花や植物との暮らしを楽しむフィンランドの人々。国土の約7割が森林で、無数の湖が点在していることから「森と湖の国」と呼ばれています。世界中で愛されている北欧デザインのインテリアは、厳しい冬が長く続き、屋内にいる時間が長いことから「植物」や「自然」のモチーフが多い。同じく、自宅に飾られる花束(北欧フラワー)もまた、「植物をよく見ることから生まれる『発見』によってつくられている」とヘンティネン・クミさんは話します。
クミさんは幼い頃から華道を学び、北欧フラワーデザイン発祥の地であるフィンランドの国立ケンペレン花卉芸術学校マスタ―フローリスト科に進学。帰国後は「北欧フラワーデザイン協会・フラワースクールLINOKA Kukka」を立ち上げ、スクールやショップを運営するなど、積極的に北欧の花文化を発信しています。
台東区にあるLINOKA Kukkaで、フィンランドでの生活や人々と花の関係性など、北欧のフラワーデザインの魅力について話をうかがい、後半では「VOLVO STUDIO AOYAMA」に移動。VOLVOのフラグシップモデル「V90」に、北欧フラワーを飾っていただきました。
森にある植物を素材に、ハンドワークによってユニークなデザインをつくる
―華道やヨーロピアンスタイルといった、大まかに国ごとのフラワーデザインがあることは認識していますが、「北欧のフラワーデザイン」というのはどのような特徴や魅力があるのでしょうか?
クミ:一番は、デザイン性ですね。北欧は一年をとおして冬が長く、寒いので、お花の種類が豊富ではないんです。それに、物価が高いのでお花一本買うのもお金がかかる。バラなんて、高い時期は一本1,500円近くします。
なので、フローリストたちは、森にある植物を材料に、ハンドワークによって価値を高めて、ユニークなフラワーデザインを好んでつくります。私にその面白さを気づかせてくれたのはフィンランドの雄大な森と、師匠であるヨウニ・セッパネン氏のおかげです。
セッパネンは北欧フラワーデザインのパイオニアのような存在で、数々の世界大会でもチャンピオンになっています。私は彼のもとで5年間パーソナルアシスタントをしたのち、独立しました。
フィンランドの「型にとらわれない自由な発想」があまりにも美しくて
―シンプルで洗練された北欧らしいデザインが、LINOKA Kukkaのブーケにも生かされていると思いました。日本ではあまり見たことがない、自由なデザインですよね。まずはクミさんが花に興味を持ったきっかけから教えてください。
クミ:13歳で生け花を習い始めたことがきっかけで花が好きになり、生け花の名門である池坊短期大学、池坊文化学院に進学しました。しかし、華道は飾り方や使う花の本数など伝統継承のためのルールがあるので、自由なアレンジを好んでいた自分には合っていないんじゃないかと思うようになって。
ちょうど同時期に「ヨーロピアンフラワーアレンジメント」というものを知ったんです。華やかで、すてきで。大学に通いながらヨーロピアンも習い始めたら、華道の癖がヨーロピアンに出てしまったり、逆も起こったりで、ぐちゃぐちゃになったんですね(笑)。
結局、百貨店の花屋に就職したものの、ずっと「自分の求めているフラワーデザインと、なんか違う」と思っていました。花屋ではブーケやアレンジメントを作っていましたが、やはり花を売ることがメインです。「もっとデザインしたい」というモヤモヤした気持ちを抱えたまま10年目に入り、働きすぎて体調を崩してしまったのです。
そのときに、人生をもう一度考え直して、私がやりたいのはもっとクリエイティブなものなんじゃないかと思って、ヨーロッパに行くことを決めました。英語も喋れないし、行くあてもなかったんですけどね。
―イギリス、オランダでお花を学んだそうですね。各国のフラワーデザインは違うものなのでしょうか?
クミ:スタイルが全然違いました。日本だと「ヨーロピアンスタイル」と一括りにされますけど、イギリスとオランダでも全然違う。まず、育つ花の種類が異なるので、見た目もテイストも違いました。その背景には、それぞれの国の自然環境や文化、風習、歴史などが反映されているんだと実感しましたね。
―北欧フラワーデザインとはどのような経緯で巡り合ったのでしょうか?
クミ:ヨーロッパで学んでみてもモヤモヤは晴れなかったのですが、あるとき、オランダで行なわれた4年に一度のフラワーデザインの世界大会のチケットをもらい、そこで見たフィンランドのフローリストのデザインに一番感動したんです。
あまりにも美しくて、クリエイティブで。フィンランドに行けばこれまで学べなかった「型にとらわれない自由な発想」で、フラワーデザインができるんじゃないかと思いました。この大会で偶然、師匠と話をすることができ、このご縁により、北欧に留学することが決まりました。
植物をよく見て、敬意を払うことが北欧フラワーの原点
―北欧で学ばれたなかで、他国との違いを一番感じたのはどういった点ですか?
