ビョークは、アイスランド国民にとっての国民的歌手ではなかった

ビョークは、アイスランド国民にとっての国民的歌手ではなかった

インタビュー・テキスト
黒田隆憲
撮影:廣田達也 編集:山元翔一

1990年代に音楽教育の改革があり、その教育の下で育った若者たちが今、次々とデビューしてシーンを彩っている。

—ビョークは社会に対してアクションを起こす活動家としての顔もありますが、アイスランドではどのような形で知られていますか?

小倉:投資会社のオイズル・キャピタルが、ビョークの名前を冠したベンチャービジネス基金を2008年に設立しました。オイズルは、女性が中心となって設立された若い投資会社なのですが、ビョーク自身も「基金を私の名前にしていただき光栄」と話しています。

また、その数か月前にも彼女は、国内外のアイスランド人起業家にエールを送り、特にアイスランド経済の建て直しに貢献できる若者を応援したいと表明していました。彼女は自然保護運動にも力を入れていて、オイズルの基金ではアイスランドの自然や文化を大切にする、クリーンな企業を育てたいようです。

—経済や自然、文化と様々な分野でアクションを起こしているんですね。

小倉:それと、オイズル基金と同年に設立された、アイスランドのアーティストをサポートするクロイムル(アイスランドの音楽基金。正式名称は「Kraumur Tónlistarsjóður」)の理事会メンバーに、Mugisonやキャータン・スヴェインソン(ex.Sigur Ros)と一緒にビョークも名を連ねています。去年はJFDR(ヨフリヅル・アウカドッティル)もこの基金で受賞していましたね。

小倉:ビョークは直接関係ありませんが、アイスランドには他にも、「Musiktilnauir(音楽実験)」という新人発掘を目的としたバンドコンテストがあって、ここは結構な数のアーティストを輩出しているんです。

有名なところではOf Monsters and Menや、Samaris、それからオーラヴル・アルナルズのボーカルサポートとして来日したアルノル・ダンも、このバンドコンテストの優勝者であるAgent Frescoのメンバーです。昨年、初めて英語詞でアルバムを出して国際的に話題になったMammútも、ここの優秀賞を取っています。1990年代に音楽教育の改革があり、その教育の下で育った若者たちが今、次々とデビューしてシーンを彩っているんですよね。

アイスランド人にとって音楽は商売ではなくて趣味だから、他人と同じことをやっても仕方ないんです。

—小倉さんは、ビョークの音楽性についてはどうお考えですか?

小倉:自分自身の音楽を貫き通している人ですよね。それも、「隣の人と同じものを作りたくない」というアイスランド人の気質によるところが大きいのではないかと思うんです。日本だと、ひとつヒット曲が生まれると二番煎じをすぐ作りたがるじゃないですか。

ビジネスとしてはある意味正しいかもしれないですけど、アイスランド人にとって音楽は商売ではなくて趣味だから、他人と同じことをやっても仕方ないんです。自分が本当にやりたいことだけをやる。何より、「~と似てる」なんて言われるのが一番恥ずかしいことだと、Quarashi(読み:カラシ)のメンバーも話してくれました。だからこそ、あんな小さい国なのにユニークな音楽が、次々と生まれるのだと思います。

—ちなみに、小倉さんが最も好きなビョークのアルバムは?

小倉:2001年発表の『Vespertine』ですね。このアルバムの曲は、“Hidden Place”も“Pagan Poetry”も大好きですが、1番のお気に入りは“Cocoon”です。

ビョーク『Vespertine』を聴く(Spotifyを開く

小倉:『Vespertine』は、女性の本当に深いところを歌っているアルバムじゃないかと思うんです。「そんなことまで歌うの?」って思ったし、ちょうど失恋したときにこれを聴いて、ものすごく刺さりました(笑)。

近年2作、『Vulnicura』(2015年)や『Utopia』(2017年)も、ビョーク自身の女性としての感情が歌われたアルバムですよね。「どうすれば、自分のこの気持ちをうまく表現できるか」「どうしたら、まだ誰も鳴らしていないサウンドを作れるか」——いろんな人とコラボレーションをし続けているのも、そうした自己表現の追求から始まっているのかもしれないですよね。

ビョーク『Vulnicura』収録曲。サウンドプロデューサーとしてArcaが参加している

ビョーク『Utopia』収録曲。『Vulnicura』と同じく、サウンドプロデューサーとしてArcaが参加

—アイスランド人としてのアイデンティティーを大切にしつつ、そこから解放されたいという思いもあり、その狭間を行き来しながら作品を作り続けているのがビョークというアーティストなのかもと思いました。それにしても、ジャケットはどんどん過激になっていきますよね。「悪趣味」といえるくらい……(笑)。

小倉:そういえば、ビョークを輩出したSmekkleysaって「悪趣味」という意味なんですよね。The Sugarcubesは、「とにかく悪趣味なことをやろう」というのがコンセプトでしたし、彼女にとって「悪趣味」へのこだわりは、未だに強いのかもしれないですね。

ビョーク『Utopia』ジャケット
ビョーク『Utopia』ジャケット(Amazonで見る

—ライブなどで観ると、この世のものとは思えない存在感を放っているし、「この人は、本当に人間なのだろうか?」と思う瞬間もあって。ただ、当たり前ですが彼女もアーティストである前に一人の女性であり、きっとアイスランドにいると、そういう彼女の「素」の姿を見る機会が多いのかもしれないですね。だからアイスランドの人たちは、僕らほどビョークを「神聖化」していないというか。

小倉:そうかもしれないですね。マシュー・バーニー(現代美術家)と結婚して、ずっとニューヨークに住んでいたのに、破局したら自宅を黒く塗って、アイスランドに戻ってきて(笑)。「せめて地元では、そっとしておいてあげよう」っていう感じでみんな見守っているのかもしれない。だから、アイスランドではちょっと孤独な人なのかもしれません。今はね、Tinder(マッチングアプリ)で知り合った男性と新しい恋に落ちて、それこそ「ユートピア」なのかもしれませんね(笑)。幸せになってよかったなって思うし、このまま幸せでありつづけてほしいと思います。

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企画情報

『アイスランド・エアウエイブスとオーロラの旅』

アイスランド在住の音楽ジャーナリスリト / コーディネーターの小倉悠加が企画し、今年で12回目を迎えるツアー。アイスランド最大の音楽フェス参加や自然観光に加え、アーティストを迎えての食事会やバスツアー、プライベートスタジオ訪問での独占ライブなど、音楽ファンの夢を叶える企画を毎年実現させています。会場を出るとオーロラが見えるときもあり、音楽ファンがアイスランドへ行くならこのタイミングが一番でしょう。

プロフィール

小倉悠加(おぐら ゆうか)

1970年代半ば洋楽に目覚め、単身アメリカへ留学。大学時代から来日アーティストの通訳に従事し、レコード会社勤務を経てフリーに。以来、音楽業界で幅広く活動。カーペンターズの解説の殆どを書いているためカーペンターズ研究家と呼ばれることも。2004年自らアイスランドの音楽を扱うアリヨス・エンタテイメントを設立。ミュージック・ペンクラブ会員。

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