恩田陸が語る、ビール愛。小説家とお酒の上手な関係性を聞く

2017年の『直木賞』と『本屋大賞』をW受賞した『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)で、それぞれに異なる才能を持つピアニストたちの青春と成長を描いた小説家・恩田陸さん。ジュブナイルSF、ミステリー、ホラー、冒険小説など多彩な世界を表現し続けてきた人だが、それとは別に知る人ぞ知る別の一面を持っている。それは「酒豪」であること。

特に大のビール党で、旅にまつわる文章をまとめたエッセイ集『隅の風景』(新潮社)に収録された『チェコ万華鏡』では、(苦手な飛行機移動に耐えてまで)チェコビールのために東欧へと旅立った体験を報告している。

これまでFikaではノルウェーや北欧のさまざまなカルチャーを紹介してきたが、今回はビール大好き恩田さんとともに、日本でも数少ない、ノルウェービールを専門とするビアバー&カフェ「ØL Tokyo」(以下、オル トーキョー)を訪ねることになった。渋谷宇田川町の素敵なお店で、さあ、まっ昼間からビール!

「ビールでスタートして、途中で日本酒やワインとかに浮気しても、最後はビールに帰るんです」

2019年3月に3周年を迎えるオル トーキョーは、代々木公園近くにあるコーヒーショップ「Fuglen(フグレン)」の系列店。Fuglenがノルウェー・オスロを拠点とするお店ということもあって、ここオル トーキョーではノルウェーのビールを専門的に扱っているというわけだ。さらに、クラフトビール先進国でもあるノルウェーの新進気鋭のビールメーカー、「オスロ・ブリューイングカンパニー」も共同経営に参加。つまり、東京でノルウェーの酒の味が楽しめるとすれば、まちがいなくここなのだ。

オル トーキョー
今日飲める20種類のビールの説明が書かれた黒板

恩田:変わったビールを飲める場所って東京にもたくさんありますけど「ノルウェーのビールを飲んでやるぞ!」って意識したのは今日がはじめて。朝からもう、楽しみで楽しみで(笑)。さて、おすすめはどれですか?

と、さっそくカウンターでスタッフに質問する恩田さん。メガネとヒゲがチャーミングなスタッフさんによると、4種類を選んで試飲できるコース「ビア フライト」を用意しているという。ということで、おすすめの4点をチョイス。あわせて、ペルーやメキシコで愛される魚介&野菜のマリネ「セビーチェ」や、ナチョス、ハム&チーズもオーダーします。

注文する恩田陸さん
ビールを注ぐ様子
オーダーしたビールを席まで運ぶ、恩田陸さん

まずは恩田さんにこれまでのビール遍歴を聞いてみましょう。

恩田:若いときからお酒は大好きだったんですけど、ビールの奥深さを知ったのはじつは就職してから。学生にしてみたらビールってちょっと割高なんですよね。てっとり早く酔っ払うには、コスパと燃費が悪いというか(笑)。だから学生のときはもっぱら焼酎派で、働きはじめて多少財布に余裕ができてからが、ビールとの本当の出会いなんです。

飲むお酒の基準が「(酔っ払うための)燃費が悪い」と語る恩田さん。酒豪感がものすごいです。

恩田:ビールといえば「とりあえずビール!」って言うくらい日本の国民飲料じゃないですか。どうやら最近は他のお酒に押され気味で、あのドイツですらも若者はワインを飲んでいるらしいですけど、やっぱり私の世代はビールですよ。そして、いちばん身体に合うのは日本のラガービール。

同僚や上司と仕事明けに飲んで、パッと気分を切り替えるための飲み物であり、もっとも心がやわらぐ飲み物でもある。だから、ビールでスタートして、途中で日本酒やワインとかに浮気しても、最後はまたビールに帰るんです。

会社勤めをやめて、作家専業の生活に変わってからも、「心をスイッチして開放感を与えてくれる」ビールとの付き合い方は変わっていないそう。1日の執筆仕事を終え、夕ご飯を作り、そして晩酌として缶ビールをぐびり、と。それが不変の恩田流ビールとの付き合い心得なのだった。

ノルウェービールに初挑戦。そのお味は?