クミ:オランダは「花大国」とも呼ばれる国で、花を使う量のすごさや、華やかさにに驚かされたんですが、一方、フィンランドは「どうやってつくっているんだろう?」と見入ってしまうような、デザインが凝ったものが多かったです。
枝や葉っぱを組み立てて、一つの作品にする。お花が少ないけれど、デザインで感動するっていう経験が一番ありました。先ほども話したように、フィンランドはお花の値段がすごく高い。一年の半分が冬なので、花は輸入に頼っている部分も多く、夏以外は温室で育てなければいけない環境のため値段が張るんです。
その代わり、自然から採取できる植物で、廃材になる白樺やコケを活用しながら、「人が手を加える」ことに付加価値を見出すのです。凝ったものであるほど値段は上がりますが、デザイン性が育まれていく。ただ、そこには植物の植生や生態を理解することが必要なんです。
―植物に関する知識が、デザインに関係するということですか。
クミ:そうなんです。形やデザインを表面的にまとめても、植物が育つ環境などを理解し、説明できなければ北欧フラワーデザインは成り立ちません。
北欧には、通常の大学と並んで、専門的な知識を学ぶ「高等職業専問学校」があるんです。植物関連に特化した学校もあり、若いうちから自然に対する知識をしっかり学べます。私も高等職業専問学校にあたる「ケンペレン花卉芸術学校」に進学して、働きながら植物のことをしっかり学びました。
日本の生け花と同じで、北欧フラワーデザインも植物の植生や生態を知って、よく観察して、敬意を払うことが最も大切とされています。なので、師匠からは「森を見なさい」とたびたび言われました。森の植物をよく見ることから新たな発見が生まれて、型にとらわれない自由なデザインをつくることができると教わるんです。
日常的に花を楽しむ北欧の人々。「空間」に合わせたデザインを提案する
―自由な発想でデザインを組み立てるうえで、北欧フラワーデザインにとって重要なことは、どんなことでしょうか。
クミ:まず、材料は基本的にフィンランドの森に育っていそうなものを選びます。それをベースにデザインを組み立てていくわけですが、デザインと「空間」が非常に密接です。北欧の人々は日常的に花を楽しむ習慣があるので、どのような家で、どの場所に置くのか、必ず聞いてデザインします。
主に2つのデザインパターンがあって、一つが洗練された都会の家のスタイリッシュモダンなデザイン。コンクリート打ちっぱなしだったり、シンプルで洗練された北欧家具が飾られた部屋に合うものです。
対して、夏のあいだだけ森の湖畔のログハウスに住む人も。そのような家には自然のなかに溶け込むようなナチュラルモダンなデザインがよく合います。
ほかにも、家の周辺環境やインテリアの形状に合わせて、線や形の構成を決めることもありました。海の近くのハウスなら海辺のものを、山奥なら高山植物を取り入れるなど、意味を持たせて組み合わせるんです。
森で見た景色や、動植物たちの姿を連想してブーケにする
―使用する花材一つひとつにも、意味を持たせるんですね。
クミ:全体のデザインイメージをまとめる際は、自然を模倣するように、森で見た景色や動植物たちの姿を連想してつくることが多いです。たとえば、鳥たちが雪降る白樺林にいる様子や、真冬の氷の上に寝転がって空から雪が降ってくる様子など。
フィンランドの冬のメインイベントであるクリスマスには、フィンランドの深い森に住んでいる森の妖精「トントゥ」たちの帽子をイメージしたツリーが好まれました。
クミ:「とにかく自然を見なさい」っていうのは、師匠たちの口癖でしたね。森のなかに入ると、落ち葉の下にどんな植物が生きていて、木や枝がどのように交差しているか見つめなさいって言うんです。季節や場所によってみられる景色はさまざまで、たくさんの想像が湧きました。
―クミさんも著書の表題に「森の植物が教えてくれた」と書かれていますよね。想像するに、フィンランドの森は広大で美しいイメージがあるのですが、どのような場所でしたか?
クミ:フィンランドの人々にとって、すごく大切で癒しの空間になっていたことはたしかです。だから、ブーケにも自然のものを取り入れることを好んだんでしょうね。
広大な森に入って、小枝や葉っぱ、木の実、ベリーや枯れ葉など材料をよく集めていました。廃材になる白樺も、自分で選定して集めました。季節によって表情も変わるのも楽しかったです。
クミ:コロナ前は年に一度、スクールの生徒たち約20人をフィンランドに連れて行ってました。すると必ず、森に入ると泣いてしまう生徒が出てくるんです。森があまりに美しくて、湖のほとりに座ってポロポロと。見たこともない植物にたくさん出会えて、感動したという声をよく聞きました。
季節や行事を花で楽しむ、フィンランドの人々
―日本と比べたときに、北欧の方々はどんな花を好まれる印象がありますか?
