戸田真琴と性を考える セックスはいつまでも、薄暗いものじゃない

厳格な家に生まれ、性的なものから隔離して育てられたという戸田真琴。19歳のとき、AV女優としての処女作で、文字どおり処女を喪失する。それから3年間で出演したアダルトコンテンツは、じつに40本以上。『スカパー!アダルト放送大賞2019』では、最優秀女優賞を受賞した。

そんな彼女はいま、「性」をどのように捉えているのだろう? 世界各国で性との向き合い方が変わり、ようやく日本でもさまざまな動きが芽生えはじめている、まさに過渡期。私たちはこれからどんなふうに「性」と付き合っていけばいいのか、戸田さんの話からヒントを探したい。

19歳まで守ってきた処女を、そのまま抱え続けて生きるのがしんどくなってしまった。

—まずは、戸田さん自身のことを聞かせてください。AV女優になった理由のなかで、大きかったのは「性へのコンプレックス」だったとか。

戸田:小さいころから「結婚しないのに付き合うなんてダメ」「男の人は怖いから、絶対ふたりっきりになるな」と育てられてきたので、10代のときは性とどう向き合えばいいか分からなかったんですよね。性に関するものは絶対に見ちゃいけないし、女性は弱いから男性に虐げられる、という意識も大きかったです。だから自分の身を守るためには、男の人に関わらないほうがいいんだと思っていました。

戸田真琴 / 2016年にSODクリエイトからAV女優デビュー。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラム等を執筆。ミスiD2018、スカパーアダルト放送大賞2019女優賞を受賞。愛称はまこりん。

—戸田さん自身も男性に虐げられている実感があった、ということですか?

戸田:女性として生きていくのは生きづらいな、という感覚はありました。たとえばバイト先で誰かに好意を向けられて、その誘いを断ると「空気が読めない」「つまらない」と責められる。普通に働きたいだけなのに、男女の「好き嫌いのベクトル」にいつの間にか組み込まれて、全然知らない人から性的に消費されたり、恨まれたりするわけです。

でも、周りには「被害妄想だ」とか「モテるんだからいいじゃん」と言われたりして……同じことは男性にもあるだろうけれど、私は女性だから、それが「女性としての生きづらさ」だと感じました。私がもっと性をカジュアルに捉えていれば、何となく付き合ったり別れたりできたかもしれないけれど、それができないから居場所がなくて。

—その解決策が、AV出演だったんですか。

戸田:そうです。自分のなかで凝り固まりすぎたセックスコンプレックスを、どうにかしなければいけない。思い切り追い詰められてみないと、もう変われない気がしたんです。19歳まで守ってきた処女を、そのまま抱え続けて生きるのがしんどくなってしまったのもあります。

—でも、シンプルに誰かとセックスを経験してみるだけでもよかったのでは……?

戸田:身近な人としたり、風俗で働いたり、いろいろ選択肢はあったけれど……こっそり行為をするだけでは、私がいままで「処女に対して抱えていた大きなもの」への敬意がないというか。処女をなくす理由にはならなかったんです。でもAVは、すごくたくさんの人に観られるものだから、なかには私と同じような気持ちの人がいるかもしれない。苦しいけれど変わろうとしている姿を、1対1じゃなくて大勢に伝えることで、処女喪失を貴重な機会に変えられるんじゃないかなと思ったんです。あと、単純に映像コンテンツが好きだから、記念にもなるかなって(笑)。

性について話すのはただのエロじゃないし、人生において大切なことだと思う。なのに、全然話せないんですよね。

—AV女優になってみて、生きづらさは解消されましたか?