本日のスタッフおすすめのビールは以下の4種類。

左から:ベルリナーヴァイセ、オスロラガー、インディア・ペールエール、ドリームポーター

まずは、白ビールのベルリナーヴァイセから。

恩田:どれどれ。あ、すごい果実系!

ベルリナーヴァイセとは、大麦と小麦を使ったドイツ、ベルリン発祥の伝統的な白ビール。白ビールと言えばオレンジピールなどの香辛料を加えたものもあるが、このお店のベルリナーヴァイセもとってもフルーティーで、印象としてはサワーに近い。あるいはビールとジュースの中間といったところ。日本人にとっては少し馴染みが浅いが、ヨーロッパではとってもポピュラーな味だ。

続いて登場したのは、オル トーキョーの定番、オスロラガー。その名のとおりラガービールなので、こちらは日本人とぐっと距離が近いのでは?

恩田:ずっとビールっぽいですね。よく知っている人って感じです。

とはいえ、やはりノルウェーオリジナルということで市販の日本製ラガーと比べると、超がつくような辛口ではない。風味もフルーティーで、舌触りもさわやか。このハンドメイドな感じは、クラフトビールの醍醐味とも言えよう。

そして3番目に控えしは、通称IPA。インディア・ペールエールである。たくさんのホップをたっぷり使った香り高さが特徴的で、ホップのフルーティーさと酵母や麦芽の風味とあいまってパイナップルのようなフレーバーを感じさせる。

恩田:うん。おいしい。長年の疑問だったんですけど、これってなんで「インディア」って言うんですか?

と、質問する恩田さんにスタッフさんからインディア・ペールエールの歴史のミニ授業。発祥の地であるイギリスから船に運ばれて輸出されたエールビール。しかし、当時は冷蔵技術が整っていなかったために、どうしても劣化は避けられなかった。そこでそれを避けるための対策として考えられたのが、ホップを大量に使って、ハイアルコール化するという作戦。

多少劣化しても、おいしいままに遠隔地に届ける技術が、そこで確立されたのだとか。そして、イギリスの地から出発し、はるかインドの地まで運んでもおいしいビールということで、「インディア」ペールエールの名称がついたのだそう。

恩田:なるほど~。本当に「インドの」っていう意味なんですね。勉強になりました。

オル トーキョー店長の管野さんにお話を聞いている様子

さて、ラスト4つめは黒ビールのドリームポーター。意外と黒ビールは苦手という人もいると思うのだが「これはけっこう飲みやすいですよ」とスタッフさんも太鼓判を押す、自信の1杯だ。

恩田:おおお、チョコレートみたい! そしてコーヒーっぽくもある。

飲みやすさの秘密は、醸造過程で入れられたわずかなチョコレートにあり。その効果で、ライトボディーな味わいでありながら、しっかり甘みもついていて、女性にも人気があるのだとか。そして、恩田さんが感じたコーヒー感は、コーヒーそのものではなく、ローストされた麦芽の風味によるものらしい。

恩田さんが考える、ノルウェービールに合う「おつまみ」

以上、4種をひととおり試した恩田さんに感想をうかがってみた。

恩田:面白いですね。どれもお酒らしいガツンと感があるけれど、飲みやすくてうっかり深酒しすぎてしまいそうでもあり。

個人的なお酒の楽しみ方として、お酒だけで飲むってことはまずないんです。つまみ必須。だから飲むほどに食べる量も正比例するので、いろいろやばいんです。健康診断の数値とか(苦笑)。それで、今回のビールに合うつまみを考えてみたんですが、暖かいものがいいかもしれないですね。あとは、ねっとり系や発酵系も合いそう。油揚げに納豆を入れて焼いたやつとか、食べたくなりますね。