クミ:「オンリーワン」なものが好きですね。日本だと、ブライダルブーケの依頼があったときに、参考になる写真を持参してくださる方が多いですが、フィンランドの方は「私に合うものをつくってほしい」という依頼がほとんどでした。
もちろん、ドレスに合ったものをつくるのですが、ブライズの髪の毛や肌、目の色を考慮してブーケをつくることも。形もベーシックな「ラウンド」や縦長に流れる「キャスケード」だけではないですし、使う植物を分解して再構築もします。とにかく、決まりがないので、自分の好きなものを突き詰める感じがします。
―だからこそ、人の手作業が付加価値になるとおっしゃっていましたが、そうしたハンドワークの実力が高くないと唯一無二のものをつくれないんですね。
クミ:作業では、花と花をくっつける「グルー」というのりを使ったり、ワイヤーを組んで編んだりしています。多いときには50工程以上もかかるので時間がかかりますね。フレッシュフラワー(生花)だけではなく、アーティフィシャルフラワー(造花)やドライフラワーなどを使えば、季節や場所に応じた花材を選べるのでデザインの幅も広がります。
クミ:フィンランドでは、季節や行事に合わせて花を贈る習慣があります。日本は贈答品の選択肢がいろいろありますが、フィンランドは基本的にお花が多いですね。イースターから始まり、母の日、卒業式、夏至祭、父の日、クリスマスなどほとんどの行事を「花」で楽しむんです。
ナチュラルなデザインで彩り、森のなかを走るVOLVOをイメージ
―そんな楽しみを「車」に取り入れるとどうなるのでしょうか。今回、クミさんの愛車でもあったVOLVOを彩るフラワーデザインを「VOLVO STUDIO AOYAMA」で披露いただきました。展示した作品はどのようなイメージで、デザインされたのでしょうか?
クミ:私はフィンランドでVOLVOの車に乗っていたのですが、とにかく丈夫で力強い印象があります。雪道や森の舗装されていない道も、スーッと走っていけるのが気持ち良くて。
その力強さと、車から見ていた森の景色をイメージして、フィンランドの森に育っているような植物のみでつくりました。白樺や、フィンランドの森で白い輝きを放つフィンランディアモスなど、その景色をすぐに思い出すものばかりです。
クミ:今回つくったリースとスワッグはどちらも時間の流れをイメージしています。左のリースは、大きな形状だと邪魔になりそうなので、比較的コンパクトなものに。乾燥してもバラバラ落ちないものを使って、走行中も気持ち良くいられるようにしました。永遠の時間の流れ、長く愛されているブランドをイメージして、片側が流れるようにする非対称な形は北欧独特のデザインです。
クミ:右のクリスマスツリーを逆さにしたようなスワッグは、フィンランドの森のなかにある、白樺の葉っぱや皮、枝などを使っています。森に行くと、「ドイツトウヒ」という巨大なツリーのような針葉樹が、森を縦断している道路の両側にどこまでも立ち並んでいるんです。その真ん中をVOLVOが気持ち良く走っているイメージです。
じつは、北欧にはブライダルのときに、車のボンネットやルーフ(天井)の上に、花をいっぱい飾る慣習があります。なので、こうやって車に花を飾るのはなんだか懐かしい気持ちになりますね。
―自宅時間も増え、家で花を楽しんでいる人も増えたかと思います。長年北欧フラワーをはじめ「花」に触れられて、その魅力をどう感じていらっしゃいますか?
クミ:お花が部屋にあるだけで、ポジティブになったり、リラックスできたりと、気持ちが随分変わると思います。また、今回VOLVOに飾ったように、部屋だけじゃなく意外と身近な場所にも取り入れることができます。お花と過ごす時間を増やして、楽しんでほしいですね。北欧フラワーは、自然とのコラボレーションなので、季節や風景を感じられてすごく良いと思います。
私もいまはフラワースクール以外に、クリスマスパーティーや食事会など、北欧文化を伝えるための交流会をよく開催しています。いろいろな視点で、北欧カルチャーを楽しんでもらえたら嬉しいです。
- プロフィール
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- ヘンティネン・クミ
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池坊学院華道芸術家師範科を卒業。大手百貨店フラワーショップのチーフを10年間務めたあと、13年間に渡りイギリス、オランダ、フィンランドで花事業に携わる。フィンランドでは、国立ケンペレン花卉芸術学校マスターフローリスト科を卒業し、ヘルシンキに「フラワーショップ 梨乃花 LINOKA Kukka Ltd.」を設立。日本大使館をはじめとする各国大使館および、デザイナーズホテルの花装飾を経験。帰国後、「北欧フラワーデザイン協会・フラワースクールLINOKA Kukka」を立ち上げ、東京を拠点に、北欧フラワーデザインの技術や魅力を伝える。