・ヴァイの加入後にリリースされたAlcatrazz『Disturbing the Peace』(1985年)を聴く(Spotifyを開く

ー結果的にイングヴェイのギターの独自性に気がついたと。

広瀬:それで、ソロになったイングヴェイの音楽をどう定義づけようか? となったときに、パガニーニのバイオリンの技法や旋律を取り入れた彼のスタイルから「ネオクラシカルメタル」という新たな言葉が出てきたんだと思うんです。

メタルに限らず日本って、言葉から入る文化があると思うんです。(広瀬)

—「ネオクラシカルメタル」というジャンルが生まれたのは、イングヴェイの音楽を定義するためだった。

広瀬:そう。もはや、「イングヴェイ・マルムスティーン」というひとつのジャンルなんですよ。「ネオクラシカルメタル」は、結局イングヴェイ・マルムスティーンのことなんです。彼みたいな音楽のことを、「ネオクラシカルメタル」という。うまいこと名づけたなとは思いましたけど。

まあ、カテゴライズすることによって紹介はしやすくなるんだけど、「ネオクラシカルメタル」って言われて嫌がるアーティストもいると思うんですよね。「イングヴェイのマネ」というふうに思う人もいるわけだから。

広瀬和生

—メタルは他の音楽と比べても、ジャンルが細分化していますよね。その背景には、音楽をカテゴライズすることによって理解を深めるというような文化が、他と比べて根強くあるのかなと。

大村:それは、メタルやハードロックを表現するときに使われる「様式美」についても同じように言えそうですよね。

広瀬:そう。結局のところ日本でよく言われる「様式美」というのは、ロニー(ロニー・ジェイムス・ディオ。のちにBlack Sabbathに加入、さらに自らのリーダーバンドDioでも活躍したボーカリスト)がいた頃のRainbowのことなんです。

コージー・パウエル(The Jeff Beck Groupなどにも在籍したドラムヒーローの先駆者的存在)がドラムを叩き、ロニーが歌い、リッチー・ブラックモアがギターを弾くイメージ。しかも、“Kill The King”“Gates of Babylon”“Stargazer”“A Light In The Black”のような、特定の曲のことを指している気がしますね。

“Gates of Babylon”“Kill The King”を収録したRainbow『Long Live Rock 'n' Roll』(1978年)を聴く(Spotifyを開く

“Stargazer”“A Light In The Black”を収録したRainbow『Rising』(1976年)を聴く(Spotifyを開く

広瀬:そもそも「様式美」というのは日本人が作った用語で、海外では通用しないんですよ。メタルに限らず、日本って、そうやって言葉から入る文化があると思うんですよね。「アートロック」とレコード会社の人が定義づければ、アートロックっぽいバンドで括れたりする。実態はなんだかよくわかんなくても(笑)。

「北欧メタル」という言葉もすごく観念的ですよね(笑)。(広瀬)

—それでいうと、「北欧メタル」というカテゴライズはどんなイメージなんでしょう?

広瀬:「北欧メタル」という言葉もすごく観念的ですよね(笑)。例えばLAメタルといえばMötley CrüeやRattを、ジャーマンメタルといえばHelloweenを連想するように、「北欧メタル」と言われてまず思い浮かべるのは初期Europe(スウェーデン出身、北欧メタルの先駆け的バンド)だと思うんです。なかでも、“Seven Doors Hotel”という曲が「北欧メタル」の象徴で。「叙情的で泣きが入ったメロディーが聴ける」というのが一般的な認識なのかなと。

“Seven Doors Hotel”収録の『Europe』(1983年)を聴く(Spotifyを開く

広瀬:Europeの叙情性は、同じヨーロッパ圏でもアイルランド出身のゲイリー・ムーア(Thin Lizzyなどの活動で知られるギタリスト)や、ドイツ出身のマイケル・シェンカー(ScorpionsやUFOなどの活動で知られるギタリスト)とは違うものだったので、我々が勝手に「北欧メタル」と呼んだわけです。実際は、Europeのジョーイ・テンペスト(Vo)とジョン・ノーラム(Gt)こそが、「北欧メタル」なんですけどね。

ただ、アマチュア時代のイングヴェイがジョーイ・テンペストとバンドを組もうとしたことがあるなど、同じストックホルムにいればやはり影響し合うし、そこで「北欧メタル」らしきものが形成されていく現象というのは確かにあったんだと思います。歌詞の部分では、北欧神話をベースにした楽曲を作るバンドが出てきたり。

大村:北欧メタルから派生した、バイキングメタルやフォークメタルなどがそうですよね。

広瀬:そうですね。日本でも、大阪や博多で独自の音楽シーンが生まれたりしますよね。それと一緒だと思うんですよ。ただし、イングヴェイ本人は、「スウェーデンは田舎だし、みんながひとつのコミュニティーで固まっている。そういうところが嫌なんだ」と言ってましたけどね(笑)。

広瀬和生

—大村さんは、北欧に行ったことはありますか?

