M.I.A.、The xxが参加するドキュメンタリー映画祭『CPH:DOX』レポ

©Karoline Hill

 

世界が注目するドキュメンタリー映画の祝祭。『CPH:DOX』の魅力とは?

『トーキョーノーザンライツフェスティバル』(以下、『TNLF』)がおすすめの作品を紹介する連載の第5回。今回は特別編として、デンマークの首都コペンハーゲンにて2003年より毎年開催されている『CPH:DOX』(コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭)の模様をレポートします。

『CPH:DOX』ではコンペティションを含む上映、展覧会、コンサートなどのプログラムが街の至るところで同時多発的に開催されます。その上映プログラムはほとんどがドキュメンタリー映画に関するもので、いまの社会に直結する題材を中心に、各年テーマを設けて特集が組まれています。加えて、世界中から映画関係者を中心としたクリエイターやオーガナイザーが参加し、映画の上映権を売り買いするマーケットや制作費を求める作り手が出資者に対してプレゼンテーションを行う機会などが設けられます。

『CPH:DOX 2018』上映作品のダイジェストムービー

『CPH:DOX』は市民と映画の出会いの場であると同時に、新作映画が他国に紹介されるきっかけになり、映画の種が世界に向けて撒かれる絶好の機会でもあるのです。初年度の来場者 14,000人に対して2018年はなんと110,000人超! 年々その規模を拡大し、世界屈指の国際ドキュメンタリー映画祭へと成長を遂げたことからも、その期待の高さが伺えます。

ギャラリーや図書館も会場に。コペンハーゲンの街が映画に染まる10日間

『CPH:DOX』の特徴はコペンハーゲンの都心部を中心に街全体を大胆に利用しているところ。自転車で足を運べる範囲で行われる規模感が街全体を楽しめる所以かとも思います。実際にフェスティバルのインフォメーションセンターにはレンタバイクが常設されていたり、ガイドにはおすすめのレストランやバー(スタイリッシュな店から味のある店まで)のリストが豊富に掲載されていたりと、街の魅力を隈なく伝えようという意気込みを感じました。

ほかには、いわゆる映画関係者ではない作家を招聘し、作品のキュレーションを委任する「CURATED BY~」のシリーズもフェスティバルの顔ともいえるプログラムです。今年度のキュレーターに選ばれたのはサウス・ロンドン出身のバンドThe xx。世界中の熱狂的な「デペッシュ・モード」ファンたちを追った『Our Hobby is Depeche Mode』や90年代の歌舞伎町で働く人々の世界を映した『Shinjuku Boys』など彼らのインスピレーションが垣間見られる作品が集められていました。

The xx ©Laura Coulson
The xx ©Laura Coulson

また、アートとの密接な関わりも随所に見受けられます。インフォメーションセンターが設けられているのは、Kunsthal Charlottenborgという現代美術館であり、その展示スペースでは上映作品と連動した企画展示も催されています。ドキュメンタリーと一口に言っても、その事象を忠実に記録し伝える「報道」の役割を担うもの、作者の主観的な視点をクローズアップし手を加えた「表現」として昇華されたもの、両者の境界は非常に曖昧なものです。この映画祭のプログラム「NEW:VISION AWARD」にはビデオアート作品と捉えられるものもラインナップに加え「報道」と「表現」の間にある映像作品も出展されています。

いかだでの船旅と暴力を描いた『The Raft』が『DOX : AWARDグランプリ』を受賞

それでは本年度のラインナップよりおすすめの作品をピックアップしてご紹介したいと思います。まずはメインコンペティションである「DOX : AWARD」にてグランプリを受賞した『The Raft』について。

『The Raft』
『The Raft』

世界中から集められた男女11人(男性5名と女性6名)がひとつのいかだに乗り、大西洋を跨ぐ船旅に出発するこの作品。『テラスハウス』や『あいのり』の共同生活から発展する恋愛ドキュメンタリーを連想するようなあらすじですが、それはあくまで形式的な話。この旅自体が一人のマッド・サイエンティストによる壮大な実験だったというのがこの映画の本筋です。

「暴力の歴史」がテーマの研究に没頭していた一人のメキシコ出身の人類学者が、1972年に自らが搭乗した飛行機のなかでハイジャックに遭遇しました。特に怪我を負うこともなく無事解放された彼でしたが、このときから「暴力が生まれる瞬間」を観察したいという欲望に取り憑かれ始めます。そしてスタートしたのがこのいかだの旅です。3か月間プライベートなしに全ての出来事を記述するというこの壮大な社会実験は、「THE SEX RAFT」などやや過激な表現で報じられました。この冒険を、当時のフッテージや40年ぶりに再会した乗組員のインタビューを交えて振り返ります。

会場では当時のいかだ型が忠実に再現されていました。そのなかで明かされる数々の事実を目の当たりにすると、彼らの人生がこの小さな世界のなかで大きく変動していったことが分かります。