小説家やエッセイストらのビールに関する文章ばかりを集めた書籍『アンソロジー ビール』(パルコ)に収められた「列車でビール 長旅には酒器を連れて」のなかでも恩田さんはこんな風に書いている。

旅先に持参するつまみについては日頃から研究を重ねている。軽くてかさばらなくて腹にはたまらないが、それなりに食べて満足感のあるもの。おいしくて酒のアテになり、少量でも時間をかけて楽しめるもの。

となると、やはり日本の乾き物はすべての条件で優れている。
(「列車でビール 長旅には酒器を連れて」より抜粋)

以上のような、なかなかに業の深い分析・研究の果てに恩田さんが「偉大な発明」として褒め称えるのがチーズ鱈。「チーズも鱈もよく食べる北欧に輸出したら、売れるのでは」と、メーカー及び酒飲みたちへの提案も書き添えている。

恩田:ビールは食欲増進的な力がありますからね。私、死ぬまでお酒を飲んでいたいんですよ。でも、そのためには何か犠牲が必要。だから、グルテンを控えているんです。休肝日は週に2日くらいあって、その日はご飯やお味噌汁は食べますが、飲むぞっていう日には絶対に食べないようにしています。

日本と異なる酒飲み文化を感じた、チェコでの体験

嗚呼、酒飲みの道の苦しさを誰ぞ知るらむ。そんな業の深い恩田さんにとって忘れられないビールとはいったい何だろうか?

恩田:いまだに覚えているのはチェコのビールです。旅雑誌の取材で訪ねたんですが、もしもビールに「玉露」というものがあるとすれば、これだなというビールと出会えました。いいホップを使って、たったの二煎ほどで惜しげもなく捨てちゃうんです。だからぜんぜん悪酔いしない。普通はずっとビールを飲み続けていると喉のあたりに苦味が蓄積されていくじゃないですか。でもチェコのビールには、それがまったくない。だから自分がお酒に強くなった気がしちゃう。まったくのかん違いなんですけどね!

この愉快な顛末は、冒頭で触れた『隅の風景』の「チェコ万華鏡」で取り上げられているが、少しだけその内容を紹介しておこう。

千野栄一さんのエッセイ『ビールと古本のプラハ』(なんという素晴らしいタイトル!)という、これまた素敵な本を読んだことだ。(中略)ビールはぬるくても冷えすぎてもいけないというチェコ人の温度感覚は非常に共感できるものであり、きっとチェコのビールはうまいに違いないと目を付けていたのだ。
(「チェコ万華鏡」より抜粋)

この一文に惹かれて、恩田さんはチェコに旅立ち、いくつかのバー、ビストロを巡る。

恩田:チェコは、1種類のビールしか置いてない店がほとんどなんです。種類を変えようと思ったら、他の店に行くしかない。したがって、チェコの酒飲み、常連さんたちは自分のお店、自分の席を定めて、まず動かない。ずっと飲んでいる。「黄金の虎(U Zlateho Tygra)」という老舗の有名店なんて、常連さんの席がしっかり決まっていて、土日でもない限り、観光客は座れないんです(苦笑)。でもここのビールもすごくおいしかった。

それからチェコ人のお酒との付き合い方も粋です。わいわい騒ぎながら楽しむのも私は好きだけれど、チェコ人は本当に静かに小声で喋りながら延々とビールやワインを飲むんです。北国だからかな、と思うんですけど、なんとなく北海道の人の飲み方にも似ている。

それから、例えばプラハは職場と住宅が近い「職住一致」の街だから、家でご飯を食べたあとに、ふらりとビストロに行ってビールだけを楽しむようなライフスタイルがある。私の場合は、やっぱりおつまみが欲しくなっちゃいますけど、チェコは酒飲みにとってのひとつの理想だなって、思ってます。

