車椅子に乗る人が実際にこぼした「オシャレは諦めた」という言葉には、どんな真意があるのだろう?
その言葉をきっかけに、一般社団法人日本障がい者ファッション協会(JPFA)を立ち上げ、「『福祉×オシャレ』で世の中を変える」というスローガンを掲げたのは平林景。「福祉業界のオシャレ番長」という二つ名を持つ平林は、元美容師であり、美容専門学校の教員も務めた。その後、障がいを持つ児童が学校の授業を終えたあとや休業日に通う放課後等デイサービスを設立し福祉の道へ進み、現在は障がいの有無や性別、年齢関係なく、誰でも着用できるボトム「bottom'all(ボトモール)」でパリコレを目指している。
今回は、福祉とファッションの関係性、日本と北欧が持つ教育・福祉に向ける目線、そして本人もADHDである実体験などを、じっくり語ってもらった。
「できないことをできるようにする」が主流の日本の療育に感じた疑問
―美容師からのキャリアチェンジですが、平林さんはもともと福祉について興味があったのでしょうか?
平林:いえ、美容師をしていた頃は福祉との関わりはありませんでした。美容学校の教員になったときに発達障がいを抱えている人と出会って興味を持ち始めたんです。あと、自分自身も結構デコボコな特性だったというか。いまは診断してもらって、そのデコボコさの理由がADHDだとわかったんですけどね。
平林景(ひらばやし けい)
一般社団法人日本障がい者ファッション協会(JPFA)代表理事。1977年生まれ、大阪府出身。美容師、美容専門学校の教員を経て、放課後等デイサービスを設立し、独立開業。「『福祉×オシャレ』で世の中を変える」をモットーに、X-styleファッションブランド「bottom'all」とその同名ボトムを展開。2022年秋のパリコレへの出展に向け挑戦中。
―教員時代の出会い、さらに自分自身の特性に対しての思いが、福祉の道へ進むきっかけになったのでしょうか?
平林:そうですね。ADHDによく見られる特性が自分にあることは診断してもらう前からわかっていたんです。たとえば、できることとできないことってみなさんあると思うのですが、その差が極端なんですよ。
でも、日本の療育(障がいのある子どもの個々の特性に応じて、自立した生活を送れるように支援すること)のシーンは「できないことをできるようにする」という風潮で、できないことを少なくすることで社会的困難をなくしていくスタイルが主流ですよね。もちろんそれ自体は悪くはないのですが、ぼくは「できないことをできるようになる」というのを、もう随分はやい段階で諦めたというか、向いてないなと思ったんです。
―できないことをできるように、というのは、障がいの有無にかかわらず、日本の教育現場で感じることがよくありますよね。その気づきは、平林さんの考え方や行動にどんな変化をもたらしましたか?
平林:まず、できないことをどうこうして生きるのではなくて、自分の「好き」や「得意」を仕事にしたり、自信につなげたりすることのほうが生きる力になるんじゃないかと思うようになりました。ぼくのようなADHDや障がいを持った人が、子どもの頃に自分の好きや得意な部分を伸ばしていれば、できない部分を得意なことで補っていけるんじゃないかと。それを実現するための活動を福祉や教育の現場でできないかと動き始めたのが出発点です。
オシャレと療育の両立。通っていることに優越感を覚えるくらいの施設を
―2019年には、一般社団法人「日本障がい者ファッション協会」(JPFA)を立ち上げられました。福祉とファッションのフュージョンはあまり聞いたことがなかったのですが、一般的に福祉の業界ではファッションはどういうふうに扱われているものなんですか?
