夏目知幸と映画のすてきな関係。映画が音楽家に与える創作の力

3D上映技術の普及以降、劇場での映画鑑賞スタイルに大きな変革が起きていることは、多くのエンタメファンが知るところだろう。2013年には、可動シートやフラッシュ、風、さらには水しぶきや香りといったさまざまな要素を同時体験できる4D上映が日本にも上陸し、それまでの映画鑑賞の常識を覆す革新的技術が大きな驚きをもって迎えられた。そして2015年、そうした4D技術をさらに発展させた「MX4D」が登場し、アトラクション型映画鑑賞の最新潮流として定着しつつある。日本国内では、TOHOシネマズが全国の自社劇場で展開している。

今回、普段から頻繁に劇場で映画を観るというシャムキャッツのフロントマン夏目知幸とともに、MX4D上映を体験してきた。全国ツアー真っ最中、束の間のひとときに夏目が選んだ作品は、マーベルスタジオによる最新作『キャプテン・マーベル』だ。

音楽家にとって映画鑑賞とはどんなものなのか、昨年リリースした最新アルバム『Virgin Graffiti』へ与えた影響も交えながら語ってもらった。そのなかで見えてきたのは、音楽家ならではの映画への視点であり、映画に限らず彼がどんなものに心を動かされるのかということを紐解く自身の志向と視野、そしてそれが見晴らす興味深い風景だった。

技術発展によって新しい撮影や効果に挑んでみよう、っていうのが面白い。

—MX4D上映を体験していただきましたが、いかがでしたか? 今回が初体験?

夏目:2度目ですね。前回は『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを観に行ったんですが、海のシーンだらけなので椅子からひっきりなしにミストが吹き出してきて、最後の方にはそこらじゅうビショビショでした(笑)。

4D効果は、椅子の動きが好きなんですよね。普段、映画を観ているときの視線移動やグッと画面に乗り出したくなるときの体勢に沿って、椅子も連動している感じがしました。あと、地響きを再現する椅子の振動も面白いですよね。僕は普段ゲームもよくやるんですが、PS4のコントローラーがブルルっと震えるのがすごく効果を上げているのと同じで、振動というのは人間の知覚にとって直接的な臨場感を与えるんだと思います。

夏目知幸

—3D技術の洗練についてはどう思いますか?

夏目:引きの画だとかえってミニチュアっぽく見えてしまうっていうのもあるんだけど、顔や乗り物のアップの画だとすごくいいですよね。今日の『キャプテン・マーベル』だと、電車の上で格闘しているところから、高架下のカーチェイスへカメラが移って、サミュエル・L・ジャクソンが部下と会話をする、みたいなところ。ああいう部分にいちばんドキッとする。カメラが自分の視点とぴったり重なってくる気分で、3Dならではだと思います。

こういう技術の進歩にはロマンを感じますよね。技術発展によって新しい撮影や効果に挑んでみよう、っていうのは面白い。そういう意味では、4D技術から逆算して制作される面白い作品も観てみたいですね。あとは、昔のアクション映画とかをMX4D化した上映とかがあれば行ってみたい! 『ラッシュアワー』とか、ああいう重くないアクション映画が合いそう。

—昨今では上映技術の革新に加えて、「応援上映」など観客側の参加方法の多様化も見られますね。

夏目:特に音楽映画だと、応援上映はいいのかもしれないですね。マーベル映画は特にそうかもしれないけど、1人でしかめっ面して観るより、友達4~5人でワイワイ話しながら観るのも楽しそうだなと思います。そう考えると、私語バンバンOKの上映とかあってもいいのかもしれない。

友達のミュージシャンの井手健介くんから聞いたんですが、ウェス・アンダーソンの『犬ヶ島』で、犬同伴可能の野外上映というのがあったらしくて(笑)。劇中である犬が「ワン!」って吠えて、それにつられて会場中の犬たちがワンワン吠え始めたという(笑)。そういうのはいいですよね。

(マーベル作品の登場人物は)みんなスーパーヒーローだけど「コイツはクラスでいうと誰々」みたいに、現実に当てはめられる感じ。

—それもある意味で4Dですね(笑)。『キャプテン・マーベル』、作品としてはいかがでしたか?

