サードウェーブの先駆けFUGLEN TOKYO店長が語るコーヒー文化

世界最高水準のコーヒーが飲める国として知られる北欧・ノルウェー。中でも首都オスロは、NYタイムズ紙にて「世界で最高、飛行機に乘ってまで試しに行く価値あり」と絶賛されたカフェ「FUGLEN」や、2000年にスタートした世界一のバリスタを決める競技大会『WBC(ワールドバリスタチャンピオンシップ)』のチャンピオンが経営するカフェが集まる特別な街だ。今回は、自身も「FUGLEN」の店頭でバリスタとして働いた経験を持ち、2012年から同店の海外進出第一号店「FUGLEN TOKYO」の代表を務める小島賢治さんに、ノルウェーのコーヒーカルチャーについて語ってもらった。

日本の喫茶店とは違った味の作り方。素材の個性を活かした「新しいコーヒー」が生まれるまで

喫茶文化が浸透している日本においては長年、深煎りで、苦味の強いコーヒーが親しまれてきた。スターバックスが全国で人気を集めているのも、同店が深煎りの豆を使用し、日本人にも親しみやすい口当たりのコーヒーを提供していた点が大きいだろう。そんな日本の環境下で、北欧のコーヒーのような浅煎りで酸味の強いコーヒーはスポットライトが当たらず、影を潜めていたような印象がある。

しかし近年、「サードウェーブコーヒー」の流行にともなって豆本来の味を抽出したスペシャリティコーヒーが徐々に浸透してきているように感じる。これは日本に限らず現在のコーヒーカルチャーにおける世界的なトレンドだが、オスロの「FUGLEN」はそのブームに先駆けて「スペシャリティコーヒー」を提供してきた。同店に代表される北欧・ノルウェーのコーヒーはいかにして世界から注目を浴び、発展してきたのか。オスロの本店でのバリスタの経験を持つ「FUGLEN TOKYO」の代表小島賢治さんは、「ノルウェーがすごいというよりは、たった数人のバリスタが頑張った結果」なのだと話す。

「FUGLEN TOKYO」代表・小島賢治さん
「FUGLEN TOKYO」代表・小島賢治さん

小島:ノルウェーがここまで評価されるようになったのは、たった数人のバリスタ、それこそ『WBC』でチャンピオンになったロバート・トーレセンとティム・ウェンデルボーのふたりのおかげだと言っても言い過ぎではありません。国全体でなにか変化が起きたのではなく、彼らのような「コーヒーオタク」が独自においしさを突き詰めていった結果、高品質と言われるコーヒーに辿り着いたのです。その到達点が、コーヒーを果実と捉え、素材の個性を最大限に活かす焙煎をするスタイルです。

彼らは既存の「コーヒー」を再現するといったゴールを設定しない。まず良質な豆を仕入れること、そして、豆に合わせた焙煎をすることに重きをおく。そうして新しいコーヒーの「味わい方」を提案したのだ。

小島:一昔前まで、コーヒーと言えば深煎りで苦味のあるもの、というイメージがありました。ところが、彼らは素材が良ければ浅煎りにしても楽しめることに気づいたんです。お肉も一緒ですよね。鮮度が落ちたものはよく焼いて、タレをつけてと加工が必要ですが、いい肉であれば素材を引き立てようとシンプルに調理する。

バータイムも人気の「FUGLEN TOKYO」
バータイムも人気の「FUGLEN TOKYO」

そんな彼らのやり方は、ここ数年で頻繁に耳にするようになったアメリカ発のコーヒームーブメント「サードウェーブ」に与えた影響も大きい。19世紀後半から1960年代にかけて、コーヒーの大量生産が可能になり、一般家庭や職場にも普及したファーストウェーブ。1960年代以降のセカンドウェーブでは、ファーストウェーブの反動から、味や香りなど品質重視のコーヒーを提供するシアトル系コーヒーチェーン店が登場した。そして、2000年代。さらに高品質なコーヒーを提供するため、豆の産地や銘柄にこだわり、豆に合わせた焙煎・ドリップを行うサードウェーブへとトレンドは変化を遂げてきた。サードウェーブの定義は様々だが、小島さんは「産地にスポットを当てたムーブメント」と定義する。

小島:ノルウェーのバリスタがすごいのは、どこで・誰が・どのように生産した豆なのかにスポットを当てて、見えるようにしたことだと思います。

小島賢治

高品質なコーヒーは、透明性の高さと切っても切れない関係にある。小島さんは、過去のインタビューにおいて豆の仕入れ値や売り上げを公開しているティム・ウェンデルボーのカフェの話を例に出し、「透明性のあるビジネス(Transparency)を目指したい」とも語っていた。それは、産地にスポットを当てたコーヒーを作る上では欠かせない姿勢なのだ。

ノルウェーのコーヒーカルチャーを育んだのは「フェアな」国民性

ノルウェーのコーヒーカルチャーを取り巻く人々は、シェアの精神に長けている。『WBC』ももとを辿れば、ノルウェーのバリスタたちによる「技術をプレゼンテーションし、お互いを高め合うコミュニティー」が注目され、その世界版として始まったもの。

