戸田真琴と考えるアイドル業界の歪み。一方的に夢見るだけじゃない「推し活」を

戸田真琴と考えるアイドル業界の歪み。一方的に夢見るだけじゃない「推し活」を

2021/12/27
テキスト
戸田真琴
撮影:飯田エリカ 編集:石澤萌、CINRA編集部

誰かを一方的に好きになり、癒やしや喜びを拝受するかわりに、胸に留めておきたいこと

アイドル性を「いかに快適に疑似恋愛をさせてくれるか」の視点で解釈しているファンたちのあいだでは、アイドルのふるまいから異性の存在を少しでも嗅ぎ取ると過剰な人格否定に走ったり、度を超えたつきまといを行なう者、プライベートを嗅ぎ回る人なども後を断ちません。「恋愛禁止ルール」が公にささやかれることはなくなりましたが、ファンの土壌自体は地続きであり、いまでもアイドルの恋愛を「プロ意識がない」「ファンへの裏切り行為」と解釈するファンも大勢います。

本来、アイドルとして公式に受けている仕事で見せる姿以外の、プライベートな振る舞いにおいてまで、「求められる姿」を演じることをファンが要求するのは業務外の過度な要求で、それ自体がアイドルとファンという関係性を超えた越権行為に違いありません。アイドル文化の経済圏がファンの「好意」を主軸として成り立つ以上、ファンの要求はある種命令に近い強制力をはらんでおり、実際には無視し切ることは難しいのだということは容易に想像できます。

戸田真琴

また、アイドルという経済圏が「ファンの理想を叶える」ことを販売コンテンツの重要なひとつとして押し出している限り、過度な理想の押しつけにより演者側がより欠点のない容姿になるための努力・いかなる要求も受け入れるための精神的キャパシティーを広げる努力を際限なく強いられることになるのです。アイドルという仕事を続けるためには心身に大きな負担がかかる業種であることは、確かなことであるにもかかわらず、その苦痛が等身大で伝わる機会はそれほど多くありません。当人たちのリアルな痛みは無視されやすく、たまに明るみに出る場合も「苦痛を乗り越える姿」を描いたドキュメンタリーとして見られたり、病気からの回復を祈るハッシュタグがファン間で出回ったりと、その苦痛自体がコンテンツ化されるパターンも繰り返されています。

心身の苦痛は職業を超えた個人的な領域にも重なるものであるにもかかわらず、そこまでもがエンターテイメントにされてしまうことの無邪気な暴力性には、アイドルのドキュメンタリーを売りにしてきた大人たちや、ファン同士が横のつながりをもって盛り上がりやすい現代のSNS社会も加担しているのだと思います。

自己と職業の境目が曖昧な仕事であるからこそ、一つひとつの心ない指摘や過干渉、恋愛感情を拗らせた末の嫌がらせや過度な依存心が、職業としての演者を越えてその人の心身を深く傷つける可能性があるということは、誰かを一方的に好きになり、癒やしや喜びを拝受するかわりに、理性のある大人として胸に留めておかねばならないことの一つだと思います。

こうして演者側の苦痛に寄り添った文章を綴っていると、あなたがいま、自分には関係のない世界の話だと思ってこの文章を読んでいないかと、不安になります。しかし、私が本当に伝えたいことは、ここからが本題です。

「世界を救うのはいつでも、あなたの心の舵取り次第なんです」

戸田真琴

過酷な日常を生きる私たちの心を支えてくれるアイドルたちもまた、過酷な世界で生きています。それをわかってしまったとき、私たちにできることとは一体なんでしょうか?

きちんとコンテンツに対価を支払う。依存しすぎないように自己管理をしながら丁寧にファン活動をする。アイドル本人に、応援している人がいるということを伝える。応援している人に何かが起こったときは、外野の言葉ではなく本人の発信を信じること。そしてなにより、想像力を失わないことが大切です。アイドルという特殊なコンテンツには、「だってそれがアイドルだから」という大義名分のもと、本来はグレーゾーンにあたる性差別や外見至上主義、人権の侵害にあたる行為も見逃される傾向があります。

「ファンがアイドルを見て癒やされる」という、ある種の快楽主義に判断基準を委ねやすいため、ジェンダー規範の強化やルッキズムの温床になる危険があります。差別意識と個人的な好みや主観での好き / 嫌いの判断は、明確な線を引くことが難しい場合もあり、それが「推せる / 推せない」の話にすり替わるとき、ファンは演者をひとりの人としてではなく、コンテンツとして見ることに抵抗を持たないことが往々にしてあります。人道的に許しがたい商売の仕方をしていたとしても、あらゆる疑問点を「だって、推しは頑張っているから」とラッピングして思考停止する流れには、それ自体が差別や社会的問題を容認する行為にもなります。すべてを「頑張っている人を応援する」というエンタメに回収されて鈍感になることは、あなたというひとりの人間の尊厳にも関わる危機だということを認識していてほしいです。

敷居が低く、誰もが気軽な気持ちで触れることのできるポップカルチャーだからこそ、世界をほんの少しましにできるかどうかの、とても大きな一翼をになっていると感じます。

街に流れるアイドルソングに、自分の存在を肯定されたことで生き延ばした命があるように、それを歌っていた人にもあなたと同じ喜びや悲しみや劣等感や危うさがあります。あなたの心もアイドルの心も、いつ壊れてしまうかわからない、だからこそ壊れていないことに価値がある、尊い自我にほかなりません。あなたの人権が守られるべきであることと同じように、アイドルたちの人権が仕事の範囲を超えて踏みにじられることがあってはなりません。

本当の意味で推しを尊重するということは、その存在に対して無邪気に一方的な夢を見ることだけではありません。楽しいだけのはずのエンタメの世界の最中で、小さな違和感を感じ取る感覚を失わない真摯さは、持っているほうが持っていないよりも苦しいかもしれませんが、あなたがそれを持っているかどうかで決定的に世界の優しさの量が変わるのです。それは連鎖して、いつか画面の向こうの推しをも見えないところで救うかもしれません。世界を救うのはいつでも、あなたの心の舵取り次第なんです。

戸田真琴
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プロジェクト情報

『I’m a Lover, not a Fighter.』

AV女優 / 文筆家として活動する戸田真琴と、盟友である「少女写真家」飯田エリカによる、「グラビア」を見つめ直すプロジェクト。

配信情報

『Podcast 戸田真琴と飯田エリカの保健室』

毎週月曜日20時に、Apple Podcast、Spotifyほかで配信中。

書籍情報

『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』

2020年3月23日(月)発売
著者:戸田真琴
価格:1,650円(税込)
発行:KADOKAWA

『あなたの孤独は美しい』

2019年12月12日(木)発売
著者:戸田真琴
価格:1,650円(税込)
発行:竹書房

プロフィール

戸田真琴(とだ まこと)

2016年より活動開始。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラムなどを執筆し、現在はTV Bros.で『肯定のフィロソフィー』を連載中。ミスiD2018を受賞。愛称はまこりん。著書に『あなたの孤独は美しい』(竹書房)、『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』(KADOKAWA)。2021年より、少女写真家の飯田エリカとともにグラビア写真を再定義するプロジェクト「I‘m a Lover, not a Fighter.」をスタート。ディレクション・衣装スタイリング・コピーライティング等を務める。

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