平林:いまは福祉業界全体でもファッションの意識はだいぶ変わってきていると思いますが、基本的には二の次な存在です。それは洋服だけではなくて、施設を建てるときにも実感しました。ぼくが「めちゃくちゃオシャレな施設をつくるんですよ!」って福祉関係者に話したら「オシャレよりも、療育にもっとこだわって」と言われて。そのときぼくは、サービスそのものと、空間をごっちゃにして議論するべきではないと思ったんです。実際、たくさんの親御さんと話すなかで、表現は違えどほとんどの方が「明るくて華やかでオシャレな施設に通わせたい」と言っていて。
平林:昔は療育施設って古めかしい病院みたいな雰囲気のところや、なんだか世間や社会から蓋をされているような薄暗い場所が多かったんですよ。でも、ぼくは、そんなところで気持ちが前に向くわけないと思ったんですよね。実際、「仕方がないから、ここに通わせなきゃいけない」と思ってる親御さんも多かった。だから、その価値観ごとひっくり返したいし、利用者に「こんなオシャレなところに通えている!」って優越感が芽生えるくらい、当事者自身が持つ福祉や療育に対する認識を根こそぎ変えたいと思っています。
ファッション×福祉で実現した、誰でもアクセスできる新しいボトム「bottom'all」
―明るくてオシャレな場所って誰もが通いたくなりますよね。お話しいただいたその思いが、JPFAの立ち上げにも通じているのでしょうか?
平林:そうですね。JPFAを始めたきっかけとして大きかったのは、実際に車椅子に乗っている方に「オシャレは諦めた」と言われたこと。オシャレって自由だし、誰に気兼ねするものでもないはずなのに、「諦めた」っていう言葉を聞いて、「え? おかしくないですか? 諦める必要なんて全然ないじゃないですか?」って言ったんですよ。
でも、詳しく聞いてみると、車椅子に乗っていると試着室に入れなかったり、そもそも自分一人じゃ着られない服があったり、誰かの手を煩わせることになるから心苦しいんだと言うんです。その話を聞いて、だったら障がいの有無に関係なく全員がアクセスできて、オシャレを楽しめる服やモノを社会に生み出せば、車椅子の方が感じているファッションに対する問題や楽しむことへの気持ちなどが丸ごと解決するのかなと思い、「bottom'all(ボトモール)」という巻きスカートが生まれました。
―平林さんも「bottom'all」を着用したコーディネートを毎日ツイートしていますよね。
平林:そうそう。最初はネーミングにとても苦労して。やっぱり「巻きスカート」というと男性はちょっと抵抗感を示すんじゃないかという懸念がありました。なので、みんなに受け入れてもらいやすい且つ、新しいジャンルのはき物として認知してもらえる名前があったらいいなと思い、誰もが楽しんで着用できるボトムという意味で、「bottom'all」と名づけたんです。
平林:そこから、車椅子に乗っている方と意見を交換しながら製作していきました。それがいちばん早いし、当事者の声を直接聞くことで答えが見えてくる部分も多くて。たとえば、従来のジャケットを着て車椅子に乗っているとうしろがくしゃくしゃになってしまうという話を聞いて、車椅子に引っかからないような丈の短いジャケットをつくったりもしています。
―逆に言うと市販されている服って、本当に歩く・立つということが前提になっているんですね。平林さんの服を見るまでは、車椅子の方にとってはこの服は裾が長すぎるんだとか、このかたちのボトムははけないんだとか、気づきもしませんでした。
平林:やっぱり気づかない方のほうが多いと思いますよ。ぼくはたまたま身近に車椅子の方がいたことが大きいです。オシャレな施設をつくりたいだとか、福祉のうえでの「オシャレ」については随分前からSNSなどで発信していたのですが、車椅子の人の服事情に気づいてから、福祉とファッションということをより意識するようになりました。
北欧の教育から学んだ「人生を豊かにするための勉強」と日本の福祉のレベルの高さ
―福祉の視点で海外に目を向けると、とくに北欧諸国は、社会保障や子どもの教育が手厚かったり、ノーマライゼーション(障がいのある人が障害のない人と同等の生活・権利などを保障されるようにすること)の理念の発祥の地だったりと、福祉大国として知られています。その一方で、たとえば車椅子の方の鉄道利用が限られていたり、車椅子のかたちによっては乗車もできないことがあるという話も聞きます。そんな北欧の福祉や教育のシーンを平林さんはどう見られていますか?