また、オスロの「FUGLEN」では、自社で焙煎は行わず、オスロを代表する4つのロースターから豆を仕入れて提供しているが、そのうちの2つのロースターのスタッフが店内で偶然居合わせた時には「あの豆はどうやって焼いているの?」といった情報交換が始まったこともあったという。たとえライバルだろうが、手の内を明かす。そんなエピソードからもまた透明性の高さが窺える。それは、差別を嫌うノルウェーらしさとも言えるかもしれない。

FUGLEN OSLO
FUGLEN OSLO

店内には、様々なロースターのコーヒー豆が並んでいる
店内には、様々なロースターのコーヒー豆が並んでいる

小島:FUGLENで働いていた時、一度も上司に怒られなかったんです。それはきっとオーナーもスタッフも関係無いという考えを持っているからだと思います。ノルウェーの人は本当に親切で、相手がノルウェー語を話せないとわかると、その場にいる全員がサッと英語に切り替えてくれます。街を歩いていてキャッチにあっても、見た目で判断することが差別だという理由から、どんな人にも必ずノルウェー語で話しかけるんです。(世界経済フォーラムの)男女平等ランキングでは世界トップになったこともありますしね。

小島賢治

FUGLEN TOKYOでは、そんなノルウェーのカフェのあり方を見本に、スタッフと顧客の関係も対等でありたいと考えているそうだ。

小島:新しく入ったスタッフを見て思うのは、忙しいとどうしてもオートメーションな接客になりやすいということ。注文を受けては作っての繰り返しで、それでは自動販売機と同じになってしまう。「ゆっくりでもいいから、人と人とで接するようにしてね」と声をかけるようにしています。だから洞察力は必要ですよね。相手がどんな方なのかで接し方も変わってくるので。型だけでやらないようにしています。

北欧の人々にとってコーヒーとは、心身を健やかに保つために不可欠なもの

革新的なバリスタが登場したことで転換期を迎えたノルウェーのコーヒーカルチャー。その発展の裏には、国全体でコーヒーを飲む習慣が根付いていたのも大きかった。ノルウェーの1人あたりのコーヒー消費量は、ルクセンブルク、フィンランドに次いで世界第3位(2013年ICO統計より)と、日本のおよそ3倍にも及ぶ。その背景には、北欧の気候が影響しているのは間違いない。

北欧の冬は長く、日照時間がきわめて短い。オスロの場合、9月頃から日の出がだんだん遅くなり、12月には午前9時をまわった頃にようやくあたりが明るくなる。それもつかの間、日の入が午後3時台の時期もある。冬を元気に乗り越えるために、コーヒーは薬のような役割を果たしてきた。

小島:まだ暗いなか、家を出て、気が付いたら日が落ちている。そんな環境で暮らしていると、どうしても気分が落ち込みやすくなります。ノルウェーの人にとって、コーヒーは気分を上げるために飲むもの。とくに朝の1杯には目が覚める作用があるし、「コーヒーを飲んだから今日も大丈夫」って、それぞれが自分に暗示をかけているようにも見えましたね。

小島賢治

ノルウェーにおいてコーヒーは心身の健康、より良い暮らしのための「ツール」として親しまれているようだ。気分を上げるために飲んだり、人との会話のきっかけとしてコーヒーが存在している。「その場所から一番近くのカフェ」に行くという習慣も、コミュニケーションこそが目的だからだ。

小島:彼らは喋るためにカフェに来るんです。だから、店に入るまでにすごい行列ができていたとしても問題なし。その間ずっと喋っているので、店側も焦らずゆっくり接客できるくらいです。日本とは違って、週末に友達と連れ立って、わざわざ遠方まで足を伸ばすなんてことはしませんし、コーヒーにおいしさや美しさを求める人も少ない。僕もむこうで働き始めた当初は張り切ってラテアートをやっていましたが、そんなの誰も見てくれないんですよ。喋るのに夢中ですぐにカップにスプーンを入れちゃう。途中でやめてしまいました(笑)。

ノルウェーのコーヒーカルチャーを紐解くことで、その背景にある風土や暮らし、経営に対する姿勢までが見えてきた。特に、小島さんのエピソードからは、ノルウェーのカフェの様子がありありと浮かんでくる。ある一つの文化の裏には、それを作る人々がいる。考えてみれば当たりまえなその事実は、わたしに新鮮な驚きを与えてくれた。

店舗情報
FUGLEN TOKYO(フグレン トウキョウ)

住所:〒151-0063 東京都渋谷区 富ヶ谷1−16−11
営業時間: [月・火] 8:00~22:00 [水・木] 8:00~翌1:00 [金] 8:00~翌2:00 [土] 09:00~翌2:00 [日] 09:00~翌0:00
電話:03-3481-0884

プロフィール
小島賢治 (こじま けんじ)

ノルウェー首都オスロにある、ヴィンテージの北欧家具を扱うカフェ&バーの国外1号店「FUGLEN TOKYO」代表。バリスタ世界チャンピオン監修のカフェ「Paul Bassett」にて修行ののち、単身オスロに渡りコーヒーを学ぶ。帰国後、奥渋谷エリアにFUGLEN TOKYOをオープン。その後、焙煎所「FUGLEN COFFEE ROASTERS 」の設立や、コーヒー業態に参入する業種に対するコンサルティングや技術サポートなどにも積極的に取り組んでいる。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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