高木正勝と相良育弥の自宅訪問 いい仕事を生む暮らし方って?

3年前、人口20人の村に引っ越した音楽家・高木正勝と、生まれ故郷の村に暮らす、茅葺き職人・相良育弥。前回の対談では、田舎で暮らすことを選んだ二人に、自然から受ける豊かなイメージやインスピレーション、ものの考え方について聞いた。キーワードになっていたのは、「新しさ」や「職人」という言葉。後編は、二人が暮らす家や、仕事場を訪れながら、身の回りの環境を自分でととのえていくヒントを探っていきたい。

職人の世界では必ず「段取り八分」と言いますが、実際はそれ以上。準備ができていれば、ほとんどうまくいく。(相良)

「職人」というと、高い技術でもって伝統や様式を守りながら仕事の量をこなし続ける、そんなイメージがある。だから「新しさ」とは対極の存在のように感じていた。しかし前回、高木は「新しさ」の代名詞であるようなポップミュージックを世に送る小沢健二を「職人」と語った。そして相良は、自身の仕事を通じて、「職人」の仕事には、極めて解像度の高い「新しさ」が含まれていると話した。

そう考えると、今の時代の空気を吸いながら、ものを作る「職人」には、時代を読み解くヒントがつまっているのかもしれない。そしてそれは、特定の職業の人に冠される名称ではなく、誰にでもあてはまる、「姿勢」の問題なのかもしれない。職人ってなんだろう? もう少し二人に聞いてみることにした。

高木:そうですねえ。逆に職人じゃないってどういうことなんだろう? って思うんです。お笑いの人が、「一般の人、素人さんにはわからない」と言うとき、少し違和感を覚える。言われている対象の人がお笑いを目指しているのであれば、その言い回しはありだと思いますが、そうじゃないことも多いですよね。それで言うと、職人は、ある業界の職業の名前でも肩書きでもなくて、生き様や性格みたいなものなんじゃないかなって。

相良:性分に近いものかな。

高木:村にスエさんっていう74歳ぐらいの大工さんがいて、うちの工事をお願いしていて。その人は、工事が上手いとかアイデアがすごいというのもあるんですけど、自宅でずっと仕事の「段取り」を考えているんです。

寝る直前まで考えて、それで眠れなくなって、朝早く起きて、クロスワードパズルをひたすら解いてから、朝9時にうちに来て仕事にとりかかる。もちろん、家に来てからが本番ですけど、頭のなかでずっと段取りを考えて、挙げ句の果てにクロスワードパズルまでしてしまう、その脳の働きや性分が職人だなあと思って。

相良:クロスワードパズルで調整しているんでしょうね。脳の回転が速すぎて、違う方向に逃がしたいんじゃないかな。

高木:いっくう(相良育弥)もそうだと思うのですが、スエさんは段取りしているから、仕事に迷いがないんですよね。定規も使わずに測って、ぱーっと線をひいてチャッと切ってしまう。ずっと、独り言をぶつぶつ言いながら(笑)。手数も少ないし、無駄がない。

相良:イメージが全てですからね。どういう動きをするかっていうのを前の日から決めていて、当日はそれをトレースするだけ。ハプニングが起きたらその度対応するけど、っていう性分ですかね。僕もスエさんもせっかちなだけかもしれないですけど(笑)。

高木:たとえばコンサートでも、練習でやっていることを出すだけでは、あんまり意味がないんです。コンサートのときに一番やりたいのは、普段ピアノに触れているときの「わーっ、今すごいことが起こってる」って瞬間を、決められた日に、みんなの前でできるかどうかで、それができるように前もって調整しています。それができたとき、あぁ、今日自分は職人だったなと。

仕事でも、1時間以内にデモをください、みたいなことがあるけど、そう言われても大丈夫なように、暇な時間は、整理をしていたりします。いい状態にすぐに入れるように、前もって工夫しておく。それは、スエさんのクロスワードパズルみたいな時間に近い。

