自由への渇望と恋、ムーミンの物語。『TOVE』監督が語るトーベ

自由への渇望と恋、ムーミンの物語。『TOVE』監督が語るトーベ

2021/09/30
インタビュー・テキスト
村尾康郎
編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

「彼女はパーフェクトな人物ではない、だからこそ愛すべき人物なんです」

―そんなふう仲間や家族を大事にするトーベだからこそ、著名な彫刻家だった父親との衝突は心の傷になっていたんでしょうね。映画では、トーベは権威的な父親や保守的なアート界に反発するいっぽうで、作品を認められて世に出たい、という野心も抱いていたことが描かれています。その矛盾する思いが彼女を苦しめていたように思えました。

バリルート:父親との関係は興味深いですよね。この父と娘はお互いに愛とリスペクトを抱いていながらもぶつかりあっていた。映画のリサーチでトーベが友達にあてた手紙を読んだのですが、トーベは父親と激しい喧嘩をして、その後、吐いてしまったことがあるそうです。それくらい親子関係はドラマティックで強烈なものでした。

彼女の絵画を若いころの作品から見ていくと、最初は大胆で勇敢な作風なのですが、この映画で描いた30代から40代前半の作品には強さがない。そこから10年くらい経って、また勇敢で味わい深い作品になっていくので、本作で取り上げた時期は、何かが彼女自身を抑えつけていたんじゃないかと思いました。

『TOVE/トーベ』 © 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved
『TOVE/トーベ』 © 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved

―そこには父親との確執が影響していた?

バリルート:父親の期待から自由になれなかったんじゃないでしょうか。映画でも、そういうことを示唆するように描いています。当時、トーベには父に認められたいという気持ちが大きかったと思いますが、「誰かに認められたい」というモチベーションで純粋なアートをつくることはできない。父親に『ムーミン』を作品として認めてもらったことで、トーベは葛藤から解放されて作品に強さが生まれたのではないかと思います。

―若い頃のトーベは画家として評価されたいと思っていたため、当初は生活費を稼ぐためのイラストの仕事として描いていた『ムーミン』を作品としては認めていなかった。そんな彼女がヴィヴィカとの恋愛や父親の死などさまざまな経験を経て、『ムーミン』を自分の作品として受け入れ、本腰を入れて向き合うようになったことで、アーティストとして大きく前進したのではないでしょうか。

バリルート:私もそう思います。『ムーミン』を受け入れたことで彼女は自由を獲得できた。

あと忘れてはいけないのは、イギリスの「イブニング・ニュース」紙にコミックの連載を始めてから7年間、彼女にとって『ムーミン』は締め切りを守らなければならない「仕事」だったということです。

―『ムーミン』は初めに児童小説として発表されましたが、世界的な知名度を獲得したきっかけは「イブニング・ニュース」で連載されたコミックでしたね。トーベは連載のプレッシャーや制約に疲弊し、7年つづけたのちに弟ラルスにコミック連載を引き継ぎました。

バリルート:連載中はつねに作品を提出しなければいけないことで彼女は疲れ切ってしまい、「『ムーミン』は嫌いだ」と発言して『ムーミン』に完全に背を向けてしまいました。でも、私はそういうことすらできる自由が彼女にあったということは素晴らしいことだと思います。

つまり、自分の心から『ムーミン』が生まれてこなくなったことで、作品をつくるのをやめたわけですよね。そして、再び心からつくりたいと思うようになってから『ムーミン』に戻っていった。だから私にとって、トーベの画家としての活動と『ムーミン』が交差するこの時期はとても興味深かったんです。

『TOVE/トーベ』 © 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved
『TOVE/トーベ』 © 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved

―『ムーミン』にはトーベの葛藤が反映されているんですね。

バリルート:『ムーミン』は彼女の心から生まれた物語です。『ムーミン』の背景には哲学があり、キャラクターはトーベが出会った人たちや彼女自身の性格にインスパイアされています。例えばスナフキンは自由を象徴しているし、トーベとヴィヴィカの恋愛関係を象徴するようなキャラクター(トフスランとビフスラン)も出てきます。

―映画のなかで、トーベは「ムーミンは臆病で不安を抱えている」と言います。それはトーベ自身が周りにはあまり見せなかった素顔だったのではないでしょうか。

バリルート:そうですね。彼女の素顔のひとつだったのではないかと思います。トーベは自分が思っていることをはっきり言えるまっすぐさを持っているいっぽうで、シャイで自分に不安を感じていました。彼女はパーフェクトな人物ではない、だからこそ愛すべき人物なんです。私たちは彼女を偉大な人物として見てしまいますが、彼女だってほかの人と同じようにいろんなことで葛藤していたことを映画で伝えたかったんです。

『TOVE/トーベ』 © 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved
『TOVE/トーベ』 © 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved
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作品情報

『TOVE/トーベ』
『TOVE/トーベ』

2021年10月1日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国ロードショー

監督:ザイダ・バリルート
出演:
アルマ・ポウスティ
クリスタ・コソネン
シャンティ・ロニー
ヨアンナ・ハールッティ
ロバート・エンケル
脚本:エーヴァ・プトロ
音楽:マッティ・バイ
上映時間:103分
配給:クロックワークス

プロフィール

ザイダ・バリルート

1977年フィンランド・キヴィヤルヴィ出身。『僕はラスト・カウボーイ』(2009)、『グッド・サン』(2011)、『マイアミ』(2017)などで知られる。世界各国の映画祭へ出品され、『釜山国際映画祭』や『シカゴ国際映画祭』などで受賞を果たしている。本作は彼女にとって5本目の監督作となる。

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