平林:まず教育の話なのですが、北欧の場合、何かを教えることだけではなく、本人に考えさせる教育をやっていますよね。「これを勉強しなさい」と言うのではなく、自分にとって何が必要か? 自分がどうなりたいのか? 何がどうなったら幸せなのか? ということを念頭に置いて、そこから何を勉強したらいいの? という土台も含め、とにかく自分で考えることが教育に根づいていると思います。
―考えるための勉強というのは、生きていく力をつけるための、ある種筋トレのような感じですよね。
平林:そうです、そうです。ただ、先ほどの北欧の鉄道事情にも関わりますが、福祉でいうと、ぼくは日本の介護サービスのクオリティーは世界一だと思っているんです。「なんとなくこのくらいやっていればいい」というサービスではなく、利用者に対するホスピタリティーが非常に高い。でも、高齢化に拍車がかかっているので、介護の人員不足でそのクオリティーにばらつきが出てくることは予想できます。
平林:介護協会の方ともよく話すのですが、現在のサービスのクオリティーを維持しつつ、どうやって介護従事者を増やしていくのかが日本の課題になってくるんじゃないでしょうか。介護の労働環境は、お給料が安かったり、世間的にも3K(きつい、汚い、危険)のイメージがついていたりするのが現状です。ぼくとしてはまずはこのイメージを変えていきたい。福祉の職業が憧れられる存在になるには、かっこいいって思ってもらうこともひとつのきっかけになるはず。だから、オシャレな施設やファッションを生み出すことで、従来のイメージを変えていくことに貢献したいと思っています。
「着ている服はその人の人格をつくる」。ファッションで変えていく一人ひとりの人生
―先ほど、オシャレは二の次になっているとおっしゃっていましたが、平林さんはファッションがどんなふうに福祉に作用すると考えていらっしゃるのでしょうか?
平林:これは福祉に限らないのですが、着ている服はその人の人格をつくるくらい、個人の生き方に影響を与えると思っているんです。たとえば、ピシッとしたきれいな服を着ていると自然と背筋も伸びますよね。その逆も然りで、服は人の気持ちや行動、言動すら変える可能性がものすごく高いし、それによって人生も変わってくる。
それは、ぼくが長いこと美容師をしていたなかで、髪型が変わるだけで人生が変わる人を見てきたから確信していることです。だから、まずは福祉に限らず、個人の意識を変えていくことに寄与できるんじゃないかと考えています。
―マリメッコやヘリー・ハンセンなど国籍や年齢関係なく愛されるブランドが生まれている北欧のファッションについてはどう見られていますか?
平林:北欧やヨーロッパは、ひとつのものを長く着る文化がありますよね。この服は自分のアイデンティティーとして生涯着られるのか、自分に合う色はどれなのか……いつも「自分らしい服」を意識しているんじゃないかなと思います。日本はみんなと同じじゃないと安心できない感覚がどこかにあって、だから大量生産の服が主流になるのかなという気がします。先ほどの車椅子の方の「オシャレは諦めた」という言葉からも感じますが、ファッションがどれだけ自分たちの人生を左右するかという重要性がもっと意識されれば、と思いますね。
マイナスをゼロにするのではなく、強烈なプラスに変えるために。パリコレへ向けた思い
―その話でいうと「bottom'all」はとてもユニークで、自分らしさを表現するひとつの選択肢になりますよね。実際にどういう反響がありましたか?
平林:ぼくの周囲では、男性のスカートに対する認識が徐々に普通になっている気がします。あとすごく嬉しかったのは、今年の4月頃、男子高校生がスカートをはいて登校しているという国内ニュースを見たときに、そのきっかけについて「SNSで毎日スカートをはいた写真をアップしている男性がいて、それがかっこよかったからぼくもはき始めた」と言っていたんです。
たぶんですけど、その当時スカート姿の写真を毎日アップしていたのってぼくだけだったと思うので、変化をもたらせたのかなと。世の中の常識をオシャレで変えようという大きな目標以前に、身近に存在していた「男性がスカートって変だよね」という偏見に対する変化を感じられたのは良かったです。
―平林さんは「bottom'all」で2022年秋のパリコレを目指していらっしゃって、さらには2024年のパリパラリンピックに合わせてショーの準備をされているとおうかがいしました。パリコレを目指し始めたのはなぜだったのでしょう?