お酒を飲むことや飲める場所は「居場所」としても機能している

日本、そしてノルウェーからチェコまで。恩田さんとのビールを巡る対話はさらに京都のお酒事情などへも話が及んだが、あまりにもとりとめがないので割愛させていただくとして、最後に1月5日発行の朝日新聞に載ったばかりの恩田さんの寄稿文を紹介して、この酒盛りレポートをちょいとピリッとさせておこうと思う。

2020年の東京五輪に関連するシリーズ記事「TOKYO再び」の4回目として、恩田さんは「居場所」についてこんな風に書いている。

会社勤めをしていた頃、「どうしてもまっすぐ家に帰れない日」というのがあった。なぜかはひと口では言えない。とにかく、この気分のまま家に帰りたくない(中略)そんな時は、ちょっとだけどこかに寄って、二、三十分でもいいから一息つく。
私はそれを「方違え」と呼んでいた。その「どこか」は日によって違う。喫茶店だったり、バーだったり、古本屋だったり、雑貨店だったり。
(「TOKYO再び 4 居場所」より抜粋)

こんな風に始まるテキストは、やがて「居てもいい」と感じられる場所への考察へと移っていく。なんとなく人が長居してしまう場所には、時間の蓄積があり、人々の営みの歴史がある。合理性や便利さ、時代のニーズによって作られる場所だけでは、人は生きられない。恩田さんはそう訴えていた。

代表作『蜜蜂と遠雷』は、キャラ立ちした天才ピアニストたちの、イマジネーション豊かな音楽世界と、その発見にダイナミズムを感じさせる快作だが、不思議なことに劇中で描かれるコンテストに誰が勝ったか、負けたかということはそれほど重要視されずに終わる。そのかわりにそこで丁寧に扱われているのは、立場の違う4人の若者(実際にはそのうちの1人は30代の社会人なのだが、コンテストをきっかけに新しい道を見出すという意味で、彼もまたやはり若者なのだと思う)が、音楽を通して、人との出会いを通して、自分たちの「居場所」を発見していくことの必要だ。

20歳以上の人にとって、お酒を飲むこと、また飲める場所というのも「居場所」と言えるだろう。そう考えると、恩田さんが気持ちを切り替えるために必要とするビールの存在も、じつは『蜜蜂と遠雷』や、年始の新聞に書いた「居場所」についての思考とかなり近いところにあるのではないだろうか?

そんなような質問を、遥か遠いノルウェーのビールを飲みながら恩田さんに投げかけもしたのだが、明確な答えはなかった。飲みの席で、そんな真面目な質問をするのも野暮というものだろう。なんとなく「ふふふ」と微笑んだ恩田さんの表情を、返答として気持ちに留めておこう。そう思った。そんな風にして、まっ昼間のビールの宴はまだまだ続いたのだった。

プロフィール
恩田陸 (おんだ りく)

1964(昭和39)年、宮城県生れ。早稲田大学卒。1992(平成4)年、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞を、2006年『ユージニア』で日本推理作家協会賞を、2007年『中庭の出来事』で山本周五郎賞を、2017年『蜜蜂と遠雷』で直木賞と2度目の本屋大賞をそれぞれ受賞した。ホラー、SF、ミステリーなど、さまざまなタイプの小説で才能を発揮している。著書に、『三月は深き紅の淵を』『光の帝国 常野物語』『木曜組曲』『ネバーランド』『ライオンハート』『私と踊って』『夜の底は柔らかな幻』などがある。

店舗情報
ØL Tokyo

東京都渋谷区宇田川町37-10 麻仁ビル
03-5738-7186
営業時間:(月・火)12:00~24:00(水・木)12:00~翌1:00(金・土)12:00~翌2:00(日)12:00~24:00



フィードバック 3

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Life&Society
  • 恩田陸が語る、ビール愛。小説家とお酒の上手な関係性を聞く
About

「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。