『The Raft』の作中に登場するいかだが再現され、展示されていた
『The Raft』の作中に登場するいかだが再現され、展示されていた

アイスランドの偉大な音楽家、ヨハン・ヨハンソンを偲ぶ特別上映

2018年2月、突然の訃報が伝えられたヨハン・ヨハンソン(参考記事:ヨハン・ヨハンソンという巨大な才能。その素顔を知る2つの逸話)。彼と『CPH:DOX』の結び付きは深く、始まりは2005年。以前所属していたユニットApparat Organ Quartetとして映画祭のなかで出演したコンサートからでした。じつは今年のプログラムでも演奏会を予定していたそうです。アイスランドが生んだ偉大な作曲家を偲ぶ上映会『Dreams in Copenhagen』が、彼の愛した街コペンハーゲンで開催されました。

Jóhann Jóhannson in Memoriam:『Dreams in Copenhagen』
Jóhann Jóhannson in Memoriam:『Dreams in Copenhagen』

『Dreams in Copenhagen』と題されたこの作品は2009年度映画祭のオープニングを飾ったもので、ヨハン・ヨハンソンはその楽曲提供を行いました。2009年の上映イベント時には生演奏付きで上映が行われたそうです。

この作品は当時のコペンハーゲンの都市計画を題材に、この街に住む人々の姿を写した美しいポートレイトでした。上映前の舞台挨拶ではヨハンと長きに渡り、プログラムを企画してきた『CPH:DOX』スタッフが彼との思い出を語り、一分間の黙祷のあと映画が上映されましたが、あんなに厳かな雰囲気のなかでの上映は体験したことがありませんでした。会場となったGRANDという街の中心地にある映画館は、シアターの出口が歩道に繋がっており、そのまま街を歩くとまるでこの作品が現実に続いていくような感覚に囚われました。

北欧のハルキストたちが集結。図書館で行われた『Dreaming Murakami』の上映会

今年度は村上春樹についてのドキュメンタリーが図書館で上映されると聞いて、映画祭初日にチケットカウンターに訪ねました。しかし、即完売。村上春樹のドキュメンタリー上映はデンマーク人にとっても一大イベントのようです。滞在最終日のイベントということもあり、最後まで諦めきれずデンマーク最大級の王立図書館ブラック・ダイヤモンドに向かいました。開場10分前になんとか席を確保することができ、デンマークのハルキストたちが集まる上映会場へ。

ブラック・ダイヤモンドで行われた『Dreaming Murakami』のトークイベント
ブラック・ダイヤモンドで行われた『Dreaming Murakami』のトークイベント

『Dreaming Murakami』はデンマークの翻訳家Mette Holmがいかに村上作品を解読し読者に伝えようとしているか、その創作の過程を追ったドキュメンタリーです。実際に東京の空気に触れ、他国の村上作品の翻訳者と議論を交わしたり刷り上がった装丁のサンプルのデザインに容赦なく突っ込みを入れたりと彼女のプロフェッショナリズムが伝わってきます。翻訳に集中するため、ひとり日本で旅を続けるMetteは、村上春樹の生まれた国になぜ彼女が惹かれているのかを私たちの見慣れた風景をバックに語り始めます。

「人間はもう自国の小説だけ読んでいては生きられない」と翻訳者としての使命と覚悟も感じさせる彼女の語り口は、きっと多くの北欧の人々、そして日本人にも深い感銘を与えるに違いありません。終映後は、ブラック・ダイヤモンドで行われるMetteと監督のトークショーが行われ、他の地域の主要な図書館でも中継が配信されました。

M.I.A.の自伝ドキュメンタリー『Matangi / Maya / M.I.A.』上映&トークイベント

『Matangi / Maya / M.I.A.』の公開を記念してイギリス出身のミュージシャン / アーティストM.I.A.を迎えてのトークイベントが行われました。22時前からと非常に遅めのタイムスケジュールながら満席となった会場は、M.I.A.の口からどんな言葉が発せられるのかとたくさんのファンが集まり、熱気が充満した現場となりました。

この『Matangi / Maya / M.I.A.』という作品は、彼女の生い立ちを丁寧に編集した王道の自伝ドキュメンタリーでありながら、彼女が歩んできた道のりや尋常ではない経験を描いた型破りな傑作となっていました。

蛍光黄緑パーカのフードを被って会場に現れたM.I.A. ©Signe Elisabeth Sloth
蛍光黄緑パーカのフードを被って会場に現れたM.I.A. ©Signe Elisabeth Sloth

本名マタンギ(マヤ)・アラルプラガサム。両親はスリランカの少数民族タミル人であり、マヤの父は反政府活動家として活動していました。民族間の対立は内戦に発展し、マヤは10歳で難民としてロンドンに渡ります。そんな彼女が成長しイギリスで美大生活を送っていた頃、従兄弟がLTTE(タミル・イーラム解放のトラ)の自爆攻撃に加わったことをきっかけに自身のバックグラウンドに根付いた表現活動M.I.A.すなわち「missing in action(戦闘中行方不明)」を始動させます。