戸田:AV女優として活動しているいまのほうが、生きやすいですね。性には、確かなニーズや市場があるじゃないですか。世界中でそれほど大きな分量を占めているテーマに対して、嫌悪ばかりで理解できなかったことが、私の生きづらさの一因だったんだと思う。だから、AVを通して性を表現する立場に就いてみて、少し楽になったんじゃないかな。

—戸田さん自身の、性の捉え方も変わったんでしょうか。

戸田:昔みたいに「性や男性=得体の知れないもの」じゃなくなりましたね。10代のころは性欲と好意がまったく別物だと思っていたから、性欲を向けられるのが不快だったけれど、じつは両立できるものなんだと感じるようになったし。

だからいまは、性について話すのはただのエロじゃないし、人生において大切なことだと思う。なのに、全然話せないんですよね。自分も周りもこれだけセックスしているのに、まだまだ分からないことがたくさんある。男女がペアになることをこれだけ推奨されている世の中で、お互いのことを何も知らないんですよ。

—「性について分からない」というのは、どういうことなんでしょう。AVを含め、性的なコンテンツはあふれているけれど、正しい情報が足りなくて理解が追いつかない、みたいなことでしょうか?

戸田:そうですね。きちんと教わらないまま大きくなると、何が本当なのか分からなくなっちゃうんです。隠れてこっそり得られる性の情報は、とても限られていて。その代表格であるAVやエロ漫画にはフィクションがいっぱい施されているから、現実とは違うじゃないですか。

日常にセックスがある人はそれをファンタジーとして楽しめるけれど、そうではない人もたくさんいます。性について興味を持ったり、知識を得ようと思ったとき、気軽にアクセスできるコンテンツがフィクションしかない状態って、すごくやばいと思うんです。

AV女優はさまざまな偏見を向けられる仕事だけど、みんな性欲があるし、セックスしますよね。

—正しい性の知識を、いいタイミングで提供できるコンテンツがほしい。たしかにいまの日本では、最適なものがありませんね。

戸田:大人は、なるべく子どもに無知であってほしいと思っているんですよね。下手に教えて道をそれてしまうことが怖いから、なるべく何も知らせず、考えさせないように蓋をする。でもそれって、分からないものほど知りたくなる子どもの好奇心を無視していて、逆効果なんですよ。正しく知らせてしっかり導くのが、大人の仕事だと思っています。

戸田:私たちは性について学校で教わらなかったし、人前で話さないように教育されてきました。だから、性に関することはぜんぶ不正解で、ぜんぶタブー。いつまでも「セックスはこっそりする悪いこと」っていうイメージがある。なのにいきなり「避妊をしましょう」とか言われても、理由も方法もピンとこないんですよね。

たとえば日本は海外に比べて、ピルの普及率がすごく低いんです。ピルといえば「セックスする人が飲むもの」というイメージが、普及率を下げているんだと思う。本当は生理痛緩和にも役立つし、10代の子がホルモンバランスを整えるために飲んだっていいのに、その選択肢は伝えられていないんです。いろんなことをきちんと分かったうえで生きていけたら、もっともっと楽なのにと思います。

—そういう日本の性に対する姿勢を、戸田さんは具体的にどうしていきたいですか。

戸田:「性は薄暗いもの」という偏見を、壊していけたらいいなと思っています。何も知らなかったあの頃の自分みたいな人に、適切な情報を与えたい。いまはそういう気持ちもあって、この業界にいる気がします。AV女優はさまざまな偏見を向けられる仕事だけど、みんな性欲があるし、セックスしますよね。そんな当たり前のことを嫌悪するのは、やっぱりおかしい。

もちろん、私だって大声でセックスの話をするのは恥ずかしいですよ(笑)。「誰もが性についてあっけらかんと話せる」ことだけが理想ではないけれど、「話したいと思っている人が普通に話せる」世の中にはしたい。適切な情報を踏まえたうえで、人それぞれの性の捉え方を、フラットに受け止められるようになったらいいですよね。

性は文化の手前にあるものだから、向上心がなくてダメダメなときにだって、セックスは慰めになる。

—戸田さんとお話していると、本当に性って身近だし、べつに特別視するものじゃないはずなのにな……と思えてきます。

戸田:映画とか小説とか、心を満たせるものって山ほどあるじゃないですか。でもそういうものを深掘りしようと思うと、本を読み切ったり映画をいろいろ解釈したり、何かとエネルギーが要る。誰もがいつでも文化的に生きられるものではないな、と思うんです。