大村:僕はマーティ・フリードマンさんのツアーでスウェーデンに行きました。ただ、仕事の場合はホテルと会場以外の場所ってほとんど行かないので、「北欧らしさ」みたいなものを意識したことはほとんどないですね。

—ある調査によると、スウェーデンは人口10万人あたりのメタルバンド数が世界で2番目に多い国なのですが(1位はフィンランド、3位はアイスランド、4位はノルウェー)、ライブの反響などはいかがでしょうか?

大村:オーディエンスの雰囲気も、特に大きな違いは感じないですよ。東京でも大阪でもロンドンでもニューヨークでも、基本的にリアクションは一緒なのかなと(笑)。

大村孝佳

広瀬:「ブラジルだけは熱気が違う」っていう話は、ミュージシャンからよく聞きますけどね(笑)。僕、北欧はさっき話したストックホルムだけでなく、フィンランドのヘルシンキ、デンマークのコペンハーゲンも行きました。個人的にはロサンゼルスのあのだだっ広い風景よりは、北欧のほうが馴染みやすかったですね(笑)。コペンハーゲンなんかは、いかにもな建築物が街中にたくさんあって楽しかったし。ストックホルムは白夜のシーズンに行ったのですが、真夜中でも本当に昼間みたいに明るくて驚きました(笑)。

—北欧は夜が長くて家にこもりがちで、ギターの練習もたくさんできるから、北欧メタルシーンが形成されたという説もあるようなのですが、どう思いますか?

大村:ええ?(笑) どうなんだろう……。

イングヴェイは、欧米で生まれ育ったギタリストでは考えられない進化を遂げたのかもしれない。(広瀬)

—フィンランドのKorpiklaaniに取材したときには(当事者・KORPIKLAANIに訊く、北欧はなぜメタルバンドが多い?)、寒冷地特有の気候や日照時間が短いという環境的な面と、独りの時間を好むという北欧の人々の気質が影響しているのでは、というふうに言っていて。

広瀬:まあ、ストックホルムだろうがハワイだろうが、どんな環境にいても練習する人はするでしょうから一概には言えないですね(笑)。ただ、たとえばポール・ギルバートなんかはアメリカに住んでいて、Van HalenやTalas(のちにポール・ギルバートとMr.Bigを結成するビリー・シーンが在籍していたバンド)のライブを最前列で観たりして、テクニックを盗んでいた環境からすると、イングヴェイをはじめ北欧ギタリストは家にこもり、ひたすら練習するしかなかったのは間違いないですよね。

大村:ああ、なるほど。

大村孝佳

広瀬:北欧も今は様々なシーンが生まれていますけど、イングヴェイが子どもの頃はそういうものもなかっただろうし。となると、Deep PurpleやGenesisからの影響を自分のスタイルに取り込んでいって、欧米で生まれ育ったギタリストでは考えられない進化を遂げたという部分はあるかもしれない。だからこそ、彼がロサンゼルスに行ったときには「とんでもないヤツが現れた」と大騒ぎになったんでしょうね。

フォロワーなんて目じゃない。こんな音出ないですよ。(大村)

—ちょうど今年は、イングヴェイのソロ4枚目のスタジオアルバム『Odyssey』がリリースされて30年なのですが、このアルバムについては?