夏目:面白かったです。やっぱりあんまり重過ぎないのがいいですよね。

—マーベル作品は、他にも観られていますか?

夏目:観てます。『アベンジャーズ』シリーズとか『スパイダーマン』シリーズ、『ブラックパンサー』あたりは観ましたね。

—興行収益的にもそれまでのアメリカンコミック原作ものの記録を塗り替え、熱心なファンがたくさんいます。マーベルスタジオ作品にある特別な魅力って何でしょう?

夏目:やっぱり、個々のキャラクターの物語が集合していく中で、作品自体の味が薄まるんじゃなく、むしろどんどん濃くなって全体のドラマとして説得力が増していくていうのはすごいです。それから、配役の妙っていうのも感じます。みんなスーパーヒーローだけど「コイツはクラスでいうと誰々」みたいに、現実に当てはめられるような感じ。アイアンマンは金持ちで頭もよくて、しかも男らしいんだけど、すごくエゴイスティックでもある。「いるいる」っていう(笑)。

『キャプテン・マーベル』も、主人公はブロンドヘアの女性で、Nine Inch NailsのTシャツを着ていたり、革ジャン羽織ってハーレーに乗ったり、戦闘コスチュームが星条旗カラーだったり……めちゃくちゃ類型的なアメリカ感なんだけど、制作側がアメリカが世界からどう見られているかということを完全にわかった上で自虐的にやっている感じというか(笑)。キャラ造詣にそういう視点もとりこみつつ、なおかつクールなものとして見せるっていうのはすごいですよね。

—一見典型的だけど、どこか捻りを加えたキャラクター造詣が面白い、と。

夏目:そうそう。あと、基本的にみんなアンチヒーロー的な側面を抱えているというのもいいですよね。正義も悪も全能の存在はいなくて、どこかでしくじってしまう。ひとつの視点を絶対視しない感覚もマーベルならではですよね。

それと、あらかじめ与えられたものや誰かに押し付けられたものから脱して、自分自身を見つけ出すんだというテーマや、それとの背中合わせとして、定められた運命は勇気を持って受け入れろというメッセージにも単純に勇気づけられる。先日観た『スパイダーマン: スパイダーバース』もそうだったけど、最近のマーベル作品はそういうところが作品の強さに繋がっていると思います。

みんなで映画の話をしていると、不思議と心が安らかになった。

—夏目さんにとって、映画館で映画を観るという行為はどんなものなんでしょうか?

夏目:普段、起きている間は曲や詞を書くためにも有意義な時間にしなくちゃと、ずっと張り詰めて自分にプレッシャーをかけているようなところがあって。その上、じっとしているのが苦手な性格なので、本を読んでいても分からない言葉が出てくるとすぐスマホで調べて、そのままダラダラとニュースサイトを見てしまったり。動画配信で映画を見ても結局中断しちゃったりする。

だけど、映画館だとできることは限られてくる。真っ暗な場所に2時間閉じ込めれたら、もう諦めて目の前のスクリーンを観るしかないですよね(笑)。映画館では映画以外のインプットをオフにできるんです。だから、自分の中では映画を観にいくのは完全に癒やしの行為ですね。少しでも時間ができたら、ツアー先の映画館に滑り込むこともあります。

—そもそも、映画を観はじめたきっかけは何だったんでしょう?

