ドラマ『すいか』はなぜいまも愛される?人生は奇跡に満ちている

ドラマ『すいか』はなぜいまも愛される?人生は奇跡に満ちている

2021/08/12
テキスト
岡室美奈子
リードテキスト・編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

「あなたは20年後、何をしていますか?」

そのことについて考えるために、基子の変化を追ってみよう。基子はハピネス三茶で暮らし始めて、どのように変わっていったのだろうか。

引っ越す前の基子は、信用金庫に勤めるごく平凡なOLだった。過干渉気味の母親(白石加代子)にうんざりしつつ、当たり前のように出勤し、若い後輩の面倒も見つつ淡々と仕事をこなす。同期の馬場ちゃんとお弁当を食べながら雑談するのがささやかな楽しみだ。ところがそんなある日、馬場ちゃんは三億円を横領して指名手配される。ドラマは、馬場ちゃんの非日常的な逃亡生活と、ハピネス三茶での基子たちの日常生活を対比させながら進んでいく。

終盤で基子は、街頭インタビューで「あなたは20年後、何をしていますか?」と尋ねられる。しかし基子がイメージする20年後の自分は、いまと代わり映えのしない「あまり幸せそうでない」姿でしかない。それに対して教授は基子に、「あなたがハピネス三茶に越してきて楽しいのはどうして?」と尋ねて言う。

「20年先でもいまでも同じなんじゃないかしら。自分で責任を取るような生き方をしないと、納得のいく人生なんて送れないと思うのよ」

浅丘ルリ子演じる「教授」 ©NTV
浅丘ルリ子演じる「教授」 ©NTV

それまでただ母親に言われるままに流されて生きてきた基子は、初めて自分の意思でハピネス三茶に来ることを選択していたのだと気づく。それは自分でも気づかないほどの小さな決断だったかもしれないけれど、人生は自分の責任で選び続けていくものだということを、基子は知るのだ。

木星は「涙が出るくらい健気な星」

基子を溺愛していた母の梅子にも変化が現れる。癌の手術をした病院で、家の外の新しいコミュニティに参加するという経験をし、友人ができたのである。友人は梅子に木星の話をする。「木星って大きいのよ」、「この木星がなかったらあんた、地球に隕石がばんばん落ちてきちゃって、生命が人間に進化できるような安定した環境はできなかったのよ」。

それを聴いていた梅子は尋ねる。

「つまり木星は地球のお母さんみたいなものってことですか?」  

木星は太陽にもならず、地味に隕石を受け止めることで地球を守る淋しい星だ。しかし二人は言う。「えらいんですねえ、木星って」「涙が出るくらい健気な星よ」

梅子はその経験を経て、基子の自立を認め、「独立記念日 早川基子」というのしをつけた紅白まんじゅうをハピネス三茶の住民たちに配るよう、基子に手渡す。梅子は木星のようなお母さんになることを決意したに違いない。

別々のところで暮らし、母離れ / 子離れをしても、親子の縁が切れるわけではない。梅子と基子は同じようにおせんべいを吸いながら食べ、同じような花柄のワンピースを着る。そこには切っても切れない親子の絆がちゃんと存在する。

そうして基子は、未来を思い描くことのできなかった状態を脱し、自分で未来を選びとれる力を獲得していくのである。そしてそのことが、最終話の重要な決断へと結びついていく。

梅干しの種で気づく日常の尊さ、そして基子の選択

刑事の生沢(片桐はいり)に執拗に追われ、逃げ疲れた馬場ちゃんは、基子の住むハピネス三茶にやってくる。外出中の基子を待つあいだ、馬場ちゃんはハピネス三茶の食堂をのぞく。そこには朝ご飯を食べたあとの茶碗や皿がそのままになっていて、それぞれに梅干しの種が残されていた。馬場ちゃんは基子に置手紙を残して去ってゆく。翌日、基子に再会した馬場ちゃんは梅干しの種について語る。

「愛らしいっていうか、つつましいっていうか、なんか生活するってこういうことなんだなって思ったら泣けてきた。掃除機の音も、すごい久しぶりだった。お茶碗とお皿が触れ合う音とか、庭に水まいたり、台所に行って何かこしらえて、それをみんなで食べたりさ、なんか、そういうのみんな、あたしにはないんだよね。そんな大事なものを、たった三億円で手放しちゃったんだよね」

三億円で大量のブランド品を買い、飛行機に乗るなど、やってみたかったことをやり尽くした馬場ちゃんは、非日常的な逃亡生活のなかで初めて日常の尊さを知るのである。

小林聡美演じる主人公の基子 ©NTV
小林聡美演じる主人公の基子 ©NTV

馬場ちゃんは基子に航空券を差し出す。逃亡生活に疲弊した馬場ちゃんの孤独を思いやって海外への逃避行に同行しようとする基子に、馬場ちゃんは選択を迫る。片方の手には航空券、もう片方の手には、基子がハピネス三茶を出るときにゆかから頼まれた、「卵、牛乳、コーヒーフィルターのぺーパー」と書かれた買い物メモが握られている。日常と日常の対比が馬場ちゃんの両手に見事に凝縮されていると言えるだろう。

「どっちだ? 早川の人生なんだから自分で選びな。ほら」

母からの独立を経て、自分の意志で自分の未来を選びとる力をつけた基子は、ここで大事な選択をする。基子がどちらを選んだのか、ここには書かない。ただ言えることは、このドラマは、ただ繰り返される生活に流されていた基子が、誰のせいにもせず、自分の意思と責任で人生を選択するまでの物語なのだということだ。そしてその選択の尊さに、私たちは心を揺さぶられるのである。

人生は奇跡に満ちている

私たちの人生は同じような毎日の繰り返しだ。それでも私たちは小さな決断を積み重ねながら、よりよく生きていこうとする。ときには大きな決断を迫られることもある。最終話で、教授は学生時代から住み続けたハピネス三茶を離れ、旅に出る。

そしてハピネス三茶に残された者たちにも小さな変化が訪れる。基子が会社から持ち帰った腐ったすいかの種を埋めた「すいかのお墓」からは新しい生命が芽吹き、小さな実をつける。いなくなった絆の愛猫の綱吉は突然帰還する。

教授が「本当はどんな未来が待っているかなんて誰にもわからない」と言うように、私たちの同じように見える毎日も、じつは奇跡に満ちているのだ。

『すいか』ロゴ ©NTV
『すいか』ロゴ ©NTV

これまで見てきたように、『すいか』は、平凡な人生を捨てた馬場ちゃんの非日常的生活と、ハピネス三茶に居場所を見つけた基子の何気ない日常生活を対比させながら、たとえば梅干しの種を馬場ちゃんが愛らしいと感じたように、日々の暮らしがどれほどかけがえのないものかを描いている。だから『すいか』は、特にドラマチックではない(ように見える)すべての人生を奇跡に満ちたものとして肯定してくれる、魔法のドラマなのである。

『すいか』がいまも愛されているのは、私たちが人生で迷ったり辛くなったりしたときに、常に温かく受け入れてくれるドラマだからだと思う。『すいか』は私たちにとってのハピネス三茶なのだ。

最後にゆかのナレーションを引用しておきたい。

「あの北斗七星だってときが経てばやがてかたちを変えてしまうそうです。星さえかたちが変わるのだから、私たちに何が起きても不思議ではないのかもしれません」

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リリース情報

『「すいか」Blu-ray BOX』
『すいか』Blu-ray BOX

2021年7月21日(水)発売
価格:24,200円(税込)
VPXX-71859
発売元:VAP

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