―相良さんはいかがですか? ご自分を職人と思う部分について。

相良:やっぱり準備ですよね。職人の世界では必ず「段取り八分」と言いますが、実際はそれ以上だと思います。仕事の進捗とか納まりとか、理想にできるだけ寄せるために、思いつく限りの準備はしておきます。準備ができていれば、ほとんどうまくいく。あとは、さっき言った、ハプニングにどれだけ柔らかく対応できるかは、良い職人か、良くない職人かの差になります。

そのときに、取り繕うんじゃなくて、服が破れてパッチワークをしたら余計にかっこよくなったみたいなことができたら、良い職人だと思う。引き出しの多さという話にもつながりますね。

高木:今、家を温めているんですけど(このあと、取材陣がご自宅におじゃますることになっている)、「みんながたどり着く頃に温かくしとこう」という気持ちが、職人気質と近い気がしてきた。みんなもそうでしょうけれど、普段からいろんな角度で段取りを考えていますよね。

相良:うん、日々そこを鍛えているんですよね。僕は肩書きが茅葺き職人なので、どうしても「昔ながらの」とか「こだわりの」みたいな先入観で見られてしまうことが多いんです。でも職人というのは、みんなが「伝統」と呼んでいるような、昔ながらのこだわりの仕事を無口で手がける人を指すだけじゃなくて、「段取り」のように、イメージしたものを実行したり、具現化できたりする人のことを言うような気がします。職業としての職人かどうかというのはあるけれど、みんななにかの職人なのだと思います。

暖かい時期は、近所のおじちゃんが勝手口からばんばん家に上がってくる。(相良)

職人が特定の職業を指すものではないということは、誰であっても職人の姿勢や技を学べるということ。ここからは、二人の住まいを訪れ、いい仕事を生み出す「暮らしの場」を写真とともに見ていきたい。

まず、相良の自宅。妻のみかさんと、猫のわたげが同居人。大工の祖父が建てた、築40年木造二階建ての家を夫婦でコツコツ改装しながら暮らしている。

相良の自宅。奥にいるのが妻の相良みか
相良の自宅。奥にいるのが妻の相良みか

わたげ(1歳♂)。弟子の猫の子どもをもらいうけた
わたげ(1歳♂)。弟子の猫の子どもをもらいうけた

窓の外には、子どもたちの姿が見える。相良いわく、暖かい時期は、近所のおじちゃんが勝手口からばんばん家に上がってくるが、正月にかけて一旦落ち着くとか。春から秋祭りにかけて、人との密なかかわり合いのなかで「なくなっていく自我」を冬の間に取り戻し、充電して、さらに良いかかわり合いができるような状態にもっていき、新しい春を迎えるのだ。

窓辺
窓辺

台所
台所

左から:高木正勝の妻・さとうみかを、相良みか
左から:高木正勝の妻・さとうみかを、相良みか

取材の合間にみんなで昼食
取材の合間にみんなで昼食

お味噌汁、おむすび、キムチ、ナムル、梅干し、大根のお漬け物
お味噌汁、おむすび、キムチ、ナムル、梅干し、大根のお漬け物

「仏教」「野性」「里山」などのワードが並ぶ本棚
「仏教」「野性」「里山」などのワードが並ぶ本棚

高木の“girls”が弾きたくてピアノを始め、3年たって弾けるようになった。音の響きがよくなるように、蓋はとりはずしてある
高木の“girls”が弾きたくてピアノを始め、3年たって弾けるようになった。音の響きがよくなるように、蓋はとりはずしてある

茅葺きは、変化しながら繰り返していることが美しい。その流れのまっただなかにいることにおもしろみを感じています。(相良)

昼食の後、相良が新しい手法に挑戦したという、淡河えびす神社を見に行くことに。今、日本では新しく茅葺きを建てるのは消防法や建築基準法の観点からなかなか難しいが、この地域は比較的建てやすいのだそうだ。