夏目:自覚的に観だしたのは結構遅くて、大学を出てからなんです。今、映画が好きな理由と全く一緒なんですけど、2時間拘束されて椅子に座りっぱなしっていうのが昔は本当に苦手で。

バンドを本気でやるようになってから、朝から夕方までバイトしてスタジオで練習して、空いた時間でライブハウスに顔出して他バンドの連中と会って、そいつの家に泊まって朝起きたらまたバイトで、その合間に曲作って……みたいな、すごくせわしない生活をしていたんです。その頃、友達が集まる阿佐ヶ谷のrojiへ飲みに行くと、みんな楽しそうに映画の話をしているんですよ。たまに僕にもついていける話があると、不思議と心が安らかになった。で、そこからは隙をみつけて映画を観に行くようになりました。

—映画の話は、同じ拘束時間を劇場で過ごした者同士、妙な連帯感みたいなものが生まれたりもしますよね。

夏目:ありますね。あと、音楽やライブハウスシーンで感じていた「ふさぎ込んでいる」感覚が映画にはないのがよくて。たとえば、あるバンドを否定したときに、そのバンドを好きな人たちまで否定するみたいなムードがあると思うんです。でも本来はそうじゃなくて、もっと「今日のライブはここが最高だった」とか「新しいアルバムはダメだった」とかライブや作品の感想を言い合って、人と人とをつなぐツールになればいいのにと思っていたんですよね。音楽は人と人とが繋がるために作用すべきだって。東京って広いようで狭いし、たくさんバンドがいるようでいないし。仲の良い人たちもいればいがみ合っている人たちもいる。

でも映画は、そういうふうに作用していると思っていて。自分のメインフィールドじゃないってこともあると思うけど、何でも言い合える感じは居心地がいいですよね。音楽も、音楽のことだけわかってる人たちだけで語り合っても意味ないですし。

日本映画は、避けていると言っていいかもしれない。

—ずばり、どんな映画が好きですか?

夏目:なんというか……「こうであれ」っていうことを大上段から示してくるような、ためになりすぎる映画は好きじゃないんです。かといって、映像美として完成されているだけでは物足りなくて、たまにセリフとして現れていたり、どこかにその映画が伝えたいこともあってほしいんですよね。

それってポップミュージックにも言えることで、スローガンの押し売りになってしまったときの押し付けがましさったらない。よくできているポップスは楽曲としてもできがいいのはもちろん、そこに作家の主張も押し付けがましくない程度に入れ込まれていると思うんです。

去年観たものだと、ポール・トーマス・アンダーソンの『ファントム・スレッド』はすごくよかったですね。いかめしい教訓めいたことは何もないけど、美しいしポップでもある。

—日本映画も観ますか?

夏目:いやあ、実は最近ほとんど観てないんですよね。というより避けていると言っていいかもしれない。もちろん素晴らしい作品もあるだろうということも分かっているんですが、自分が音楽を作ろうとする時、拭い去りたいと思っている「日本的な狭い内向性」みたいなものに過敏に反応してしまって、それがシミのように抜けなくなってしまうんじゃないかという恐れがあって……。

—海外映画にはそういうところをあまり感じない?

夏目:日本と海外をやたらに比べるのも本当は嫌いなんですが、あえて言うと……『キャプテン・マーベル』もそうだし、『スウィート17モンスター』(2016年)も、苦悩やルサンチマンを抱える人間が何かを越えるときって、「この先も大変なことがあるかもしれないけど、これを越えられたから自分は多分大丈夫だ」っていう感覚とか、「今も何かに屈しそうだけど、あのときも超えてきたしできるはずだ」っていう、人間の持つ強さの方にフォーカスしていく感覚があって、それらが教訓臭くない形で物語の推進力になっていると思うんです。

けど、僕が観たここ2~3年の日本映画って、「ダメな自分」をそのまま肯定してしまって、内輪で小さい自意識をイジリあうみたいなものがわりと評判になっている印象があって……。でも、そういうことに囚われていい作品を見逃すのはいやなので、なるべく妙な偏見は持たないようにしたいのですが。

映画や音楽って、抽出される共通部分をうまく提示することができるものなんだと思うんです。

—近年ではアジア映画をよく観ているらしいですね。

夏目:ツアーでアジアの各国に行くようになって、国ごとの文化を体験してから観ると、今までと入ってくるものが違うんですよね。それと、友達とのコミュニケーションツールとして映画の話をするのは、日本以外も同じで。