広瀬:僕自身は一番いいアルバムだと思うし、アメリカでも一番売れたのですが、彼のなかでの評価は低いんですよ。それは、リードボーカルのジョー・リン・ターナーが勝手に作ったと思っているから。「俺がいない間に勝手に仕上げやがって!」と思っているでしょうね。いやいや、あんたが交通事故起こしたんじゃないか、って話なんですが(笑)。

—意識不明の重体になるほどの交通事故を起こし、その直後にリリースしたアルバムなんですよね。

広瀬:そうです。プロデューサーのジェフ・グリックスマンが、ジョー・リン・ターナーとボーカル入れをやったので、このアルバムの楽曲は明らかにジョーの歌メロなんですよね。それまでの歌メロとは明らかに違う。イングヴェイが、「俺のイメージする歌メロじゃない!」と怒った気持ちは理解できます。

左から:広瀬和生、大村孝佳

イングヴェイ・マルムスティーン『Odyssey』を聴く(Spotifyを開く

大村:でも、曲はめっちゃいいんですよね。ポップだし聴きやすい。ただ、ギターはちょっとラフかもしれない。僕はリアルタイムのファンではないから、これが交通事故のあとにリハビリしながら作ったアルバムということを知らなかったんですけど、確かに言われてみれば……とは思います。

広瀬:前作『Trilogy』(1986年)のギターが本当にすごいので、それと比べちゃうとね。彼は交通事故で右手に傷を負っていて弾きづらかったようです。

大村:とはいえ、めちゃくちゃ上手いですけどね。やっぱりすごくいい音ですし、フォロワーなんて目じゃない。こんな音出ないですよ。

広瀬:『Odyssey』のあとも、だいぶ苦労したみたいですが、『Alchemy』(1999年)で彼は「完全復活」を宣言しました。この頃のインタビューから、また「このギターはどうだ?」「俺にしか弾けないだろう?」「ついに俺はやった」と言うようになりましたしね。それまではずっと指の違和感を引きずっていたんじゃないかな。

イングヴェイ・マルムスティーン『Alchemy』を聴く(Spotifyを開く

大村:テクニックの話で言うと、今ならバンドスコアも豊富にありますけど、イングヴェイの少年時代には教則本すらそんなになかったわけじゃないですか。だから、「どうやって練習したんだろう?」って思うんですよね。

広瀬:そこで彼は、パガニーニのバイオリンの譜面をギターで弾こうと思ったわけですよね。その発想がやはり天才なのだと思います。しかも、そういう独自の練習をしている人たちに対して、「そんなことより、こういう練習したほうがいいよ」とか、「もっと他の音楽聴きなよ」なんて余計なアドバイスをする人が、周りにいなかったのも大きいでしょうね(笑)。ロサンゼルスやニューヨークで音楽をやっていると、「そんなことやっていても売れない」とか言われて心挫ける人たちたくさんいるだろうけど。

—そういう雑音から無縁のところで、独自に進化したのがイングヴェイの音楽性ということですね。

広瀬:そう思います。

大村:今のようになんでも情報が手に入るわけではない時代に、あの奏法や音色を生み出しているというのは、ちょっと考えられないくらいすごいことだなって思います。しかも独学ですもんね。先生がいたわけでもないのに、ストックホルムにいたときにはすでにあのスタイルを確立していた。そこが、同じギタリストとして一番興味深いところですね。

左から:大村孝佳、広瀬和生

書籍情報
『BURRN! JAPAN Vol.11』

価格:1,296円(税込)
発行:シンコーミュージック・エンタテイメント︎

プロフィール
広瀬和生 (ひろせ かずお)

1960年、埼玉県生まれ。東京大学工学部卒。楽誌『BURRN!』編集長、落語評論家。大学卒業後、レコード会社勤務を経て、1987年に『BURRN!』編集部へ。1993年より同誌編集長を務める。本業とは別に落語評論家としても有名で、著書に『この落語家を聴け!』(集英社文庫)、『噺家のはなし』(小学館)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『「落語家」という生き方』(講談社)、『僕らの落語』(淡交社新書)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)など。近年は落語会のプロデュースも。

大村孝佳 (おおむら たかよし)

1983年、大阪府生まれ。3歳からピアノを習い始め、11歳の時に父親の影響によりアコースティックギターを弾きはじめる。14歳でエレクトリックギターを弾きはじめ、17歳で洋楽のハードロック/ヘヴィメタルに出会い、強い衝撃を受け傾倒してゆく。2004年、1stアルバム『Nowhere To Go』をリリースする。2005年、『POWER OF REALITY』をリリースし、若手ギタリストとして確固たる地位を築くこととなる。2011年、菊地成孔主催のDCPRGに参加。同年5月には、Marty Friedmanの1ヵ月に及ぶEUツアーに同行。同年12月25日、C4@新宿LOFTのライブにて、C4に正式加入を発表。現在は自身のソロ活動と並行して、C4、DC/PRGなど、多方面で精力的に活動中。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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