淡河えびす神社のある淡河本陣の中庭
淡河えびす神社のある淡河本陣の中庭

淡河えびす神社
淡河えびす神社

素材は小麦。日本古来の茅葺きよりも薄く葺ける手法を使っている。ちなみに日本の茅葺きは、海外の職人からすると「なんでそんなに分厚いんだ、お前たちはクレイジーだな」と言われるとか
素材は小麦。日本古来の茅葺きよりも薄く葺ける手法を使っている。ちなみに日本の茅葺きは、海外の職人からすると「なんでそんなに分厚いんだ、お前たちはクレイジーだな」と言われるとか

淡河本陣の縁側
淡河本陣の縁側

相良:ヨーロッパ諸国は、日本よりも先進的なんです。ヨーロッパには、世界茅葺協会というものがあって、積極的に茅葺きの文化を残している。日本はまだまだ保守的で、建築基準法や消防法の規制の範囲内ではありますが、まずは「新築のこんな茅葺きも建てられる」ということから知ってほしい。今後、えびす神社は、外から遊びに来た人も地域の人も集まれる、コミュニティースペースにしていこうともくろみ中です。

次は、今まさに作業中だという、葺き替えの現場を見学。

神戸ワイナリー
神戸ワイナリー

くさかんむりのメンバーが作業中
くさかんむりのメンバーが作業中

相良:屋根の上で肥料を作って、葺いて、役目を終えたらまた土に還す。そう考えると、茅葺きは建物じゃなくて、そこに生えている植物みたいに見えてくる。大体20~30年に一度葺き替えるのが、ひとつのサイクルになっています。

そういうサイクルが世界中のあちこちにあって、その一巡を何千年と少しずつ変化しながら繰り返していることって美しいと思うんです。その流れのまっただなかにいることに面白みを感じていますね。

自然のなかで遊びながら「感覚の断片」をためていってるんです。(高木)

1時間ほど車を走らせ高木の家へ。曲がりくねった小道を上がると、あたり一面は山。「散歩に出かけることもしょっちゅうです」と笑いながら、都心では考えられない裏山の斜面を高木と相良はどんどん上がっていく。

高木家の裏に広がる山
高木家の裏に広がる山

山のなか
山のなか

山で薪を拾ったり
山で薪を拾ったり

つるにぶらさがったり
つるにぶらさがったり

木をたたいて音を鳴らす遊びを始める二人
木をたたいて音を鳴らす遊びを始める二人

山から見た高木家
山から見た高木家

母屋
母屋

干し柿
干し柿

高木:山に入ると、元気になるんですよね。敷地のなかに川があるんですけど、流れてくる水に石を置いてその音の変化を聴いたり、薪を拾って木琴みたいに叩いてみたり。「なにしてるんだろう(笑)」と思うこともあるんですけど、自然のなかで遊びながら「感覚の断片」をためていって、それをあとでピアノで弾いてみたいんですよね。

自然からたくさん感覚をもらいながら、言葉にならない、触覚のような感覚をピアノで作りたい。(高木)

家は、母屋ともともと養蚕に使われていた離れの2棟をスタジオと生活の場として使っている。窓が大きく、風景が家のなかに映り込むかのような、外と内が一体化したような間取り。スタジオには、高木いわく「自分でも作ってみたいと思わせてくれる楽器が好き」だという世界中の楽器が置いてあった。シンプルな仕組みで作られた楽器は、山のなかで薪の音を鳴らして遊んだときのように、高木の「感覚」を磨くのに一役買っている。

自宅のスタジオ
自宅のスタジオ

おみやげものとして売られていたカリンバ
おみやげものとして売られていたカリンバ

口琴
口琴

高木:各地の伝統的な楽器がありますが、それらの響きは、なんというか、特定の景色を作るのに向いているんです。一音の中にたくさん響きが詰まっている。一方ピアノは、一つひとつの音が映し出す景色は弱いけれど、いろいろな景色が作れるような仕組みになっている。

ピアノはそういう楽器だからこそ、自分に合っているというか、工夫する余地がたくさんあるように思えて、ほんの少しの差で新しい景色が作れる。

―活動初期の頃、コンピューターで曲を作っていた時期もありましたが、なぜピアノの表現を選んだのでしょう?