先日、友達の韓国人ミュージシャンと話しているとき、「ホン・サンスの映画が好きで最近よく観るんだけど、彼の作品はどう思う?」って聞いてみたら、「あんなのどこがいいの? 男女が本とか映画の話して、はい、じゃあセックスしましょうねっていう映画でしょ」ってバッサリ言われて(笑)。そういう違った意見を聞けるのは新鮮ですね。

—実際に音楽制作にインスピレーションを与えた映画もありますか?

夏目:そういうのはしょっちゅうあります。『Virgin Graffiti』に入っている“逃亡前夜”という曲には、アジア映画からインスピレーションを受けて、友達が実際にしゃべって録音してくれた台湾語と韓国語のモノローグが収録されています。

夏目:各国の友達と話していると、抱えている悩みは僕たちと根本的には変わらなくて。お金の話、その街の住みづらさ、上の世代が作りだした習慣に対する憤りだったり……。なんというか、パラレルワールドにいるような感覚になるんです。同じ時間に現実として起こっていることなんだけど、少しずつその形が違う。映画や音楽って、そこから抽出される共通する部分をうまく提示することができるものなんだと思うんです。

だから、他の国の昔の映画を観たとしても、まるで自分が思春期に抱えていた苦しみをそのまま描いてくれている感覚になったりするんですよね。むしろ、国や環境の違いによる表層的な差異のおかげで、余計に心へ響いてきたりもする。そういうとき、音楽家としてもピュアな創作意欲を掻き立てられるんです。その刺激を純粋な形で残しておきたかったから、台湾語や韓国語の語りをそのまま曲に入れたんです。

—エキゾチック性やオリエンタル性を演出するためではなく。

夏目:そう。全然違います。同時に、全面的な共感ではないものに宿る美しさを描きたいというか。やっぱり僕は、違う境遇で生活し、全く違う人によって体験される感動というものに興味があるんですよね。自分と同じような人達の物語が繰り返し描かれても、それは面白くない。

「あいつとおれは同じだから、わかるなあ」っていう単純な共感って、ときに同調圧力や排除の力を生んでしまったりするけど、そこからはこぼれてしまう、もっと繊細な感覚……違う世界を見ているはずの個人と個人がふと繋がる時に現れるもの、そういうものに感動しますね。それは、音楽や映画の大きな魅力のひとつだと思います。

リリース情報
シャムキャッツ
『Virgin Graffiti』(CD)

2018年11月21日(水)発売
価格:2,916円(税込)
TETRA-1012

1.逃亡前夜
2.もういいよ
3.完熟宣言
4.She's Gone
5.おしえない!
6.Stuffed Baby
7.カリフラワー
8.BIG CAR
9.俺がヒーローに今からなるさ
10.あなたの髪をなびかせる
11.まあだだよ
12.Cry for the Moon
13.このままがいいね (Album Mix)

プロフィール
シャムキャッツ
シャムキャッツ

メンバー全員が高校三年生時に浦安にて結成。2009年のデビュー以降、常に挑戦的に音楽性を変えながらも、あくまで日本語によるオルタナティブロックの探求とインディペンデントなバンド運営を主軸において活動してきたギターポップバンド。サウンドはリアルでグルーヴィー。ブルーなメロディと日常を切り取った詞世界が特徴。2016年からは3年在籍したP-VINEを離れて自主レーベルTETRA RECORDSを設立。より積極的なリリースとアジア圏に及ぶツアーを敢行、活動の場を広げる。代表作にアルバム『AFTER HOURS』『Friends Again』、EP『TAKE CARE』『君の町にも雨は降るのかい?』など。2018年、『FUJI ROCK FESTIVAL ’18』に出演。そして2018年11月21日、5枚目となるフルアルバム『Virgin Graffiti』を発売した。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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