スウェーデン最大級の#MeToo 運動を呼んだ、1つのスクープ。沈黙させられてきた女性たちの声を拾う

スウェーデン最大級の#MeToo 運動を呼んだ、1つのスクープ。沈黙させられてきた女性たちの声を拾う

2021/12/23
インタビュー・テキスト
後藤美波

「女性のほうに落ち度がある」という考えも「沈黙の文化」の形成に加担する。性暴力に関する法律改正の道のり

スウェーデンといえば、ジェンダーギャップ指数ランキングでつねに上位に位置し、「男女平等」のイメージの強い国だ。#MeToo 運動はスウェーデンでも大きく広がり、エンタメ界を筆頭にさまざまな職業の人々が仕事の現場で受けたハラスメントや性的暴行について声をあげていった。

そのようなスウェーデンの#MeToo 運動の内幕がわかることに加え、本書のポイントの一つとして羽根が指摘するのが、スウェーデン国内におけるレイプにまつわる刑法の改正だ。本の巻末にはその変遷がわかる表も収録されている。

スウェーデンの法律では2018年の改正で同意なき性交はレイプとして罪に問われると定められた。本書に登場する最初の被害者の事件は1985年だが、そこから2018年までのあいだにも何度か改正があり、アルノーを告発した女性たちも被害に遭った時期によって当時それが罪に問われるかどうかが異なる。

「後書きにも少し書いたのですが、2005年、2013年にそれぞれ大きな改正があり、最後に2018年の改正で同意のない性交はレイプですよ、というところまでいきました。でも2000年代くらいまでは『女のほうにも落ち度があるんじゃないか』という見方が根強くあった。

裁判になったら、抵抗したのか、当時の服装はどうか、男性遍歴はどうか、飲酒癖はどうかとか、全然関係ないことばっかり注目されて。『ひょっとしたらその人がふしだらだったんじゃないの?』っていう見方が続いていたんです。アルノーのことが長いあいだ表に出なかったのは、そういう世間の空気も関係していたのだと思います」

羽根が作成したスウェーデン国内のレイプ罪に関する刑法改正の変遷を示した表(出典:スウェーデンの刑法改正と同意)
羽根が作成したスウェーデン国内のレイプ罪に関する刑法改正の変遷を示した表(出典:スウェーデンの刑法改正と同意

それでも法律が変化していったのは、そのような状況に疑問を呈する国民の声や、「同意なき性交はレイプである」とする世界的な動きの後押しもあった。

「女性が被害に遭うと私生活が暴かれることになるのはおかしい、という声がだんだん大きくなっていきました。また裁判では『抵抗したか』が問われますが、実際の被害の7割は恐怖のあまり抵抗できない状態だったと言われています。抵抗なんかできない、そういう人も多いのだ、という事実の積み重ねも法改正につながったはずです。

『同意なき性交はレイプ』というのはスウェーデンが最初ではなくてイギリスなんですよね。ドイツやカナダ、アメリカの一部の州でもそうなっていますし、世界全体がその動きについていったというのもあると思います」

性的同意をお茶を勧める行為にたとえて説明したイギリス発のビデオ「Tea Consent」 Copyright ©2015 Emmeline May and Blue Seat Studios

「あなたはフェミニストですか?」の質問に「はい」と答えられるか

スウェーデンの「男女平等」は、人々のあいだの議論や働きかけと変化の積み重ねで推進されてきた。国会議員に占める女性の割合も47%と半数近いが、これも国民の意思を反映した結果なのだろう。「スウェーデンは男女平等の国である」という外からのイメージは、国民の自国に対する意識にも根づいているのだという。国内での認識について羽根はこう語る。

「スウェーデンではほとんどどの政党の人も、『私はフェミニストです』って言うと思います。右翼とか左翼とか政治思想に関係なく。ドイツのアンゲル・メルケル元首相が『あなたはフェミニストですか?』と聞かれて答えを濁したことがありましたが、スウェーデンでは『はい』と答えられないとたぶん選挙に勝てない。男女平等を推進しない議員は評価されないということですね。

スウェーデンではジェンダーによるクオータ制(議会における男女格差是正のため、議席などを一定数女性に割り当てる制度)を法律では定めていないですが、どこの政党の比例代表の候補者リストもだいたい男女交互に並んでいて、上から順に当選していく。だから当選者は男女半々くらいになります。そうしないと国民からそっぽを向かれるんですよ。もともと国民のあいだに『スウェーデンは男女平等の国だ』という自負があるからこそ、#MeTooなどの運動も早く広がっていったのではないかという見方もあります」

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「スウェーデンでも性暴力の告発はしにくかったということ。いま現在もそうかもしれない」

本書で1987年生まれのグスタヴソンは性差別について「広い世界の片隅にあるこの小さな国では、基本的な闘いはすでに終了したという感覚を持っていた」と書いている。そんな著者が、「男女平等」のイメージの裏で起きていた長年にわたる性暴力と、それを覆い隠していたエリート組織の腐敗、女性たちが沈黙させられる構造的な仕組みを明らかにした本書から、「若い世代が、親より上の世代を冷ややかに見ているような視線も感じた」と羽根は話す。

昨年には、グスタヴソンを触発した『ニューヨーク・タイムズ』の報道の軌跡を綴ったノンフィクション『その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―』(ジョディ・カンター / ミーガン・トゥーイー著、古屋美登里訳、2020年、新潮社)も刊行された。小さな声を拾い集めて、地道な調査を重ねる記者たちの仕事ぶりに感銘を受けるとともに、立場の弱い人間の尊厳が傷つけられる構造的な問題の根深さと普遍性も感じる。それは日本でも同様だろう。

羽根は『ノーベル文学賞が消えた日』について「この本はスウェーデンの#MeToo 運動の大きな流れを網羅できてはいない」と前置きしつつ、日本の読者に向けてこう語ってくれた。

「レイプに関する刑法が変化している点や、アルノーを擁護するような姿勢を見せるアカデミーに対して国民から大きな反対運動が起きるなど、草の根で抗議運動が広がったこと。それから『男女平等が進んでいる』と思われているスウェーデンでも、性暴力被害の告発はしにくかったという事実や、そういう歴史があって、いま現在もそうかもしれないということ。そういうことを日本の人にも知ってもらえると良いですね。

それとスウェーデン・アカデミーというのは村なんですよね。非常に閉鎖的だし、大きな抗議集会があったのに、まだ会員の終身制は放棄していない。閉鎖的な組織は腐敗しやすい、ということが伝わってほしいと思います。スウェーデン・アカデミーも事件後に会員の半数が入れ替わって違う組織になったとまで言われていますが、この先どうなっていくのか、というのは私も今後追っていきたいテーマの一つです」

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書籍情報

『ノーベル文学賞が消えた日──スウェーデンの#MeToo 運動、女性たちの闘い』
『ノーベル文学賞が消えた日──スウェーデンの#MeToo 運動、女性たちの闘い』

2021年9月15日(水)発売
著者:マティルダ・ヴォス・グスタヴソン
翻訳:羽根由
価格:2,530円(税込)
出版:平凡社

プロフィール

羽根由(はね ゆかり)

翻訳家。 大阪市立大学法学部卒業。スウェーデン・ルンド大学法学部修士課程修了。 訳書に『グレタ たったひとりのストライキ』(海と月社)、『マインクラフト 革命的ゲームの真実』(KADOKAWA)、共訳書に『「人間とは何か」はすべて脳が教えてくれる』(誠文堂新光社)、『ミレニアム4』『熊と踊れ』(早川書房)、『海馬を求めて潜水を』(みすず書房)などがある。スウェーデン在住。

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