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各種さまざまな映像配信サービスによって、海外ドラマに触れることが多くなった昨今。なかでも注目を集めるのは英米作品ばかりだが、膨大なライブラリのなかで、それ以外の作品を見過ごしてしまうのはもったいない。
そこでこの連載では、「海外ドラマ=英米ドラマ」という固定観念を解きほぐすための「北欧ドラマ考」として、世界中で愛される北欧作品から、現地で愛される人気作までを幅広く紹介していく。今回は北欧サスペンス『ザ・ハンター』について、麦倉正樹が綴る。
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絵画のような湾口、孤高の中年男性、不穏な気配、殺人事件――「北欧サスペンス」の滋味を凝縮した一作
2023年の春に日本公開されたトム・ハンクス主演の映画『オットーという男』(2022年)をご存知だろうか? ではそれが、2016年に日本公開されたスウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』(2015年)のハリウッドリメイク版だったことはご存知だろうか?
近所で疎んじられている口うるさい偏屈な男性が、向かいに引っ越してきた移民家族との交流を通じて自らの「来し方」を見つめ直すハートフルな人間ドラマとして、日本でも好評を博した映画『幸せなひとりぼっち』。
その映画で主役の「偏屈な男性」を演じ、本国スウェーデンの映画賞をはじめ、国際的にも高い評価を獲得したスウェーデンの名優ロルフ・ラッスゴードが、日本未公開の映画版2作(1996年の『Jägarna』、2011年の『Jägarna 2』)に続いて「信念の男・エーリク」を演じたドラマシリーズが本作『ザ・ハンター』だ。
果てしなく広がる針葉樹林と、絵画のように美しい静かな湾口、さらには夜空に輝くオーロラなど、北欧ならではの雄大な自然風景。過去に「傷」を持つ孤高の中年男性主人公。狭いコミュニティのなかで、血縁も含めて複雑に絡まり合う人間関係。どこか不穏な気配がただよう警察組織。過激な環境活動家や先住民族(サーミ人)の問題。そして起こる「殺人事件」。
『ザ・ハンター』は、「北欧サスペンス」と呼ばれる一連の作品の「滋味」を、ギュッと凝縮したような一作と言えるだろう。「ザ・ハンター」と言っても、「狩人 / 猟師」の物語ではない(ライフルを持った男たちが、森の中で熊狩り、さらには人間狩りのようなことを行なうシーンはあるけれど……)。端的に言うならば本作は、「大義」に取りつかれて過ちを重ねてゆく人間と、「正義」を貫くことによって多くの犠牲を払ってきた人間が対峙する物語なのだ。
「町に活気を取り戻すため」の鉱山開発と、そこに隠された秘密。それぞれの正義とは
舞台となるのは、南北に長い国土を持つスウェーデンの北部ノールランド、その最北部にあたるノールボッテン地方だ。豊富な天然資源を基にした林業と鉱業で知られる地方だが、かつてのにぎわいはなく、のどかと言えばのどかだけれど、どこかさびれた印象は否めない、とある田舎町。
首都ストックホルムで30年以上警察官を務めた主人公エーリクは、警察の仕事を辞したあと、自身の故郷であるこの田舎町に移り住み、人里離れた山小屋で愛犬とともに静かに暮らしている。
一方、地元の名士マルクス(ペッレ・ヘイッキラ)は、自らが経営する鉱山に膨大な金が埋蔵されていることを発見し、南アフリカの大企業と巨額の投資計画を推し進めている。この事業が軌道に乗れば、ふたたび町に活気を取り戻すことができるだろう。それがマルクスの「大義」だ。
けれども、そんなマルクスは、姿を見せない「誰か」から、さまざまなかたちで脅しを受けている。その犯人はやはり、鉱山開発を快く思わない過激な環境活動家なのだろうか?