高木:小学生のときから遊びでピアノを弾き始めましたけれど、改めてピアノで挑戦しよう、ときちんと思ったのは、29歳のときに離婚をした頃かも。それまでは、そんなに弾いていなかったんですが、半年、ぽっかり時間ができて、毎日毎日、久しぶりにピアノばかり弾いていましたね。いろんなことができるんだなと発見がたくさんありました。ピアノは好きですが、誰かのピアノ曲をじっくり聴いたりするのは苦手なほうかも。響きの重なりを無垢に楽しんでいるようなピアノが好きです。

高木は相良のピアノの先生
高木は相良のピアノの先生

アップライトとグランドピアノの2台を使う

ピアノを弾く

彼らにとっての「暮らし」とは、よりよく生きるための「段取り」だった。おいしい野菜が育つことを願い懸命に土を耕すように、人間が持っている力を引き出せるように暮らしをととのえること。取材を通して、二人がなぜここに暮らしているのか少しだけわかった気がする。その人にしかできない仕事や生き方は、心を込めたこんな場所から生まれるのだ。

左から高木正勝、相良育弥
前編を読む(高木正勝×相良育弥 上辺の「新しさ」に惑わされない心の授業

リリース情報
高木正勝
『YMENE』(CD)

2017年3月26日(日)発売
価格:3,024円(税込)
NOVUS-010

1. Dreaming
2. Tidal
3. Bokka
4. Homicevalo
5. Ana Tenga
6. Laji
7. Naraha
8. Philharmony
9. Grace
10. Mase Mase Koyote
11. Earth's Creation #1
12. Omo Haha
13. Ymene
14. Earth's Creation #2
15. Emineli

高木正勝
『山咲み』(2CD+DVD)

2017年3月26日(日)発売
価格:4,860円(税込)
NOVUS-004~6

[CD1]
1. 祈り
2. あまみず
3. 風花
4. Nijiko
5. サーエ~サルキウシナイ~かぜこぎ
6. aqua
7. おおはる
8. うるて
9. 充たされた子ども
10. 夏空の少年たち
11. きときと―四本足の踊り
12. I am Water
13. やわらかいまなざし
14. 紡ぎ風
15. 風は飛んだ
[CD2]
1. うたがき
2. マクナレラ~ヤイサマ
3. 山咲き唄
4. かみしゃま
5. おやま
6. Girls
7. Rama
8. Wave of Light―音頭
9. Grace~あげは
10. 風花~カピウ・ウポポ
[DVD]
1. 祈り
2. あまみず
3. 風花
4. Nijiko
5. サーエ~サルキウシナイ~かぜこぎ
6. aqua
7. おおはる
8. うるて
9. 充たされた子ども
10. 夏空の少年たち
11. きときと―四本足の踊り
12. I am Water
13. やわらかいまなざし
14. 紡ぎ風
15. 風は飛んだ
16. うたがき
17. マクナレラ~ヤイサマ
18. 山咲き唄
19. かみしゃま
20. おやま
21. Girls
22. Rama
23. Wave of Light―音頭
24. Grace~あげは
25. 風花~カピウ・ウポポ

プロフィール
高木正勝 (たかぎ まさかつ)

1979年生まれ、京都出身。2013年より兵庫県在住。山深い谷間にて。長く親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手掛ける作家。美術館での展覧会や世界各地でのコンサートなど、分野に限定されない多様な活動を展開している。『おおかみこどもの雨と雪』やスタジオジブリを描いた『夢と狂気の王国』の映画音楽をはじめ、コラボレーションも多数。

相良育弥 (さがら いくや)

1980年生まれ。茅葺き職人。20歳くらいのころに、宮澤賢治に憧れて大地に生きる百姓を志すも、減反で米がつくれず「三姓」止まりに。そんな時に出会った茅葺きの親方に「茅葺き屋根は百姓の業でできている」との言葉で弟子入り。現在は、淡河かやぶき屋根保存会「くさかんむり」の代表を務め、ふるさとの神戸市北区淡河町を拠点に、茅葺屋根の葺き替えや、補修を生業とし、民家から文化財まで幅広く手がけ、積極的にワークショップも行なっている。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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