だけど、性は文化の手前にあるものだから、ほかのコンテンツには興味が持てない人でもキャッチできるんですよ。向上心がなくてダメダメなときにだって、セックスは慰めになる。だから、性はやっぱりすごく身近で、私たちにとって必要なものだなと思います。

—その一方でセックスは、誰かを傷つけるものにもなりえますよね。どうすれば性のポジティブな側面を、きちんと活かしていけるんでしょう。

戸田:悪い意味でのツールとして使われると、セックスはとたんにネガティブになりますよね。強要することだけでなく、誰かをつなぎとめたり、何か利益を得る代償にしたりすることもそう。

たとえばスウェーデンでは、1970年代に「性革命」が起こり、性がぐっとひらかれた存在になったそうです。以降のセックスは、パートナーとのコミュニケーションを深めるツールとして、いい立ち位置が確立されつつある。そんなふうに相手と自分を喜ばせるものとして、カジュアルに楽しめる風潮ができればいいなと思います。……「Fika」だから、スウェーデンの事例も勉強してきました!(笑)

—下準備、ありがとうございます……! もともとスウェーデンでは性がかなり抑圧されてきたから、日本と状況が似ていますよね。なのに意識改革が起きて「性の先進国」になったのは、本当にすごい。

戸田:いま日本で売れているAVって「痴漢」とか「無理やり」とか、背徳感を強めに出した内容なんです。これは、抑圧された現状を映しているのかも、と思っています。好きな人とほがらかにセックスすることは、多くの人にとっていいことであるはずなのに、コンテンツでは「やっちゃいけないことをやる快感」が強調されているんです。もちろん、心の中だけは自由であってほしいから、作品でその欲望を満たすのは全然いいんだけど……あまりにもその比率が大きいから、違和感はありますよね。

どんな人もどんな意見も、どこかでなだらかに地続きしているものだという意識を、まずは忘れずにいたいです。

—とはいえ、日本の性意識もこの数年間で、少しは前に進んできていると思いたいです。とくにジェンダーの面では、さまざまな運動が起きてきました。

戸田:そうですね。たとえば「#MeToo(性的嫌がらせなどの被害体験をSNSで告白や共有する際、使用されるハッシュタグのこと)」が広まったり、LGBTQの社会運動が高まったり、ジェンダー観には変化の兆しが見えてきました。その一方で、反射的に相手を嫌悪する態度が目に付いたりもして……たとえば、女性が何かを主張したときに、男性がそれをおとしめる。「女性の権利を守ること=男性の権利を否定すること」ではないのに!

—そんななかで私たちはこれから、どんなふうに性と付き合っていけばいいんでしょう。

戸田:私たちは性別を問わず、一緒に生きていく共同体で、立ち位置や視点がほんの少し違うだけ。どんな人もどんな意見も、どこかでなだらかに地続きしているものだという意識を、まずは忘れずにいたいです。だから本当は「女性 / 男性」とか「LGBTQ」とか、あえて分けるものでもない。分けないままだと理解が得られないから、いまは便宜上分けているけれど、いまみたいな運動や反発が繰り返されていくうちに、ちょっとずつ意識も融合していくはず。

—セックスやジェンダーは、自分と誰かを必要以上に差別化したり、誰かを攻撃したりするためのものではない。もっと、人生を豊かにできるものだという気がしてきます。

戸田:昔と違ってインターネットが発達しているいまは、誰もが声を上げられます。だから「女性だからこう」「セックスはこうだ」という状況を鵜呑みにせず、違和感をおぼえたら「そうじゃないかもしれないよ」って声に出していい。誰もが自分の性別らしく、画一的に生きているわけじゃありません。

そんなことを考えるたび、自分の本当の性って何だろう? って分からなくなるんですよね。そうなると生きづらいのが現状の日本だけど……それでも、自分たちが幸せになれる生き方を求めて、分からなくなることは間違いではないと思っています。

プロフィール
戸田真琴 (とだ まこと)

2016年にSODクリエイトからデビュー。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラム等を執筆、現在はTV Bros.で『肯定のフィロソフィー』を連載中。ミスiD2018、スカパーアダルト放送大賞2019女優賞を受賞。愛称はまこりん。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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