M.I.A.のアーティストとしての大きな特徴として、「辺境」と呼ばれる地域の人々との共同制作を行うことが挙げられます。それは彼女の創作の要となるものです。今回のトークイベントでは彼女と限りなく近い志を持つ「Turning Tables」という団体からメンバーが参加していました。彼らはコペンハーゲンで事業を立ち上げ、人種や政治などの問題のために疎外されて生きている世界中の子供たちが内なる声を発することができるよう、音楽というツールを持たせるために機材の提供やワークショップなどを行っています。

M.I.A.とTurning Tablesが登壇したトークイベントの様子 ©Signe-Elisabeth-Sloth
M.I.A.とTurning Tablesが登壇したトークイベントの様子 ©Signe-Elisabeth-Sloth

「子供たちのなかには深い傷を負ったものもいるが、生まれてくる音楽には聞いたことのないような遊びの効いた表現がある。ポジティブな力を感じるし、それはまた私の大きなインスピレーションになる。彼らはとんでもない人生を送ってきたんだから」というM.I.A.の発言に「Turning Tables」のメンバーも深く賛同していました。

「とにかく私は空から爆弾を落とすんじゃないと訴え続ける」。M.I.A.の言葉はあの夜、21世紀のポップ・ミュージックの世界に裏側で起こっている現実を私たち観客に突きつけました。イベントが終了したのは24時過ぎ。ライブあるいはデモ後のような雰囲気のなか、会場をあとにしました。

金子遊、吉田孝行ら日本人作家も多数参加。鬼才クリス・マルケルの日本への眼差しを出発点にした映像作品展『With or Without the Sun』

左から:『With or Without the Sun』を企画したChristopher Sand-Iversen、Staffan Boije
左から:『With or Without the Sun』を企画したChristopher Sand-Iversen、Staffan Boije

100年以上続く映画史のなかでもとりわけ異彩を放つ作家クリス・マルケル。彼が日本への興味を主軸にキュレーションを行なった作品群がSixtyEight Art Instituteというコペンハーゲンの中心地に位置するギャラリーに集まりました。展覧会名は『With or Without the Sun』。

参加作家は日本からは土本典昭、金子遊、吉田孝行、UMMMI.。他国からもヴィム・ヴェンダースを含め数名の作家による、日本についてのビデオ作品あるいは写真が展示されています。企画者のStaffan Boijeに事前に連絡を取り、昼時に訪ねると共同企画者のChristopher Sand-Iversenと共に温かく迎えてもらいました。シナモンロールにコーヒーが用意され、正しく「フィーカ」タイムです。

「SixtyEight=68」というギャラリー名について、クリス・マルケルや土本典昭(『水俣患者さんとその世界』などで知られるドキュメンタリー映像作家)の展示をしているという事前情報から「革命の時代を意識しているのかな」と思い由来を聞いたのですが、返ってきた「ギャラリーの平米数」という答えには拍子抜けしてしまいました。この作品群を繋ぐ共通項として「エッセイ映画」というものがあり、SixtyEightの二人はそれをフィクションとドキュメンタリーの境界線にあるものだと説明しています。

この展示で初めてその存在を知ったスペインの監督Jorge Suárez-Quiñones Rivasによる映画『The Eternal Virgin』は、小津安二郎作品に登場する原節子の仕草を何十種類も切り取り、程よいテンポで貼り付けた作品です。

『Sans Soleil』© Chris Marker
『Sans Soleil』© Chris Marker

日本人である私が、外国の作家の眼差しを通して再編集された作品を観ると、それは小津安二郎が描いた日本人にとっての日常風景なのだけれど、とても非日常的に感じられます。ステレオタイプな物の見方が剥がされていくような体験をしました。

2000年代に産声をあげ、世界で最も注目すべきドキュメンタリー映画祭にまで成長を遂げた『CPH:DOX』。市民にとっても参加しやすく、ドキュメンタリーを通じてさまざまな事象について目を向けさせるプログラムは、知が集結する「未来の図書館」とでも形容できそうな、新しい映画祭の様式を発信していると感じました。

プロフィール
熊澤隆仁 (くまざわ たかひと)

トーキョーノーザンライツフェスティバルのプログラム編成を担当。デンマークを中心とした北欧諸国を長期間旅し、ヨーロッパ各所映画祭で北欧映画シーンの盛り上がりを実地で体験してきました。

『CPH:DOX』

2018年3月15日(木)~3月25日(日)
ヨーロッパのドキュメンタリー祭のネットワーク「Doc Alliance」のうちの一つとして、2003年にコペンハーゲンでスタートした国際ドキュメンタリーの祭典。アーティストによるキュレーションなど、多彩なプログラム注目を浴び、年々その規模を成長させている。



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スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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