各種さまざまな映像配信サービスによって、海外ドラマに触れることが多くなった昨今。なかでも注目を集めるのは英米作品ばかりだが、膨大なライブラリのなかで、それ以外の作品を見過ごしてしまうのはもったいない。
そこでこの連載では、「海外ドラマ=英米ドラマ」という固定観念を解きほぐすための「北欧ドラマ考」として、世界中で愛される北欧作品から、現地で愛される人気作までを幅広く紹介していく。今回は、ノルウェー北部の小さな村を舞台にした、サスペンスドラマ『キャッチ・アンド・リリース』について、相田冬二が綴る。
(メイン画像:© Shuuto Arctic AS 2021)
深い人間洞察と豊かな人間観察で惹きつけるノルウェーの映像作品
ノルウェーのテレビドラマ『キャッチ・アンド・リリース』の紹介に入る前に、7月1日から日本公開されているノルウェー映画『わたしは最悪。』にふれておきたい。ノルウェーの映像作品の特徴を表現するにあたりうってつけだ。本作は2021年のカンヌ映画祭で女優賞に輝いた。
監督はヨアキム・トリアー。スキャンダラスな作風で知られるデンマークのラース・フォン・トリアー監督の遠縁にあたるという。ヨアキムの『わたしは最悪。』は決して暴力的な作品ではない。
タイトルの印象に反して、キュートな恋愛悲喜劇だ。1人の若い女性の奔放な決断が巻き起こす人生模様を、伸縮自在の映像文体で追いかけていく。あるときはファンタスティック。あるときはシリアス。
恋のときめきも、愛の修羅場も、等価のものとして活写する懐の深さは、アートにもエンターテイメントにも偏らない、絶妙なバランスで観る者を惹きつける。ノルウェーと一言でくくることはできないが、そこにあるのは、深い人間洞察と豊かな人間観察だ。
物語は村で起きた殺人事件から。変哲のない話を卓越した構成で視聴者をとりこに
全8話から成る『キャッチ・アンド・リリース』は、『わたしは最悪。』で感じた「ノルウェーらしさ」を満喫できる卓越した連続ドラマである。
本作は観る者をとりこにするーーとはいえ、ジェットコースター的にめくるめく展開で翻弄するわけでも、キャラクターのユニークさで押し切っていくわけでもない。
たとえば、ハードカバーの上下巻。見るからに分厚いが、なぜかページをめくる手が止まらない。気がつけば、読了。そして、ずっしりとした余韻に満たされる。そんな充実した読書体験によく似ている。
ミステリー好きでなくても、本の世界を愛する人なら、きっとこの映像世界にのめり込むことになるだろう。
決して派手な物語ではない。むしろ、地味。たった1つの事件(とそこから派生する出来事)だけを掘り下げていく。それでトータル約6時間をあっという間に見せ切ってしまうのだから、構成が卓越している。
対照的に描かれるキャラクターによって揺さぶられる、善悪や倫理観
舞台はノルウェー北部の村。町医者として人々に愛されていた初老の男性メイヤスが、釣りの最中、背後から何者かに銃で撃たれ死亡した。
真相の解明を望む娘のエリカ、そして、あまり望まないその姉マリエ。見た目も性格も対照的な姉妹の対立が1つの大きな背景となり、私たちは、この謎に魅せられていく。
マリエは何かを隠しているのではないか? この疑問が、ミステリーを牽引する。シンプルだが、極めて心情に根差した誘導。同じ娘でありながら、事件に対する反応が違うことに、好奇心を駆られる。
荒ぶるエリカの言動に対して「故人のプライバシーをそこまでほじくらなくてもいいのではないか」と感じ、マリエの「そっとしておいてほしい」と耐える姿に同情的にもなる。そう、序盤から、私たちの心は引き裂かれる。
秘密を暴こうとする妹。秘めておこうとする姉。どちらが正しいのか? 善の心、悪の心。その狭間で葛藤することになる。視聴者はそんなふうに事件の成り行きを見守っていく。
自殺をほのめかす老女と、正義感に満ちた新人の女性警官。物語の主人公は誰?