平林:車椅子の方中心のショーってパリコレで行われたことがないそうです。いまはコロナの状況もありますが、リアルの場でショーを実現させて、「障がいのある方でもオシャレができるよ」ではなく、「障がいがあるからこそかっこよくなれるよ」という衝撃をパリコレで与えたいです。
マイナスをゼロにすることをやっても、さして世の中は変わらない。だから、マイナスだと思われることが強烈なプラスになる表現をして初めて障がいに対するイメージが変革すると思っています。だから、まずはパリコレで「なんじゃこりゃ!」と衝撃を与えられるようなショーができたらと思っています。2024年のパラリンピックのときは、日本の選手団にも「bottom'all」をはいてほしいですね。
―具体的に障がいがあるからこそかっこよくなれるファッションのイメージはありますか?
平林:座って完成形のシルエットのものだったり、片麻痺がある人だったら片袖だけのものとかですね。車椅子の人だからこそ、身体の片側が動かない人だからこそ、シルエットがかっこよく見えるものってあると思うし、全員着られるけれど、いちばんかっこよく着られるのは障がいがある人っていうものをつくっていきたいです。だから、まずは当事者の方はもちろん、多くの人に自分の違和感を大事にして、それを声に出してほしいと思っています。
平林:「なんでこうなっていないんだろう?」「もっとこうなっていたら世の中がよくなるし、私もラクなのにな」とか、そういう違和感にこそ、世の中にまだ足りていない答えが隠れていると思うんです。自分の力で世界は変えられないと思いがちですし、もちろん自分だけじゃ変えられないのですが、ゼロをいきなり100にする必要はないんです。まずはゼロからイチを生み出すために必要なのがその違和感なんだと思います。
ポジティブな発信にも耳を傾けて。「ぼくはこの特性があってラッキーだと思っている」
―障がいを持った方ご自身や障がいを持った子の親御さんたちが抱える悩みや選択肢の少なさって、とくに健常者はなかなか気づけないことも多いと思うんです。障がいの有無にかかわらず、この記事の読者が日々できることがあるとしたらどんなことだと思いますか?
平林:たとえば「子どもが発達障がいなんだよね」と聞くと、なんか大変そうって闇雲に心配しちゃうじゃないですか。ぼく自身ADHDですけど、みんなが考えているほど暗いことでもないんですよ。たしかにいろいろな不便はあるけど、それは社会がぼくらに対応していなからというだけで、決して不憫な存在なわけではない。ADHDであるがゆえにできる行動や、ついてきてくれる仲間もいると感じますし、ADHD特有の衝動性がなくて少しでも考える性格だったら、いまと同じような活動はできないと思います。だから、この特性があってラッキーだと感じているくらい。
平林:まあ、ADHDの特性上、3日連続でダブルブッキングしちゃうとかいいことばかりではもちろんないんですけど……(笑)。でも、それを上回った「プラス」を活かす生き方もあるんだなということを当事者や親御さんに知ってもらいたいです。障がいのネガティブな面にフォーカスすると心配だけが助長されてしまいますが、いまはSNSで多くの当事者の声に触れられるので、なかでもポジティブな発信をしている人の言葉ももっともっと浴びてほしいと思っています。
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- 平林景 (ひらばやし けい)
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一般社団法人日本障がい者ファッション協会(JPFA)代表理事。1977年生まれ、大阪府出身。美容師、美容専門学校の教員を経て、放課後等デイサービスを設立し、独立開業。「『福祉×オシャレ』で世の中を変える」をモットーに、X-styleファッションブランド「bottom'all」とその同名ボトムを展開。2022年秋のパリコレへの出展に向け挑戦中。