人気のない一本道を車で走行中にスリングショットを撃ち込まれるなど、次第にエスカレートしていく脅しに身の危険を覚えたマルクスは、ストックホルムで腕利きの警察官であったというエーリクに声を掛ける。「わたしの鉱山会社の警備担当になってくれないか?」。
最初は断るエーリクだが、鉱山開発によって地元の人々に新たな雇用をもたらし、経済的にも発展させ、町にかつてのような活気を取り戻すため――そんなマルクスの「大義」にほだされたエーリクは、その仕事を引き受けることにする。しかしマルクスは、鉱山開発に関するすべてをエーリクに話したわけではなかった。鉱山には、ある「秘密」があり……。
そして、幹部のひとりが行方不明となり、やがて死体として発見されるのだった。その事件に関するマルクスの供述に、ささいな疑問を持ったエーリクは、地元の警察で見習いを務める甥ペーテル(ヨハン・マレニウス)をサポートするかたちで、独自に捜査を始めるのだが……。
「正義を全うすることは、ときに多くの犠牲を伴うものなのだ」
最初に書いたように、本作は「大義」に取りつかれて「過ち」を重ねてゆく人間と、「正義」を貫くことによって多くの「犠牲」を払ってきた人間が対峙する物語だ。
町の人々のために――そんな「大義」のもと、大きな過ちを犯すどころか、その後さまざまな嘘を重ねることによって、次第にその人間性をも失ってゆくマルクス。「大義」を成就させるためには、多少の「犠牲」はつきものだ。否、むしろ少なからず大きな「犠牲」を払ったのだからこそ、この「大義」は是が非でも成就させねばならない。それを邪魔するものは、たとえ身内であろうと排除する。
けれども、そんなマルクスのやり方を間近で見ていて、心身ともに追い込まれてゆく者もいる。鉱山会社の幹部であり、マルクスの実の兄でもあるカール(サンポ・サルコラ)だ。彼は、長らく絶っていた酒を浴びるように飲み、やがてドラッグを常用するようになる。
その一方で、事件の真相を究明するため、独自に捜査を進めるエーリクの脳裏には、ある過去の出来事に関する苦い記憶がよみがえる。
ストックホルムの警官時代、彼は真相を愚直に追い求めるあまり、結果的に警察内部の人間を告発することになってしまったのだ。それによって、30年以上務めた警察を追われ、故郷で引退生活を送ることになったエーリク。
犠牲を伴うのは大義を成就するためだけではなく……正義を全うすることは、ときに多くの犠牲を伴うものなのだ。言わば「正義の代償」である。
「徹底的にやると憎まれる」。そのことを我が身をもって知るエーリクは、かつてと同じ轍を踏むのだろうか。とはいえ、現在のエーリクは警察官ではなく、ひとりの市民に過ぎない。彼が望むのは、あくまでも真相の究明であって逮捕ではないのだ。マルクスも含め、町で暮らす人々にとって最善なのは、いかなる道なのだろうか。エーリクは逡巡する。
「真実を明らかにすることは、ときに誰かを不幸にする。それが『正義』と呼ばれるものであったとしても」
それにしても、なぜエーリクは、ときに自らの生命を危険にさらしてまで(そしてときに法の範囲を踏み越えてまで)、事件の真相を究明しようとするのだろうか。彼は根っからの正義の人なのだろうか。
否、その答えは、必ずしもそうではないように思える。彼は「信念の人」ではあるけれど、必ずしも「正義の人」ではないのだ。そこで浮かび上がってくるのが、「継承」という本作のもうひとつのテーマだ。
見習い警察官であるペーテルは、伯父・エーリクにあこがれて、警察官になった人物だ。エーリクを慕う彼は、事件に関する疑問を、ことあるごとに相談する。言わば2人は、緩やかな師弟関係にあるのだ。しかし、ペーテルの上司たちは、そんな彼の振る舞いを快く思わない。エーリクは警察の部外者であるどころか、警察組織の裏切り者というレッテルを貼られているのだから。その「過去」を知らなかったペーテルは、大きなショックを受け……彼もまた逡巡するのだった。
果たして「信念の男・エーリク」が、自らの生命を賭してまで、ペーテルに伝えたかったことは何なのか。それが本作の真のテーマなのだろう。
真実を明らかにすることは、ときに誰かを不幸にすることがある。たとえ、それが「正義」と呼ばれるものであったとしても。否、そもそも「正義」とは、誰のためのものなのか。それは、市井に暮らす人々の生活にどこまで関係のある話なのか。
そして、「正義」を貫き通すための犠牲は、どこまで許されるものなのか。あるいは、何ひとつ許されないものなのか。このドラマには、完全な悪人も善人も存在しない。存在するのは、私たちと同じく、善と悪、あるいは正義と不義のあいだを揺れ動く、生身の人間たちのリアルな姿なのだ。
パズルのように組み上げられた事件の詳細を読み解く面白さ以上に、多かれ少なかれ事件に関わることになってしまった者たちの、繊細な心の揺れ動きをありありと感じることができる、まさしく北欧サスペンスならではの一本だ。
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