事件を追う警察側の描写にも、骨太さときめ細やかさが同居する。冒頭は衝撃的だ。思い詰めた表情の老女イリヤが自宅で、銃を自分のこめかみに当てている。
だが、パトカーのサイレンが通り過ぎ、彼女は自殺を思いとどまる。その時点では彼女が何者か、どうして自殺しようとしていたかなどは、まったくわからない。
やがて彼女は警官で、現在は病気で休職中であることが見えてくる。一度は死を決意した彼女が、この事件を機に復帰しようとする。
このベテラン女性警官イリヤにとって、最後の事件になるのではないか。視聴者にはそんな想像が自然に働く。だが署内で彼女は煙たがられており、家でじっとしているよう諭される。
彼女は、それを無視して、たった1人で捜査を始める。この導入だけを見れば、余命わずかなべテランが最後の気力を振り絞って事件に立ち向かうーーそんなドラマティックかつハードボイルドなドラマだと思うかもしれない。
しかし、違う。本作の主人公は、まだ若い女性警官フィリッパだ。しかも、彼女が主人公であることが徐々に見えてくる作り。まだ赴任したばかりの彼女は、若さとよそ者ゆえの二重苦を味わいながらも、その正義感を貫いていく。
孤軍奮闘し、物語を進める女性たち。これまでのサスペンス作品との違いは?
敬虔なキリスト教信者でもあるフィリッパは、善の道を志向するあまり頑なで、融通の効かない面も多々ある。まだ未熟だ。イリヤから含蓄の深い助言を与えられながら、事件を覆っている霧を、1つずつあきらめずに剥がす過程で、タフな経験値を積み上げる。
その清楚な美貌が、終盤では力強い美しさに脱皮している点は大きな見どころだ。しかし、この作品は映画『セブン』や『踊る大捜査線』のような若者と年長者のコンビものではない。
フィリッパもイリヤも署内で孤立しており、それぞれが単独で行動する。面と向かってはパートナーシップを結ばない。このあたりも独創的だ。
さらに特筆すべき点は、この物語がほぼ女性主導で進んでいくこと。主人公とベテラン、被害者の子どもたちである姉妹、そして、事件の重要参考人となるキーパーソン。すべて女性だ。
田舎町の殺人事件を描いたTVシリーズといえば『ツイン・ピークス』があまりにも有名。しかし『キャッチ・アンド・リリース』は、一筋縄ではいかない面々をリアリズムに徹して追いかけ、そのストイックさでオリジナリティーを発揮、さらに本作を「女性たちの物語」として語りきる。
男性たちは主に協力者、もしくは敵対する者として登場する。いってみれば、サブキャラクターばかり。寒々しくも澄んでいる屋外風景、センスの良い部屋の内装やインテリアなど画面を彩る北欧らしさが逆に、女性たちの不屈の闘いを浮き彫りにするさまはビビッドだ。
人物の安易なカテゴライズを避け、男女平等で開かれた物語に。田舎の排他性も
本作のタイトルは「捕まえても、生きたまま戻す」というフィッシングの流儀をあらわした言葉。また、「狩人と獲物」「善と悪」という象徴的な言葉も繰り返しモノローグされる。こうした深遠なフレーズに呼応するように、作品は、登場人物たちを安易にカテゴライズしない。
黒幕と思われる男性も個人として扱い、人間的な尊厳を与える。巨悪を描くのではなく、不安のなかでもがく1人の弱き者として見つめる。
また、風変わりな振る舞いや見た目で誤解されがちなアウトサイダーたちを要所要所に配置、彼らの人間性も真摯に見つめている。田舎町には排他性があり、よそ者には厳しい。
村社会の現実を見据えつつ、男性の女性に対する偏見、女性の男性への偏見も平等に視野におさめている。女性主導のストーリーだが、女性側だけの「正義」に偏ることがなく、フラットで開かれた視点がある。
誰もがぶつかる信念と葛藤の壁。さまざまな惑いのなかどうやって生き抜く?
フィリッパの成長は、主に、事件関係者への聞き込みで示される。女性であれ、男性であれ、事件に関係していようが、いまいが、人にはそれぞれの事情があり、それ以上に、正直に生きようとする心もあれば、後ろめたくなるような秘密の心もある。その揺れ動きのなかでつねに生きている。
この真実をフィリッパが感じとっていくことと、閉じられていた事件の全貌がゆっくりと門が開くさまがシンクロし、大いなるクライマックスが訪れる。
自分を信じすぎて、周囲を疑ってばかりだった主人公。信念がなければ、生きにくい世界。だが、信じることはときに偏見を呼び、判断を誤らせる。このバランスをどうとっていくか。そんな惑いのなかで今日も生きている社会人には響く場面がたくさんある。
印象に残るフレーズが多いドラマだが、とくに人物やシチュエーションを変えて何度か繰り返される「あなたは一人じゃない」という言葉は、救済、誘惑、裏切り、安堵などさまざまに読み解くことができる。
誰しも、この魔法のささやきに抗えない。しかし、だからこそ人間なのかもしれない。本作もまた、深い人間洞察と、豊かな人間観察が底辺に横たわっている。
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- 作品情報
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『キャッチ・アンド・リリース』
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© Shuuto Arctic AS 2021