アアルト夫妻の協働のかたち。暮らしの本質を考え、公共に尽くす

アアルト夫妻の協働のかたち。暮らしの本質を考え、公共に尽くす

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肥髙茉実
リード文・編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

社会における女性の立場の変化を背景にしたキッチンの設計。アイノの生活に根ざした視点

考え抜かれた当時の社会問題への応答としてのユートピア思想は、とくにアイノが手がけたキッチンの設計に凝縮されている。

人間工学と衛生に配慮して設計されたアイノのキッチンは、家事の効率化による女性の負担軽減という意味で、フェミニズム運動も担ったクリスティン・フレデリック著『新しい家事』(1913年)、そしてこの考え方を受け継ぎ、システムキッチンの原型となったフランクフルト・キッチン(※2)に影響を受けたものだ。そこには、2人の子どもの母親でもあった、家族との日常を愛するアイノの生活に根ざした視点と、女性が家庭の外に出て働くようになった第一次世界大戦の戦中戦後における女性の社会的立場の変化(※3)を、住宅建築で示したいという夫妻そろっての考えが見て取れるだろう。

アアルト夫妻によるキッチンの図面 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
アアルト夫妻によるキッチンの図面 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
モダンキッチンの変遷を示すパネル展示 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
モダンキッチンの変遷を示すパネル展示 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館

機能性と合理性を重視するモダニズム文化の潮流のなかで、高品質な製品を人々の暮らしに普及させ、建築においてもフィンランドの自然に親しむ文化を置き去りにすることなく、公共に尽くした二人のアアルトの仕事は、簡素であることに普遍なる暮らしの本質を見出していた(※4)。徹底された機能主義建築は、建築家であり都市計画家のスティン・アイラー・ラスムッセンの「個性的な住宅における画一的な生活に比べれば、むしろ画一的な住宅における個性的な生活の方がよい」(※5)という言葉に要約できよう。

アイノがデザインした子供用の家具の展示 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
アイノがデザインした子供用の家具の展示 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
アイノがデザインした子供用の簡易ベッド。保育園などで使われた 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
アイノがデザインした子供用の簡易ベッド。保育園などで使われた 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館

予測不可能な未来を生きる私たちの亡命地がユートピアならば、そこはいかなる場所だろうか。COVID‑19による景気悪化で増えていくホームレスを前に、都市は再開発を止められない。自己目的化された建築が乱立する状況は、どうやら社会と、建築が果たすべき社会的役割の緊張関係を失っているように映るのだ。

アアルト夫妻が生きたフィンランドでは、整備された社会保障制度も、近代以降の合理主義建築も、都市計画も、いずれも自己目的化されたものではなく公共に尽くすものである。これまで私たちが漠然ととらえてきた北欧へのユートピア的イメージは、目的と手段のあいだの絶えぬ緊張と社会的実験の積み重ねがあっての現実なのだ。

アルヴァが描いた臨終のアイノのスケッチ(写真中央)。アイノは54歳という若さで亡くなった 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
アルヴァが描いた臨終のアイノのスケッチ(写真中央)。アイノは54歳という若さで亡くなった 撮影:上野則宏 写真提供:世田谷美術館
※1 トマス・モア(16世紀イギリスの法律家・思想家)がギリシャ語の「ou」(英語の「no」。否定詞)と「topos」(英語の「place」。場所)を組み合わせてつくった造語。本来は「どこにもない場所」を意味する、1516年に出版された同名のモアの著作に由来する。だが、モア自身、この著作の最後で「ユートピアの社会には、われわれの諸都市においてもそうあることを期待したいというよりも、正しくいうならば、希望したいようなものがたくさんある」と語っているように、単なる実現不可能な夢ではなくて、到達目標としての理想を示すという側面も含んでいる(参照:ユートピア思想とは - コトバンク)。
※2 1920年代にドイツ・フランクフルトの公営住宅のために設計された、合理的な空間構成の作りつけの台所
※3 1914年に第一次世界大戦が勃発してすぐ、女性たちは出征兵士たちに変わる労働力になるよう求められた。この女性の社会進出は、最初の「女性革命」とも呼ばれる。
※4 『アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話』展覧会図録より
※5 スティン・アイラー・ラスムッセン『ロンドン物語―その都市と建築の歴史』(兼田啓一訳、中央公論美術出版)
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イベント情報

『アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話』

東京会場
2021年3月20日(土)~6月20日(日)
会場:東京都 世田谷美術館 1階展示室

兵庫会場
2021年7月10日(土)~8月29日(日)
会場:兵庫県 兵庫県立美術館 企画展示室
時間:10:00~18:00(金・土曜は20:00まで、入場は閉館30分前まで)
料金:一般1,600円 大学生1,200円 70歳以上800円 高校生以下無料 障がいのある方一般400円 障がいのある方大学生300円

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